第53話 許される罪
縛られた魔族たちの近くまできたロッソ、彼の目に魔族の顔がはっきりと見えてくる。
「えっと…… 全員女みたいだな…… しかも腹が膨らんでいる。まるで人間の妊婦みたいだ」
ロッソの目の前で縛られているのは、ナディアやメディアに近い耳の尖った女性の魔族だった。
「他にもグアルディアのような骸骨みたいな顔をしている魔族もいるな…… 確か軍でならったよな」
縛られている魔族の女性たちは、ナディアのように人間に顔をしているものと、グアルディアのように骸骨みたいな顔の者に分かれている。もともと魔族は一つの種族だったが、いろんな魔物や人間と交配することで、今の様々な姿になったといわれている。
「まぁ…… 人間も国ごと顔つきも違うし、エルフとかドワーフとかも人間ということであれば生活や食事も違うからな」
縛られている魔族たちを女性たちをロッソは観察しながら歩く。女性たちは壁に打ち込まれた鎖に両腕を上げたように拘束され妊婦のように腹が膨らんでいる。気絶しているのか眠っているのか、みな目を閉じてうつむいている。
「はっ!」
「うん!?」
ロッソが目の前を通り過ぎ魔族が急に眼を開いて顔をあげた。目を見開いた彼女はロッソを睨みつけた。
「おっお前は? 人間…… 何しに来た! 我々を笑いに来たのか?」
「違う! 俺はこの洞窟にある薬草を取りに来てお前らを見つけただけだ。これはいったい?」
ロッソを睨んでいた魔族の目から、敵意が急速に消えていく。彼女の瞳は潤み悲し気に変わりロッソに口を開いた。
「そうか…… 頼む…… すぐにわたしを殺してくれ!」
「はぁ!?」
悲痛な表情で目を覚ました魔族は、ロッソに自分を殺せと懇願する。突然のことに動揺するロッソだった。動かない彼に魔族はさらに叫ぶように訴えかける。
「早くしろ! 外に居た連中を見ただろ? 私たちはあの化け物を…… もうみんな体内をやつらにむしばまれ…… ぐぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
話の途中で苦しみに悶える魔族だった。ロッソは何が起きたのかわからず動けないでいた。
「えっ!?」
ロッソの顔の下に生暖かい液体がかかり彼は我に返った。下へ視線をさげたロッソに、魔族の腹を破って何か小さい塊が地面に落下するのが見えた。魔族の腹は何かに食い破られ、血まみれになっていた。
地面へと小さい塊は地面に転がり、ゆっくりと花が開くような動きをした……
「こっこれは!?ハイグレードオークか!?」
塊は三十センチくらいの大きさのハイグレードオークだった。紫色の小さい手足をつかい、必死にハイグレードオークが起き上がろうとしていた。ロッソはその異様な光景を呆然と眺めていた。
「人間! 何をしている! 早くその化け物を殺しなさい!」
「はっ!? そうか!」
ロッソは我に返り持っていた守護者大剣をハイグレードオークに叩きつけた。
「ピギャッ」
大剣はハイグレードオークの腹へと振り下ろされ、切り裂いて真っ二つにする。小さい悲鳴をあげ、ハイグレードオークは上半身と下半身に別れて血を吹き出して転がる。ぴくぴくとハイグレードオークの半身二つは痙攣をして徐々に動かなくなっていった。
「はぁはぁ…… おい! なんだこいつは…… うっ!?」
さっきまでロッソと話していた、魔族の女は口から血を吐いて既に息絶えていた。彼女の顔は恐怖と絶望に覆われ見開いた目がまっすぐとロッソを捉えていた。彼は魔族の視線に耐え切れず、急いで彼女の目に手を置いてまぶたを閉じた。
「驚いた? 私たちは外にいた化け物をはらまされてるのよ……」
「なっ!?」
死んだ魔族の隣で同じように縛られた魔族が、目を開けロッソに話しかけてきた。さっき床に落ちた小さいハイグレードオークを殺せと言ったのは彼女だ。
「どうしてこんなことに?」
「そんなことは私たちだって知りたいわよ! 私たちはあの日…… ここに連れて来られて拘束されたまま人間やモンスターや魔族に辱められたのよ……」
うつむいて少し悔しそうにロッソに魔族の女が語りだした。
「連れてこられたって…… 君達は何者なんだ?」
「私たちは…… 魔王シャドウサウザー様の配下の者よ。戦争中に人間に捕まった捕虜になったのよ」
