第59話 護衛の本分
シャロが控え室のドアを閉めると、グアルディアがロッソを睨みつけた。ロッソはグアルディアの視線に気づいて横目で彼に視線を向けた。
「なんだ?」
「ロッソ。君の妹はもう少し礼儀をだね……」
「わかった。シャロに言っとくよ。お前がジャハル村に帰りたいって言ってるって!」
「ぐぅぅぅ…… この性悪兄妹! 嫌いだ!」
腕を組んで幼い少年姿のグアルディアがプクッと頬を膨らませている。自分の方が年上と言いながら、リーシャのような行動をとるグアルディアにロッソはあきれるのだった。
「はいはい。俺だってシャロに逆らうと故郷のコロッカ村に帰れって言われるんだからな。お前と俺は立場は同じなんだよ」
「うー……」
ロッソは立場は同じだと説明するが、不服そうに口を尖らせるグアルディアだった。
「ほら。いつまでも拗ねてんじゃねえよ。仕事するぞ!」
「わっわかったよ」
渋々返事をしたグアルディア、ロッソは彼と並んで控え室の前で立って警備を始めるのだった。シーンと静まり返った廊下でゆっくりと時間が流れていく。
「誰も来ねえな。まぁ当たり前か。この町で一回も演奏してねえんだからな……」
三人はアクアーラ王国でも屈指の実力を持つ、歌手と踊り子と演奏者ではあるがまだ無名だ。さすがに町で一回も公演をしてない彼女らを追いかけて控え室まで来る者はいない。どの町でも、だいたち二日くらいでシャロに魅了された人間がたまに侵入してくるようになる。
「うん!?」
控え室の近く廊下に、黒いズボンにベストに白シャツに蝶ネクタイという格好の、大きな男がやってきてこちらを見つめている。男は身なりはキチンとしているが、腰に細い剣をさし、頬の傷や服の盛り上がり方をみると相当鍛えているのがわかる。男の様子からロッソはこの酒場の用心棒だとすぐに気づく。
「用心棒がいるのか。なら…… 先に用事を済ませるか。グアルディア!」
ロッソは控え室に用心棒を確認すると、グアルディアを呼んだ。
「なに!? どうしたの」
「酒場の舞台を見に行くぞ」
「えっ!? 控え室の前にいなくていいの?」
「大丈夫。ここは用心棒がいるから平気だよ」
グアルディアを連れ、ロッソは二人で店へ戻る。酒場ではゴルベとウェイター数人が、開店の準備を進めていた。
「ゴルベさん! シャロたちが使う舞台を見せてもらっていいかな?」
「いいですよ。どうぞ!」
ロッソはゴルベに許可を取り舞台を確認する。カウンターから出てすぐ横の小さい舞台の上に立って、彼は客席を見渡す。
「少し客席との距離が近いか…… カウンターの横の席に客を装って待機するか」
舞台を確認しつぶやくロッソだった。舞台と客席の間に段差はなく、客が近寄ってきたらすぐに動く必要があるため彼は客に紛れて近くに待機することをした。
「よし! 後は……」
笑顔になったロッソは左にある壁を見た。壁には小さな扉がある。うなずいて納得した様子でグアルディアがロッソに近づいてきてロッソに声をかける。
「なるほど、舞台から見える客席の配置を確認して敵がどこからか狙ってくるか確認してるんだね? やはり護衛はこうじゃないとね。僕も魔王様の身辺警護を……」
「まぁそれもあるが一番の目的はこれだよ」
舞台から出たロッソは先ほど見た壁の扉を開けた。中は倉庫でそこにはモップや雑巾が置かれていた。彼はモップを二本持って来てすぐに戻りグアルディアへ差し出す。グアルディアはモップを差し出すロッソを、不思議そうな顔で見つめていた。
「おい。ボサッとするな。これが俺たちの大事な仕事なんだよ」
「仕事って…… モップで何をするのだ?」
