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魔法道具研究部がグランの泉探しを開始して2週間が経過した。途中から部長と副部長の作成した魔法道具を導入したが、泉は発見できずに本日の探索も終了。通い慣れたレストランゴ・リーダのいつものテーブル席で夕食を取った。
「はぁ~」
流石にこうも上手くいかないと、いつもテンション高めな喜美子でさえ溜め息を吐いた。先日に比べると、テーブルに並んでいる料理の量が少ない気がした。
「毎日毎日こう…なんなんですかね。そろそろ報われてもいいと思うんですけど」
「その理論でいくと私達より先に探し始めていた人が見つけてしまうぞ」
「例えばの話に突っかかって来ないでくれませんか…」
「希望的観測は程々にしないと、後々の精神的ダメージが大きくなると言いたいんだ」
「こら優、弓星ちゃんに当らないの」
普段なら優にさえ真面目に接する明が、今回ばかりは反抗的な態度を取った。そうしてどんよりとした空気の重みが増していった。
「…そういえばせっかく遠出してるのに、こっちに来てから毎日泉探ししかしてないな」
「気分転換したいなぁ」
信参と喜美子はそう言いながら、宿で貰った観光客向けのパンフレットを覗いていた。
「部長さん、気になっていたのですが…」
「なんだい?」
「魔法道具研究部の部活動は毎日あるんですか?」
「…はい?」
「ここに来てから毎日泉探しをしてくださって、こちらとしても非常にありがたいですが、たまには休息を取る事も大事だと思いますよ」
「…休んで良かったのかい?」
「その判断は部長さんにお任せしますけど…宿題とかもあるでしょう?皆さん学生ですから、依頼よりもそちらを優先していただかないと」
「これまで毎日、依頼主の君が探索に同行してきたのは?」
「依頼主だからって怠けているわけにもいきません。この中で誰よりも泉を望んでいるのは私ですから、だからこそ動かないといけないでしょう?」
優は今まで勘違いをしていた。これまでの探索に紅夜が同行してきたのは、自分達がサボらないよう監視をするためだと。しかし実際は彼女が述べた通りであった。
「はぁ…あぁもう!それじゃあ明日はお休み!なんなら明後日もお休みだ!」
すると部員達はキラキラと目を輝かせた。
「本当なの?休んでいいのね!?」
「気になるスイーツのお店を見つけたんですよ!皆で行きませんか!?」
「行く行く!」
「…元気過ぎだろ」
どうやら明達は町をブラブラと回るつもりらしい。しかし信参は彼女らと違って、部屋に籠ってのんびりする気だった。
「礼木、明日はどうするつもりだい?」
「なんだよ…疲れてるから寝るんだよ。寝、る、の…邪魔したら承知しないからな」
「ただ部屋に籠ってるだけじゃ回復しないよ?どうだい、明日は私と一緒にお出掛けしないか?」
「いっ…」
部長の不敵な笑み。それは断った場合はどうなるか分かってるな?という警告にも感じた。
「いいけど」
「いや~嬉しいね。休日にも仲良くしてくれる部員がいて私は幸せだよ。あっはっは!」
「いいですね。私も御一緒していいですか?」
魔法道具研究部ではない紅夜がそう言い放った瞬間、優の笑いが止まり空気が凍った。
「えぇ、いいですよ」
さらに何も分かってない信参が勝手に同行を決め付けてしまい、優の瞳から光が消えた。
「あなたも女なのね…そんな顔、初めて見たわ」
「ぶ、部長、スマイルスマイル!」
「ま、魔女だ…」
こうして最悪な空気のまま夕食は終わった。それに気付かなかった信参はある意味で幸せと言える。
そして次の日、宿の前で待っていると、優と紅夜が一緒になって建物から出て来た。
「お待たせしてすみません」
「いやぁ、待たせたね」
「いえいえ。せっかくの休日なのでのんびり行きましょうよ」
信参は優に対して敬語を使わない。なので微笑んで喋っている彼は隣にいる彼女とだけ話しているのではないかと、優はモヤモヤとした感情を抱いた。
「今日の恰好、いつにも増して凝ってますね」
「…でしょでしょう?今までは森の中を探索するという事もあって汚れてもいい安物の服だったんですけど、今日のために昨晩、町のブティックで買い揃えちゃいました~!ほら、部長さんもこんなに可愛くなっちゃって!」
「…ど、どうだい?」
ここまでは昨晩の打ち合わせ通りだ。今の信参は優を意識しない様にするだろう。だから紅夜が話の流れを作り、優へと視線を向けさせる。
