第37話 追い詰められた護衛
キィーっというサビて古くなった扉の音が聞こえる。祭壇右手にある作業場へと続く、ステンドグラスの扉が、いきおいよく開き部屋に何者かが入って来た。
「やっぱりアンナか…… そんなところに隠れていたなんてさすがトレジャーハンター…… いや大盗賊か」
アンナがゆっくりと近づいてくる。彼女は茶色の長い髪を一つの三つ編みの上に黄色のリボンをつけ紫の色の綺麗なやや切れ長の瞳に特徴的な細長い耳をしたエルフだ。
上半身は袖のない茶色のベストに白いシャツ格好をして下半身はひざ丈のブーツに太ももがあらわになってるショートパンツを履いてる。彼女は腰に二本の短剣をさしている。だが、他にもブーツやベストの中に数本のもっと小さいナイフを隠し持っている。
人をなめて見下しているような目つきで見られるロッソ、彼はこの目は二度と拝みたくはなかった。ゆっくりと歩きながら、アンナは顎をあげ視線を上に向け薄っすら笑いロッソに声をかけて来る。
「久しぶりね。ロッソ」
「アンナ…… 生きてたんだ。よかったな」
「あんた! さっきから聞いてれば…… アンナなんて呼び捨て出来る身分になったのよ! アンナさんでしょ!」
「クッ!」
笑顔だったアンナの表情が、急にきつくなりロッソを睨み付けた。ほぼ同時にアンナの右手が、素早く肩のあたりに動き何かを投げる動作した。彼女はロッソに向かって、小さいナイフを投げてきたのだ。
投げられたナイフは猛スピードで、ロッソの心臓に目掛けて飛んでくる、彼に剣を抜いてる時間はない。ロッソとっさに向かってきたナイフを右手ではたき落とした。ナイフが床に叩き落とされて、甲高い音が部屋に響く。
「チッ! 防ぐなんて生意気ね!」
悔しそうに舌打ちをしたアンナは、腰の短剣に手をかけて走り出だした。
「さすがに速いな……」
あっという間に素早くアンナはロッソとの距離をつめてきた。しかし、彼はアンナを簡単に近づける気はない。ロッソは守護者大剣に手をかけて闘気を剣に送り込んだ。
「不可侵領域!」
剣を中心に小さく白い光を放つ魔法障壁が、展開されてドーム型にひろがっていった。アンナはロッソの五メートルほど手前で展開された魔法障壁に阻まれ立ち止まる。彼女は悔しそうに眉間にシワを寄せロッソを睨んですぐに笑う。
「へぇ…… やるじゃない。のろまのロッソにしてはね」
「そうやって人をいつまでものろま扱いしやがって相変わらず嫌な奴だな」
「なっ!?」
ロッソが言い返して今度はアンナを睨む。アンナはロッソの行動に少し驚いた表情をする。勇者パーティにいた頃のロッソは面倒でアンナに逆らうことはほとんどなかった。
「お前こそどういつもりだよ。ミリアさんを操ってグアルディアを襲わせたりして……」
透ける障壁の向こうでアンナはロッソを見つめ余裕の表情を浮かべ口を開く。
「ふふふ。私はねキースに命令されたミリアの監視役なのよ」
「監視役? しかもキースが命令しただと!? あいつは生きてるのか?」
「当たり前よ。魔王との戦いの後にさっきの骸骨に襲われて怪我をしてるから今は動けないけどね。あたしはキースに頼まれてミリアがあんたと接触したらあんたの連れごと始末しろ言われてるの」
「俺たちを始末? なぜだ?」
「あら!? 少し喋りすぎたわね…… あたしは何も知らないわ。知ってても教えないけどね!」
「なっ!?」
飛び上がったアンナが腰の二本の短剣を抜き両手に持った。アンナの右手に持った短剣が黄色に光り、左手に持った短剣は緑色に光っていた。
「まっまずい! クソ! 頼む!! もってくれーーーーー!!!!」
ロッソは守護者大剣を抜いて剣に闘気をさらに送り込んだ。魔法障壁が強力になり徐々に膨張していく。
「残念ね。そんな薄い壁じゃあたしは止められないわよ」
アンナは笑いながら両手に持った短剣を同時に交差させるように振り下ろした。魔法障壁とアンナの短剣がぶつかりあう。
