第49話 クリスマスは憂鬱だ
ビル街が並ぶ季節ヶ丘の冬の朝。その街中のビルに背中を預け、ヴァルターは佇んでいた。隣りでネルがタバコを吹かし、怪訝な顔を浮かべる。
「しかし君の喫煙数も増えたな3年前に会ったときは大人しかったはずだが」
「あ〜? 3年もすりゃいくらでも変わるっしょ。私ゃくたびれたOLなのさ」
ヴァルターの咎めもまるで意に介さないネル。ふうぅと思いっきり煙を吹かし、話を変える。
「つーか最近集合多くね? 今日はなんのご用事ですか〜っと」
「まだもかが来ていない待ちたまえ」
「知ってるよォ。あ〜、ったくおっせぇなぁあのガキ。ガキだからそういうの分かんねぇか」
いつまでもグチグチと言うネル。ヴァルターは何よりも、こんな大通りでプスプスとヤニを吹かせているネルに疑問を覚えていた。幹部の中でも特に酷い愛煙家であったのは別にいたと記憶しているが、それより断然吸って──いや続けている。そう感じていた。
「お待たせしました!」
そのネルとは反対に、快活な少女の声が2名の耳に届く。赤みがかったツインテールの少女、もかだ。
「いいや待っていないさ。まだ予定より30分も早い、いい心がけだ」
「ありがとうございます! ……それとその、私の役割、思っていたよりもヴァルターさんのサイエンティフィックスで重用されてないような、気がして……」
すぐさま、しかし探るように用事を促そうとするもか。ヴァルターは呆気なく答える。
「カンタンな事を頼んでいるまでさ。それとも君は仕事熱心なのかね?」
「あっ、いえ……」
もかは思い留まった。ヴァルターのサイエンティフィックスにおける自分の『役割』。それは再寧を──恐らく心のキズを──育てる、とヴァルターは言った。それについて、もかは思い当たる節がある。それを想起するのは、もかにとっても苦しくなる。思い出したくない、認めたくない。
だから、今日の役割程度のカンタンな事なら問題ないのだ。
「ええとそれで……」
もかは歯切れ悪く話題を進めようとする。それを察したヴァルターは、笑みを浮かべ、子供を諭すような優しい声色で言うのだ。
「気にせずお友達と遊んでいるがいい。あとは私達に、任せなさい」
「はっ……はいっ!」
「では、以上だ」
もかの表情がパァっと明るくなり、大きく胸を撫で下ろす。それからすぐさま、待ち人の元へと駆け出した。「お待たせ!」、「今の人たちは?」、「バイトの人たち!」。その人物とそのような、何でもない会話を交わして──
残ったヴァルターとネル。ぷぅ、と一息吹かして、
「で、私の役割とやらは?」
と促した。ヴァルターも一つ軽く息をつく。
「先日あの男を利用して岸元 彼方を責め立てただろう?」
「あれクッソ失敗してんじゃん。で? それがどしたん」
「あれも成功だ心につけたキズは確実に根ざすものだ」
「うん、そんで?」
「今回はそのキズの一つの様子を見るその為の神子柴姉妹だキミにも協力してもらいたい」
「協力だぁ~?」
「カンタンだよ。君は再寧 華蓮に神子柴姉妹を引き合わせるんだ遠くからな」
「へ~」
それを聞いたネルは、ニヤァ~っとして吸い途中だったタバコを手品のように手元から消した後、
「ちょっくらタマちゃんトコ行くわ!」
全く見当違いの事を言い残し、その場を後にした。
「確かに変わったな。いや、これも確かに興味深い。あのネルがな……」
この会談中の最も落ち着いた喋りで、ヴァルターはネルに関心を向けていた。
*
「くぅ~りすますが今年もやってくるぅ~……」
「ウザい」
僕です、タマキです。クリスマスが今年もやってきてしまいました。悲しかった出来事を思い出させるように……。
クリスマスは憂鬱だ。
そんな「メロスは激怒した」みたいな小説の出だしがあってもおかしくない、というか僕が浅学なだけでそういうのあるのではないでしょうか。何せ謎に恋人と過ごす風潮が確立され、それに対抗するように友人家族と過ごす人で溢れ返る今日という日……。
恋人はおろか友人、そも人間と関わるのさえ恐れる僕のような陰キャにとっては『虚無』を余儀なくされる『恐怖』の日……。
「きょうだい合わせでグループに巻き込まれるとか、ホントなんだし……」
「いいじゃない、私もいるんだから」
「ん……んー、うん」
しかしそれは過去のものとなった! 隣には妹の輪ちゃん、そして僕のリンカーによって誕生した友達のヒカリ! さらにこれから友達と待ち合わせをしているこの世の全てを手に入れた僕は最強ッッッ……! 恋人などいらんッ! そもそも男と恋仲になるのとか怖すぎんだろ!
