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バス、電車、船、飛行機。そして渡界門。自家用車などを持たない者がどこかに遠出するとしたら、これらを利用する事になる。
渡界門とはこことは別に存在する異世界アノレカディアへと安全に渡る事が出来る転移装置である。渡界門は日本国内に点在するポートという施設でのみ利用する事が出来るのだ。
桜木ポート前。動物園での日帰り旅行の時と同じように一番に来た信参は、日陰の中でぬるくなった水を飲んでいた。
「ぷはぁ…早く来すぎちゃったかな」
「おまたせしました~」
2番目にやって来たのは、その渡界門を利用するキッカケとなった末永紅夜少女だった。願いを叶えるグランの泉があるアーモニカとは異世界にある国なのだ。
「…えっ依頼主より先に来てるの俺だけ?ごめんなさい!ウチの部員達が不躾なばっかりに!」
「お気になさらず。私も早く来てしまいましたから…そんな私よりも先に待っていたみたいですけど、熱中症には気を付けてくださいね。礼木君…ふぅ」
「は、はい…」
信参の隣に立った紅夜はタオルで汗を拭う。上品さを感じさせる一挙一動に彼は目を奪われた。
「よりによって出発の日に猛暑とは運が無いですね」
「安心してください。アーモニカはここまでではないらしいので」
「…そうだ、グランの泉を見つけたら、地球温暖化をどうにかしてもらいません?」
「凄いアイデアですね。もしも見つかったら願ってみてもいいかもしれません」
「末永さんは叶えたい願いはないんですか?」
「そうですね~私はグランの泉に対しては好奇心しかありませんから…そうだ、もしも原付の免許が欲しいと願ったら、泉は免許をくれるのでしょうか。そしてその免許で公道に出ても良いのか、興味があります」
「か、変わった願いですね…」
「これって一種のパラドックスじゃありませんか?車の運転が出来るようになりたいと願ったら、泉は何を施してくれるのでしょう?技術?免許証?それともその場にガソリン満タンの車を出してくれるのでしょうか。私、凄く興味があります」
紅夜の話題は尽きる事なく、信参は他のメンバーが到着するまで話を聞く事になった。
その後、明と喜美子が一緒に到着。次に風花がやって来て、集合時間を過ぎた頃に優が歩いてやって来た。
「部長が遅いんじゃ他の部員に示しが付かないわよ」
「勘弁してくれよ。困ってる人を助けてたんだからさぁ…おはよう諸君!今日はいい天気で私も気分がいい!」
長々と挨拶を始める優。信参は話の内容に興味を持たず、グランの泉の事を考えていた。
もしかしたら、泉に願えばカマルリングを取り外せるかもしれないと。
一行はポートの中へ入った。中はエアコンが効いていて涼しく、外で待っていた自分達が馬鹿のように思えた。
「受付を済ませてくる」
優は受付のカウンターまで歩いて行く。話が聞こえなくなるぐらいまで彼女が離れると、紅夜は気になった事を尋ねた。
「礼木君は部長さんの事が嫌いなんですか?」
「えっ」
明は思わず、部外者のアンタがそれを尋ねるのかと驚愕。聞かれた信参も少しビックリしていた。
「まあ…あの人のせいで花天高校に入学することになったわけなんで、嫌いっちゃ嫌い…大嫌いですね」
「随分意識されてるんですね」
「やめてくださいよ、そういう言い方。まるで俺があいつの事を気にしてるみたいじゃないですか」
「それもそうですね。失礼しました。ところで、花天高校への進学とあの子にどういう関係が?」
一瞬、カマルリングの事を話そうか悩んだが、愚痴を零したかった信参は語る事を決めた。
「俺の入学が決まったのは、花天高校へ初めてオープンキャンパスに行った時でした」
花天高校は信参が暮らしている場所から最も近い位置にある魔法高等学校だった。若い内に便利な魔法を学んで、苦しい将来を華やかな物にするなどの野望もなく、ほんの好奇心でオープンキャンパスに来てしまったのだ。
何を学ぶのか説明を受けた後に食堂でタダ飯を食らい、余った時間で部活を見て回ろうと思った。そこで信参は近くにいた説明係の生徒に何か変わった部活はないかと尋ね、魔法道具研究部を知ってしまったのだ。
「ここが部室かぁ…失礼しま~す」
「おやぁ、見学かい?」
その時、信参は優と出会ってしまった。第一印象は、白衣のよく似合うミステリアスな少女だったが、今ではそう感じた事すら覚えていなかった。
「人が少なくて悪いね。私以外皆、手伝いに行ってしまって」
「い、いえ…魔法道具研究部ってどんな事をするんですか?」
「まずはそこからだな。実際に造ってみながら学んでみよう」
