第五話 聞いてないって!
志之聡平は中堂凛に連れられて、部室棟の三階の教室の前まで向かった。埃が積もるビニル床。静かな空間。そして、薄ぼんやりと灯りがつく教室。生徒たちの声や音に溢れ、活気があった部室棟の一階と比べると、この階が長らく使われていないことは明白である。
凛は満足そうな笑みを浮かべながら、教室の扉を一気に開け放つ。そこにはある二人の生徒がいた。
「さぁ二人とも、最後の一人を紹介するよ。その名も──Souhei Shino!」
「ちょっ! え、俺が最後! そのかぶれた言い方。やめてくれますか!」
こいつ、あれだけアイリスが好きだとか。もう一度音楽をやるならアイリスと一緒じゃなきゃ。みたいなこと言ってたのに、蓋を開けてみれば俺が最後なのかよ。こういうのはさ、一緒にメンバー集めるところから始めるのだと勝手に思ってた。
突然の大男の登場に、二人は驚きを見せるわけではなかった。呆れた顔をただ、聡平に向けた。
「君が最後の被害者か。ご愁傷様です」
陰鬱そうに声を出したのは、マッシュヘアの彼だ。ジロリと覗く目の綺麗なこと。バサバサの睫毛は一層に瞳を輝かせている。聡平よりも少しだけ低い背を、気だるげに丸め、両手を合わせる。
「彼は…………よく知らないけど、顔が良いから誘った!」
「名前も知らないんですか……」
「茸木 光です。酷いもんですよ。いきなり現れたと思ったら、音楽やるぞって、こっちの意思関係なしに連行されたんですから」
「はぁ……。そ、それじゃあー。あの隅の坊主頭の方は……」
教室の隅で目をパチパチとだけさせている坊主頭。特筆するべき身体的特徴を持ち合わせていない彼。ザ・普通な彼。野球部っぽいけどダンス部所属の彼。
「彼は、ダンス部の練習場所の端っこにいた。なんか肩身狭そうにしてたから誘った。以上」
「なんて理不尽⁉︎」
「僕は何で連れてこられたのか、さっぱりですよ。ただ真面目に一人。練習していただけなんですよ……」
そう言いながら、頭を掻くのは田中 翔一。
「凛くん! しっかり説明してくださいよ。流石に言葉足らずがすぎるよ」
「そうだね。これからボクたちは『新・ボランティア同好会』として音楽活動をする!」
三人は誰一人として、凛の呆れた宣言に言葉を返すことが出来ずに、立ち尽くすばかりだった。そんな様子に動じるわけもなく、彼は片手を胸に、もう片方を大きく広げて、自信満々に胸を張る。
新・ボランティア同好会。この変なネーミングには凛のセンスや趣味が少なからず影響しているかもしれないが、それなりに通った理由もある。
正式なボランティア部はもう既に存在するので、その部との差別化で「新」。メンバーが足りずに部活動として申請することは難しいので、そのワンランク小規模の「同好会」となったわけだ。
「凛くん、何でボランティア部なの? 軽音部じゃないの? しかも同好会⁉」
椅子を四脚。円状に設置して、四人は今後の話し合いをしている。いや、突然集められた三人から、凛への質問会が始まったところである。
「軽音部は諸々の都合でね、今は立ち上げられないんだよ。だから、地域のボランティア活動と称して、ボクたちは音楽ライブをするんだ。それならあまり、軽音部と活動内容が変わらないでしょ。さらに、ボランティア活動にもなって一石二鳥ってわけ」
凛は綺麗なソプラノボイスを駆使して、理路整然と答える。
「いやそもそも、オレは入るなんて一言も言ってなくて」
「それは僕もですよ!」
至極真っ当な意見が茸木と田中から飛び出る。すると、凛は静かに、開け放たれていた教室の扉に近づく。
──カチッ。
扉の鍵をかける音が聞こえる。そして、凛は三人の方へ向き直る。一度目を瞑り、目を開けると、大きく息を吐き出す。
「何か勘違いしているよね。そんなの大した問題じゃあないんだよ。君らに選択肢があると思った? 残念。ボクが一緒に、君らと音楽をやるって言ったんだからさ、君らは黙って従うしかないんだよ」
俺はこの時、初めて。いや正確に言えば初めてではないのかもしれない。中堂凛という人物に対しての違和感の正体を感じ取った。