「動きウザい」
「しゅみましぇん……」
僕は情けなかった。
それはともかく、僕らは枝葉街で待ち合わせ中だ。灰色の寒空の下、輪ちゃんは悴んでいる筈の指先で巧みに携帯ゲーム機を操作し、それをヒカリが腕組みして見守っている。実は会話がなくてちょっと気まずい。
「おや、タマキさん達か」
救世主か、現れたのは見回り中の再寧さんだ。……ミニスカサンタ服の。
「あ、再寧さん。見回りですか? お疲れ様です」
「お構いなく」
触れないでおいた。
「あら、再寧さんじゃない。こんにちは」
「……こんにちは。以前、タマキが世話になったおまわりさんでしたっけ」
酷い覚え方だ……。
「お久しぶりだな。妹の輪さん、だったか」
「あっ、はい。……ちっちゃいサンタさん、カワイイですね」
妹がナンパしてる場面に遭遇してしまった……。
「そ、そうか。いや、ありがとう。素直に受け取っておくよ」
まんざらでもないんかいっ! だったら言ったよ僕も!
そんなふうに会話に参加せずツッコんでいたら、再寧さんがふと僕を呼びつけた。輪ちゃんを背にして、僕は屈んで再寧さんに耳を傾ける。
「すっかりヒカリさんが馴染んでいるようだが……君のご家族は特に気にしていないのか?」
「あっ、ハイ。……何故か」
「リンカー能力の事を知っているのか?」
「いえ……だったら探偵の深里さんが襲撃してきた時に言及してるかなって」
「うぅむそうか……」
「何してるのかしら?」
ヒカリだ。
「「ううん、うんうん」」
僕らは揃って誤魔化した。よく考えたらヒカリには誤魔化す必要なかったと思うけど、輪ちゃんだけ蚊帳の外なのも怪しまれるかなとも思ったり。
なのでここは自然に、再寧さんを逃がそうと試みる。
「あっ、再寧さんお仕事の方は……」
「むっ、そうだった。ちょうど紫陽花さんと連携していてな、すぐに……」
紫陽花さんもミニスカサンタだったりするのかな……。ゴリゴリマッチョのミニスカサンタオカマ、ちょっとキツいかもしれない。
そんなアホな事を考えているときだった。
「タ~マ~ちゃん」
ドキリ。
「あっ……ネルお姉さん」
神出鬼没、ニッコリ糸目のネルお姉さんだ。輪ちゃん達もいた筈なのに、いつの間に背後を取られていたのだろう。
「……はじめ、まして?」
輪ちゃんが困惑しながら問いかけた。
「あ~? 誰、妹?」
「あっ、ハイ。僕ぅ……らの、妹。似てますよね、へへっ……」
「ヒカリとね」
そこわざわざ訂正しなくたっていいでしょ輪ちゃん……!
しかしネルお姉さんも僕と同類のコミュ症陰キャ。関心は再寧さんの方だった。
「ふ~ん、あっそ。よっ、華蓮ちゃん!」
「華蓮ちゃん……? あ、いえ、ご無沙汰しております、丹波さん」
「いやいやいや、そんな畏まらなくったっていーんだよ! うちの妹の友達だったんでしょ〜?」
「っ……!」
再寧さん……動揺してる。亡くなった友達の話だからだ。
「気軽にネルお姉さんでいいよ〜」
「……いえ、ネルさん、とお呼びします」
「ちぇっ、可愛かねぇの〜」
「……えと、ネルお姉さん」
僕が少し止めようかと思ったら。
「そだ! ちょいとお姉さんに付き合いなよ、華蓮ちゃ〜ん」
「えっ、ちょ……!」
「ミニスカサンタのかわい子ちゃんと遊べるだなんて、私ゃ嬉しいぜ〜?」
ネルお姉さんは、困惑する再寧さんの手を引いて強引に連れて行ってしまった。高身長なネルお姉さんに、低身長な再寧さん。少し事案めいた絵面だ……。
「大丈夫かしら、再寧さん」
心配するヒカリ。それは僕も同じだ。
「……多分。むしろ、ネルお姉さんには慣れた方がいい……かも」
再寧さんは未だ、ネルお姉さんの妹を目の前で亡くしてしまった事を気にしている。ネルお姉さん自体、妹さんが亡くなったのを目撃しているから、その慟哭も見ているから、尚の事だ。
だから、ネルお姉さんと関わって、その心のキズを少しずつ修繕するのがいいの、かも。
「タマキちゃ〜ん!」
ぷらなの声だ。彼方もいる。
「や、やぁ〜……全然待ってないよ〜……」
「まだ何も言ってないよ?」
「つーか全然待ったし」
ぷらなと輪ちゃんのダブルツッコミだ。
「キャー! アナタが妹ちゃんね! 確か輪ちゃんって言ったかしら!?」
「……えっ、あっ、はい」
おお、輪ちゃんがたじろいでる。さすがぷらな、筋金入りの陽キャ……。
「全然タマキちゃんと似てないね!」
「だね〜」
ぷらなぁ! 彼方ぁ!
