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計画は順調に進んでいる。
それは魔法道具研究部の廃部を目論む生徒会室の根津椎彦、そしてそのターゲットである部の部長の清瀬優の両名が思っていた事だった。
「調子はどうだい?」
「最悪です…本当に何も覚えていなかったなんて…」
魔法道具研究部の部室には、妙な装置を被った明とそれを見守る優の姿があった。
明が付けているのは優が開発した魔法道具であり、使用者の記憶をこの中に移す事が出来るのだ。
明は生徒会長に会う前に、グランの泉に関する記憶と、この装置に関する記憶、そして生徒会長に勝つための作戦を移しておいたのだ。
「情報通り、会長は触れた相手の記憶を読み取る魔法の使い手でした…はぁ」
「全く、君がいなかったら詰みだったね…流石だよ古土君」
「地味だけど凄いでしょ?」
喜美子は生徒会長と同じシークレットである。彼女が得意とする魔法は視界に捉えた人物の能力を分析する事だ。得意とする魔法は勿論、身体能力やどのような適正、弱点など、機械では測れないような事が直感で分かるのだ。
以前、部活動の審査会で会長と対面した喜美子は、その気色の悪い能力と、支配者としての適性の高さを不気味に感じて彼の事を記憶していたのだ。
「問題は…彼か」
「あの、ここはどこですか?あなた達は一体誰?」
教室の隅には妙な言葉を口にする信参がいた。彼も明と同じように装置そのものを始め、作戦についてなどの記憶を移していた。
荷物を持って行かせる事を口実に会長と接触させて、信参に廃部を止める意思がないと誤解させたまでは良かった。しかし部室へ戻って来て記憶を戻そうとした時、初めて見た装置に警戒した信参がまさかの抵抗。喜美子が無理矢理装置を被せて起動させたのと同時に壁を頭に強く打ち付けて気絶した。
「本当に何も覚えていないのかい?」
「はい…」
そして記憶喪失となってしまったのだ。
「礼木は大丈夫なんですか?」
「彼には悪いけどまた病院に行ってもらう事になりそうだねえ…そんな事よりも、今度は記憶の出力だ。時間は無いから今すぐに取り掛かるぞ」
本題はこれからだ。ボイスレコーダーは破壊されたがそれはダミーである。本性を捉えたのは明の目と耳で、その時の記憶を映像と音声で出力すればそれが証拠となる。
「それじゃあ自宅に行こう。泊りになるかもしれないけど大丈夫か?」
「はい。親友の家に泊まりに行くと連絡を入れました」
「親友ね。いい気分だ。それじゃあお先に失礼するよ」
優と明はそのまま部室を後にした。残った喜美子と風花は日常生活に支障が出る前に、信参の記憶を取り戻さなければならない。
「どうするのよ…礼木君、家の場所は分かる?」
「ごめんなさい、分かりません」
「困ったわね…」
持ち物を漁ったが、彼の住所が書かれている物はなかった。スマホには指紋認証を使っておらず、番号が分からない以上、家族の人に連絡を入れる事すらままならないのだ。
「ごめんなさい、凄い迷惑掛けちゃってるみたいで…」
「気にしなくていいわよ。そうね、嫌じゃなければ私の家に泊まりなさい」
「え、だけど…」
「やっぱり私みたいなのとは嫌?」
「そ、そんなこと無いです」
記憶を失っていても分かる。この明壁風花という先輩は美人に分類される。それどころかそばにいる古土喜美子や、さっき教室から出て行った二人も美少女だ。もしかして記憶を失う前の自分は物凄い幸せ者だったのではと淡い期待を抱いた。
「喜美子も来なさい。今夜はパジャマパーティーよ」
「え~…まあ副部長の身に何かあったら大変だし、いいですよ」
こうして信参は右も左も分からないまま、出会ったばかりとも言える美少女の家で一泊することになった。その前に病院で検査を受けたが、少し安静にしていれば記憶は元に戻っているだろうとのことだ。
「大事に至らなそうで良かったわ」
「病院にまで付き添ってくれてありがとうございます。あの、俺ってどういう人間なんですか?」
「私はあんまり関わらないけど…悪人じゃない事は確かね。そこら辺は自信を持ってもらって大丈夫よ」
「中学生の頃の恋人がいたようだ」
「そうだったの?じゃあ今は!?」
「いない」
躊躇なく告げられた真実に信参は肩を落とす。どうやら魔法道具研究部の女子達とは脈無しのようだと。
「副部長の明壁風花さんと同級生の古土喜美子…あとの二人は?」
「部長の名前は清瀬優。一緒にいた小柄な子が弓星明。弓星ちゃんはあなたと同じクラスなのよ」
