@27
怪我の治った信参は松葉杖を使わずに登校していた。
(9月も終わったのにまだ暑い…あっ弓星だ)
通学途中に明の姿を見つけて声を掛けようとする。しかしどこか暗い表情の彼女を見て、一旦ブレーキが掛かった。
(どうしたんだろう…)
何か悩み事があるのかもしれない。こういう時は声を掛けるべきか、調子が戻るまでそっとしておくべきか。こちらは悩みに悩んだ末、その後ろ姿を放ったまま学校まで歩くのは友達としてどうかと思い、行動に移った。
「弓星、おはよう」
「あっ…うん、おはよう」
いつもと違って覇気がない。これまでにも悪い夢を見たりスマホを忘れて不機嫌だった事はあったが、今回はそれとは全く違う様子だった。
「何かあった?」
「…いや、別に」
「その感じ、明らかに何かあったでしょ。また怖い夢でも見たの?」
「何もないって…ほっといてよ」
「…困りごとがあるなら相談に乗るよ」
信参がしつこく話し掛けると、明は足を止めてその場で立ち止まった。
「あんたは気楽でいいわよね…部活嫌いなんだし、むしろ清々するんじゃない?」
「部活の話?もしかして清瀬に何かされた?」
「そうやってあんたも、そんなにあの部活が嫌いなの?」
普段はしない怒り方を見て、思わず言葉が詰まってしまう信参。そのまま明は思っていた不満を爆発させた。
「確かにトラブルだらけの部活かもしれないけど悪い事ばっかりじゃない!怪我だって治してくれたし、脱走した動物は捕まえたし、使う機会が無いだけで便利な道具だって造ってくれた!上辺だけ見て気に入らないから廃部なんて酷すぎる…ごめん、私帰る」
すると明は来た道ですらない全く別の方向へと走り出した。
「待ってよ弓星!」
明を追って信参も走り出した。彼が身体の力だけで走るのに対し、彼女は蓄積した電気を体力に変換して走っている。やがて息を切らした信参が足を止めて立ち止まるはずだった。
「いつまでついて来るつもり!?」
「お願いだから話を!うおっ!?」
「礼木!」
しかし信参はカラスに荒らされたゴミ捨て場の前で足を滑らせ、ガードレールの支柱に頭をぶつけた。それに気付いた明は慌てて引き返したのである。
「大丈夫!?今すぐ救急車呼ぶから!」
「いってって…ありがとう」
幸いにも傷は浅いようだが事故は事故。明は救急隊が駆け付けるまでの間、彼のそばから離れなかった。
「ごめん、私が逃げたばっかりにまた大怪我させちゃって…」
「松葉杖が爆発した時に比べたらマシだよ。それで何があったの?」
「私の事はいいよ」
「よくないよ。魔法道具研究部に関わる事なんだろ?だったら俺にだって大きく関係するね」
それでも何も話そうとしない彼女の目を、信参はジッと見つめた。
「もしも言ってくれないなら俺にだって考えがある。癪だけど清瀬に頭下げて、悩みが分かる魔法道具を造ってもらう」
「他人頼みじゃない…」
そう言いつつも、優に頼るという選択肢を出した信参が少し意外だった。因縁となるカマルリングの件があり、普段なら毛嫌いしている相手に頼ろうとする姿が想像できなかった。
「そんなに知りたいの?」
「うん」
「…分かったわ」
真剣な眼差しに根負けした明は、先日の放課後の生徒会長とのやり取りをそのまま伝えた。
「それじゃあこのままだと、廃部になるのか…」
「…深刻ぶってるけど本当は嬉しいんでしょ?」
「んなわけあるか!カマルリングは廃部になっても起動する!入学以来の絶体絶命のピンチなんだぞ!」
遠くからサイレンの音が聴こえてくると、明は両腕を振って場所を知らせた。
「放課後もう一回話そう!教室で待ってて!」
「頭打ったのに学校来るつもり!?明日にしなさいよ!それかラインで!」
「そんなこと言うけど絶対休む!それに既読すら付けないだろ!約束だからな!もう逃げるなよ!」
信参は救急車に乗せられて病院へ運ばれた。
明は時間を確認する。このまま登校しても遅刻するだけだが、成績には余裕がある。しかし約束をしてしまった以上、このままバックレるわけにも行かない。仕方なく、2時限目から参加できるようにゆっくりと学校へ歩いた。
約束の放課後になるまでの間、自分はどうするべきかを考え続けた。監視の目的で入部した魔法道具研究部だが、既に悪い印象はない。むしろ庇おうかと思った程だ。しかし生徒会長や風紀委員の人達からは、こちら側の人間として見られている以上、部の味方をする事は彼らへの裏切りになるのではとも思った。
