@9
運命の日がやって来た。その日の放課後、審査会が行われる第一視聴覚室の扉には長い列が出来ていた。
「弓星君、緊張しているのかい?」
「人前に立って発表する機会が少なかったので…部長は?」
「私は発表以外にも色々やってるからね。むしろこの審査会は本番の練習にちょうどいいって思えるよ」
「凄いですね…ちょっと喜美子、大丈夫?」
「わ、渡さないぞ!これは私の最高傑作なんだ!今も誰かに狙われてるかもしれないんだ!」
「どんだけ自信あんのよ…」
他が緊張している中、魔法道具研究部の部員は賑やかだった。しかしそこに信参の姿はなかった。
「それにしても礼木ってば、こんな重要な日に用事ってなんなのよ…」
「まあいいじゃないか。こうして発明品、お手伝いロボを造って来たわけだし」
先頭の部活が会場へ入っていき列が動き出す。喜美子は信参の発明品であるお手伝いロボを乗せた台車を押した。
「それにしても重いな。一体何が動力源なんだ?」
「こらこら、開けちゃダメだって本人にも言われただろ?きっと私の想像もつかない凄い技術が搭載されているのだよ」
想像付くはずがない。このお手伝いロボに搭載されてるのは技術ではなく、作り手本人であるなどと。
(上手くいったぞ…あとは古土が台本通りに喋って、俺はそれに合わせて動けばいいだけだ!)
台本とは説明書のことである。古土には予めやらせることを伝えており、彼女の音声入力に合わせて信参が特技を披露するという作戦なのだ。
(…それにしても動きづらいな。全身ダンボールは無理があったか?)
なんとこのお手伝いロボ、ダンボール製なのだ。ボンドでくっ付けたダンボールの着ぐるみに色を塗っただけ。発明品でもなんでもない、こんなインチキスーツでこの審査会を乗り切ろうというのだ。
それから30分後、魔法道具研究部の番がやって来た。部長である優は緊張を見せずに堂々と入室。残る二人もその後をついていった。
5人の審査員は長テーブルに着いている。中心に座っている男子がどうやら生徒会長のようだ。
「それではまず、自己紹介をどうぞ」
「魔法道具研究部、部長の清瀬優です」
「ゆ、弓星明です。風紀委員も兼任しています」
「ふ──」
「風紀委員も兼任してるんだ!それなのにこんな怪しい部活に入部なんて、スパイでもやらされてるの?」
自身の声を遮って喋る生徒会長に対して、喜美子からの印象は最悪だった。
「…あ、ごめんごめん。続けて」
「…古土喜美子です」
「喜美子って変な名前だね~!」
喜美子は苛立ちはしたこそ冷静だった。ここで歯向かったらその時点でアウト、部活解体だ。絶対にやり返すとして、今ではないと自分に言い聞かせた。
「それで優ちゃん、今年はどんなオモチャを見せてくれるの?去年は自動草刈り機だったけどあれ最悪だったね~すぐ壊れちゃったんだもん」
「私の計算ではあの発明品はきちんと扱えば10年は持ったはずです。そちらの管理不十分だったのでは?」
優が強く言うと生徒会長の目つきが変わった。
「なに?俺に文句あんの?廃部にしちゃうよ!」
「ま、待ってください!せめて発明品を発表させてください!」
明は目上である部長の頭を掴んで、一緒に頭を下げた。
「ムカつくのは分かりますけど、ここは抑えて!廃部にされちゃいますって!」
「分かってる。これぐらいなら大丈夫だ。あいつは女だらけの部活を廃部にはしないからな」
