第11話 いない
「なっなんだよ! 覗いてなんかいないぞ! この中に妹がいるからしょうがないんだ!」
道を行く女生や男性が、テントの前に立つロッソを不審な顔で見ていた。彼は自分に言い聞かせるように小さな声で道行く人に届かない小さな声でつぶやく。彼の背後のテントは、祭りの女性出演者用の控室として使われている。日が傾いて祭りが始める時刻が近づき、シャロはテントの中で着替え準備している。いくら護衛であってもロッソは女性用の控室に入るわけにも行かず、テントの前で見張りをしているという訳だ。さきほどから行き交う村の人々は、明らかにロッソが覗きをしてるんじゃないかと疑っている感じだった。
「はぁ…… 早くシャロ出てこないかな。しかもこれ明日もあるんだよな……」
疑われて冷たい視線にさらされているロッソがつぶやく。カルア村の収穫祭りは三部構成だ。まず、前夜祭が行われ翌日の昼間に本祭、夜に後夜祭と続く。
前夜祭と後夜祭はにぎやかに楽しむ祭りらしいが、本祭は儀式なのでおごそかに執り行われるためシャロの出演はなく彼女が出演するのは前夜祭と後夜祭の二つだ。前夜祭の今日シャロは、中に一緒の踊り子たちと祭壇の前で踊りを披露することになっていた。
「おにいちゃん! あっ! いた! ちょっと!」
「うん!?」
シャロがテントの入り口に隙間を開け、首だけだしてロッソを呼ぶ。呼ばれたロッソがテントに近づくと、シャロが飛び出してきて眉間にシワを寄せ彼を睨む。
「近づきすぎ! 中で着替えてる人いるんだからもう来ないでよ。隙間から覗こうとしたでしょ!? エッチ!」
「なんだよ!? お前が呼んだんだろ!」
テントから飛び出した、シャロは両手両足に金色の装飾された輪っかの飾りをつけて、胸元に金色の太く編まれた糸のような飾りついた水色の下着のような服を着て、腰には透けた水色の布を腰に巻いていた。
「ふぅ……」
踊り子の格好は裸に近く、目のやり場に困ったロッソは視線をシャロからそっとそらす。慌てるロッソの顔を見てシャロは笑いながら彼に手をだした。彼女の手には金属のチェーンの先に水色の宝石がついたネックレスが握られていた。ネックレスのチェーンの先はフックでひっかけるようになっていた。
「これうまくつけられないの! 手伝って!」
「はいはい。わかったよ」
ロッソがネックレスを受け取ると、シャロは背中を向けて自分の髪を両手でまとめて上げる。シャロのきめ細かい綺麗な肌と首筋に残る後れ毛がロッソに見える。ネックレスを持ったロッソの手が震える、いくら妹とはいえ女性のうなじを間近で見て緊張しているようだ。手を震わせながら、ロッソは手を前に手をだしてシャロの首の後ろでネックレスを留め具をはめようと……
「うん!? なんだこれ?」
シャロの首の後ろのちょうど背中と頭の間に、三角形で紫色した小さいアザが出来ていた。彼女とずっと一緒にいたロッソもこの首の痣は見たことなかった。ロッソはネックレスを付けてからシャロに声をかける。
「シャロ。あのさ」
「なに? どうしたの?」
「いや、シャロの首の後ろに三角形のアザがある」
「えぇ!? うそ!? 目立つ?」
「うん…… 髪で隠れるけど結構はっきりと見えるぞ…… えっ!? どうした?」
シャロは慌てた様子でテントの中に戻っていった。彼女は鞄を持ってすぐにテントからでてきてロッソの前に座座った。二枚の手鏡を鞄からだし、シャロは左手の鏡を胸元に、右手の首の後ろに持って行き合わせ鏡の要領であざを確認する。
「ほんとだ!」
痣をみつけたシャロは鞄から、瓶と小さい白いフワフワの布のような物を取り出す。瓶には細かい砂のような物が入っている。シャロは瓶を開けてフワフワの布にその粉を着けていた。
今度はロッソに粉のついたフワフワの柔らかい布を差し出した。
「おにいちゃん! これを首に塗ってかくして!」
「わっわかった!」
シャロは再びロッソに背中をむけると、髪の毛をかき上げて首を見せる。ロッソは受け取った布でシャロの首筋にファンデーションを塗っていく。
「あまり気にすることはないんじゃないか?」
「そうだけど…… 今まで気づかなかったから踊りに集中するために隠したいの」
シャロは痣があることを気にしているのではなく、痣があることに気付いたことで踊りに、集中することができないことを懸念し隠そうとしていた。初仕事を前に万全を期したいシャロの気持ちが分かったロッソは彼女の言う通りにする。