「そうなんだ…魔法道具研究部って普段は何してるんです?」
「それは…」
「明日をよりよくする魔法道具を造れるように日々開発と実験に励んでいる」
「そうそう。それで人助けをしたりもするのよ」
喜美子が即座にフォローを入れる。嘘は吐いてないと、言葉を詰まらせた風花も頭を縦に振ってアピールした。
「へぇ~自分達で造った物で社会奉仕をするなんて、俺もいい部活に入ったなぁ」
屈託のない笑顔だった。もしもここで真実を告げたらどんな顔をするだろうか。興味はあったが二人はそのことを話さなかった。
学校から風花の家までは距離があった。このまま歩いていたら日が暮れると思った風花は、手で押していた自転車に乗る。座りやすいように改造されたリアキャリアに信参に乗せると、ペダルを漕いでスピードを上げた。
「二人乗りなんて弓星ちゃんに怒られそうね」
「部長が見ても怒ると思いますよ~」
自転車に乗らなかった喜美子はというと、キラキラと発光するローラーシューズで併走していた。
風花の自宅は高級住宅街の中にある三階建ての一軒家だった。
「お金持ちの家だ…」
「ただいまーって今週は両親が揃って出張でいないんだけどね。ご飯が出来るまでゆっくりしてて」
「俺達も手伝いますよ」
「一応あなたは病人なのよ。何かがキッカケになって記憶が戻るかもしれないから…喜美子、相手してあげてて」
信参達はリビングへ案内された。
風花は制服から部屋着に着替えると、夕食の準備に取り掛かる。信参と喜美子はテーブルに着いた。
「礼木、私達が話したこと以外で何か覚えている事はないか?」
「う~ん…あ、言葉!こうやって喋れてる!」
「そう言われればそうだな。記憶と言っても限定的で思い出がなくなってしまったのか。なら魔法道具研究部での思い出を振り返れば、記憶を取り戻すかもしれないな」
早速喜美子は、信参と部員達との出会いを語り出した。
「お前が一番最初に出会ったのは他でもなく部長の清瀬優先輩だ。オープンキャンパスで…お前は魔法道具研究部を見学しにいった。その時に入学を約束して、薬指に付けているカマルリングを貰ったんだ」
「この指輪ってそんな大事な物だったんだ…」
指輪が原因で今の学校にいるのは違いないが、ここまで捻じ曲げられた話ではもはや嘘と言ってもいいのではないだろうか。喜美子は記憶が戻った時の報復を恐れつつ、明の話に移った。
「部長と一緒に帰った子がいただろ。あいつは弓星明という名だが、明とは入学初日に出会ったらしいな。しかもお前があいつを助けたとか」
「助けた?俺って何したの?」
「なんでもあいつ、初日に自転車の鍵を失くしたみたいでな。慌てていたところでお前に声を掛けられたらしい。結局鍵は職員室に届けられていたようだが、礼木のアドバイスがなかったら日が暮れるまで捜し続けていたかもしれないと、それぐらいパニックになってたみたいだ。そういえばあいつの自転車は入学祝いに買ってもらったとか…」
記憶が無いので実感が湧かないが、人の役に立てていたのなら良かったと思う事にした。
「…お前はお助けマンだな。私も初めて出会った時に借りを作ったぞ」
「そうなの?」
「あぁ、校門の前に大きなハクギンナンの樹があるだろ。そこに登った猫が降りられなくなっていて困っていたんだ。先生達を呼びに行こうとも思ったが、その時に落ちてしまったらキャッチしてやることも出来ない。そんな大ピンチの時にお前が現われた。妙なノートで魔法を発動し、周囲の物体で梯子を構築してくれたおかげで猫を降ろしてやる事が出来たんだ」
「へえ~」
「お前に頼まれて入部したが、それだけで借りを返したつもりはない。何か困った事があったらいつでも相談していいからな」
残る部員は一人。風花はご機嫌な様子で料理を作っていた。
「あの人は副部長の明壁風花先輩。あの人との出会いは…そんな運命的ではないな。私達も一緒で普通に挨拶したし」
「そっか…でも夕食用意してくれたり泊めてくれたり、優しい人なんだね」
「あぁ…そういえばあの人と初めて会った日、やけに部長の機嫌が悪かったが…そうかそういう事だったのか」
「どうかしたの?」
「なんでもない。今紹介した4人の他に3年生の部員が3人いるが、受験勉強で一度も顔を見せた事はない。今後会うことはないかもな」
「顧問は?」
「別の学校に勤めているぞ。しかしよほど愛着があるのか、顧問として名前を残していてくれてる」
妙な人がいるものだ、というのが顧問に対しての感想だった。
そうして魔法道具研究部での出来事を振り返ったが、信参は特に何も思い出さなかった。