(全く、どうして私の周りにはこう、恋愛事に敏感なやつが集まるんだ…しかし彼からの印象は今のところ最悪と言っていい。一体何を言われるか──)
「に、似合ってるんじゃねえの…」
意外な反応に優は何も言わず、ただ顔を赤くした。
信参は男だ。どれだけ嫌な相手だったとしても、それが美人でお洒落で、とにかく自分好みの恰好をしていたら僅かながらもそれに惹かれる単純性を持ち合わせていた。
「ふ、ふふん。そうだろう?」
「良かったですね。昨晩はこれで何も言われなかったらどうしモゴォ!」
口の減らない紅夜を黙らせようと、年上相手に容赦なく取っ組み合う優。そんな風に楽しそうにしている二人を見ていた信参は、羨ましく思っていた。
気を取り直して三人は出発。近くの駅からバスに乗り、向かう場所はコロという湖である。
「湖に行って何するんです?釣りとか?」
「自然を眺めながらのんびりとする…まあピクニックというやつだ」
「えぇ、退屈そう…」
「何か気の紛れる事をやらない事だけがリフレッシュじゃありません。何もしない事がリフレッシュにもなるんですよ」
そういう物なのだろうか。先輩達の言う事は理解できないと、信参は首を傾げた。
湖の最寄り駅で降りてからは緩やかな芝生の坂を歩いた。そしてコロの湖に到着した。
「部長さん、お願いします」
「はいはい。ピクニックセット、起動!」
優はハンディサイズの箱に魔力を流し込み、少し離れた場所へ放り投げた。すると箱は大きくなって展開。展開された箱にはパラソルやチェアなどの他、冷蔵庫なども付属していた。
「外装がシートになってその中には装備一式…これも魔法道具なのか」
「どうだい?凄いだろう。まあ市販されてる程の物ではないがね」
太陽は雲を出入りする。風は穏やかで、外で過ごすには最適な日だ。紅夜は椅子に座ると分厚い参考書を読み始めた。
信参も最初はボーっと湖に浮かぶ小舟達を眺めていたが、何もせずにはいられないという質の彼は次第に退屈になってきた。
「清瀬、何してんだ?」
「部長と呼びたまえ…運試しのクローバー探しだよ。ここで四つ葉が見つかればグランの泉は見つかるはず」
「…見つからなかったら?」
「それはそれで泉を見つける運をここで使わなかった事になるじゃないか。ほら、君も探したまえ」
「へいへい」
恰好のせいだろうか。前までと違って、信参から優への当たりが弱くなっている気がした。
途中から面白がった紅夜が参戦。ちょうど昼時に彼女がクローバーを見つけて昼食を取る事にした。
「まさか本当に見つかるとは…」
「なぁ?探してみるものだろ?」
「見っけたのは末永さんだろ」
「私の提案した効率的な探し方のおかげだろう。君こそ、私が探した場所をチョロチョロ探してたじゃないか」
「まあまあ…あら?電話…すみません、失礼します」
紅夜は靴を履いてピクニックセットから離れると、スマホを取り出して通話に出た。そこに至るまでの動作もとても淑やかで、育ちの良さを感じた。
「…惚れたのかい?」
「そんなんじゃねえよ!…ただ、上品だって感じただけだし」
「そうかい。礼木、部活動は楽しいか?」
「なんだよ藪から棒に…こんな指輪嵌められて強制的にやらされて、しかも夏休みは合宿状態。嫌に決まってんだろ」
藪を突いたら怒った蛇が出てきた。そんな風に思わせる感想だったが…
「…でも、こうやってのんびりするのは嫌じゃない。魔法が掛かった森の中にあるグランの泉を見つけるなんて無理かもしれないけど、それでも見つけられたらって思ってる」
「そうかい。そうやって部活動に少しでも前向きな意見を聞けただけ嬉しいよ」
「言っとくけど依頼だから真面目にやってるってだけだからな」
優からその顔は見えなかったが、湖の方を向いている彼はいつにもなく穏やかな表情をしていた。
通話を終えた紅夜が信参達の元へ戻って来る。しかしさっきまでとは違いどこか暗い表情をしていた。
「どうかしましたか?」
「すいません…急な用事が出来てしまって、明日には元の世界に帰る必要が出てしまって…」
「そ、そんな!?それじゃあ泉探しは…」
「皆さんと泉が願いを叶える瞬間を見れないとなると…依頼は取消という事でお願いできます?費用なら今夜までに用意するので」
「キャンセル料なんて必要ないさ。元々タダでやってる事だからね…しかし急だね。一体どうしたんだい?」