「出来たぞ!」
「ありがとう! 確認するから髪を抑えてといて!」
しゃがんでシャロが、また両手に一枚ずつ手鏡を持って合わせ鏡をし、自分の首筋を確認する。ロッソは彼女の髪をもち首筋を見えやすくする。出来に満足したのか、シャロは鏡を置き嬉しそうに笑って振り向いた。
「おにいちゃん! すごい! うまいじゃない! どうして? お化粧なんかしたことないでしょ?」
「あぁ…… 魔王討伐軍にいたころはよく死んだ味方の顔を埋める前に綺麗してやってたからな」
「えっ!? ごっごめん…… へんなこと聞いて……」
「別に戦争じゃよくあることだ。気にするな」
申し訳なさそうにうつむく、シャロの頭を軽く撫でてロッソは笑顔を向けた。
着替え終わったシャロと一緒に祭壇へのあった丘へと向かう。丘の上に作られた祭り会場では、村人たちが松明やランプの準備をして忙しそうにしていた。
昨日、手続きで訪れたテントは撤去され、祭壇の前に大きな舞台と椅子が並べられて客席が作られていた。舞台には既に音楽を演奏する演奏家たちが集まっており、シャロと踊り子たちは彼らとリハーサルを始める。
前夜祭への準備が整い、日が沈み始めると客の村人や観光客などが舞台の周りに集まりだした。舞台の真ん中で村長の挨拶が終わると演奏が始まり前夜祭が始まった。
「いいなぁ。周りのみんな楽しそうだ……」
前夜祭が始まってからロッソは、舞台の近くでシャロを監視し、何か起きればすぐに飛び出せるようにしていた。興奮した客や酔っ払った客たちが、シャロに近づいたら、彼はすぐに飛び出して制止する必要があるため、近距離にいなければならないのだ。
そしてロッソは意外にも自分の横に、彼と同様に武器を携帯し舞台を監視している人が数人いることに少し驚いていた。シャロと同様に踊り子たちは、護衛を雇ってる人が多いようだ。
「あの右から二番目の子すごいな」
「すごい綺麗だ」
観客席やロッソと一緒に護衛をしている人々から、シャロをほめる言葉が聞こえてきた。ロッソは裸に近い恰好で踊る妹を褒められ、やや複雑ではあるがそれでも悪い気はせず、彼は俺の妹なんだぜと自慢したい衝動にかられるのだった。
「でも…… 踊りの事が分からない俺から見てもシャロはすごいと思う……」
舞台を見ながらロッソがつぶやく。舞台では十人ほどの踊り子が踊っているが、身内のひいき目ではなくシャロが一番目立っていた。容姿はみんな綺麗で変わらないが。音楽に合わせてしなやかに優美に動く手と、色っぽく動く腰、シャロの踊りは見る人を皆を引き付けていた。さらに彼女は時々、観客を挑発するような視線を送る。
「まぁ…… 護衛の身としてはあまり煽ってほしくはないな……」
シャロの観客を煽る行動を見ながら心配するロッソだった。
「みろよ。ブルンブルンだぜ」
「あぁ。すげえな」
ロッソの横に護衛二人が揺れるシャロの胸に釘付けにされている。ロッソは冷めた目で二人を見ていた。
「(あいつあんなに大きかったかな…… まぁ長い間留守にしたからな……)」
舞台を見ながらシャロの成長を感じるロッソだった。
「なんだ? 何か気にしてるな」
ロッソはシャロの異変に気づいた。彼女は踊りながら、ずっと客席や行き交う人を見渡している。その動きは誰か探しているようだった。合間に休憩を挟み四時間ほどでシャロの初日の出番が終わった。
「お疲れ様。ほら水とタオルだよ」
「ありがとう」
舞台の近くに待機していたロッソが、コップに汲んだ水とタオルをシャロに渡す。水を一気に飲み干し、タオルで体の汗を拭くシャロ。観客たちは満足そうに席を立って帰っていく。
「はい!」
「シャロ!? どこに行くんだよ?」
タオルをロッソに戻したシャロは踊り子の衣装のまま早足で歩きだした。
「あたしはリーシャのとこに行くの!」
「えっ!? リーシャのとこに?」
呼ばれた振り返ったシャロは寂しそうな表情で、ほとんどの人が帰ってしまった祭りの会場を見つめている。
「だって…… お祭りにリーシャ来てなかった……」
「いやだって…… あの子はサーカスで魔物の面倒をみてるんだから……」
「わかってるよ! でも……」
目を潤ませてシャロは楽しそうに帰っていく人たちを見つめていた。
「はぁ。わかったよ。一緒に行こう。でもリーシャに会えるかはわからないぞ」
「うん…… ありがとう」
笑顔になってシャロは頷く。二人はリーシャに会いにサーカスの会場へと向かうのだった。