しばらくして風花の作ったカレーライスがテーブルに並べられた。
「凄く美味しいです!」
「礼木君の好きな物が分からなかったから、こんな簡単な物になっちゃってごめんなさいね」
律儀に感想を伝える信参に対し、黙々と食べ続ける喜美子は態度で示したのだった。
「おかわり!ありますか?!」
「早っ!あ、あるから好きなだけ食べてちょうだい」
食欲旺盛な喜美子が鍋と炊飯器を空にしていく。先に食事を終えた信参はシャワーを浴びて、寝間着として予備の体操服を着た。
「副部長、俺ってどこで寝ればいいですか?」
「リビングで大丈夫?客人用の敷布団があるからそれを使って欲しいのだけど」
「ありがとうございます」
テーブルを壁に寄せて布団を敷いてからすぐに横になった。まだ午後9時前で寝るには早い気もするが、目が覚めたら記憶は戻っているかもしれないと安静にした。
「それじゃあ私達は自分の部屋に行くわ。何かあったら連絡ちょうだい」
「分かりました。おやすみなさい」
「おやすみ。記憶、戻るといいわね」
女子とのお泊まりイベントは呆気なく終わりそうだった。それでも屋根の下で寝れるだけで有難い。泊めてもらった事に感謝しつつ信参の意識が沈んでいく。
「きゃあぁぁぁ!」
しかし悲鳴が聴こえると即座に起き上がり、風花達のいる部屋へ走った。
「大丈夫か!」
「ゲジゲジゲジゲジゲジゲジ!」
「虫が出たの!身体が長くて速いやつ!」
風花は泣きそうになりながら、手に持っていたスプレー缶を渡して信参を盾にするように背後へ回った。
「ゲジゲジですか?古土、大丈夫か?」
「あぁ、足に変な感触がして思わず跳ね上がってしまった…私達の安眠の為にも早くやっつけてくれ」
「はいはい、それじゃあ──」
「部屋を殺虫剤で埋め尽くすのはナシよ!身体に悪いし匂いが残るし!それに余計な奴まで出てくるかもしれないから…」
「えぇ~…」
二人の証言を頼りに、最後にゲジが隠れたという棚の裏にスプレーを撒いた。
「あっ出てきた」
「それゲジじゃなくてゴキじゃないの!?」
思わぬ同居人に風花は悲鳴をあげた。それを逃がすまいとスプレーを噴射した事でゴキブリは絶命した。
「そんな汚い部屋には見えないけどな…」
「調べたところによればゲジゲジの毒が弱くゴキブリを食べる益虫らしぞ。礼木、出来るなら殺すのではなく退去させるんだ」
「そんなことして帰って来たらどうするの!?いい、これからこの部屋で見つけた虫は希少種だろうと殺しなさい!それと喜美子は死骸の処理!トイレで流してしまいなさい!」
どっちだよ、と心の中でツッコミつつ、副部長であり住人である風花の命令を優先させて、家具の隙間に容赦なく毒ガスを噴射していった。
「虫からすればとんだケミテロですね」
「これは粛清よ!ここは私の部屋なんだから!」
そんな邪知暴虐な姫に、勇敢に立ち向かっていく一匹のゲジの姿があった。
「いやぁぁぁ!こっち来てる!礼木君!」
「えぇ!?」
すると邪知暴虐の姫こと風花は、見た目にそぐわぬ怪力で信参を引き寄せると、そのまま彼を武器にしてゲジを叩き潰してしまった。
「そういえば副部長って筋力強化の魔法が得意でしたね…」
「これで一件落着だわ。身分をわきまえない虫のクーデターも鎮圧した事だし、寝ましょうか」
「その前に…これ、どうするんですか?」
後頭部からゲジに叩きつけられた信参は当然ながら気を失っていた。
「とりあえず、顔を洗ってあげて」
「私が?嫌ですよ、ジャンケンで──」
「副部長命令よ」
「…そういう横暴なところ、部長ソックリだな~」
仕方なく信参の身体を抱え上げ、喜美子が目指したのは洗面所や風呂場ではなく、部屋を出てすぐのところにあったトイレだった。
「まさかあなた、便器の水で顔を洗う気!?」
「副部長の中の私がどういう人間なのか想像も付きませんが…トイレのついでですよ」
負傷者を連れたままトイレに入る。少しすると水の流れる音がして、バシャバシャと何かを洗う音が聞こえた。
「はい、洗面完了。それにしても頑丈な頭だなぁ」
「一応聞いておくけど…おしっこで洗ったわけじゃないわよね」
「んな馬鹿なこと!聖水なんてこいつにはまだ早いですよ!」
「…それにしても可哀想な事をしてしまったわね」
「どうでしょう、案外さっきの衝撃で記憶が元に戻るかもしれませんよ」
「そ、そうだといいのだけど…」
そして次の日の朝…
「ふぁあ~…あれ?ここどこ!?」
喜美子の予想通り、信参は記憶を取り戻したのだった。




