第32話 演奏は心をつなぐ
野菜品評会の仕事は順調に進んだ。
いつも通りシャロ踊りは冴えわたり、リーシャの歌は人々を魅了し、二人の歌と踊りは人々を虜にした。仕事を終え出演料を受け取りロッソたちは馬車で聖都アクアリンドへと出発する。
リンバフェストの村から聖都アクアリンドへは、ガルドという港町へ向かい、そこから船に乗り聖都アクアリンドの近くにある港へ向かう。案内をしたミリアからの情報によると、王都アクアラも船は出ているが、経由地の関係でガルドから行く方が近いという。
「うぅ…… くさい!」
後ろを向いて顔をしかめるロッソだった。野菜品評会で金賞を取った農家のロッケが、ぜひシャロにセロリを食べてくださいと大量によこしたのだ。荷台の隅におかれた大量のセロリから、ロッソが座っている場所まで強烈な臭いがただよってきて、野菜の苦手な彼は顔をしかめているのだ。
「なっなんだ?」
ミリアがロッソの横に座り、彼の顔を覗き込んできた。恥ずかしそうに頬を赤くするロッソ、ミリアは優しくほほ笑み口を開く。
「ふふ、相変わらずお野菜が嫌いなんですね。ロッソさんは…… ダメですよ」
「ははは……」
「またわたくしがお野菜のスープを作りますわね」
「ほんとですか! やった!」
「あらあら! そんなに喜んでもらえてうれしいです」
両手をあげ喜ぶロッソだった。ミリアは喜ぶロッソを優しく見つめている。
「ふふ。嬉しいな。ミリアさんの野菜スープはうまいんだよな。野菜は細かく切ってあってしっかりとした味がしみ込んで食べると口の中でジュワって広がって……」
野菜の苦手なロッソだがミリアの野菜スープだけは好物だった。キースとともに旅をした頃にミリアが作ってくれた野菜スープを一人でガツガツと食べ、他のパーティメンバーは冷めた目で見られたこともある。
ミリアの野菜スープの味を思い出し、ニヤニヤするロッソの耳に突如として激痛が走る。
「いた! やめろ! シャロ!」
「うるさいわね! あたしの野菜料理は食べないくせに! ミリアさんの言うことばっかり聞いてさ! おにいちゃん嫌い!」
ひりひりとする右耳をロッソが押さえる。シャロが彼の耳をいきなり思いっきり引っ張ったのだ。ミリアはシャロの行動に驚いて目を大きく開いていた。
「だーかーらー! 二人とも! 喧嘩はダメでーす!」
「「「わっ!?」」」
馬車を操縦するリーシャが振り返りロッソとシャロに向かって叫ぶ。大きな声に驚いたミリアだったがすぐに笑顔でリーシャに答える。
「あらあら、そうよ。喧嘩ダメよね。それにしてもリーシャちゃんの声は大きいのねぇ。すごい」
「そりゃあ彼女は歌手なんですから、当たり前です! リンバフェストの村で聞いてなかったんですか?」
「こら! シャロ! 本当に……」
「ごめんなさい。お祭りのような人が多い場所は苦手でずっと宿にいたので……」
申し訳なさそうにしているミリアに、口をとがらせてシャロは舌をだしたのだった。
「もう! やめろよ。恥ずかしいな。まったく……」
「ふん!」
シャロは口を尖らせそっぽを向く。子供のような妹をいさめ気まずそうにするロッソだった。ただ、ミリアはシャロの態度を気にしてないようでニコニコと笑っていた。立ち上がりミリアは御者台に向かい、リーシャの横に座ると彼女の頭を撫でた。
「フフ、リーシャちゃんはお歌が大好きなのね?」
「はいです! お歌大好きです!」
「そっかじゃあちょっと待っててね」
仲良さげにミリアとリーシャが会話をする。幌の中へと戻って来たミリアは、自分の鞄からリュートを取り出した。小さい肩掛けの小さいミリアの鞄は、”修練者の鞄”という名の魔法道具になっており、中には鞄の大きさ以上の物をたくさん収容できるようになっている。
鞄の中にはリュートを座って演奏する時に使う小さい椅子の他に、薬草や傷薬や薬の材料になる植物、さらに野菜や肉などの食材に、包丁などの料理道具など様々な物が収納されているのだ。
「その鞄…… 懐かしいですね」
