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渡界門を通り、異世界へ辿り着くまでは一瞬。本物の門を通るのと所要時間は変わらなかった。
「呆気なく着いちゃったな~」
「これでも進歩したんだよ、初期型の渡界門は1時間必要だったりしたからねえ」
「へぇ~…あっ…チッ」
「ふふん、ようやく私の話に関心を示してくれたね」
「副部長かと間違えただけだし」
こちら側で出迎えてくれた係員が再度ボディチェックを行う。その時、ふと気になった事を信参が尋ねた。
「係員さんはどちらの世界の方なんです?」
「私はアノレカディアの人間ですよ。そちら側でホモ・サピエンスという学名があるように、こちらの人間にもゲーン・バイトという正式名称があります」
「そうなんですか~勉強になります」
ボディチェックが完了すると、一行は退場者専用の通路を進んだ。そこで紅夜はグランの泉について再度説明を行った。
「グランの泉は願いを叶えてくれる泉です。アノレカディアにはそれ以外にも願望を実現する力が存在しますが、グランの泉はその中でも特殊な存在で、血肉などの代償を必要としません。デメリットを挙げるとすれば、発見が非常に困難な事。言ってしまえばほぼ運、見つけられるのは選ばれし者としか言えないです」
「そんな物がアーモニカに…あれ?誰かが見つけたとしたら、既に願いを叶えてしまってるんじゃ?」
「いい質問です、古土さん。グランの泉は色によって願いの種類、水量によって願いを叶える力に差が存在するのです。今回、発見されたのは電気に関連する黄色の泉。発見者のラッキー・ウッキー氏はスマホの充電だけを願ったため、願いを叶える力が存分に残っています…発見者が無知な方で良かったです」
「電気…と言うと?」
「指定した位置に雷を落として壊滅させたり、差し出した武器に永久不滅の雷の力を付与する。あるいは電気に関連する能力を得る…電気が関連していればなんだっていいんです。半永久機関で稼働している都市を一瞬で停電させる事も可能でしょう」
「おっそろしいですね…」
「使い方を間違えれば恐ろしい物になります…だからこそ、私は泉の力を解明したい。そして世界中の人々の願いを叶えて充実させ、邪な欲を必要としない平穏な世界を創りたいんです…引きます?こういう話って」
「壮大過ぎて難しいですね~私にはなんとも言えません」
話題を広げてしまった喜美子は苦笑いした。
アーモニカ唯一のポートを出ると、そこには異世界の景色が広がっていた。
「…なんか都市部の駅前ロータリーと大して変わらないような…」
信参は異世界の知識を持たないわけではない。だから人間とは違う見た目の魔族や、二頭のユニコーンが引く馬車を見ても驚く事はなかった。
「ここから馬車に乗ってミゾという街へ向かいます。今日はそこで準備を万全にして、明日から泉を探しましょう」
依頼主である紅夜が話を進めてしまうため、リーダーであるはずの優は静かになっていた。しかし紅夜の話終えたその時、遂にマッドサイエンティストは動き出したのである。
「末永さん。馬車の交通費は必要ありませんよ」
「ほえ?」
「私達はミゾまで走って向かいます。この魔法道具、強制疾走靴で」
すると優は5人分の靴をバッグから取り出した。危機を察知した信参が馬車まで走り出したのを見逃さず、そのだらしない背中に向かって靴を投擲。すると信参の靴が強制的に優の物へと履き替えさせられた。
「な、なんだこれ!?」
「目的地はアーモニカのミゾ!逃げようとしたからなるべく険しい道を通って来い!」
「えっえっ!?ちょっと!うわぁぁぁ……」
そして信参はミゾとは逆の方向へと走り出してしまった。
その姿を見た他の部員達は青ざめた。ここからミゾまでどれだけの距離があるか知らないが、今の信参と同じような目に遭うのだと。
「ぶ、部長。急にお腹が…あいたたた!」
「私は馬車の中で読書の続きがしたいです!」
