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日帰り旅行当日である。横浜東動物園入場口前では、一番に来た信参が他の部員を待っていた。
(ちょっと早過ぎたかな…)
集合時間の11時までにはまだ30分もある。信参はガラスに映った自分の恰好を見て、髪を整えたり格好に問題はないかとハラハラしていた。
これが前日まで嫌々ボヤいていた少年の姿である。
しばらく待っていると、洒落た格好をした明と喜美子がやって来た。
「意外ね。昨日まで凄く嫌がってたのに」
「どんなことでも約束に遅れないように心掛けるのは当たり前だよ」
「…ただ楽しみで早く着いただけなんじゃないか?」
喜美子の推測通りであるが、尋ねたところで信参は認めようとしないだろう。
明は売店のガラスからこちらを覗いているぬいぐるみを見つけた。
「可愛い…」
カワウソやパンダなど、誰からも愛されている動物達に明も魅かれていた。
そこへ信参達もやって来た。
「あ、ライオンのぬいぐるみがある。俺、ライオン好きなんだ」
「知っているか。ライオンが一度の交尾にかける時間は僅か20秒ほどなんだ。しかし一日にやる回数は50回以上。これでは百獣の王ではなく千獣の王、いやセンズリの王だな…いてぇ!」
喜美子にローキックを喰らわせると、明は離れた場所へ行ってしまった。
それから間もなく優と風花がやって来た。
「やあやあ諸君。お日柄もよく、いいお出掛け日和だねえ」
「今日は暑いわね。体調が悪くなったらすぐに言いなさい」
(どうして清瀬優にこんな真っ当な友人がいるんだろう…何か弱味でも握ってんのかな)
「礼木、何か失礼なことを考えてないかい?」
「お前に対して失礼なこと以外考えたことない」
平日でも休日でも関係なく、信参は優のことを嫌っていた。
部員全員が集合したので動物園へ入場した。すると動物園特有の独特な臭いが彼らを出迎えた。
「あれ?パンフレットが置いてありませんね」
「弓星君、今はペーパーレスの時代だよ。そこのボードにQRコードがあるだろう。それを読み取る事で音声ガイド付きのマップに飛ぶことができる。まあ私と風花は博識だから、そんな物は必要ないけどねえ」
後輩三人組はそんな博識な優を尊敬したりせず、スルーしてコードを読み取った。そんな彼らが進む道は二手に分かれていた。
「道自体は繋がってるようだな。部長、どっちから進みましょう?」
「こういう場所じゃ時計回りというのが定石だろう。左だ」
左の道を進んだ先は鳥類ゾーンだった。片耳にイヤホンを点けている明は、音声解説を聴きながら感想を述べた。
「かわいい…」
「綺麗だね」
「えっ」
「初めて見たよ、こんな綺麗な鳥」
信参は初めて見る鳥を凝視していた。なので、隣にいる明に勘違いさせて顔を赤くさせてしまったことに気付いていなかった。
7月へ入ることは夏の始まりをイメージさせるが、今日はまさに夏と言いたくなるような暑さだった。
「動物達も水辺にいるね…喉渇いたぁ」
「こういう場所の自販機はやっぱり高いなぁ」
「動物達の食費集めも兼ねてるのよ。お金ないなら」
「それじゃあゴチになります!」
風花が喜美子にジュースを奢った。
それを見ていた優も、先輩風が吹かしたくなったのだろうか…
「礼木、何か飲みたい物はないか?」
「たとえ砂漠のど真ん中にいたとしてもお前からの施しは受けたくない」
「ぐっ…それじゃあ──」
「私、水筒持ってきてるから大丈夫ですよ」
「ぬぅ…」
「部長!副部長が奢ってくれたので部長も奢ってください!」
「君はおこがましくないかい!?」
騒がしい彼女達を他所に、信参は自分の飲みたい物を買っていた。