「ぐああああああああああああああああああああーーーーー!!!」
バリーンというガラスが砕けるような大きな音がし、ロッソの足元が揺れて激しい突風が彼を襲う。
「やっぱりダメか…… ちくしょうが!」
突風に吹き飛ばされそうになったロッソは床に守護者大剣をさして何とかからえた。腰を落として両手で必死に大剣を握るロッソ、彼の周りに砕かれた障壁の破片が光の粒になって漂っている。
「どうかしら? 私の短剣、大地振動剣と夕闇の嵐剣の威力は?」
風が止んだ。ゆっくりと歩きロッソに近づきながら、アンナが自慢げに語っている。アンナが持つ日本の短剣はキースが魔王軍との戦いで手に入れた武器だ。彼女が右手に持っている黄色に光る剣が、大地振動剣で左手に持っている緑色に光る剣が、夕闇の嵐剣だ。
大地振動剣は斬りつけた威力で地面を揺らし敵を蹴散らす、夕闇の嵐剣は斬りつけると突風が巻き起こり敵を吹き飛ばす。
「強い…… さすがにキースの偉大なる四人だな。でも、せめて……」
背中に視線を向けるロッソ、彼の後ろでは不安そうにシャロとリーシャが手をつないで戦況を見つめている。ロッソとアンナは同じ勇者パーティの仲間であるが、実力差がありロッソはアンナに劣っている。彼はこのままでは負けると考え、リーシャとシャロだけでも逃がそうと思っていた。
「シャロ! リーシャを連れて早くここから逃げろ!」
ハッという顔をしたシャロがアンナを睨んだ。アンナはシャロに睨まれて不機嫌そうな表情をする。
「こら! 何してる!? こいつが俺を標的にしてるうちに早く逃げろ!」
「いやよ! リーシャ! あいつのこと吹き飛ばして」
「はいです!」
「バカ! やめるんだ!」
シャロに命令されたリーシャが、大きな口を開いてアンナに向けて口を開いた。
「吹き抜ける風!!!!!」
部屋に大きな声が響き渡った。リーシャの口から精霊の歌が発せられ、衝撃波がアンナへと向かっていく。
「なにこれ? 下品な声ね!」
うねりながらリーシャの口から発せられた声が、衝撃波となってアンナに到達しようとする。しかし、次の瞬間、アンナは左手にもった夕闇の嵐剣でリーシャの衝撃波を切り裂いた。
リーシャの衝撃波は簡単に二つに斬られて消滅する。シャロは呆然と切り裂かれる衝撃波を見つめていた。
「ほぇぇぇ!? 効かないです!」
「リーシャ! もう一回……」
「やめろ! 無駄だ! リーシャ! シャロ! 早く下がるんだ。こいつはコルツォーネみたいなただの山賊とはわけが違う!」
「でも…… このままじゃおにいちゃんが……」
「そうです! 旦那しゃんが負けちゃうです」
泣きそうな顔でリーシャがロッソをジッと見つめている。シャロもうつむき悲しそうに涙目になっていた。ロッソは胸に手を当て小さく息を吐いた。二人の護衛として負けるわけにはいかないのだ。
「平気だよ。リーシャ…… 俺は負けないからね」
「何が負けないですって!? 生意気ね! この!」
腰に手をまわしたアンナがリーシャに向かって夕闇の嵐剣を振りぬいた。真空の刃がリーシャに向かっていく。リーシャは何が起きたのかわからず固まっていた。ロッソはアンナの動きに何とか反応した。
「リーシャーーーーーーーーーーーーーーーー!」
大剣を捨てたロッソはリーシャに向かい叫びながら駆けだした。間一髪で真空の刃が到達する前に彼女を抱きかかえ倒れ込むことが出来た。
「うぐ!」
「旦那しゃん!」
「クソ!」
倒れ込んだロッソの上を真空の刃が背中をかすめて通り過ぎていく。彼が身に着けている鉄の胸当ては、背中まで装甲がカバーしてるが真空はは簡単に切り裂いていった。
両手で大事にロッソはリーシャの頭をおさえて倒れ込んでいる。覗くとロッソの目に腕の中で小さいリーシャが泣きそうに顔をクシャクシャにしているのが見える。ロッソは必死に痛みをこらえ精一杯の笑顔で彼女に問いかける。
