第9話 サウザー国
古代遺跡から南に向かい、しばらくすると視界が開け、広大な草原が現れた。
背の低い草が生い茂る草原は見る見るうちに茶色の土に代わり、やがて砂漠になった。
砂漠をしばらく行くと、大きなオアシスが見えてきた。このオアシスが、エルドランド王国とサウザー国との国境だ。
ゴラムたちは、この国境のオアシスで休息をとることにした。
国境のゲートには「エルサウザンの町」と書いてある。どうやら、国境線を挟んで、エルドランド側とサウザー側の2つに町が分かれているようだ。
ゴラムたちは、エルドランド側に宿を見つけ、そこにしばらく滞在することにした。
「腹が減ったから飯にしよう。」
町に一軒だけの酒場を見つけ、店に入った。
「サンドフォール(砂の滝)」という名前のこの店の名物はサボテンネズミのステーキらしい。
一通り注文をして、4人で乾杯して食事をしていたが、ゴラムはただならぬ気配を察知していた。
「キャス、感じるか?」
「ゴラム、私もさっきから殺気を感じてる。」
「2人とも怖い顔してどうしたの?」
アンヌが聞くと、ゴラムが小声で言う。
「何者かに監視されてる。感づかれないように、普通にしているんだ。」
「わかったわ。」
アンヌは緊張の面持ちで言った。
「何かあれば、わらわの魔法で一発じゃ。」
「ミカ、それだけはやめてくれ。」
ゴラムがくぎを刺す。
「あれだ。」
ゴラムの視線の先に、黒いヴェールを被った人物がいる。距離を置いて2~3人はいるようだ。全員胸に白い花を挿している。
「今度は白い花か。なんだっていうんだ。」
ゴラムがそう言った瞬間、一人のヴェールの人物が近づいてきた。
ゴラムとキャスは武器に手をかける。
すると、ヴェールの人物がゴラムたちのテーブルに座った。
緊張が走る。
その人物がヴェールを取ると、30代くらいだろうか?人間の女性だった。
女性が話し出す。
「初めまして。私はエリーゼと申します。我々に敵意はありません。どうか緊張なさらずに聞いてください。」
ゆっくりと、落ち着いた雰囲気で話し出す。どことなく高貴さも感じる。
「話を聞こう。」
ゴラムとキャスは武器から手を離した。
エリーゼが話し出す。
「我々は、ヴェールの影の一派です。エルドランドに失われた双王制を復活させることが我々の目的。」
ゴラムが疑問をぶつける。
「ちょっと待ってくれ。遺跡で俺たちを襲ってきたザハークは、強者が国を治めるべきだと言っていたぞ。」
「ザハークたちは、王国転覆派と呼ばれています。我々は、王国復活派。恥ずかしながら、ヴェールの影は内部分裂の状態なのです。」
「なるほど。」
ゴラムは頷く。
「我々は、双王の復活を願っています。つまり、アンヌ女王とゴラム王の2人によるエルドランドの統治。それが我々の望む未来です。」
「俺とアンヌが国王・・・」
「そうです。そのために我々は動いています。今後は、転覆派の攻撃も増えるでしょう。我々は陰ながらあなた方をお守りします。」
「それはありがたいが、俺たちはどうしたらいいんだ?」
「今まで通り、向学の旅を続けてください。」
「わかった。」
「それでは、失礼いたします。またお目にかかりましょう。」
そういうとエリーゼたちは消えた。
「話がややこしくなってきたな。」
ミカがつぶやく。
「とにかく、私たちが出来ることは、旅を続けることだけね。」
アンヌが困惑した顔で言う。
「いつかは決断しないといけない時が来るのか。」
ゴラムが難しい顔でつぶやく。
「い、今は食事を楽しみましょう。」
キャスがその場を繕うようにわざと明るく言った。
重苦しい雰囲気のまま、その日の夕食の時間は過ぎていった。
翌日。
ゴラムたちは馬車に乗り込み、国境のゲートに向かった。
簡単な荷物の検査だけで、すぐに国境を超えることができた。
