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魔法道具研究部員が生徒会長から部活を守る為に準備をしていたある日のこと。教員と取り巻きを連れた椎彦会長が部室へと乗り込んで来た。
「な、なんだいアポもなく突然!?」
「本日は抜き打ちで部室のチェックに来た!諸君、作業の手は止めて廊下に出るんだ!先生方も、彼らが不正しない様に御協力をお願いします」
あまりにも急な来訪に優達も誤った対応をした。本来ならここで部室から出る必要はなかったのだが、他の役員や教員によって廊下へ出てしまったのだ。
「ぶ、部長!どうしましょう!」
「まずいな…他の役員が妙なダンボールを持っていた。あれは何か仕掛けるつもりだぞ…」
「先生!どうして部員の私達が追い出されなきゃいけないんですか!」
「…分かってくれ」
明はその顔を見て驚愕した。なんと教員達も他の生徒会のメンバーのように、酷く怯えた顔をしていたのである。おそらく彼らも、椎彦の内にある恐ろしい何かで圧を掛けられてしまったのだろう。
「…先生方は、会長がシークレットである事はご存知ですか?」
「か、彼がシークレット?誰か知ってたか?」
「いいえ…以前、大学推薦の為に彼のプロフィールを見ましたが、得意魔法の欄には投擲魔法だけでした」
「まさか私達は3年間もあんな危険な人物を野放しにしていたのか…?」
やはり教員達も彼がシークレットであること、そしてその恐ろしい本性は知らなかったようだ。
「魔法道具研究部!中に入れ!…先生方は結構です。廊下でお待ちください」
椎彦の怒りが籠った声に喜美子でさえ自分のペースを崩されて震え上がる。彼の威圧は尋常じゃなく恐ろしく、言われるがまま部室に入った。
「ど、どうだい。何か私達の部室に不備は──」
「はぁ…元々酷い部活ではあったが、まさか犯罪にまで手を染めていたとは…」
「なんのことだ!?」
椎彦は足元のダンボールの中から、粉の入った袋や注射器、カラフルな錠剤の入ったケースなどを次々と取り出した。
「こ、これは…」
「とぼけるな!これはこの部室で発見した物だ!俺達はこれを一目見て違法薬物だと推察したが…どうなんだ!」
「こんな物知りませんよ!どこにあったんですか!?」
「ふふん、床を剥したら見つかった。犯罪者らしいベタな隠し方だな」
「私達みたいな普通の学生がどうやってそんな物手に入れるんですか!」
「以前、この学校にジャガーノートの端くれが来ただろう。迷惑者同士、繋がりがあると睨んでいる。ここの部員がそいつらを警察に渡したそうだが…そいつらは次の日になってなんのお咎めもなく釈放だ。どうせあれも、この部活の印象を良くするためのマッチポンプだったんだろ!」
口から跳ねた唾が顔に掛かりそうになり、明は思わず腕を上げた。
「それとこれが関係があるとは思えません。みんなもやってないんでしょ。だったら堂々としてた方がいいですよ。どうせその変な薬もこの人が用意したんだろうし」
「酷い決め付けだな。礼木信参君、俺がこれを用意していたという妄言を誰が信じるっていうんだ?うぅん!?」
顔が近付いた瞬間、信参は渾身のヘッドバッドを繰り出した。しかし椎彦は動じるどころか、ぶつけられた額から記憶を読み取った。
「…そうか、魔法道具で記憶に細工してたんだな。納得した。生徒会室で話した時と印象が違うわけだ」
「いい能力ですね。警察とか向いてんじゃないですか?こうやって取り調べとかに役立ちそうだし」
「それはどうも…優ちゃん、カマルリングの正確な起動条件って何?学校側が廃部を認めた時?それとも君が廃部だと感じた時?」
優のそばに移ろうとする椎彦だったが、信参はその腕を潰すつもりで握っては止めた。
「男と触れ合う趣味はないって感じですか?…もっと俺の記憶を覗いてみてくださいよ。あんたよりは真っ当な人生送ってるんで、ぜひ参考にしてください」
「言うねえ…ところでさっきの頭突きといいこの握りといい本気?図体だけ立派で喧嘩の弱いハリボテ君は幻滅されるぞぉ」
椎彦の張り手が繰り出される。それを胸に喰らったら信参は黒板が砕ける勢いで激突した。