「同級生…と言っても顔見知り程度なんですけど、そちらの方がトラブルを起こしたようで…同クラスである生徒達は学校へ集まるようにと連絡が来たんです。それと、明後日から海野高校の全生徒はアノレカディアへの移動及び滞在を禁止されるようで…何日も使わせてしまったのに、こういう形になってしまって申し訳ありません…」
「エリート校の学生がトラブルね…中々厄介そうな話だが…残念だ。しかしまだ一日ある。私達も…おや」
残りの時間を泉の探索に使おう。そう提案する前に、信参はピクニックセットを畳んで準備を終えていた。
「急いで探しに行きましょう!四つ葉のクローバーだって見つかったんだし、末永さんがいてくれたらきっと見つかりますよ!」
「礼木君…」
「それじゃあ他の部員にも召集をかけるかぁ」
紅夜の急な予定変更に合わせ、信参達は再びトルフォレストの前へと訪れた。泉はまだ発見されていないのか、これまで通り盛り上がっていた。
「弓星君達はまだか…」
「3人で行きましょう。危険な魔物がいないといえ、森での単独での行動は危険です」
「時間がない…!」
そうしてこれまでと同じように、森の中へ突入し、追い出されても諦めずに再度挑戦という体当たり戦法での捜索を行った。しかし昨日に比べると森から追い出されるペースが早く、運が味方していないようにも感じた。
「もう一回だ!」
「そうこなくちゃねえ!」
信参と優はここに来て気持ちが合わさった。二人とも、自分達に謝って来た紅夜の表情が頭の中に刻まれてしまっていたのだ。このまま終わってしまっては心残りがあり過ぎる。
なんとしても見つけてあげたいと思い、グランの泉に辿り着く事を願った。
しかし現実はそう甘くなく、急な悪天候となり雨が降り始めた。
「このままだと雷が落ちるかもしれません!捜索は中止しましょう!」
「だけどまだ!」
「明日までには時間がある!」
次の瞬間、離れた位置に雷が落ちた。これ以上の捜索は本当に危険だ。
「危険です!お願いだから──」
「そんなに怖がらなくても、私なら雷の一発二発、魔法で吸収できますよ」
最悪のコンディションとなったその時、明達が駆けつけた。
「遅かったじゃないか!」
「喜美子が迷子になって大変だったんですよ!」
「二人が私を置いてったのが悪い!」
「それでどうするの?捜索は続けるの?」
「勿論、続け──」
「お願いですから、もうやめてください!」
信参が森へ走り出そうとした時、紅夜は大声で制止した。
「皆さんが私のために頑張ってくれてるのはとても嬉しいです。その気持ちだけで充分です!だけどそのためにもしも事故死してしまったら、私はどんな思いでこれから過ごせばいいんですか!」
興奮気味だった優達は冷静になった。雷が起こっている中、森に入るなんて命を捨てに行くような物だ。
しかしそれでも、冷静になっても尚、彼女達は諦めたくなかった。
「これは末永さんだけのためじゃない。今日まで頑張って来た自分達のためでもあるんだ。私より1年長く生きているんだ。分かるだろう?」
「プライド…という物でしょうか」
雷に耐性のない一部の冒険者は森から離れて行く。しかし彼女達は今度こそ泉を見つけるために、森の奥へと進んだ。
「私が魔力として雷を蓄積出来るのは精々1発。それ以上は一度放電してからじゃないといけないし、今の状況で放電なんかしたら大事故に繋がるから…」
「チャンスは一度きりか…皆、強く祈れよ!」
頼みの綱は明の魔法である。電気を得意としている部員を引き入れてくれて良かったと信参に感謝した。
「来る!」
電撃を予感した明は両手を掲げて魔法陣を展開。空から落ちて来た雷をその身体で受け止める。
「大丈夫!?」
「近付かないで…感電、するわよ!」
雷を受け止めた明はその場で膝を付く。歩けそうになかったところを信参が背負った。
「悪いわね…」
「それどころか大助かりだ…だけどグランの泉は一体…」
もう悠長としていられない。次の雷が来る前に森を出なければならなかった。
「…礼木、部長として君に命令する。君が道を選べ」
「お、俺が!?」
「もしも森から出てしまっても誰も責めやしない」
その約束に他の部員達も頷いた。
「だったら…」
自分を信じて前へ進むべきか。右手の法則というのがあるから右へ進むか。それともそのどちらでもない左か。信参は目を閉じて考えた。
「右へ進みます!」
「理由は?」
「泉は水が湧き出るところ!そんで水と右の語感が似てた!実際一文字違いだし!それだけだ!」
