第34話 塔へ逃げた誘拐犯
翌朝、宿を引き払ったロッソたちは、馬車に乗り込み聖都アクアリンドへ向けて出発した。
港町ニリアーシュからアクアリンドへは馬車なら二時間ほどで着く。穏やかな街道を馬車に揺られていると、リーシャがロッソの顔をみた。昨日、夜に少しだけ雨が降ったせいか、街道には少しモヤがかかっていた。
「旦那しゃん! 喉乾いたです!」
「はい。お水だよ」
「ありがとうです」
ロッソはリーシャの横に座って水筒を渡す。水筒を受け取ったリーシャは笑顔で水を飲む。
なぜ、ロッソがリーシャの隣に座っているかというと、シャロが昨日のことをまだ怒っており、彼が近くに座ると睨んできて気まずいからである。また、リーシャは怒っておらず、ロッソが隣にいると嬉しそうにしてくれるというのもある。
「うわ!」
ロッソとリーシャの間に、シャロが急に顔をだして来て、目を細めロッソを冷めた目で見つめる。
「おにいちゃんはまたリーシャに変なことしてないでしょうね?」
「しないよ! 失礼な! ほら! 聖都アクアリンドが見えてきたぞ」
「おぉ! ミリアさん! アクアリンドですよ」
前方を指さすロッソ、彼が指を指した方角を見たシャロは、振り向きミリアに声をかけるのだった。
馬車の街道の先に城壁と柱のような細長い大きな塔が見えてきた。聖都アクアリンドに着いたのだ。
「久しぶりだな」
ロッソが塔を見上げながらつぶやく。彼は勇者キースと旅の際にアクアリンドには何度も訪れていた。
アクアリンドは高い山に囲まれた盆地に築かれた都市で、石造りの巨大なアクアリース大聖堂が町の中心に建っている。アクアリース大聖堂を中心に放射状に、建物が並び町が築かれている。大聖堂に聖女アルティミシアがおり、聖堂を囲むように修道院が円形に並んでいる。
円形に並んだ修道院は聖堂の正門から、東が男性の修道院で西が女性用修道院となっている。修道院の外側が町町であり、巡礼者用の宿や土産屋や長期滞在者用の住居などがある、都市の外苑には魔王軍との戦争で行き場を亡くした人達を受け入れ難民街を形成していた。
難民街の食料や住居の建設など、この町の運営は各国の信心深い貴族や豪商からの寄付で賄われていた。
町の入り口で馬車を預けた、ロッソたちはミリアの案内で大聖堂へと向かう。
装飾の施された大きな門をくぐると、正面にステンドグラスが施されたアクアリース大聖堂が見えてきた。大聖堂の真ん中には神をまつる高い塔があり、東と西に倉庫や食堂や居住用の細長く四角い建物がある。ミリアが大聖堂の扉を開けて巡礼者のいる、礼拝堂の横の扉からロッソたちを大聖堂の奥へ招き入れた。
狭く暗い廊下を進みミリアは三番目の木製の扉を開け中へ入った。
「ガリア司教様! ただいま戻りました」
扉の中は小さな机と椅子にベッドと本棚がある質素な部屋で、一メートル四方の窓から差し込む光と小さなろうそくが照らす薄暗かった。椅子には少し小太りで、白髪の神官服に身を包んだ、眼鏡の優しそうな老人が座ってなにやら作業をしていた。老人はガリア司教という、聖女アルティミシアの公務を取り仕切っている。
「おぉ! ミリアよ。よくぞ戻ってきた。守護者大剣は?」
「はい! 見つけました。ロッソさん!」
ミリアが振り返りロッソたちを呼ぶ。廊下に居たロッソとリーシャとシャロの三人は、ミリアさに呼ばれゆっくりと部屋の中へ入った。ロッソを見たガリア司教は、立ち上がり嬉しそうに笑って近づいてくる。
「こんにちは。ガリア司教」
「ロッソ殿! よくいらしてくれた」
ロッソとガリア司教は、部屋の中央で握手をした。ガリア司教は体を傾けた、彼の後ろを歩くシャロとリーシャに気付いたようだ。
「あの…… ロッソ殿? こちらのお二人は?」
「はい。妹のシャロと仲間のリーシャです。今は俺はこの二人と旅をしてるんです。二人ともこちらはガリア司教だよ」