「大丈夫? リーシャ?」
「リーシャは平気です。でも旦那しゃんが…… 血がでてるです……」
「俺は大丈夫だよ。ほら早くシャロのところに行って逃げなさい」
「はい……」
両手を離してリーシャを立たせ、シャロの元へと向かわせる。リーシャは走ってシャロに抱き着く。
「うん…… 早く逃げるんだよ」
ロッソは起き上がり大剣を拾いアンナに向けて構えた。大剣を拾う隙にロッソを攻撃するのは可能だったが、彼を見くびっているアンナは余裕な表情で行動を見ていた。笑顔で大剣を構えたロッソにアンナが口を開く。
「あらすごい! のろまのロッソの癖に早いじゃない! しかも女の子を守るなんてかっこいいわねぇ…… でも、傷を負って今度は間に合うのかしらね?」
「シャロ!?」
アンナが笑ってシャロたちの見た。ロッソは魔法障壁を展開するために、守護者大剣に闘気を送り込んだ。
「うぐ……」
斬られた背中に激痛が走り、ロッソの集中が途切れて大剣に闘気を送り込めない。
「炎大砲!」
「チッ! なによ!」
部屋に叫び声が響き、アンナが飛び上がった。すぐに彼女の足元が爆発して炎がうずまく。
「この魔法は……」
振り向いたロッソ、そこにはアルティミシアに介抱されていたミリアが立ち上がり、アンナに右手を向けて立って居た。突き出したミリアの右手から白い煙が立ち上っている。
「まだですわ!」
右手をアンアに向けてミリアは小さい声で詠唱をすると、右手から巨大な火の玉がいくつもの飛び出していく。ミリアの手から飛び出した複数の巨大な火の玉は大きく回転しながらアンナに向かっていた。
「舐めるんじゃないわよ!」
アンナが両手に持った短剣で、ミリアがはなった巨大な火の玉を次々に切り裂いていく。
「わっ! クソ!」
大地振動剣の影響でアンナが、火の球を斬りつけるたびに床が揺れる。揺れた床に倒れそうになるとがロッソは踏ん張ってかろうじて立っていた。
リーシャとシャロはロッソの少し後ろで手をついてしゃがんでいる。すべての火の玉を斬りつけたアンナは、笑いながら短剣をなめるようなしぐさをしてミリアに見せている。ミリアは肩で息をしながら、アンナを見て驚いた顔で見ていた。
「はぁはぁ…… なんで!? わたくしの魔法が……」
「はははは! 残念ね…… ミリア! あんたの魔法なんか私に効かないわよ」
「そっそんな……」
力なくミリアさんがひざまずく。シャロとリーシャがミリアの元に駆け寄っていく。
右手に持った大地振動剣をおさめて髪をかき上げた、アンナはミリアを見下した目で見つめていた
「フン…… いい気味ね。元々いい子ちゃんのあんたは大っ嫌いだったのよ。さて…… もう飽きたわ。ロッソ! まずはあんたからね」
「えっ……」
アンナが右手で何か投げる動作をした。直後に鈍い音がしてロッソ肩に小さいナイフが突き刺さった。背中の痛みでロッソはナイフに反応できなかった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ロッソさん!」
「おにいちゃん!」
「旦那しゃん!」
肩を押さえてうずくまるロッソ、彼の目はかすみ視界が狭くなっていく。背中からの出血もとまらずにロッソの意識は飛びそうになる。かすかに見える彼の視界にアンナがゆっくりと歩いて近づいてくるのが分かった。
「これでわかった? のろまのロッソが私に勝てるわけないでしょ?」
アンナの声がロッソに届き、アンナの足音が近づいてくる。動けないロッソにアンナを止める術はない。勝敗はもう明らかだった。彼はせめてシャロたちが逃げる隙をつくろうと、必死に右手にもった守護者大剣に力を込め痛みにこらながら闘気を送り込もうとする。
「うん!? なんだ!?」
かすむロッソの視界に白い布がふわりと現れた。横から何者かがロッソとアンナとの間に立ったのだった。