明がなんとか抑え込んだことでその場はなんとか納まった。それから発明品の発表が始まった。
「これは魔粒子視覚可ライトです。こうして魔法を…えいっ」
この時、優は初めて魔法を披露した。どうやら彼女は電気を発する魔法が使えるようだ。
「…魔法を使うと、その場に魔粒子という物質が漂うのはご存知だと思います。このライトはその魔粒子を視覚可することが出来るのです」
優が電気を放った場所に光を向けると、そこで漂っていた魔粒子が見えるようになった。
「授業で使う装置や本職の方々が使う物と比べて、粒子の属性や形を見分けることはできませんが、これがあればすぐに魔粒子の有無を確認することができます。もしも魔法によるいたずらが発生した場合、これを使うことですぐに犯人を捜し出せるのです」
「わ~…凄い…」
「研究部っていうかホントの研究家みたい」
「あっそう…次」
他の審査員が驚いている中、生徒会長はつまらなそうにしていた。
「脳内MAD出力機です。これは使用者の記憶を元にMAD動画を造り出す娯楽装置です。審査員のどなたか、自分の好きな作品のMADを観たい人はいませんか?」
「…MADって何?」
「MADというのは…アニメやドラマなどの映像を加工して作った二次創作のことです。面白い物から感動する物まで、こいつなら何でも用意できますよ?」
「それじゃああれ、君ってオタクなわけ?顔良いのにないわ~」
喜美子は血管を浮かべつつ、笑顔を崩さないまま一礼した。面白そうな発明品ではあるが、この審査会で性能を披露することはなかった。
「私が造った魔法道具はマジックワッパです。ご覧の通り警察が使う手錠を模して作りました。仕組みはそれらと変わりませんが、これを嵌めた人物が魔法を使おうとした瞬間、キツく絞まって警告を行います」
「だけどそれと同じ物を警察は使ってるはずだし、なんなら魔法を使えなくするやつだってあったよね?」
「それは…」
「警察が使う物は学生が使うには強力過ぎて、生産コストも馬鹿にできません。弓星君は低コストで使いやすい手錠を発明してくれたわけです」
透かさず優がフォローを入れた。明が礼を言う代わりに視線を向けると、彼女はウィンクで返事をした。
「それでさっきから気になってるんだけど。そのデカいのは何?」
(俺の番か!)
生徒会長の注目がお手伝いロボに向いた。喜美子は咳払いをして前に出るとロボの説明を始めた。
「本日は予定があって参加できなかった開発者の礼木に代わって私が解説いたします。これはお手伝いロボ、音声入力で家事や業務を手伝ってくれる便利ロボットです」
「へえ~…」
「それでは…起きろロボ!」
明が命令をした。それを聞いた信参は立ち上がり、ファンサービスのように手を振った。
「ちょっと太ってますがとても器用なんですよ。ここに5000ピースのパズルがあります。この子は僅か30秒でこれを完成させることができるんですよ」
明は手に持ったパズルを投げた。当然、ピースは空中でバラバラになって地面に広がった。
「このパズル、真っ白だけど?」
「これはミルクパズルと呼ばれる物で、難易度も人気度もバリ高なんですよ…お手伝いロボ、うっかり落としてしまったパズルを元に戻すんだ」
明が命令すると、ロボは急いでピースを並べ始めた。
(流石に30秒はキツかったか…!?)
