番長菊池
コロン様主催の菊池祭り参加作品です。
お話の中に暴力的な描写、ある意味で残酷な描写があります。
苦手な方はお気をつけ下さい。
お時間がある時に読んで頂けると嬉しいです。
砂塵の舞う空地、そこに二人の男が立っていた。
一人は今どき珍しい学ラン姿に下駄を履き、短く刈った黒髪に学帽を被った身の丈二m近い大男で、分厚い胸板に丸太のように太い腕と脚をしたいかつい男。
一人は金髪をモヒカンにして改造制服にじゃらじゃらとチェーンをアクセサリーのように着けた、人相の悪いヤンキー風の長身で鍛えている体つきの男。
互いに向かい合う二人は暫く睨み合い、先に動いたのは鎖男の方だった。
「菊池、今日こそは番長の座を譲って貰うぜぇ? 喰らえ! ひゃっはぁぁぁぁぁぁ!!」
鎖男は駆け出して間合いを一気に詰め、大きく振り被った拳を菊池と呼んだ学ラン男の顔面に叩き付ける。
しかし、菊池は拳を受けても微動だにせず、一歩もそこから動くことも顔を反らすこともしないで鎖男を上から見下ろす。
「その程度か。先に一発、殴らせてやったって言うのに期待外れもいい所だったな」
「なっ!? 俺の拳が効いてねぇ!?」
自分の拳がなんら相手に痛痒を与えていないことに愕然とする鎖男に、菊池はゆっくりと拳を固める。
「拳と言うものはな、こうやって奮うものだっ! ふんっ!!」
緩く腰を落として重心を下げながら上体を捻り、しっかりと大地を踏みしめて腕を引き、上体を戻しながら丹田を中心に身体を捻り、菊池は鎖男の鳩尾へと硬い拳を勢い良く叩き込む。
「ぐはぁっ!!」
ズドン! と重い音を立てて拳は吸い込まれるように鎖男の鳩尾へと埋まり、そのまま鎖男は腹を押さえて蹲り地面へと倒れ込んでいく。
それをつまらなさそうに見つめて、菊池は小さく溜息を零す。
「そちらから喧嘩を売って来ておいてその体たらく、せめてもう少し打ちあえるくらいに鍛えてから喧嘩を売って欲しいもんだな」
暫く鎖男を眺め、立ち上がる気配がないことを確認してから菊池がゆっくりと歩き出し、空き地を出たところで小柄な少女が勢い良くジャンプして抱きついてくる。
「お菊ちん、お疲れ様ー! にゃっはっはー、また瞬殺しちゃってたねー?」
「彩良、いきなり抱きついてくるなっていつも言ってるだろうが。お前も年頃なんだから、いい加減慎みというものをだな……」
「えー? お菊ちんだって嬉しいくせにー。それにもうずーっと子供の頃からしてるんだから今更だって思うけどにゃー?」
彩良と呼ばれた少女は器用によじよじと菊池の身体を登っていき、背中におぶさっていく。
栗色の髪をツインテールにしていて、クリっとした栗色の瞳、健康的な小麦色の肌。きゃらきゃらと楽しげに笑う姿は小学生のように見えるが着ている制服は学ラン男と同じ高校の制服である。
二人が同い年の幼馴染だと聞いて信じる者はまずいないであろう、超凸凹コンビである。
ちなみに彩良の身体は凸凹と言うより凹凸がない、子供体型である。
「全く、俺だからいいようなものの、他の奴にやったら怒られるぞ?」
「やだにゃー、お菊ちん以外にする訳ないにゃー。にゃはっ、もしかして独占欲って奴かにゃ?」
「どうしてそうなる! 俺は常識的に考えて言ってるだけで……」
「にゃはー? 顔を赤くしながら言っても説得力ないにゃー?」
「これはさっきの奴に殴られたからだ!」
わいわいと言いあいながら菊池と彩良の声が遠ざかっていく空き地では、蹲ったままの鎖男がにたりと嫌な表情を浮かべていた。
「見つけたぜぇ、菊池ぃ。てめえの弱点をよぉ……」
それから数日が経ち、菊池が鎖男のことを記憶の彼方へと忘却した頃のことである。
授業が終わり、帰宅しようと下駄箱を開くと一枚の封筒が入っていた。