信参と優は机を並べた。優は魔法道具の造り方を説明しながら部活動の説明を挟んでいたが、信参は造るのに夢中で部活動の事は何一つ聞いていなかった。
そこで何を造ったのかは覚えていない。その後の事で捨ててしまったので、確認する事も出来ない。
「出来たぁ!…お姉さんは何を造ってるんですか?」
「清瀬優だよ。そしてこれは私と君とのエンゲージリングだ」
優は完成させた指輪を信参の左手薬指に嵌める。
エンゲージリングと言われた事もあって意識してしまい、信参は落ち着いていられなかった。
「私と君との出会いに祝福を…」
「あはは…ありがとうございます」
嬉しくも恥ずかしい信参は指輪を抜こうとした。しかし、どれだけ引っ張ってもエンゲージリングは薬指から離れなかった。
「いてて…あ、あれ?抜けなくなっちゃった…」
「実験開始だ」
突然、部室の真ん中にマネキンが現われた。マネキンは薬指に信参と同じように指輪を嵌めていた。
「この指輪の名前はカマルリング。私との約束を絶対に守らせるための誓いの指輪だよ」
「や、約束?っていうか嵌っちゃって取れない!救急車呼んでくれませんか?」
次の瞬間、マネキンは大爆発。怪獣映画のカポック爆破のように派手な散り方をしたマネキンの一部が、信参の左肩に命中した。
「いたっ!」
「その指輪はね、私との約束を破った者を今みたいに爆発させるんだ」
「へ…えぇ!?」
目の前であんな物を見せられて疑う余地はなかった。目的は何か?金かと決めつけると、信参は売れそうな物を全て差し出した。
「た、助けて!命だけは!」
「あぁ、こんな物はいらないよ。私はね、興味があるんだ………追い詰められた人間がどれだけの力を発揮出来るのかを。何より君には才能があると見た」
「え…?」
「約束だ。3年生になったら花天高校の受験を受けて合格して、そして入学するんだ」
信参の薬指に小指を絡めて異形の指切りを交わすと、優しい声で告げた。
「その指輪は君に預ける。中学卒業したら絶対に返しに来い。立派なここの生徒になってな」
その次の日から信参は猛勉強に明け暮れた。そして2年後の入学試験で見事に合格してみせたのだ。
しかしカマルリングは指に嵌ったまま。今は魔法道具研究部を存続させるという約束が結ばれているのだ。
「あ、あんたって中々悲惨な青春を送ってきたのね…」
「だからあの日、私に入部するように頼んで来たのか。妙な恩の売り方をすると思っていたが…」
同級生二人は同情しつつも困惑気味だった。
「優がそんな酷い事を…」
「ホント酷すぎますよ…」
「私から外せないか頼んでみるわね」
副部長である風花もこの事実は知らなかったようだ。話を聞き終えた彼女は、手続きをしている優の元へ歩いて行った。
「う~ん…その指輪、ちょっと見せてもらえますか?」
「え…どうぞ」
差し出された左手を取り、紅夜は指輪を観察した。
「これは…」
「エリート校の人ならなんとか出来たりしますか!?」
「ごめんなさい。これは…」
「そうですか…」
受付を済ませた優は風花と一緒に戻って来た。
「やあ礼木。何やら副部長に相談したみたいだが調子はどうだい?」
「ごめんなさい。論破されてしまったわ…」
そうして、カマルリングを外せるのはまだ先になりそうだと落胆する信参なのであった。
「受付番号70番、花天魔法高等学校魔法道具研究部様。入場ゲートNo.6へ起こしください」
「事前に予約していたのにここまで時間が掛かるなんてまるで病院みたいだねぇ」
アナウンスの通り、一行は入場ゲートへ向かう。そこで荷物チェックを受けてから、係員に渡界門が設置された別館へと案内された。
「…あ、そうだ」
「どうしたのよ?」
「俺、異世界に行くのってこれが初めてだ」
強制的に行くことになったが、それでも胸の中に溢れるワクワク感は抑えきれなかった。
「何ソワソワしてるのよ。もしかして緊張してる?」
「いや…えへへ」
「いい?国外で歩く時はスリに気を付ける事。特に人混みを歩く時は貴重品をバッグの中に入れて、前側にしておくのよ」
「心得たよ。ありがとう」
渡界門を画面越しではなく実際に見るのもこれが初めてだった。
門が起動したその時、明はふと信参の顔を見た。彼の瞳がキラキラと輝いていた。門からの光が反射してそう見えただけだ。しかし彼女には、抑えきれなくなった感情が瞳から溢れてしまったのだと思えた。
「いってらっしゃいませ!よい旅を!」
安全バーが上がり先頭を歩き出したのは、他でもなく喜美子だった。
「いっきまぁぁぁす!」
「いやアンタが先なんかい!?」
こうして信参達はグランの泉を探しに、異世界の国アーモニカへと旅立った。




