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優達が現在いるのはレベル1という、カードキーがあれば自由に行き来できる区画だ。
彼女達が追っている魔力は、このスペースセンターの職員でなければ入ることのできないレベル2という区画へ続いていた。ちなみにその上には職員の中でも所長に選ばれた者しか入れないレベル3がある。
「ドクターニューワ、微生物はレベル2の区画に逃げ込んだ可能性があります。いかがいたしましょう」
「レベル2…やむを得ないか。君達のカードにそこから先に出入りできるように権限を与える。レベル3には入って欲しくないが…万が一侵入していたらまた連絡をくれ」
「承知しました。引き続き微生物の捜索を続けます」
優は受話器を戻すと、早速カードキーを扉横にある端末にタッチ。すると先程は反応しなかった扉が開き、先へ進めるようになった。
魔力を辿って歩く優達。研究所の職員は横切っていく彼女らを好奇の目で見た。魔法を使える人間が前線に送られる環境で、優達のような者がいるのは珍しく感じるようだ。
「ここはトイレか…行くぞ」
「行くぞって、入るのかよ?男子トイレだぞ」
「なら君だけ入るか?ドクター達を襲ったやつがいるかもしれないが」
「べ、別に止めはしねえよ!」
万が一に備え、優はライフルを持った兵士を先頭にして慎重に足を踏み入れた。
「誰かいませんか!…返事なし。個室は全て空き状態か」
魔力は一番奥にある個室へ続いていた。しかし当然ながら誰もいなかった。
「魔力は便器の中に…俺達が追ってるやつは下水管の中を移動できるのか!?」
「中々厄介な相手だな」
優は所長に現場での推測を伝えた。それからすぐに蛇口やトイレの使用が禁止され、備蓄していた食糧や簡易トイレなどがレベル1の区画にて配給されることとなった。
何かあってからでは遅い。部屋に戻った優は水道にいるであろう微生物に対策できる魔法道具を想像。手が空いている信参にそれを造らせつつ、標的の動きを考察した。
「水の走る場所を通れるなら施設から出られるはずだが、それでも職員を襲う…微生物は捕食のために餌がいるこの施設に留まっているのか?」
「おい、ネジ止めたぞ」
「ならその無地のフィルターに濾過と検知の魔法陣を描いてくれ」
「まだ魔法陣なんて習ってねえよ」
「辞典を貸してやるから探してくれ」
考えが固まってきた優は受話器を取り、ドクターニューワのいる所長室に電話を掛けた。
「微生物がここから離れないのは、慣れた環境の中で残った職員を食べるためか。だが捕食にしてもお残しが多い気もするな」
「それについてはまだ判明していません」
「そもそも、外部からの干渉でヒトを殺せるような微生物がこの宇宙に存在するのだろうか…」
「…まだ私達はその姿を目視していません。脱走の時点で微生物でなかった可能性はあります」
「私も同じことを考えていた…外部への情報流出を恐れて監視カメラを設置しなかったのが仇になったようだな」
「こちらで微生物の接近に気付くための魔法道具を開発しています」
「それが完成すれば水道は利用できるのか」
「はい。しかし現在手元にある材料では作れる数に限りがあります。なので水道の利用をレベル1の区画に限定してください」
「分かった。なんとかしよう」
普段は聴かないトーンで話す優。そんな彼女の声を少しばかり意識していた信参の作業ペースは褒められたものではなかった。
「ありがとうございます。それでは進展があり次第ご連絡させていただきます。失礼します…礼木ぃ、水に触れるんだから陣はもっと太く濃く描け。いくら耐水性のインクでも限度があるんだぞ」
「だって魔法陣なんか描いたことないし…」
「描いたことないのか?一回ぐらいはあるだろう、魔法陣を真似た落書きとかしたことないのか?」
「中学までは誰かの家に集まってゲームするタイプだったし」
「あぁそうなのか…ならいい機会だから教えてやろう」
優は受話器を置くと元のトーンに戻り、信参の隣に座ってレクチャーを始めた。
普段は危険を感じてここまでの接近を許さないのだが、今の状況で感覚が麻痺しているのか特になんとも思わなかった。
「まずそのペンの持ち方、おかしいぞ」
「だけど字は綺麗だぞ、ほら」
「確かに…って貴重なフィルターに落書きするな!場所を考えろ場所を!」
「でも字は綺麗だろうがよ!」
麻痺しているのは優に対しての危機感だけでなく時間感覚もだった。時計を見ずに行動していた二人は魔法道具が完成するまで、既に夜になっていたことに気付かないのであった。