しかし30秒ギリギリ、お手伝いロボは完成させたパズルを審査員達に見せつけた。
「こんな感じです。その他には…縄跳びの二重跳びができるぐらいの機動力もありますよ。ほらロボ、この縄跳びで二重跳びをするんだ」
今度は二重跳びを披露。これには流石の生徒会長も驚いた。
「おぉ、ロボットの癖によく動くな」
そしてここからが肝なのだ。スーツの中で信参はニヒルな笑みを浮かべていた。
「まだこういった単純動作しか叶いませんが、今後は高校三年レベルの難問を解けるようにしたり、みなさんと愉快なトークができるように改良していく予定だそうです」
こう伝えることで、相手はこのロボットはまだ未完成だと認識する。それによって今後への期待と共に、今はこれしかできないと理解して余計な追及をされないように牽制できるのだ。
「それで、これを造った礼木ちゃんっていうのはどんな子なんだい?」
「ははは、礼木は男ですよ。とても優しいんです。木の上にいた猫を助けるのを手伝ってくれたんです」
「私も、入学初日に自転車の鍵を落としてしまったんですけど、探すのを手伝ってくれたんです」
喜美子がアドリブで開発者のアピールをして、それに合わせる形で明が喋る。これさえなければ、すんなりと合格できたはずだった。
しかし生徒会長は男嫌いだ。このロボットを造ったのが女だったら部の存続を認めるつもりだったが…
「おい、そのロボットをそこから投身させろ」
「はい…え!?ここ4階ですよ!?耐えれるのはせいぜい車の衝突ぐらい!ここから落としたら壊れてしまいます!」
「俺は耐久テストをしたいんじゃない。そいつを壊したいんだ。さあ、命令しろ」
スーツの中にいた信参は青冷めた。
ここでドッキリのネタバレをする感じにスーツから出るべきか。そんなことしたら即廃部だろう。
では喜美子の命令に素直に従って飛び降りるか。間違いなく死んでしまう。
「あ…あんた!人が造った物をなんだと思ってるんだ!こいつはきっと、礼木が一生懸命作った物なんだぞ!」
(組み立てるのに30分、塗装して乾かすのに数日だけどね…)
「あ、俺の命令に逆らうんだ。だったら──」
「古土君!早く命令しろ!」
「な、部長!?」
「大丈夫だ。ロボを信じろ!」
(おい!中には俺がいるんだぞ!?マジで言ってんのかこの女!?)
「…分かりました。いけお手伝いロボ!」
その瞬間、優が生徒会長のそばに全速力で駆け寄った。
「な、なんだ急に!?」
「人のために最善を尽くす、それが魔法道具という物です。あなたにはそれを証明するために少し身体を張ってもらおう!」
「翔べ!お手伝いロボ!」
命令の瞬間、優は窓に向かって生徒会長を投げ飛ばした。
生徒会長は窓を割って外へ。お手伝いロボは生徒会長を追って走り出した。
「うわああああああ!?」
お手伝いロボは生徒会長をキャッチした。しかし飛行能力やパラシュートはない。無事に着地する術を持たないロボが外へ飛び出たのだ。
「お手伝いロボおおおおおおおお!」
お手伝いロボは生徒会長を抱えたまま地面へ落ちる。そして二人は仲良く地面へ落下した。飛び降りるように命令した喜美子は膝をつき、涙を流した。
「いたた…あれ?何ともない」
しかし、普通なら死ぬはずの高さから落下した生徒会長は生きていた。お手伝いロボも損傷がないか身体を念入りにチェックしていた。
二人の無事を確かめてから、優は残っていた審査員四人に最後の発明品を紹介した。
「これは副部長が造った身代わり人形のコッピ―ちゃんです。使い方は簡単、守って欲しい人の魔力を吸わせるだけ。対象者が半径100メートル以内で死の危険に遭遇した時、代わりにそのダメージを受けてくれます」
机の上に並べられたのは、ヒビの入った2つのブリキ人形である。さらに優は、生徒会長から投げる直前に採取した魔力の入ったスポイトを置いた。
「お手伝いロボはこの高さでは自分が助からないと分かっていました。それでも人間を守る為に飛び出した。これを魔法道具と呼ばずしてなんと呼びましょう?」
生徒会長は視聴覚室に戻ってくると、魔法道具研究部の廃部を叫んだ。しかし凄まじい発明品を見せつけられた残りの四人がそれを断固拒否。待遇が変わることはなかったが、なんとか廃部を免れたのであった。
「身代わりの魔法道具を造るなんて、副部長って凄い人なんですね!早く会ってみたいです!」
「弓星くぅ~ん?言っておくが私だってあれぐらい作れるからな」
「車の衝突にしか耐えらえないというのは計算上の話!お手伝いロボは4階から飛び降りても壊れないほどのポテンシャルを秘めていたんだ!」
お手伝いロボの中には信参がいる。優はそのことに気付いていたからこそ、コッピーを2つ用意していた。生徒会長は元から投げ落とすつもりだったのだ。
(魔法道具と呼べる物ではなかったが…その名に恥じない行動とそれに移る勇気は見事だったぞ)
三人が部室に戻っている頃、なんで生きていたのか理解が追い付いていない信参はスーツを部室に戻して急いで下校した。