「えっ!? だって捕虜はみんな解放され魔大陸に強制送還になったはず……」
「フン…… 私たちはシャドウサウザー様とキースとの戦いの後に船で魔大陸へ返されるはずだった。でも…… 私たちの乗った船は魔大陸には行かずにこの近くの廃墟になった港についた。そして洞窟に連れ来られた私たちは拘束されたまま…… 凌辱されたわ。そして化け物をはらまされたのよ……」
ここにいる魔族の女性たちは戦争の捕虜だった。解放され約束を反故にされ洞窟に監禁されハイグレードオークを強制的に妊娠させられたという。
「ひどいことをするな…… こんなことをした人間はどんなやつらだ? 見覚えとかあるか?」
「さぁ!? リーダーは仮面をかぶっていたし…… 種族はエルフやドワーフや人間やオークも居たわ…… それに魔族も混じっていたわ……」
「種族バラバラだな…… それに魔族も混じってたって……」
顎に手を置いて考え込むロッソだった。人間と魔族が手を組み、魔族の女性を襲うなど、彼には想像もつかないことだった。
「うぐぅ!」
目の前で喋っていた魔族が、苦しそうな表情に変わった。
「うっ!?」
ロッソは思わず声をあげた。魔族の腹が大きく膨れ皮膚が薄くなり、ハイグレードオークの赤ん坊の顔が浮かび上がった。
「お願い! もうすぐ私もさっきの彼女みたいになるわ…… だからお願い…… 殺して!」
「近くの村に魔族を治せる医者がいる! その医者を呼んでくる」
「無駄よ…… 私はこの部隊の軍医だったの…… 化け物を体内から取り除く方法はないわ…… 私たちの内臓は化け物と同化してくっついてるの…… 産んでも死ぬし化け物を駆除しても死ぬのよ……」
「そっそんな……」
「早く! お願い…… 化け物を産んで死にたくない……」
涙を流しながら苦しそうに懇願する魔族だった。ロッソが視線を周囲に向ける、周りの魔族たちの腹からもいくつか膨れて、ハイグレードオークの赤ん坊の顔が浮かび上がっていた。彼女たちに時間はなく助けを呼ぶことはできないのは明白だった。
「クソ!!!!」
大剣を強く握り悔しそうに声をあげるロッソだった。
「わかった…… 望みをかなえてやる。少し待ってろ」
「はやくしてくれ」
小さくうなずいてロッソが言葉をかけると、魔族の女性は安堵の表情を浮かべるのだった。魔族に背を向けロッソは急いでシャロたちの元へ戻った。
「あっ! おにいちゃん! 大丈夫?」
出てきたロッソを見つけたシャロが心配そうに声をかけ近づく。彼女の後にリーシャとミリアとナディアの三人が続いて来る。
「大丈夫だ。それと…… ナディア! もうブラックミラージュ草は採取は終わった?」
「うん! いっぱい取れたから! これだけあれば大丈夫だよ」
笑顔でナディアが両手で持った鞄に、いっぱいにはいったブラックミラージュ草を見せて来た。
「そうか…… よかった」
作ったほほ笑みを浮かべロッソはシャロたちに声をかけた。
「わかった。じゃあみんな先に洞窟から出るんだ!」
「えっ!? でも…… おにいちゃんは?」
「いいから! 早く行くんだ。ミリア…… ちょっとこっちに」
「はっはい……」
シャロたちは渋々三人で、広い空間の入り口へと向かう。ロッソのそばに呼ばれたミリアがやってきた。彼女は心配そうにロッソの顔を覗き込むようにして見ていた。ロッソは彼女の視線に気づきまた作ったほほ笑みを浮かべ右手を彼女に差し出す。
「ミリア…… 夕闇の嵐剣を持ってるよな?」
「はっはい…… ここに」
「ありがとう。ちょっと貸してくれ」
頷いてミリアが鞄から緑色に輝く短剣を取り出してロッソに渡す。
夕闇の嵐の剣は斬りつけると突風で敵を切り裂く伝説の武器だ。勇者キースの仲間アンナが使っていた物だが、聖都アクアリンドで戦いで負傷した彼女は夕闇の嵐の剣を置いて逃げていった。塔を下りる時にミリアが拾い、聖女アルティミシアの許可をもらい持ち出した。
「じゃあ三人の後と合流して先に地上へ行ってくれるかい?」
「ロッソ!? あなたは何をする気ですか?」
「奥にいる魔族の女性たちは生きているんだ。体の中にハイグレードオークを宿している」
「えっ!? それじゃあ助けないと……」