「なんだ、こりゃ……果たし状? 今時、古風な奴もいたもんだな。何々、お前の大事な女、椰子木 彩良は預かった。返して欲しくば本日の二十時に港の九番倉庫に来い、だと……まさか!?」
慌てて懐からスマホを取り出して電話を掛けるものの、ただいま電源が入っていないか電波の届かない場所にありますと応答が返ってくる。
時計を見れば十八時三十分、今から全力で走れば間に合う時間である。
「……くそっ! 頼む、無事でいてくれよっ!」
靴に履き替えるのももどかしいとばかりに急いで履き替え、ダッシュで校門を出る。そして港へと向かい走り出し、街中ですれ違う人々に何事かと見られても気にすることなく菊池は走り続けた。
港へと到着し、九番倉庫を見つけて勢いよくドアを開けて中へ入った菊池が見たのは、椅子に上半身を縛られて拘束された彩良と、たむろする鎖男を含めて十人の不良達の姿だった。
「無事かっ!?」
「お菊ちん! 私のことは見捨てていいから、逃げるのにゃ!」
彩良の姿を確認して声を上げる菊池に、逃げるようにと言う彩良。
その二人の視線を切るように、改造制服に鎖をじゃらじゃらと付けた鎖男が前へと出てくる。
「菊池ぃ、お前の女は見ての通りだ。女を酷い目に合わされたくなければ、抵抗せずに大人しくしておくんだな」
「にゃは~、お菊ちんの女だなんて、照れちゃうにゃ~」
頬を赤らめてくねくねとする彩良に、菊池は大きく首と手を振る。
「違う違う、そうじゃない。そいつは別に俺の女って訳じゃないぞ?」
「にゃ~!! こういうときは嘘でも分かったっていう所にゃ~!!」
「はっ、じゃれあうのはそのくらいにして貰おうか。お前ら、やっちまえ!」
「おうっ!!」
鎖男の号令で、九人の不良が一斉に菊池へと襲い掛かる。顔を殴られ、脇腹を殴られ蹴られ、脚を蹴られ背中を殴られて蹴られても菊池は微動だにせず、攻撃しても一向に痛苦を見せない菊池。
その様子に焦った不良は、とうとう菊池の股間を勢い良く蹴り飛ばした。
「おらぁっ! 流石の菊池もこれは効くだろう!」
「効かんなぁ? この程度か?」
急所を攻撃したにも関わらず、全く効いた様子のない菊池に鎖男と不良達はどよめく。
「ふふん、お菊ちんのお菊チンは鍛え方がそこらの男とは違うのにゃ~」
「彩良、女の子がそう言うこというんじゃない!」
「お菊ちんは女の子に夢を見過ぎだと思うにゃー」
「な、な、舐めんじゃねぇ! これでも平気でいられるかよお!」
二人のじゃれ合いに、不良の一人がキレて転がっていた鉄パイプで菊池の頭を殴る。流石の菊池も鉄パイプで殴打されるのは効いたのか、がくっと地面に膝をついてしまう。
それを見た他の不良達も、思い思いに鉄パイプや角材と落ちていたもので蹲った菊池に殴りかかる。
「お菊ちん! 何で反撃しないにゃー! 私なら大丈夫にゃー! だから反撃するにゃー!!」
「へっ、流石の菊池も人質を取られちゃ片もねえな。まったく、こんなちんちくりんのどこがいいんだか。さて、俺も恨みを晴らさせて貰おうか」
「ちょっと待て」
無抵抗に殴られる菊池に悲痛な声を上げる彩良に、流石に人質を取られては抵抗できないかと笑いながら鎖男が菊池の方へと一歩踏み出せば、彩良の低い声が鎖男に掛けられる。
「ん? なんだあ?」
「今、何て言った?」
「恨みを晴らさせて貰おうか?」
「その前」
「ああ、こんなちんちくりんのどこがいいんだってとこか? 実際、小学生のガキみたいじゃねえか」
鎖男が言った途端、彩良の目が吊り上がり、顔が怒りで真っ赤に染まり、鎖男への怒りで身体を震わせる。
「誰が小学生の方がまだイイ身体をしてるってぇ!?」
「そこまでは言ってねぇぇぇぇ! って、嘘だろ!?」
ぶちぶちぶちぶちぶちぶちぃっ!!