「うん? モップですることは掃除にきまってるだろ?」
「なぜ!? 掃除など……」
「舞台を掃除してシャロが足を滑らせないようにするためだよ。後は自分で踏んで床が腐ってたりゴミが落ちてたりするとシャロが足をひっかけて危ないから確認するんだ」
「なっなぜそんなことを僕達が!」
「当たり前だろ? 俺たちは踊り子の護衛だぞ? 魔王や勇者の護衛じゃない。シャロたちの安全を確保するのが仕事なんだからな! 舞台に危険がないか調べるのは当たり前だろう。ほら!!!」
さらにモップを前に突き出すロッソ、グアルディアは困惑しながらもモップを受け取る。ロッソはグアルディアがモップを受け取るとすぐに舞台の掃除を始める。グアルディアも彼に続く。
「うぅ…… なぜ僕が…… こんなことを……」
ブツブツと文句をいいながら、グアルディアはモップで床を掃除していた。
「まぁ。そのうち慣れるさ。俺も慣れたからな」
グアルディアの姿を見て懐かしそうにするロッソだった。彼が言った舞台の安全を確認するのは、シャロの師匠さんの教えであった。
旅を始めたシャロは師匠の教えを守り、舞台に上がる前に必ず舞台を確認し、足場などに異常がないか確認したり客との距離を測っていた。それをみたロッソはなるべくシャロの負担を減らし、踊りに集中してもらおうと彼女より前に舞台を訪れて安全を確認するようになった。
掃除が終わり、ロッソとグアルディアは一緒に控え室に戻る。
「おや…… なんだ!?」
控え室の扉が少し開きシャロが顔をだし、口を尖らせ不満そうに周囲を見ている。入り口の横に立っている、用心棒が困った顔でシャロを見ていた。
廊下を歩いてきたロッソを見つけた。彼女はロッソを探していたようで、彼を見つけるとすぐに口を開く。
「おにいちゃん! もう! どこ行ってたのよ?」
「えっ!? 悪い悪い。舞台を掃除にしに行ってたんだよ。舞台に異常はなかったぞ」
「ありがとう。でも勝手に行かないでよ。ほら喉が渇いたから! 水を持ってきて」
右手をロッソに差し出しシャロは水を要求した。直後にシャロの脇からリーシャが飛び出して来た。
「あっ! 旦那しゃん! 戻ってきたですか? リボンが取れちゃったです」
「えっ!? リーシャも? はいはい。結ぶから貸して!」
控室から出たリーシャ、白く縁にレースの刺繍された、マントと外れたリボンをロッソに差し出す。
上半身をすっぽりと包む、ポンチョのようなマントの中央に青いリボンが結ばれていたが、そのリボンが着替えている時に外れてしまったらしい。
「はぁ…… 引っ張ったりするなって言っただろ」
「何もしてないです! 勝手にとれたんです!」
必死にロッソに訴えるリーシャ、当然だが控室で彼女はリボンをいじりまくっていた。ロッソはマントとリボンをリーシャから受け取って結び直す。
「ちょっと! おにいちゃん! お水は? あたしが先なんだけど?」
「あぁそうだ?! グアルディア! 悪いけど水を汲んでシャロに持ってきてあげて!」
「むぅ…… わかった」
グアルディアが渋々シャロのために水を汲み行った。ロッソはリーシャのマントのリボンを結び直しを続けるシャロは不満そうげに腕を組んでロッソの横に立っていた。
「ほらなおったぞ。リーシャ」
「ありがとうです!」
ロッソからマントを受け取り、リーシャは嬉しそうに笑ってさっそくマントを身に着ける。このマントはリーシャの新しい舞台衣装だった。新衣装は白く縁にレースの刺繍がされ、胸元に青いリボンのマントと白いベレー帽をかぶる。リーシャの新しい衣装のマントと帽子は、聖都アクアリンドでもらった聖歌隊の衣装だ。