誤った選択をしたら自分はいじめに遭う。生徒会長から圧をかけられた時の感覚はハッキリと残っており、それが被害妄想を生んでいた。
帰りのホームルームが終わって続々と生徒が出ていく中、明は自習をしつつ信参が来るのを待った。
本当に来るのだろうか?もしかしたら重症で、今日はもう病院から出て来れないのでは?時間が経つにつれて、帰ろうかという気持ちが強まった。
「…あんな風に怪我して、来れるわけないじゃない」
自分に言い聞かせるつもりで呟き、席から立ち上がったその時だった。
「弓星!いるか!?」
「礼木!」
信参はやって来た。額にガーゼこそ貼っているものの、調子は悪くなさそうだった。
「良かったぁ間に合った!ごめん、遅くなった」
「いや…それで、何を話すの」
「これからの事だよ。どうやって廃部を防ぐか…やっぱりあいつらにも相談しないとダメだよな…」
「そんなこと…」
「まずは先生に相談だよ。あっでも生徒会長っていうからには信頼も厚いだろうし、なんとかして証拠を掴まないといけないよな。やっぱりあいつに頼るしかないか…」
「…やっぱり、その指輪が起動して死ぬのが怖いから?」
「え、なに?」
「そうやって廃部を止めようとするのって、別に部活が大切だからとかじゃないでしょ。無理しないでいいよ。私から部長に説明して、それでもダメそうだったら指輪は解除させるから」
あまりにも厳しい言い草だった。これには流石の信参も口調を変えて反論した。
「無理しないでってなんだよ。今まで誰にも相談しようとしなかったくせに。弱味を握られてたわけじゃないんだ。本当に部活が大切なら早くに相談するべきだったろ!」
怒鳴られたその時、生徒会長の威圧を思い出した明は身体を震わせて膝を付いた。
「ご、ごめん!大きな声出しちゃって…」
「…あんたの言う通りよ。だけど仕方ないじゃん。あんなに怖い思したの初めてなんだから!下手に逆らったらの高校生になるまでの努力が水の泡になる!そう思ったら従うしかないじゃん!」
明が受けた苦痛をどう考えるかは人それぞれだ。継続的な事ではないし、あくまで悪事の片棒を担がされそうになっているだけで直接的な被害は受けて居ない。
しかし彼女の取り乱す姿を見て、これはいじめだろうと思った。
「話してくれてありがとう。弓星は何も悪くないよ。だから自分を責めないで」
「本当に…ごめん」
「俺は弓星の味方だから」
「そこは俺達…じゃないのかな?」
教室の外には他の部員達が立っていた。明の様子が普段と違う事に喜美子も気付いており、前々から様子を伺っていたのだ。
「全貌は分からないがようするに生徒会長絡みだな。退任も近いし、私達で盛大に祝ってやろうじゃないか」
「良くない噂はあったけど、まさか身近に魔の手が迫ってたとはね…恐ろしいわ」
「大好きな魔法道具研究部を廃部にされてはたまらない!なんとしても阻止するぞ!」
「あ、あの!…」
力が抜けた様子の弓星が立ち上がろうとする。信参は腕を貸して一緒に立ち上がった。
「私、あの人に片棒を担がされそうになって…相談せずに言う通りに従って、自分だけ助かるつもりだったんです。それで…えっと…」
優は歩み寄ると、言葉を探している明の唇に人差し指を立ててストップを掛ける。今まで見せた事のない優しい表情には、信参でさえ目を奪われた。
「部長である私が認める。君は紛れもなく魔法道具研究部の部員だ。弓星君の話を聞こうとここまでする礼木を信頼し、弓星君も礼木に正直な気持ちを伝えた。それだけで信頼に値するよ…だって礼木も同じ部の仲間なんだからな」
イイ感じに話をまとめているが、俺は指輪のせいで仕方なく部員をやっているだけだ。そう言いたげな信参は睨みつけられた。
「全員、部活動再開はもう間もなくだ。それと同時に知らないところから廃部の危機が迫っていたが臆する事はない!むしろ教えてやろうじゃないか!お前達が忌み嫌う私達に迂闊に手を出したらどうなるのかを!」
「…なんかこっちが悪役みたいだな」
呆れた信参だが、少し表情が和らいだ明を見て安堵した。
廃部はなんとしても阻止しなければならない。自分の為、そして勇気を出して話してくれた彼女のためにも。