「あっ、そういえば彼方の方の双子は……」
「来ないぞ、悪いな」
「あっ、いや、大丈夫だよ気にしなくて」
彼方、なんか前に会って以来ちょっと僕への態度変わったかも。素の感じっていうか、良い方向に。
「あ、みんな集まってる! お待たせ〜!」
立て続けに今度はもかだ。それに──
「はじめまして〜。それに、お久しぶりが1名かしら?」
穏やかな声のお姉さんだ。赤みがかったロングヘアで、僕らより一つ高い身長。
「お久しぶりです、ちのさん」
「やっぱり彼方ちゃんね〜! 3年じゃあんま変わんないか〜!」
“神子柴 ちの”。もかのお姉さんだ。キビキビしてるもかと違い、ほんわかな雰囲気を感じさせる。
「えと、はじめましてタマキって言います。ウワサはかねがね……」
「あら、アナタがタマキちゃんね〜」
「えっ、あっ、ハイ」
「聞いてた通りの陰キャちゃんね〜」
「うぐぅぅぅ」
「言っちゃってました〜!」
「ぐぎぃぃぃ」
このハッキリものを言う感じ、確かにもかのお姉さんだ……!
*
その後、みんなでちのさんに簡単な挨拶を済ませ、僕らはクリスマス遊びプランとして屋内アイススケート場へやってきた。
「みんなアイススケートは初めてなのよね?」
もかとは13個も歳上の29歳らしい。そんなお姉さんだけあって引率が上手い。僕らは園児のように「ハーイ」と返事をした。正確には僕だけ「あっ、ハイ」だ。
リングの外から、ちのさんのお手本を見せてもらう事に。
「背筋はピーンよ〜。足もピーンして、体の中心もピーン」
抽象的すぎてよく分かんねぇ……!
「あら? あらあらあら〜?」
しかもドンドン開脚してってるぞ……!
「あらぁ〜!」
「回転して頭から転んだぁーっ!?」
堪らず声に出してツッコんでしまった!
「ちょ、お姉ちゃん大丈夫!?」
飛び出したもかが、ツルっ。
「ギャアアアッ!!」
「凄い悲鳴だぁーっ!」
「まったく、こんなの簡単だろ」
「そうね、これぐらいなんて事……」
「よゆーだろ」
涼しい顔の彼方、ヒカリ、輪ちゃんも、ツルっ。
「「「ギャアアアッ!!」」」
「なんでみんな悲鳴が凄いのっ!?」
「私らは、ゆっくり行きましょ?」
「そ、そうだね……」
目の前の惨劇に臆して、僕とぷらなは手を繋いでゆっくり滑り慣れる事とした。ゆっくり、足全体をつけて、お互いの両肩をしっかり掴んで、広がってぇぇぇぇ……!