叫びながら拘束していた縄を引きちぎる彩良に、驚愕の表情を浮かべる鎖男。
彩良は椅子から立ち上がり、一気に鎖男との間合いを詰める。
「うわあぁぁぁ!? くそぉっ!」
「遅いにゃ!」
「ぐはぁっ!」
近づいてくる彩良に、鎖男は思わず拳を振るうも彩良はその場にしゃがんで回避し、そこから立ち上がりその勢いで鎖男の顎を掌底で打ち上げ、身体を高く宙に浮かせる。
そして更に身体を回転させ、後ろ回し蹴りで鎖男の股間を地面に撃ち落とすように正確に蹴って追撃する。
「ふべらっ!?」
股間を蹴られ、地面に撃ち落とされた鎖男は悲鳴を上げた後、ぴくりとも動かなくなってしまった。
彩良の強さと鎖男の姿に、一瞬、静寂がその場を支配する。
「人質はもういないにゃ。やっちゃえ、お菊ちん!」
彩良の言葉に、ゆらり、と菊池が立ち上がり、ぱたぱたと学ランの埃を払っていく。
全くダメージを受けていないその様子に不良達は慄く。
「嘘だろ。あれだけされて全然、効いてないのかよ」
「悪いが、俺の身体は特別性でね。あの程度では効かないんだよ」
指をぽきぽきと鳴らしながら、首をぐるっと回してぱきぱきと言わせて菊池は不良達を睥睨する。
「好き勝手してくれたんだ、痛い目にあう覚悟は出来てるだろうな?」
「くそっ! ダメージを全然受けてないはずがねぇ! 強がってるだけだ、やっちまえ!」
そう言って殴りかかってくる不良の拳をがっしりと掴み、殴りかかって来た勢いを使ってまるで引っこ抜くかのように投げる菊池。
地面に勢い良く背中から叩きつけられた不良に更に追撃とばかりに鳩尾へとスタンピングを入れる。
「がはっ!」
「ひとーつ」
正面から鉄パイプを大きく振りかぶってきたものを左手で受け止め、勢い良く引っ張っては右手で相手の顔面を掴み、高く持ち上げてから床へ後頭部を叩きつける。
「ぎゃぁっ!」
「ふたーつ」
後ろから殴りかかってきたのを振り返ることすらなく避けながらその腕を掴み、背負い投げの要領で投げながら胸倉を掴んで地面へと頭頂部から落とす。
「ぐふっ!」
「みーっつ」
一撃で相手を沈めながら、菊池はまだ残っている不良達へと襲い掛かり、全員を戦闘不能へと追いやっていく。
「げほっ!」
「よーっつ」
「ちがっ、ばぁ!」
「いつーつ」
「ひでぇ、ぶっ!」
「むーっつ」
「たねばっ!」
「ななーつ」
「めべしっ!」
「やーっつ」
「ぬぬたぁっ!」
「ここのーつ。と、もう終わりか。十までひとつ足りない、もの足りない……」
手応えも歯応えもなかったことに詰まらなさそうに菊池が溜息を零していると、彩良がぴょんっと飛びついてきて背中によじよじと登っていく。
「もの足りないなら、私が相手をしてあげようかにゃ?」
「辞めてくれ、俺じゃあお前に勝てないっての。というか、何で捕まってたんだよ。逃げようと思えば逃げられただろうし、捕まるほどこいつら強くないだろ?」
「囚われのお姫様って言うのをしてみたかったし、お菊ちんが助けに来てくれるって分かってたからにゃ。白馬の王子様が来てくれるのを楽しみにしててもいいと思うにゃ」
しれっと言う彩良に呆れたように溜息を吐く菊池。まさかそんな理由で捕まるとは思ってもみなかった、と首を振る。
「お、おい……菊池」
「わ、生きてたにゃ」
一番最初にダウンしていた鎖男がじゃら……じゃら……と鎖の音をさせながら這いずってくるのを見て、びっくりしたように彩良が驚く。
「なんだ、鎖男」