シャロとリーシャとガリア司教に紹介するロッソだった。ガリア司教は優しく微笑み、二人の前へと行き頭を下げる。
「よろしくお願いします。ガリアです」
「シャロです。ほらリーシャもこんにちはしなさい」
「リーシャです。こんにちはです」
「おやぁ。ちゃんと挨拶できて偉いですね。主もあなたを褒めますよ」
シャロに続き緊張した、リーシャがぎこちなく頭を下げていた。しゃがんだガリア司教は、リーシャの頭を優しく撫でてほほ笑んでいた。のんびりとした挨拶するガリアを、アルティミシアを心配するミリアが急かす。
「ガリア司教様…… 早くアルティミシア様を助けねば……」
「おぉ。そうじゃったな。ロッソさん、本来なら再会を喜びたい時ですが……」
「いえ。事情はミリアさんに伺ってます。守護者大剣はここに!」
ロッソは狭い室内を考慮し、ゆっくりと慎重に背中の剣を抜きガリア司教へと見せた。剣を確認した彼は大きくうなずく。
「確かに! では、すぐに行きましょう……」
ガリア司教は机へと戻り、引き出しを開けて鍵の束を出した。そのまま部屋を出てロッソたちをさらに聖堂の奥へと案内するのだった。
廊下を二十メートルほど進み角を曲がる、少し行くと廊下に丁字路が現れ曲がるさらに直進したロッソたちの前に大きな鉄の扉が見えて来る。鉄の扉は礼拝堂の祭壇の真裏に位置し、聖堂のちょうど中心にあたる場所だった。
「確か…… この扉の中は……」
扉を開けるガリア司教の背中を見つめロッソがつぶやく。少しするとガリア司教は鍵を開け、鉄の大きな扉を押して開けた。キーっという金属のすれる音がし、埃っぽく湿った空気がロッソの顔に吹きつける。
「ここは確か大聖堂の中心の塔の入り口でしたよね……」
「はい。この塔の最上階に聖女アルティミシア様が誘拐され閉じ込められています」
「ここに? アルティミシア様を……」
扉を指しガリア司教が話をする。グアルディアはアルティミシアの部屋に侵入し、彼女を脇にかかえて塔の階段を駆け上がっていったという。扉の鍵はアルティミシアも所持しておりグアルディアは、それを使用したのだろうということだった。
「あいつなんでこんなところに……」
顎に手を置いて考えるロッソだった。魔王の親衛隊を任せられるほどの実力を持つ、グアルディアならアルティミシアを連れて聖都から逃げることなど造作もないはずなのだ。グアルディアにとって敵陣ともいえる大聖堂に残る理由が彼にはわからなかった。
「まぁいい。今はそんなことはどうでもいい」
首を横に振ったロッソは、アルティミシアを助ける前に進む。ガリア司教に見送られロッソたちは大聖堂の塔へ向かうのだった。入り口から見える塔をのぼる、階段の先はすべての光を飲み込んで真っ暗であった。
階段の手前でリーシャが怖いのかロッソの手を強く握って来る。ロッソはリーシャの手を握り返して立ち止まった。立ち止まった彼にミリア首をかしげて声をかける。
「ロッソさん…… 早く行きましょう」
「はい。ミリアさん。リーシャとシャロは……」
シャロとリーシャを交互に見たロッソ、彼は二人をここに残していこうと言うのだろう。二人の話を聞いていたシャロが割り込んでくる。
「なに言ってるの? あたし達ももちろん行くわよ! ねぇ? リーシャ!」
「行くです!」
「まぁおいて行っても二人で追いかけていくからいいけどねぇ」
「はいです。追いかけます!」
真剣な表情でロッソを見る二人。真剣な目から伝わるその意思は固く、宣言通りここに置いて行ったとしても勝手について来るのは明白だった。ロッソは小さくうなずいた。下手に目をはなすより手元にいてもらった方が安全だろうと彼は考えたのだ。
「はぁ…… わかった。二人とも俺から離れるなよ。じゃあミリアさん。行きましょう!」
ミリアは笑顔で大きくうなずく。ゆっくりと慎重にロッソは薄暗い塔の中へと一歩を踏み出すのであった。