「ダメだ。ハイグレードオークと彼女はつながっていて切り離せない。殺すのが唯一の救いだ。でも、リーシャやシャロには見せたくない。だから…… 頼む」
「そうですか…… わかりました……」
「えっ!? ミッミリア……」
動揺するロッソ、彼の頬が真っ赤にそまり熱くなっていく。いきなりロッソの頬に両手を置き、自分の方に引き寄せ目をつむりミリアが祈りだしたのだ。
「ロッソ…… あなたの罪を主は許すでしょう」
「ミリア…… 大丈夫だ。俺はそんなに信心深くないからな。それに戦争で助からない味方の介錯は嫌っていうほどやって来ただろ」
自分の頬に置かれたミリアの手を外そうするロッソ、ミリアは彼の顔をジッと見つめて悲し気な表情で小さく首を横に振った。
「違います。わたくしが主様にあなたの罪を赦してあげて欲しいだけですわ。だから…… お願いします」
「ミッミリア…… ありがとう」
ロッソは彼女に笑顔を向けてうなずき黙って、彼女が祈りを捧げ終わるのを待つのだった。祈りが終わったロッソの頬に手をあてミリアがほほ笑む。ロッソは彼女にうなずいて背中を向け魔族の元へ戻る。
ロッソが戻って来るのを見た魔族は笑顔を向けた。
「フッ。遅かったな! もう腹がいつ裂かれてもおかしくないぞ。早くしろ」
「こっちにも準備があるんだよ。黙ってな」
「うわ!! ははっ…… 私はいつでもいいぞ」
「あぁ」
鞄の中からランタンの燃料の油を取り出し、ロッソは目の前でしゃべっていた魔族にふりかけた。魔族はかけられた液体の匂いを嗅ぎ嬉しそうに笑うのだった。
続いて周囲にいる魔族にも油をふりかけていくロッソだった。彼の周囲に油の独特の臭いが充満していく。
「よし……」
ロッソは夕闇の嵐の剣を抜いて魔族の女の前に立った。彼女は前に立つロッソを見て満足そうな笑みを浮かべていた。
「最後に神に祈るか? いや…… すまん…… 魔族にそんなこと聞くもんじゃないな……」
「ふっ! 当たり前だ…… 不謹慎な奴め…… そうだ…… 貴様の名前を教えてくれ?」
「えっ!? 名前? いまさらそんなの知ってどうするんだよ?」
「頼む…… 私達に名誉の死をくれた人間の名前くらいは地獄への土産に知っておきたい」
頭を下げる魔族だった。かつて殺しあい憎しみあった者から頭を下げられている状況に、ロッソは少し不思議な感覚を覚えるのだった。黙っているロッソに不安になったのか魔族が口を開き確認する。
「ダメか?」
「いや。俺はロッソ! ロッソ・フォーゲルだ」
「ロッソか…… あたしはクロンだ。ロッソ…… ありがとう…… まさか人間にこの言葉を言うとはな……」
「クロン…… 俺も魔族に礼を言われるなんて思ってもなかったさ」
クロンは笑いながらゆっくりと目をつむった。
魔物や人間と楽しそうに暮らすメディナやナディア、それに命がけでロッソにキースの事を伝えたグアルディア…… 目の前の魔族は彼に謝意を伝えて死を待っている。ロッソは最後の未練を断ち切るように、小さく首を横に振った。
「どうして俺たちは殺しあったんだろうな。わりいな…… クロン! せめて最後は苦しまずにいってくれ……」
左手でクロンの首に手をかけ近づくロッソ、前に出ながら彼は右手に力を込め静かに肘を後ろに動かした。そのまま腕を伸ばす彼女の胸に夕闇の嵐の剣を突き刺した。
鈍い音がしてわずかにクロンの体が震えた。彼女は目をつむりながら静かに口から血を流しだした。その表情は満足にほほ笑んでいるように見えた。
「じゃあな……」
燃料をかけた地面にロッソはランタンの芯をつかって火をつけた。勢い火の手が上がり周囲を燃やす。ロッソはその場から離れると振り向いて、夕闇の嵐の剣を炎に向けて振った。勢いよく風が巻き起こり火は一気に広い空間に燃え広がっていた。
魔族の叫び声や解放されると驚喜する声が洞窟に響く。断末魔と歓喜が混じる異様な空間をロッソはたたずんで見つめていた。
「これで…… よかったんだよな」
つぶやいたロッソは、燃やされる魔族たちに背を向け、ゆっくり洞窟から出ようと歩き出した。洞窟を歩くロッソの背後からやんわりとした温かい風と歓喜の声が吹付け、さらに風に乗った肉の焦げる臭いが彼の鼻にまとわりつくのだった。