「オシマイだ……」
お互いの肩を掴んで、腹這いになるのだった。
*
「ゴメンなさいね? あたしもスケート初めてで〜」
「でしょうね……」
アイススケートは終わりにして、昼食としてフードコートに席を取った。和やかなお喋りタイム。
特に彼方は積もる話が多いようで、ちのさんに積極的に話題を振っていた。
「なんていうか、変わらないですね」
「ま〜あたしもいい歳だから、もう固定化されてるのよ〜」
「いやいやそんな……。オレのお姉ちゃんと変わらない歳ですから、そんな感じしませんよ〜」
「そうねぇ。六花は元気してるかしら〜?」
「そりゃあもう!」
僕はもかの方に話を振ってみた。
「なんか……変な感じだね」
「ん〜? まあね。けど彼方も久々にお姉ちゃんに会って、やっぱ嬉しいのかもね」
「「いえい」」
自分たちの話題だと察知して、コッチにピースしてきた。
見れば輪ちゃん、ヒカリ、それにぷらなの3人で話し始めていた。それをチャンスにと、僕はもかと席を外して、気になっていた事を聞いてみる。
「ふと気になったんだけど」
「お姉ちゃんのこと?」
「えっ、察しいい。あっ、えと、ちのさんってリンカー能力者なのかなぁ……なんて」
「アンタねぇ……。せっかくの遊びなんだから、リンカーのこと忘れて楽しめばいいのに」
「す、すみません……。けどいい機会かなって」
「残念、アタシは特に知らないわよ」
「ん、そっかゴメン、ありがと」
「お礼言われるほどの事じゃないわ。それにリンカー能力者って、あんま自分のリンカー見せたがらないものよ」
「え、そうなの?」
「彼方がいい例じゃない。アタシにも隠してたぐらいだし」
初耳、でも道理かも。『リンカーは能力者の心や願いの現出』。言わば『見た目で判る本音』だ。本音を迂闊に他人に見せたくなんかない。例え兄弟姉妹であっても。
「逆にアンタが例外なのよ。ヒカリがあんなにしっかり出てきてて、好き勝手動いてて。ま、厳密にはアンタのリンカーじゃないってのは、聞いてるケドさ」
「あっ、ハハっ……」
ヒカリは僕のリンカーじゃない。僕の中にある『ユートピアユー』と名付けた溢れる想いが、ヒカリと間接的な繋がりとして現出してる。こればっかりは理屈じゃなくてフィーリングだ。
さっき、ちのさんがフィーリングでスケートを教えたみたいに。……すると転ぶのかぁ。くっ。
「だからま、お姉ちゃんがリンカー能力者でも、そんなに驚かないわね」
「……まあ、確かに。それこそ、輪ちゃんも、あと彼方のきょうだいも、かも」
話していると、ちのさんが離れた場所で会話してた事に気づいて呼びかけた。さすがに注文をそれぞれ取りに行こうという事らしく、僕はひとまずこの遊びタイムを満喫することとした。
*
一方その頃──
再寧はネルに連れ回されて、ヘトヘトになっていた。
「いや〜楽しい?」
「…………ハイ」
俯いていた。ミニスカサンタなせいでゆく先々で警察として扱われず、低身長のせいで大人のお姉さんに遊んでもらってる子供として扱われ、プライドもズタボロだ。
クソっ! 課長め……可愛いもの好き趣味で部下にこんなもの着せて見回りとか狂ってるだろ! 業務外労働として法廷に立たせるか否か……!
「次どこ行くかぁ〜」
まだ次があるのかっ!?
「私こーゆーの慣れてねぇんだよなぁ。妹と3つ離れてっから遊びに行くことなかったし。あ、華蓮ちゃんは知ってるか、友達だし」
「……まあ」
気のない返事だと、自分でも分かっていた。ネルが悪気なく言っているとも、分かっていた。それでも再寧は、自分の罪の意識を感じ取っていた。
親友であるニルの姉、ネル。それが友達として自分を連れ回してる。……もしかしたら、気を使ってくれているのかもしれない。
再寧は苦しかった。自分の罪を許してくれる人の優しさが、本当は辛い。
「お〜再寧〜」
救世主現る。紫陽花であった。
「え、不審者」
「誰が不審者ですかコノヤロー」
ミニスカサンタのオカマ、いやオネエ。確かに不審がられるが、今の時代にそれを言及するのも……。
真面目な再寧は表現に悩んだ。
「スミマセン、紫陽花さん。少し、こちらの方にお付き合いしていました」
「ね〜だね〜。ちゃ〜んと報せは受けてるからいいよ」
「ありがとうございます」
「え、この不審者、華蓮ちゃんの仕事仲間なん」
「誰が不審者ですかコノヤロー」
割って入るネルに、再寧はしまったと思った。上手く逃げる口実を作らなくては。
矢継ぎ早にネルの誘導が続く。
「そだな〜、う〜ん。そだ、今度あっち行こーぜ。不審者も来なよ」
「誰が不審者ですかコノヤロー」
「それしかセリフねーの?」
ネルが指さす方向を見た再寧の目が見開かれた。
「え、我先に行く感じ?」
ネルの言葉が聞こえていなかった。
ウソだウソだウソだ。
再寧は走る。見かけた方向へと。人の行き交う交差点へと。
「そんなワケがっ……! だって、だってだって……!」
辺りを見回す。求めた人影が見当たらない。心臓の鼓動が止まらない。いない。凍える空気が肺を貫く。いたはずの人がいない。いて欲しい人がいない。
「そんな、ワケが、でもっ……!」
再寧は、力なく崩れた。交差点の人が通り過ぎ、ぽつんと、独り虚しく、震えていた。
「ちの先輩っ……」