ロッソがアンナとの戦いの後シャロに殴られ、気絶している間にアルティミシアから彼女へ贈られたものだ。
直したマントをつけたリーシャがロッソの前で一回転する。ベレー帽の横から彼女のフワフワの白い猫耳がのぞく。一回転したリーシャはロッソの顔を見上げた。
「似合うですか?」
「あぁ。とっても似合ってかわいいぞ」
「えへへへ! 旦那しゃんに褒められてうれしいです」
少し恥ずかしそうリーシャが体をくねらせるのだった。
「ブゥ…… おにいちゃん! 嫌い……」
「もう少し待ってって! すぐにグアルディアが水を持ってくるから……」
リーシャの横でシャロは喉が渇きにイライラしロッソに絡んでくる。
少ししてグアルディアが水をコップに汲んでもどってきた。グアルディアからコップを受け取り、シャロが一口飲と即座に微妙な顔をした。
「ごめん…… これ…… ちょっと違う」
「なんで? 水だよ? ちゃんと井戸まで行って汲んですぐ持ってきたのに……」
「はぁ…… ちょっと! おにいちゃん! グアルディアちゃんにあたしのお水のこと教えてないの?」
「あっ!? そうだった。悪い悪い! リーシャに構ってて言うの忘れてたわ」
シャロから叱れるロッソを見た、グアルディアが首をかしげる。
「ロッソどういうことなの? 普通の水じゃダメなの?」
「あぁ。シャロの水には果物を煮詰めたジャムと砂糖を大量に混ぜるんだ。踊りは体力を消耗するからな」
「そうそう! あたしはそのお水じゃないと力がでないのよ」
「もうそれは水じゃないんじゃん……」
呆れたようにグアルディアがつぶやく。
「しょうがないだろ。シャロの希望なんだから守るしかないの。それに他にもあるんだぞ!?」
「えぇ!?」
「ミリアに飲み物を頼まれた時は砂糖を入れない茶だ。こぼしてやけどしたりしないようにきっちりと冷ませよ。しっかりしてそうでミリアは意外とぬけてるからな。それにリーシャの飲み物は柑橘系の果物にはちみつを混ぜる。甘いの大好きではちみつをもっとって言われても簡単にあげるなよ。飲みすぎてすぐに腹を壊すから!」
「ちょっ!? そんなルールが!? メモするから待って!」
指をおりながらシャロたちの飲み物の注意点について説明するロッソ、注意する点の数の多さに慌てた様子でグアルディアがメモを取り出して書くのだった。メモをするとは新入りの護衛としてはなかなかいい心がけだとロッソは感心するのだった。
「あらあらどうしましょう。練習をしていたら間違って指を……」
「大変だ」
控え室から出て来たミリアが右手の指先をロッソに見せ来る。指先を少し切ってしまったようで爪の横当たりから出血していた。
「グアルディア! 鞄に傷薬が入ってるからミリアに渡してくれ」
「なんで!? ミリアは魔法使いでしょ? こんな小さな傷は自分で回復魔法をかければいいじゃん」
「なっ!? まったくお前は…… 本当にわかってねえな」
「えぇ!? わかってないって何がだよ」
ミリアに自分で治療するように言ったグアルディアをロッソは注意する。なぜ自分が注意されるのかグアルディアは納得がいかない様子だった。様子を見ていたシャロがグアルディアに口を開く。
「グアルディアちゃん。あのね。ミリアは私たちの大事な演奏者なの。魔法を使わせて体力を消耗させてどうする?」
「えぇ!?」
「もう! おにいちゃん! キチンと教えといてよ」
「あぁ。悪い悪い。後でちゃんと教えとくからさ。ほらシャロは準備しろ!」
シャロとリーシャを部屋に戻し、ロッソはすぐに鞄から傷薬をだしミリアの指につけ包帯で止血する。治療を受けたミリアもすぐに控室へと戻るのだった。