ロッソがミリアが使う”修練者の鞄”を見て彼女に声をかけた。この便利な魔法道具はロッソも傷薬をもらったり散々世話になったことがあるのだ。
「えぇ。また何かあればすぐに用意しますからね」
「お願いしますね…… でも、気を気を付けろよ。ミリアさんすぐに自分で包丁で指切るから……」
「へっ!?」
「ふふふ。指をくわえた姿…… 面白かったな」
「もう! やめてください!」
恥ずかしそうにするミリアを見て笑うロッソ。少し後ろで仲良さげな二人を見て眉間にシワを寄せるシャロだった。ちなみにミリアは指を切った後は、すぐに自分の回復魔法や傷薬をつかい自分で指を治す。
ミリアはリーシャの元へと戻り演奏の準備を始めた。
「ほぇぇぇぇ!? なんですか? それ?」
「ふふ、これはリュートっていうのよ。遠い遠い東の国ホーカハイの楽器なのよ。リーシャちゃんはどんなお歌が好きなのかしら?」
「”ダリルの馬上歌”が好きです!」
「あらあら、随分古いお歌知ってるね。じゃあ、待ってね」
素早くリュートを調整したミリアは演奏を始める。静かで心地よい音楽が馬上に響き始める。
ダリルの馬上歌は出稼ぎで駅馬車の操縦士になった、若者の遠く故郷で待つ家族への想いを綴った歌だ。
”Mesis pealcherrimus luminis, Oh! Addu mead nonclte”
(美しき月の光、おぉ! 我が恋する夜に)
”Seal-inan-viltea amoriuos involluvent es sielmuen addu Seavilterm riisuls”
(優しきほほ笑みがつつむ またとない恋する時間)
”Mirafenicen mead nonclte”
(素晴らしき恋する夜)
”Ceadint er plrogression adues silgnavo sineullodes”
(進むべく道は 下がることなく進む)
”Gslturumas veariusis loteus et simieanate”
( 悲しさは我が馬車が運び去る)
”Mirafenicen mead nonclte”
(素晴らしき恋する夜)
優しくゆったりとした旋律はどこか懐かしく、聞く人間の心を故郷へといざなう。馬車の心地よい揺れとリーシャの透き通る歌声が、ミリアの演奏と合わさり聞くものの耳を優しく包み込んでいった。
ロッソは目をつむりしばらくの間、ミリアの演奏とリーシャの歌を静かに聞いていた。ロッソは優しくゆったりとした旋律をいつまでも聞いていたくなっていた。
「ミリアしゃん! すごいです。ミリアしゃんのおかげでリーシャのお歌元気になってるです」
「うふふ。ありがとう。リーシャちゃんもお歌上手ね」
「えへへ、うれしいです。もっと歌うです!」
「はーい」
優しくリーシャにほほ笑むと、再度ミリアは演奏を始める。リーシャはまた気持ちさそうに歌いだす。ロッソの隣でシャロは、立ったままリーシャとミリアをジッと見つめていた。
「リーシャの歌もすごいけど…… ミリアさんの演奏も素敵…… あれ!? なんだろ?」
「シャロ? どうした?」
「なっなんでもない! 見るな! バカおにいちゃん! エッチ!」
「えっ!? おっおい!?」
顔を真っ赤にしてシャロは、慌てて目を手で覆ってしゃがみこむ。どうやらミリアの演奏に感動し自然と涙がこぼれてしまったようだ。
ロッソは妹の様子を見て小さくうなずく。彼はミリアの演奏が、心の奥からすごい懐かしい気持ちがあふれさせてくることを知っている。
「歌が元気になるか…… そうだな。死にかけてた俺も呼び戻されたしな」
演奏するミリアの背中を見つめながら、キースに刺された後に目を覚ましたことを思い出し懐かしそうにするロッソだった。
リーシャの歌とミリアの演奏はそれからしばらくの間続いた。歌のおかげかなのかロッソたちの旅は順調に進み、海を渡った彼らは聖都アクアリンドがある島へと到着したのだった。




