第29話 妹の夢
コルツォーネ討伐から二ヵ月が過ぎていた。
馬車を手に入れたシャロたちは、アクアーラ王国の村や町を回って仕事をこなしていた。彼らは現在アクアーラ王国の南部にあるクジン村に滞在をしていた。
「じゃあ…… これ! シャロさんにお願いします」
酒場のバックヤードの廊下でぎこちなく笑顔をつくるロッソに、おどおどした雰囲気の茶色の髪をした少年が手紙を差し出す。ロッソの後ろには扉があり、その向こうでは中では出番が終わった、シャロとリーシャが着替えていた。
左手を背中に隠しながら手紙に右手を伸ばした、ロッソはぎこちなく笑いながら口を開く。体が大きいロッソがにんまりと笑う姿は少年には不気味に見えていた。
「あっありがとう。お礼にこの……」
ニッコリと不気味にほほ笑んだロッソは、手紙を受け取り背中に隠していた左手を前に出そうとする。
「ひい! ごっごめんなさい! ちゃんと渡しましたからね!」
「えっ!? あぁっ! ちょっとまって!」
ロッソが左手を前に出した直後におびえた少年は、すぐにロッソに背を向けて逃げていった。
「行っちゃった……」
呆然と少年の背中を見送るロッソの左手には小さな木の箱が乗っていた。
「はぁ…… また逃げられた。礼の菓子を渡そうとしただけなんだけどな……」
受け取った手紙を開くとそこには、シャロの次の仕事の内容が書いてある。少年は商業ギルドから来た使いだ。
なぜかシャロに次の仕事の案内をするために、商業ギルドから来る使いがずっと同じ少年になっていた。ロッソは彼の苦労を労い、子供の喜びそうなお菓子を用意していたのだ。
「まさか!? 最初の商業ギルドからの男の使いをぶん投げたから、小さい子であれば俺が手を出さないと思われてるとか!? 少年はその話を聞いて俺が使いをいじめるやつだと思って怖がっている…… いやいや、考えすぎか…… でもなぁ。毎回逃げられると周りの人から俺が怖い人だと思われるからなぁ……」
ロッソがつぶやきながら頭をかく。部屋の前で大柄な男がつぶやく姿を、店からバックヤードで作業しようと扉を開けた従業員が目撃しすぐに扉を閉めた。
「まぁ。俺はさ。護衛だから多少人から怖がられててもいいんだけど……毎回、あんなに必死に逃げられるとやっぱり少しへこむようなぁ。まぁいいや。とにかくこの手紙をシャロにすぐに見せないとな」
商業ギルドから来る仕事の手紙は、内容を確認し気に入らなければ、商業ギルドに断りにいかないといけない。依頼された仕事を受ける場合はそのまま現地へと向かう。シャロとリーシャは評判となり客から二人を指名しての仕事が入るようになっていた。
「シャロ、リーシャ、着替え終わった?」
「はい! 終わったです!」
部屋の扉をノックしてたずねるロッソ、わずかに扉が開き猫耳が飛び出した後にリーシャが顔を出した。
「シャロも着替え終わってるです。入って大丈夫ですよ」
扉を大きく開けリーシャはロッソを部屋の中へと招き入れた。扉の向こうは酒場が作った演者用の控え室で、左手が全面鏡で化粧台と椅子が五脚ならんでいた。化粧台の前に置いてる五脚の椅子のうちの一つに座っていたシャロが振り返ってロッソを見た。
「おにいちゃん! お疲れ様。あっ! それ! 新しい仕事でしょ?」
「そうだよ。さっき商業ギルドの使いが来て渡された」
「ありがとう。見せて!」
ロッソが手に持っていた、商業ギルドからの手紙を見つけると、シャロは嬉しそうに手を伸ばした。ロッソは手紙をシャロに手渡す。彼女は真剣な表情で次の仕事の内容を確認するのだった。
「次はリンバフェストという町の野菜品評会での仕事ね……」
リーシャにシャロが手紙を渡した。字のあまり読めないリーシャは、手紙をもらうとロッソに読んでもらおうとするのでシャロは中身を一緒に見ながら彼女に読んで聞かせる。
シャロとリーシャの次の仕事は、王都の近くにある平原の町リンバフェストだ。リンバフェスで開かれる野菜品評会を踊りと歌で盛り上げてほしいという依頼だった。リンバフェスとは水が豊富で晴天が多く穏やかな気候のため、リンバフェストでは野菜がよくとれる”王国の台所”とも呼ばれる。そこでは年に一度アクアーラ王国でとれる野菜を集め品評会が行われる。シャロの仕事は品評会の舞台で踊り盛り上げることだ。