「誰が鎖男だ。それよりも、お前がそいつに勝てないって言うのはどういうことだ」
「簡単だよ。心・技・速・体の内、心は互角で体で勝てたとしても、技と速さでは勝てないからな。しかも頑丈さとガタイの良さでは俺が勝ってるが、パワーではそこまで差がないんだよ。攻撃をくらったお前なら分かるだろう? しかも、こいつは俺が武術を習ってる道場の娘で師範代だからな、おれの動きの癖を全部知ってるから勝てないんだよ」
菊池の言葉に驚きつつも、確かに受けた掌底の威力はボディに喰らった菊池のパンチと遜色がなく、後ろ回し蹴りの綺麗さとスピードは菊池にはないもので、鎖男は納得するしかなかった。
「なるほど、な……俺達は最初から、勝てない戦いをしてたって訳か……こんなチビッ子にすら」
「チビッ子言うにゃぁ!!」
鎖男のチビッ子発言に怒り、菊池の背中からジャンプして綺麗に空中で伸身の宙返りをして両足で鎖男の背中に着地して踏みつける彩良。
「う、美しい……ぎゃんっ!!」
彩良の伸身宙返りに見惚れていた鎖男は今度こそ気絶して意識が闇へと沈んでしまう。
それを確認してから彩良はまた菊池の背中へとよじよじと登っていき、首に腕を回して抱き着いていく。
「死人に鞭打つようなことを……」
「死体も鳴かずば撃たれまいに、にゃ。さ、お菊ちん、帰るにゃ。お菊ちんの所為で攫われたんだから、お詫びに何か奢るにゃ!」
「今月、そろそろ苦しいんだけどな」
そう言いながらも仕方ない、と倉庫を出て街へと戻り、喫茶店で彩良にチョコパフェを奢り、自分はプリンパフェを食べる。
幸せそうにパフェを食べる彩良を見ながら、こういうのもたまにはいいかと、菊池は内心でほっこりしながらのんびりとした時間を二人で過ごしていった。
その後、鎖男達の再襲撃はなく、菊池は穏やかな時間を過ごしていた。
しかし、あの鎖男が最後の襲撃者とは限らない。自分が番長である限り、第二、第三の鎖男が現れるかも知れない。
それでも菊池は戦う。
何故なら、菊池は番長なのだから。
―――完―――
ネタ紹介
菊池:番長。彩良からはお菊ちんと呼ばれている。最初に菊池だから、あだ名はお菊ちんかなと考え、お菊と言えば怪談の番町皿屋敷、と言う思い付きから番長設定になった。彩良のことは心憎からず思っているが、自分の方がまだ弱いので素直になれないでいる。彩良から真剣勝負の試合で一本取れたら告白する気でいる。本当は番長なんて柄ではない、と思っているが自分が辞めると彩良が番長になり、残虐ファイトを繰り広げる恐れがあるので辞められないでいる。
椰子木 彩良:名前のネタは皿屋敷から。トータルで言うと菊池より強い。菊池が表番長だとすれば、彩良は裏番長。ただ、自分が番長になると本当に番町皿屋敷になってしまうので嫌がっている。菊池が大好きで、お嫁に行く(もしくは婿にする)気、満々。自分より弱くてもいいので、そろそろ告白して欲しいと思っている。子供っぽいことをからかわれると相手次第で残虐ファイトを繰り広げてしまう為、菊池が番長を辞められないでいることに気付いていない。
※残虐ファイト:相手が男性である場合、執拗に急所(股間)を狙って蹴ってくるファイトスタイル。
鎖男:不良と言えば鎖かな? という安易な想像から産まれたかませ役。他の不良に比べれば強いが、菊池と比べると運泥の差で弱い。二人に完膚無きまでに負けてしまい、手を出すのを諦めた。途中、鎖男が腐り男になってしまいBLネタを入れようかと思ったが話がおかしな方向に行きそうなので辞めた。