「使えるやつらは言いなりにして喧嘩が強い。これってある種の文武両道、いわゆる天才でしょ」
「いってぇ…」
「やめてくれ!廃部にして構わないから、その前に指輪を解除させてくれ!」
「えぇ、嫌だよ。こっそり部室でシャブやってておかしくなった生徒を俺がやっつけるってシナリオなんだから。生きてた方が後味は良いだろうけど…まあ死んでても正当防衛って事に出来るでしょ」
あまりの威圧感に優達は動けない。暴力沙汰に気付いた教員達も圧に牽制されており、動く事が出来なかった。
「いってぇな!」
動けるようになった信参はすぐさまやり返しに行くが、武術にも長けていた椎彦は彼を掴んで床に叩きつけた。
「柔道は習わなかったのか?受け身が取れてないぞ」
「ここに入学するために座学一筋だったからなぁ…あんたもそうだろ。その力で今みたいに自分に都合のいい人間を味方に付けて…友達いなくて可哀想だなぁ」
すると倒れた胴に勢いのある蹴りが入った。しかし強気な姿勢はそのままだった。
「当然、彼女なんていた事もないだろ」
「ゴチャゴチャと口の減らないやつだな…ほら立てよ。立って殴りに来い。もう一度投げて終わらせてやるから」
椎彦は相手の首袖を掴んで頭を持ち上げ、立ち上がらせたかと思いきやパンチを打ち込んだ。
「あぁごめん。手が滑った」
「へへ…相当効いてるみたいだな。お得意のセクハラ魔法はどうした?」
それでも態度を改めない信参。その姿を見てハッとなった椎彦は、彼に駆け寄って肌に触れた。
「…明の記憶を出力していたのか!?」
「そのデータは海野高校の制服を着た綺麗な人に行ってる。これからどうなるかなぁ?」
「末永…アーモニカのグランの泉を見つけたのはお前達だったのか!?」
「これ以上にない弁護人だ。あの人ならいざとなっても冤罪だと証明してくれるだろうさ」
これでは計画がパーだ。本性を晒されたとなっては、部活の連中が所持していたと思わせる為にジャガーノートの連中から買った薬品が仇となってしまう。
一瞬で頭をフル回転させ、椎彦が取った行動は…
「ま、待て!」
逃走であった。それも威圧感を放ったまま情けないフォームで走るという異常な光景だった。
信参も立ち上がってそれを追おうとしたが、すぐには走り出せなかった。
「何するつもり!?」
「追わないと…ああいう魔法が使える悪党は野放しにしたらロクな事にならないって、末永さんに言われた。絶対に捕まえないと!」
「私達が追うからここで休んでて!」
「そんなことよりも弓星達は他の人を頼む。役員や先生達も酷く怯えてるみたいだから」
証拠と弱味が揃った今、後は敵を捕まえるだけだ。信参は最後の力を振り絞り、逃げていく椎彦を追いかけた。
履き替えている暇などなく、上履きのまま校外へ逃げる椎彦。彼の中には大きな疑問があった。
(なんなんだあの男…俺の圧が全く効いてなかった!あんなやつ初めてだ!)
彼の人生は今までバラ色だった。投擲魔法という地味な魔法を想像以上に使いこなせる才能。後天的に目覚めた、触れている人間の記憶を読み取る魔法。そしてある事をキッカケに手にした相手を威圧する力。
表では地味な魔法を巧みに扱う文武両道な優等生を装い、裏では二つの力で人の弱みを掌握し、自分が好き放題やれる環境を作り出してきた。このまま人生の終わりまで、それらの能力で楽しく生きていくつもりだった。
しかしそんな人生設計図も、たった一人の男によって砕かれた。本性や魔法を晒した明に口封じをしなかったという落ち度もあるだろう。しかしそれも、表で築き上げた人望で掻き消すつもりでいたからだ。
もう何もかも滅茶苦茶だ。あの礼木信参という男に執着してしまったらからだ。普通に廃部しておけばと後悔の連続だった。
「待て!逃げるな!」
その信参が自分を追って校舎から出て来た。見た限りでは教室で与えたダメージが大きく、そう長くは追って来れまいと確信し、椎彦はペースを上げる。
このままジャガーノートの連中に助けてもらおう。自分の能力なら買ってもらえるはずだと、まだ諦めてはいなかった。
逃げ切ってやると校門を通って車道へ飛び出したその時、椎彦は大型のトラックに跳ねられた。
「あぁ!?」