「リンバフェストは王都の近くだからここからだと十日くらいかかるな」
「えぇ!? そうなの?! やった!」
王都の近くだと聞いたシャロが手を両手を上にあげ喜んだ。ロッソとリーシャは何が嬉しいのかわからず、首をかしげて不思議そうに彼女を見つめていた。
「なんでシャロはうれしいですか?」
「うん? あたし王都アクアラに行ってみたいの…… ねぇ、おにいちゃん! リンバフェストに行く前に王都に寄ろうよ」
「ダメだよ。今回はアクアラの近くの町だけど寄ってたら仕事に間に合わなくなるよ」
「そっか…… じゃあ仕事が終わってから寄る…… それならいいわよね?」
「そうだな。次の仕事がなければな」
「やった!」
王都に寄る許可をもらい喜んだシャロは、リーシャを抱きしめる。ロッソはいつも仕事を優先するシャロがわがままを言って来たことに少し驚いていた。
「なんでシャロは王都にいきたいですか?」
「そうか。リーシャは知らないのね。あのね。王都には水上劇場があるのよ。あたしは水上劇場を見てみたいの!」
「ほぇぇぇ!? 水上劇場!? なんですか? すごそうです」
「あぁ。確かにあるな…… 国王生誕祭の時に警備をしたなそこで」
「なにそれ!? ずるい!!」
「えっ!? 遊んでたんだじゃないぞ。仕事だよ! 俺は兵士だったんだから!!」
水上劇場で仕事したことがあるとロッソが告げると、眉間にシワをよせシャロが理不尽に彼に詰め寄ってきた。シャロ。アクアーラ王国の王都であるアクアラは、大きな円形をした湾の中に浮かぶ小さな島の上に立つ都市である。そのため王城以外は地面ではなく海上に作られていた。アクアラの中心には海に浮かぶアクアラ水上劇場があり、王の誕生日や祭りなどの式典で使用され劇や演奏会などが行われていた。
「アクアラ水上劇場、マーチピン劇場飛行艇、サロマステップ平原劇場、トリニティ深淵洞窟劇場は世界四大劇場って呼ばれてね。この四つ全てで演芸を披露することを四大劇場制覇って言うのよ。私ももいつか四大劇場制覇を達成するの!」
「ほぇぇぇすごいですね。シャロがやるならリーシャも一緒に歌うです」
「やった。リーシャも一緒に歌ってくれるとうれしい!」
リーシャとシャロが顔を見合ったうなずいている。しばらくの間、楽しそうにシャロはとリーシャは、ずっと語り合っていた。
「まぁ頑張りな…… それまで俺が守ってやるからな」
楽しそうに語り合うリーシャとシャロを、見ながらロッソがほほ笑みつぶやくのだった。踊りも歌もできないロッソが出来るのは四大劇場制覇を達成する二人を護衛として守りぬくことだけだった。
旅の準備を整えたロッソたちは、馬車に乗り込みリンバフェストの町へと移動をするのだった。
「ふぅ…… やっぱり乗り合いの馬車じゃなくて、自分たちの馬車だと気兼ねなくてのんびりと旅ができていいな」
「そうね……」
馬車に揺られながらのんびりと移動する三人。御者台に座るリーシャが時々振り返り、幌付きの荷台に乗るロッソとシャロの様子を見ていた。馬車の操縦はリーシャの担当だ。これは二人が彼女に押し付けたのでなく、サーカスの奴隷をしていたころに、操作を覚えたリーシャが自分の仕事だと言って譲らなかったのだ。
クジン村を出発してから十日後…… 馬車がいく街道の先に大きな湾と巨大な石橋が見えた。さらに石橋の先には屈強な鉄の門と高い塔のような大きな城壁が見えている。
あの大きな城壁がアクアーラ王国の王都である海上都市アクアラだ。街道を曲がりアクアラを横目に見ながら移動する。
シャロは馬車から顔をだし、アクアラを名残り惜しそうに見つめている。
「うぅ…… 水上劇場…… 見たいーー」
「ほら、仕事が終わったら寄るんだろ。我慢しろよ」
「わかってるわよ…… もう……」
未練を断ち切るように顔を背け、アクアラを視界からそらすシャロだった。
アクアラをすぎてしばらく進むと、草だらけの平原がすべて柵に囲まれた畑へと出る。柵や畑の周囲を兵士や冒険者達が警備をしている。リンバフェストが近いようだ。