鳥のエリアを抜けると今度は霊長類ゾーンだ。
「海外の動物園でドラミングをした子どもの前までゴリラが走ってくる動画ってあるよね」
「あるわね。そういうので誤解されがちだけど、威嚇行為じゃないからね」
「そうだったんだ。知らなかった~」
「あ…」
「喜美子?どうしたの?」
「中学の頃の知り合いがいて…少し挨拶しにいってもいいか?」
部長はゴリラの方を見ながら指で丸を作った。喜美子は少し駆け足で、その知り合いの元へ。
ワクワクしながら走って行く喜美子の先にはゴリラがいた。
「ゴリラ!?待ちなさい喜美子!」
「ベッキー久しぶり~!あぁ違った、こんばなな!このぉ!相変わらずの筋肉質!…あれ?ちょっと可愛くなった?なんだなんだ?もしかして彼氏でも出来たか?!」
「…ウホッ」
高校デビューにしても変わりすぎだ。ゴリラと間違われるとは、そのベッキーとやらはよほどゴリラに似ていたのだろう。
喜美子はゴリラを同級生と勘違いしたまま話を続けた。周囲の人間は信参達以外、大慌てで逃げ出していた。
「ウホッ!ってますますゴリラみたいじゃん!」
「古土!そいつはベッキーなんかじゃない!ゴリラだ!」
「コラ礼木!いくらお前でもベッキーを侮辱することは許さんぞ!確かにベッキーはこの見た目の上にちょっとキツい性格で男子からの評判は最悪だったが…ってゴリラだこいつ!?」
「ゴアアア!」
ゴリラは雄叫びを上げて腕を上げた。
このままでは喜美子が潰されてしまう。助けようとした走り出した信参達だったが、間に合うはずがなかった。
喜美子を潰そうとゴリラが拳槌を振り下ろした。だがそこへ現れたもう一頭のゴリラが、拳槌に向かってパンチを繰り出したのだ
「な…ゴリラがもう一頭!?」
「ベッキー!」
「勘違いするな。お前を倒すのはこの俺だ」
そう、その制服を着たゴリラこそ、喜美子の中学生時代の友人ベッキー本人なのだ。
「それがこんな、偶然檻の外に出ただけの猿にやられそうになりやがって…頭に来るぜ!」
ベッキーはゴリラを倍以上ある筋力で放り上げると、リュックに詰めていたおやつのバナナを連射した。
「デァデァデァデァデァデァデァ!…弾けて混ざれ!」
空中を舞っていたバナナは爆発を起こし、まるでミキサーでかけられたような状態になった。
そして出来上がったバナナジュースは、宙を舞っていたゴリラを元いた檻の中へ押し戻したのだった。
「ベッキー!やるなぁ!」
「フンッ…」
「ベッキーっていうか◯ジータじゃねえか!」
「Sparking!」
こうして脱走したゴリラは一人の客によって檻に戻され、騒動は終結した。
霊長類エリアを発ち、今度はゾウやトラなどがいるサバンナエリアへ。
「いきなりサバンナって、大雑把になったわね」
「あぁライオンいた」
そう呟いた信参はトテトテと檻の方まで行ってしまった。
その後ろ姿を見た明はふと疑問に感じたことを尋ねた。
「ところで部長、部員の仲を深めるにしてもどうして動物園なんです?普通に部活動でよくないですか?」
「いつも同じことをやっていてもつまらないだろう。日帰り旅行なんて堅苦しく言ったがなんてことない遠足だ。遠足と言えば動物園だろ?」
「…部活に対してつまらないという言葉が出てくるのは意外でした」
「礼木を見ろ、楽しそうだ。古土君も旧友と再会できて嬉しそうだった。君はどうだい?」
「とっても楽しいですよ」
「それは良かった…空いてる場所があるぞ。私達ももっと近くで観ようじゃないか」
明は魔法道具研究部に対して不信感を覚えており、入部したのも優を監視するためだった。しかし今、そんな部長の意外な一面を見たことでその感覚を忘れつつあった。
案外この部活は悪くないかも。そう思えるような日帰り旅行だった。