南のサウザー国は、国土のすべてが砂漠で、その中でも最大のオアシスの中に首都サウスタウンがある。国土の広さは東国イストリアの半分ほどと小さな国だ。魔力が詰まった貴重な魔鉱石が出るお陰で、経済的には潤っているらしい。
永遠に続きそうな砂漠の中を進むこと数日。首都サウスタウンが見えてきた。
魔鉱石が含まれた石で作られた町の建物は青白く輝き、地面は、砂を固めた石で敷き詰められている。中央にそびえる王宮は、玉ねぎの頭のような形の屋根が特徴的だ。砂漠の中とは言え、湧水が豊富なのか、水路が発達し、緑も豊かな町だ。
ゴラムたちは、サウザン王子に謁見するため、王宮に向かった。
サウザン王子はサウザー国の第一王子で、病気の国王に代わって政治を取り仕切っている。
馬車が王宮の前についた。
衛兵たちが寄ってきたが、アンヌの顔を見ると膝をついて頭を下げた。
「お待ちしておりました。アンヌ姫様。」
執事が出迎え、中に案内される。
煌びやかな王宮は、金色に輝き、眩しいほどだ。細かい装飾がされた壁やステンドグラスなど、国の豊かさが感じられる。
ゴラムたちは王の間に案内された。
「サウザン王子。アンヌ姫をお連れしました。」
執事が言うと、
「ありがとう。」
サウザン王子が玉座から降りて、こちらにやってきた。
「アンヌ姫、お会いできて光栄です。」
「サウザン王子、ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
アンヌはいつになく品が良く見える。さすが王族だ。
「私は、元気すぎて、仕方がないですよ。」
王子が冗談交じりに答える。
「それは良かったですわ。」
とアンヌはほほ笑んだ。
ゴラムが話し出す。
「サウザン王子。ご無沙汰しています。アンヌ姫の護衛のゴラムです。」
「いつぞやの晩さん会で、会いましたね。勇猛果敢な戦士だと伺っています。」
「アンヌ姫は、エルドランドのしきたりに従い、向学の旅の途中です。」
「向学の旅か。大変だね。」
「ところが、いろいろ問題がありまして、できればお力を借りたいと・・・」
と、ゴラムが言うと、サウザン王子の顔色が変わった。
「ヴェールの影。だね。」
「!! 王子!なぜ、それを。」
「彼らの勢力は、このサウザン国にも及んでいる。」
「そうなの?」
アンヌが驚く。
サウザン王子が言うには、ヴェールの影の王国転覆派と王国復活派の争いが激化しているそうだ。ゴラムたちが襲われた国境近くの遺跡は、双王の一角、ゴブリン王の城があった場所で、その周辺がヴェールの影の根城らしい。彼らは、国境の近いサウザー国で、力を蓄え、革命を実行に移す機会を狙っているということだ。
「事態はそんなに大きくなっていたのか・・・。」
ゴラムたちは驚愕した。
「これは、待ったなしじゃな。」
ミカがつぶやく。
「早くエルドランドに戻って国王陛下に伝えなければ!」
キャスが焦りを見せながら言う。
「早く戻って、お父様に知らせましょう!」
アンヌもキャスと同意見のようだ。
サウザン王子がいつになく真面目な顔で言う。
「こうなってしまったのは、わが国にも責任がある。ヴェールの影を野放しにしてしまった。」
「そんな、王子には責任はないわ。これはエルドランドの問題よ。」
アンヌが言う。
「いや、サウザー国も力を貸したい。だから、アンヌ。僕も一緒に行くよ。」
「サウザン王子。気持ちは嬉しいけど。それは。」
「一緒に行かせてくれ。僕のわがままだ。」
サウザン王子は一歩も引かない。
「よし、サウザン王子も一緒に、エルドランドに戻ろう。王国の危機を国王陛下に伝えるんだ。」
ゴラムが言った。
「わかったわ。」
アンヌも納得したようだ。
こうして、ゴラムたちとサウザン王子、従者のセリーナは、サウザー国からエルドランドに急ぎ戻ることになったのである。