第7話 穏やかな夜
その夜。
ケンタとリリアの家のテーブルには、たくさんの料理が並んでいる。
ミルド大根のサラダにキラーラビットの煮込み、ワーウルフのステーキ・・・
「わあ!すごい!」
アンヌが目を輝かせている。
「これは、うまそうじゃのう!」
ミカが涎を拭いている。
「さあ、みんな、座って。」
ケンタが席に座るよう促す。
「たくさん作ったから、遠慮しないで食べてね。」
リリアがキッチンから飲み物を持ってきた。
「では、久しぶりの再会を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
「いきなりだけど、ケンタとリリアは結婚しないのか?」
ゴラムが、聞いた瞬間、ケンタが盛大に噴き出した。
「ゲホッ!ゲホッ!」
ケンタがむせている。
「大丈夫か?ケンタ」
キャスが心配そうに見ている。
「急に何だよ。ゴラム。」
ケンタは動揺している。
「だって、一緒に暮らしてるのに、結婚してないんだろ?」
ゴラムが意地悪そうに聞く。
「タイミングとか、いろいろあるんだよ!」
ケンタが顔を赤らめて言った。
「まあ、人間にはいろいろあるからな。魔族にはわからんが。」
ミカが訳知り顔で言う。
「でも、ケンタとリリアはお似合いだと思うわ。」
アンヌがそう言うと、ケンタとリリアは顔を赤くして向き合った。
ケンタが話題を変えた。
「と、ところで、南の遺跡に行くって言ってたけど、目的は?」
「実は・・・」
ゴラムは、今までの事の成り行きを話した。
「ゴラム、左腕の痣を見せてくれないか?」
ケンタが言うので、ゴラムは痣を見せた。
「・・・見たことがあるよ。これ。」
「ケンタ、知ってるのか?」
「うん、翻訳した本の中にそれと似た印があった。たしか王族の印だったと思う。」
「王族?」
「僕にもわからないけど、それに似てるよ。」
「とにかく南の遺跡に行くしかなさそうだな。」
ゴラムは考えて言った。
「それと、」
ケンタが続ける。
「アンヌに翻訳スキルが覚醒した話だけど。」
「何か知ってるの?ケンタ。」
アンヌが前のめりになって聞く。
「アンヌの先祖に転生者がいるのかもしれない。」
「先祖に転生者?」
「翻訳スキルは転生者だけが持つ特別なものだ。それなら、アンヌは転生者の血を引いているんじゃないかな?」
「なるほど。それなら辻褄が合う。」
キャスが言う。
「心当たりが一つあるわ。」
アンヌが考えながら話し出した。
「亡くなったお母さま、アン王妃は、魔王ミカエルを封印したヒーラーだった。」
「その通り。あの時も酷い目に合った・・・」
ミカが忌々しそうに言う。
「お母さまは、エルドランド出身ではなかったらしいの。時々、不思議な言葉を話したらしいわ。」
「不思議な言葉。。。もしかして、異世界の言葉?」
ケンタが言う。
「もしかしたら、お母さまは異世界人だったかも知れない。」
アンヌは、複雑な表情になった。
その場にいた全員が、点と点が線でつながりそうな、そんな予感を感じていた。
「とにかく、南の遺跡に行けば、何かわかるはずだ。」
ゴラムが言う。
「考えるのは後にして、今日は食おう!」
そう言うとゴラムはステーキを頬張った。
こうして、夜が更けて行った。
キャスとゴラムがテーブルで酔いつぶれている。
それを呆れるように横目で見ながら、アンヌとミカは外の風にあたりに、玄関から表に出た。
「ねえ、ミカ?」
「なんだ?アンヌ。」
「ミカは魔王なんだよね?」
「うむ、そうだが。」
「人間を恨んだりしない?」
「魔王は魔物も人間も平等に接する。人間を恨んだりはしないぞ。」
「よかった。」
アンヌはミカに寄り添った。
その視線の先には、ケンタとリリアがいた。
ケンタが2人に声をかける。
「アンヌ!ミカ!こっちこっち!」
アンヌとミカはケンタたちのところに向かった。
「僕は、この世界の星空が好きなんだ。」
ケンタが感慨深げに言う。
「わらわは何とも思わんが。」
ミカが言う。
「ミカも知ってると思うけど、日本の夜は明るすぎて星が見えなかっただろ?」
ケンタがそう言うと、ミカは納得したようだ。
「言われてみれば、そうじゃな。」
「私も、星空は好き。」
アンヌが言う。
4人は、しばらく夜空を眺めながら話をしていた。
そして、夜が明けた。
ゴラムは馬車を引く二頭の大きな馬の体を、冷たい水で丁寧に洗っていた。朝もやに包まれた平原の空気がひんやりと頬を撫でる。
いつになく真剣な表情で、筋張った手が泥を根こそぎ落とすたび、馬の毛並みがしっとりと輝いた。
「ゴラム、おはよう!今日は珍しく早起きね。」
アンヌの言葉にゴラムは気づいていないようだ。
「ゴラム!お、は、よ、う!」
アンヌがゴラムに近づいてもう一度呼びかけた。
「ん?ああ、アンヌ、おはよう。」
ゴラムは上の空の様子だ。
「どうしたの?ゴラム?おかしいよ。」
「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事をしてただけだ。」
「そう?ならいいけど。」
アンヌは首をかしげながら、手綱越しにゴラムを見つめた。
「ゴラム、アンヌ、おはよう。」
キャスとミカも起きてきた。
「今日は、南の遺跡に向かうんだな。」
ミカが目を輝かせる。
「そうだ、そこで俺の痣のことも分かるかもしれない。」
「さあ、行きましょう!」
キャスが明るく言った。
ゴラムが手綱を持ち、馬車がゆっくりと走り出す。
「ゴラム!みんな!気を付けて!」
ケンタとリリアが見送ってくれた。
温かな声が、朝の静寂に優しく溶けていく。