第112話 敵は幻影
ピンク色の体長三メートル程の大きな狼が草むらから、次々に飛び出してきて冒険者や兵士に襲いかかっていた。
ロッソはリーシャとグアルディアを、連れて餌の置かれた台に向かって逃げる。松明の光が届かず暗闇覆われ見えない場所で、討伐隊の叫び声と狼たちの声が響いている。
「やっぱり…… こいつらはリトルフェンリルだ」
すぐ近くで討伐隊の一人に、喉元にかみつくピンク色の狼が見えた。襲って来たピンク色の狼の魔物はリトルフェンリルという。
ウォーウルフがピンク色の体に青白く光る眼になった魔物で、鋭い爪が生えた強靭な足に牙は魔力を帯びていて強力な雷魔法を使う。リトルフェンリルは伝説の幻獣フェンリルが、古の戦いの時に放った魔法の残骸に触れた、ウォーウルフといわれている。魔大陸にしか生息しておらず。幻獣のプライドを持つ彼らは魔族にも慣れることはなく襲いかかる。
「そういや…… キースと一緒に旅をしていた時によく襲われたな。でも…… その時と比べて色が少し色が薄いような気がするが…… まぁいい」
周囲を見ながら守護者大剣を持つ手に力をかけるロッソdあった。闘気弾丸で攻撃すればリトルフェンリルは、蹴散らせるが撃つには魔法障壁を解除しなければならない。まずは、距離を取って体勢を立て直さないといけない。
「ロッソさん! 無事ですか?」
暗闇の中からミーネが一人で現れた。彼女は足取りもしっかりしてるし怪我はしてないようだ。ロッソはミーネの無事を確認しホッと安堵の表情を浮かべる。
「ミーネさん! よかった。早くこっちに来てください。俺の近くにいればとりあえず魔法障壁が守ってくれるんで安全ですよ」
「ありがとう」
手招きをしてミーネさんを呼ぶと嬉しそうに俺たちに近づく。
「ミーネさん。魔物がリトルフェンリルでしかも集団なんて聞いてないぞ……」
「ごめんなさい…… わたしも魔物は確かに一頭って……」
「そうか。悪かったな。とりあえず俺がやつらを倒します。グアルディアは左! ミーネさんは右をお願いします。リーシャは俺の後ろにいるんだよ」
「はいです」
グアルディアとミーネと一緒にロッソはリーシャを囲む。守護者大剣を握りしめ、ロッソは闘気弾丸を放つ準備をする。ロッソはガントレットをリトルフェンリルたちに狙いを……
「あれ!?」
首をかしげるロッソ、いつもならガントレットから、赤い光が出るはずなのだが出なかった。
「なんでだ!? おかしいな」
ロッソは壊れていないか、確認しようとガントレットを顔の前へと持って行く。
「ミーネちゃん! はぁはぁ…… 助けて……」
暗闇から必死な顔でラミレスが走ってミーネへと近づく。
「ぎゃっ! たすけてーーーーーーーーーー!!!! やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「あっ! 悪い…… お前を障壁の中に入れる人間から外したまんまだったわ……」
魔法障壁に弾かれて尻もちをついた、ラミレスに一気にリトルフェンリルが襲いかかった。
ラミレスは手足をそれぞれ一本ずつ、四頭のリトルフェンリルに食いつかれて引きちぎられそうになっている。もう一頭のリトルフェンリルが、ラミレスの背後から近づいてきて、ラミレスの後頭部にかぶりついた。
「ギイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「あれ!? おっかしいな……」
襲われるラミレスを見ながらロッソは首をかしげていた。ラミレスをリトルフェンリルが本気で噛んでるはずなのに血が出ておらず彼は傷ついてないのだ。本気のリトルフェンリルなら、あんな薄い革の鎧を着たラミレスはとっくに切り裂かれてるはずだった。
ラミレスは暴れて、リトルフェンリルに噛まれたまま、手足を動かしている。漏らしているのか股間が濡れて口元からは泡が吹いていた。
「うわ!」
ロッソたちの魔法障壁に一体のリトルフェンリルがぶつかってきた。
リトルフェンリルの体当たりくらいではロッソの魔法障壁は壊せないのだが、ぶつかったリトルフェンリルは地面に落ちるのではなく、空中で消えてピンク色の煙が障壁から上がっている。
「えっ!?」
上空へ上がっていた煙が風に吹かれて地上に戻ってくる。地面に集った煙の中からリトルフェンリルが再び現れた。ロッソたちを睨み付けると、リトルフェンリルは振り返り走っていってしまった。
「ロッソ! あれはリトルフェンリルじゃないよ。実体のない幽霊型の魔物みたいだ。これってさ!?」
グアルディアが走り去るリトルフェンリルを指さして叫んでいる。実体がない魔物とは悪霊や火の玉などの幽霊型と呼ばれる魔物たちだ。
「そうだな。たぶん幻影体だ」
「やっぱり……」
このリトルフェンリルはリトルフェンリルではない。おそらく幽霊型の魔物が幻術によりリトルフェンリルに姿を変えたただの幻影だ。ロッソはキースの仲間のジェリスが、ジェリスはよく剣や魔物の骨などに札をはって、魔法をかけて命令を聞く幻影体を作り出して敵を攻撃する、幻影魔法をよく使っていたからある程度の知識をもっていた。
「ロッソさん! なんでもいいから早く! リトルフェンリルを蹴散らしてください」
「いえ…… すいません。おそらくあいつらは魔法で作られた幻影体です。攻撃しても消えますがすぐに復活しますよ」
「幻影体?」
「えぇ。魔力が切れれば停止しますが、倒すには触媒になってる核を消去するか魔法の使用者を叩くしかありません」
ただの幽霊型の魔物なら聖水のかけた武器などで、斬りつけたり光の魔法で吹き飛ばせば簡単に倒せる。しかし、幻影体を倒すには正確に触媒となっている、核を攻撃して破壊するか魔法をかけた者を殺すか、数時間耐えて魔力が尽きるのを待つしかないのだ。
周囲の冒険者たちは、幻影体のリトルフェンリルにかみつかれて暴れまわっている。
「じゃあみんなにこのまま耐えてもらえばいいのかしら?」
「それは……」
「ダメだよ。あの状態を耐えられる人間なんかそうそういないよ。討伐隊の精神が破壊されて廃人になっちゃうよ」
「えっ!? そうなの?」
グアルディアの言う通りで、幻影体は相手の肉体を傷つけることはできないが、相手に取りついたら悪夢を見せる。取りついている間は何度も拷問や死ぬ夢を見せられ続けるので、普通の人間ならば十五分もすれば精神が破壊されてしまう。冒険者や兵士といった鍛えている人間でさえ一時間が限度だろう。
「そういや…… あれは気分が悪かったな」
ロッソは首を振った。彼は昔ジェリスが捕虜の魔族に、幻影魔法を使って拷問しているのを思い出していた。尋問を終えると正気を失った捕虜同士を殺し合わせていたのだ。
障壁の外を見ながらミーネは悔しそうにしていた。
「このままじゃ…… 討伐隊が全滅してしまいます。そうだ! あたしたちを守ってる障壁を大きくできませんか?」
「魔法障壁を大きくするには闘気が必要です。当然維持するにもそれなりに闘気が必要です。俺たち四人分ならいくらでも耐えられますが全員をカバーする範囲に拡大したら五分が限度ですよ」
「うぅ…… じゃあ! どうすればいいんですか!」
苦しそうに声をあげる仲間たちを見守るしかできずにミーネは、涙声でロッソに向かって叫ぶのだった。