「いいね!面白い!気に入った!行こうじゃないか!」
これで全てが決まる気がした。一行は息を呑んで、回って右へと進んだ。
「…この身体が妙な感覚、やっぱ戻されちゃうの?」
「私達が呪樹の前に辿り着いた時も追い出された時と同じ感覚だったわ。まだ諦めないで!」
「君達呪樹の前まで行ったのかい?やるねえ!」
「そうでしょ!凄いでしょ!ついでにその場にいた凄そうな冒険者からサイン貰いましたほら」
「これは…知らない冒険者のサインだねえ!」
「緊張感ないなぁ…!」
「皆さん!正面を見てください!」
広い場所に出た。呪樹はなかったが、どうやら自分達が入って来た場所でもなかった。
「あ、あれは…」
その中心には黄色く光った泉が湧いていた。
「グランの…泉!」
果たして、遂に一行はグランの泉に辿り着いたのである。
「…末永さん!ここまで来たんだ!あなたが願って下さい!」
「分かりました!」
信参に促され、紅夜は泉へ駆け寄る。そして大きな声で願い事を叫んだ。
「この雷をどうにかしてくださあぁぁぁぁぁあい!」
水滴が落ちる映像が逆再生されるように、泉の水が宙に浮かび上がり球状になる。完成された玉が空へ上がった瞬間、雲が消滅して星空が広がった。
「て、天気が一瞬で変わった…」
「びっくりだ!風の魔法で空が晴れる光景とは違って、元々雷雲なんてなかったかのように天気が変わってしまった!これがグランの泉の力なのか!」
「…副部長、電気に関連することなら、AIに完璧な読書感想文を書かせて欲しいって頼んだら書いてくれたんですかね」
「売電首相になる夢はどこいったのよ…」
グランの泉によって願いは叶えられた。しかし泉には僅かに水が残っていた。
「残りの願いはどうしましょう…」
「瓶に入れて持って帰るのはどうです?」
「それを昔試した人がいたんですけど、泉から掬った時点でただの水になってしまうそうで…」
「…それじゃあ今回のMVPにご褒美を与えてはどうだい?」
今回のMVP…それは満場一致で、ここにいる全員の命を守ってくれた明だった。
「え…私ですか?…だったらもっと強くなりたいな…なんて」
「だそうだよ!もう一声頼む!」
「はい!…すぅぅぅ…残った力で弓星さんを強くしてあげてくださぁぁぁぁあい!」
紅夜は先程よりも大きな声で願った。すると泉の水は全て玉となり、背負われていた明の元へ。そして彼女の身体に吸い込まれるようにして消えていったのである。
「…あれ?身体が楽になった」
動けるようになった明は信参から降りて、その場で動き回った。
「ふむ、電気の魔法が強化された事で蓄積量が増加。それに伴って身体への負担が減ったのかもしれないね」
「やったー!私、本当に強くなっちゃった!」
「それにしても彼女、あんな風にはしゃぐものなんだね…」
森を出た時に信参達は注目を浴びる。しかし彼らが何も言わず、こんな子ども達がグランの泉を見つけたわけでもないだろうと決めつけた冒険者は、あるはずのない泉探しを再開するのだった。
「皆さん、ありがとうございました…」
「見つかって良かったよ。どうだ、泉の現象を目の当たりにして、実際に再現出来そうか?」
その質問に他の部員が唾を呑む。もしも泉の力を再現されて、その技術が優に渡ったとなれば、どれだけ大変な事になるか想像も難くない。
「…無理ですね」
「ふふ、だと思ったよ。あの泉の力は魔法とも違う。アノレカディアよりも技術が遅れてる私達ではきっと無理だろうとね」
「それに…皆さんと一緒に探して思いました。グランの泉に頼らずとも、諦めなければ願いは叶えられる。もしも泉を再現してなんでも出来るようになったら、それは願い事ではなくただの注文でしかないんです…それに探し始めてから今まで、すっごく楽しかったです!皆さん!本当にありがとうございました…グスッ」
「ハンカチ、どうぞ」
「ありがとうございます…」
風花から受け取ったハンカチで涙を拭う紅夜。それを見た一年生組も貰い泣きしてしまった。
「かなりの事をやり遂げたんだ。盛大に祝勝会…といきたいが、明日には帰らなければならないんだったね。後日部室で開くから、予定が決まったら連絡するよ」
「ありがとうございます…楽しみに…ズゥゥ!」
「あっ鼻かまれた…」
「美少女の鼻水だしいいんじゃないですか?」
「どういう理屈よ!?」
こうして夏休みの半分を使ったグランの泉探しは、大円団で幕を閉じるのだった