「はぁ…もう好きにしてちょうだい」
「問答無用だ!体育会系のように走って行くぞ!」
残った4人も靴を履き替えると、ミゾへ向かって全速力で走り出した。優が用意した強制疾走靴とは、履いた人間を目的地まで休ませる事なく走らせるトンデモない魔法道具なのである。
「が、頑張ってくださーい…これなら馬車じゃなくて足だけ借りればいっか」
自分の分が用意されてなくて良かった。紅夜はそう安心すると、移動用のユニコーンを借りにレンタルショップへ向かった。
開発者である優は勿論、今まで無茶な実験に付き合わされてきた風花は走るスピードに合わせて呼吸していた。
「があ…あぁ」
「うおぉぉぉ!」
しかし明は死にそうな表情で走らされており、喜美子は上半身と下半身が外れそうな痛みに悲鳴をあげていた。
「あははははぁ!こんなところで音を上げるなぁ!部活動はこれからだぞ!」
「後輩からの好感度がどんどん下がっていくわ…」
風花は今にも死にそうな後輩達に昔の自分を重ねて、頑張れと心の底でエールを送った。
そして日が暮れる頃、4人はミゾへ到着。それから少しして遠回りしていたはずの信参が、ボロボロの姿でやって来た。
「いや~身体を動かすのは気持ちいいだろう?なぁ?」
「こういう事やらされる度に縁切りたくなるんだけど…」
「ゼェ…ゼェ…ゼェ…」
「快特の電車っていっつもこんな気持ちで走らされてるのか…可哀想だ」
「清瀬…テメェ…」
「みなさん、お疲れ様です」
なんと先に着いていた紅夜は体力回復のドリンクを用意していたのだ。清瀬優の様な悪女がいれば、彼女のような女神もいるのだと、信参は感動してボトルを受け取った。
「あぁ、ありがとっゲホ!ございヴァす!」
「こちらこそ。依頼させていただいたというのに交通費までカットしていただけて恐縮です」
息を整えた一行は予め部屋を取っておいた宿へ向かった。そこで、トラブルが発生したのだった。
「部屋3つしか取らなかったんですか!?なんで!」
「部活動には予算という物があってねぇ」
各部屋に用意されているベッドは2つ。誰か一人が異性である信参と夜を共にする必要が出てしまったのだ。
「わ、私は嫌ですよ!風紀委員なのに男と同じ部屋で寝るなんてふしだらなこと!」
模範生として風紀委員になった明は当然ながら拒否した。
「先輩に読書感想文を手伝ってもらうって約束していてな…」
「ごめんなさい。この通り先約があるの。それにライトノベルって読んだ事ないから、興味あるの」
喜美子と風花は既にペアを組んでいた。こうなると残るは二人。今の状況をニヤニヤと楽しんでいる優と依頼主の紅夜であるが…
「これじゃあ仕方ないな!私と──」
「礼木君、私で良ければ一緒の部屋を使いませんか?」
「末永さんと?…いや俺は野宿しますよ。そういう経験あるんで」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよ。礼木君は隣で寝ている人に手を出すような人じゃないと信じてますから…」
「まぁ…そう言ってくれるなら」
「それでは皆さん、今日は身体をゆっくり休めて、明日からグランの泉探索、頑張りましょう!さあさあ行きましょう!夜が更けるまで恋バナしましょうね~」
信参を連れ去っていく紅夜。それを見送る優は渋い顔をしていた。しかし隣に来た明に気付くと、すぐに切り替えた。流石は上級生、アンガーマネジメントがパーフェクトである。
「そ、それじゃあ私と一緒の部屋でいいかな?」
「そんな悔しそうな顔されると…っていうか末永さんってあんな風にはしゃぐ人だったんですね。エリート校の人だから、もっと身持ちが固いかと思ってました」
「おのれぇ…一手遅れた」
「部長って礼木の事が好きなんですか?」
「なななっ!?そんなわけないだろ!」
そんな真っ赤な顔で否定されても信じらんねーよ。そんなタメ口を引っ込めて、明達は自分の部屋へ向かった。