信参は思わず悲鳴をあげて足を止めてしまった。跳ねた身体は信号機の付いた電柱に叩きつけられた。
トラックの運転手は何が起こったのか状況を理解しようと、呆然とした表情で車から降りた。そしてグッタリと動かなくなった椎彦を見てるとすぐに電話を掛けた。
信参は恐る恐る椎彦の身体へ近付いた。あんな邪悪な人間の最期が、こんなにも呆気ない物なのかと。初めて見る人の死体に湧き出る感情は恐怖や同情ではなく驚きだった。
「礼木…信参…」
「えっ…」
椎彦が自分の名前を呼んだ気がした。しかしそんなはずがない。彼はトラックに跳ねられたのだ。生きていられるはずがない。
「覚えたぞ…名前と…その顔!」
「い、生きてる!?」
この時信参は、ようやく明達が感じていた圧の存在を感じた。そして歪んだ身体で立ち上がる彼の姿を見て遂に恐怖した。
「お前に奪われた分、俺も奪い返す…覚悟しとけ」
そのまま走って逃げていく椎彦を追う勇気は、今の彼にはなかった。
後日、根津椎彦は危険な薬物を所持していた事と、それらの押収品からジャガーノートとの繋がりがあると疑いを掛けられて指名手配された。学校からは除籍処分となり、彼の被害に遭った生徒達にはカウンセリングの機会が設けられた。
部室では信参と、彼に呼び出された優が二人だけで話をしていた。
「頼るのも癪だけど、こういうのを相談できそうのはお前しかいないから…」
「死んだ人間が蘇ったか」
「あれは奇跡的に息を吹き返したとかそういうのじゃなかった。本当、ゾンビみたいだった」
「…この国の魔術はアノレカディアからの知識で大きく進歩した。しかし中には人道を外れた魔法もあり、それらは使用を禁じられて封印されている」
「な、なんだよ。いきなりゴシップかよ。ネットの見過ぎじゃないの?」
「死体を操る魔法、命を代償に何かを創る魔法…会長が持っていた人の記憶を読む魔法もそれらに分類される。他人に知られてはマズい魔法を使える者をシークレットと呼ぶが…もしかしたら会長は、あの能力で一度痛い目を見たのかもしれないねえ」
社会は並外れた魔法を隠している者を守る為にシークレットと名付けて能力の黙秘権を与えた。しかしそのシークレットという単語自体が意味を持ち、それが原因で差別を受ける人間も少なくない。
椎彦は自身の能力で過去に酷い目に遭ったのか。それともシークレットであると公表すると傷付く事を察知してひた隠して来たのかは定かではない。そんな神経質な過去があったとすれば、もう一つの顔を持ってしまうのも無理はないだろう。決して、犯罪に手を染めた事が許されるわけではないが。
「それにしてもどうするんだい?名前も顔もしっかりと覚えられたそうじゃないか。会長とジャガーノートが繋がってるとしたら絶対に報復に来るぞ。東京湾に沈められるかもな」
「本当、それなんだよなぁ…自業自得なのに逆ギレしやがって…」
当初の目的であった魔法道具研究部の廃部は防げた。しかし結果として信参と椎彦に大きな因縁が出来てしまった。
そこで解散とはならず、優は別の話題を持ち出した。
「あの日会長に追い詰められた時、カマルリングを本当に解除するつもりだった。だったら君としてはあのまま黙っておくべきじゃなかったのか?そうすれば指輪も外せて、そんな怪我をする事もなかった」
「あのなぁ、俺ってばあんたみたいに薄情なやつじゃないから」
「そんなこと分かってるさ。ただやっぱり、どうしてなのか気になってな」
「別に俺が生きたままなら廃部したって構わなかった。だけどそれ以前に、弓星は勇気を出して相談してくれた。あいつの気持ちを裏切りたくなかった。それだけだ」
「そうかいそうかい…」
「言っとくけど退部するのは諦めてないからな!そうだ、今解除しろ!実質俺のおかげで部活は無事だったんだから!」
「嫌だ。せっかく守り抜いたのに君が抜けてしまったら早速同好会に格下げされてしまうからな。それに弓星君の記憶が決め手となったんだ。君はただ蹴られてただけじゃないか」
「だけってなんだ!?滅茶苦茶痛かったんだぞ!」
それから日が落ちるまでカマルリングを解除するように怒鳴ったが、優はのらりくらりと適当な言葉を並べて断った。




