第42話 『THE NAMELESS DEATH《名無しの死神》』
火煙と共に悲鳴があがり、街を貫く。いや、そこはかつて街だった場所。いくつもの銃声が怒号となって、生暖かい肉塊を積み上げるそこは、今となっては戦場だった。
中東めいた灰色の戦場を、二人のアジア系男性が屈んで駆けていた。民間の服装に、手にはアサルトライフル、IMIガリル。彼らはゲリラ兵であった。
すぐさま外壁に身を屈めて潜み、息を切らして顔を合わせる。
「クソッタレ、クソッタレっ! こないだG地区を制圧したとか言ってただろ! 今度はココかよ、つい先週だろチクショウが!!」
「『SET's』め……。正義の味方気取りのつもりか!」
揃って悪態をついた。が、その片方が『SET's』、その単語を聞いた瞬間、背筋を凍らせ息を詰まらせる。
「おい……『SET's』って言ったら、いるのかよ? 『NAMELESS』が……!」
「『NAMELESS』? ヤツのことか。ああそうだろうさ、現実を直視しろ!」
「できるものかよッ!! 神を信じて闘ってきたんだそれなのにお迎えが死神だとッ!? ふざけてるッ!!」
「いいか? ともかく、落ち着け。ヤツに名前は無い。二つ名こそがヤツの名であり、その名に誰かの愛は無い。どこから現れたか分からない、現れるかも分からない、しかし目をつけられれば死が待つ。故に『死神』」
「知ってるよ何が言いたいんだよええっ!?」
「神の愛を信じる我々がヤツに殺される道理などないそうだろう? 信じるんだ、我々は、寵愛を」
「そういう事を聞いてるんじゃ……!」
バンッ! シュコ。
音は重々しく、反対に軽々しく。理不尽を前に怯えていた男の頭を射抜いた。
それを目の前で見ていた男は理解が遅れた。遅れてやってきた理解を得て、男の顔はゾワリと青ざめる。
「『THE NAMELESS DEATH』っ……!」
姿は見えない、だが味方が撃たれた事から方向は判る。恐怖に駆られながらも努めて冷静に男は判断し銃を乱射する。弾が崩壊した壁に跳ねる。それを見ながら男は反対側の壁へ逃げ身を隠す。
ともかく辺りの様子を伺い恐怖を押し殺す。姿の見えない死神とて殺しのタイミングでは干渉せざるを得ない、つまり抵抗できるはず。肩書きだけだ、ただの人間なんだろ、だから殺せ──
カララ……。
「っ!!」
小石が落ちるのが見えた。転がる音がした。それを頼りに緊張の糸を張っていた男は反射的に上を向き銃口を向ける。
誰もいない。後ろか。
誰もいない。壁の裏か。
誰もいない。
「気のせいだ。気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ」
『Craft……』
声がしていた、はずなのに男は気づかなかった。さっきまで小石の転がる音一つすら、獣のような本能を研ぎ澄ませて聞き分けていた男が、確かな声には気づかなかった。
その声の方向から黒く覗く銃口の牙にも、これから訪れる『死』にも気づかず、男の生命は終わった。
「──ニンフェア中尉。任務完了しました」
少女の声だった。ブロンドヘアーに赤が混じった前髪。ルビーのような紅い瞳が濁り、表情からは感情の色が見えない。虚無だった。
少女の無線機から、男性の声が返答をする。
『お疲れ様。合流地点へ来なさい。場所はわかるね? ルビィ』
「──はい、了解しました」
少女、ルビィは荒廃した戦場をふらふらと歩き出す。
──20年前。これはルビィ・ニンフェアの終わらない戦争の原点。
*
2000年 12月 某国基地。
若き軍人ニンフェア中尉は、毅然とした歩き方ながらもどこか辟易した様子を表情に隠せないでいた。コツ、コツ、コツと自身の足音がイヤでも耳に入る。向かわねばならない場所に否応無しに近づいている証左だからだ。
扉の前へと立つ。意を決し、拳を握って正面に向け、ゴンゴンゴン。
「ソニア・ニンフェア中尉であります! デイビット・ケンタッキー少佐はおられますか!」
間髪入れず、扉の向こうへ呼びかけた。
「中尉? 一人か?」
「え? はぁ、左様でありますが」
「ソニアと言うから女かと思えば、男だったか。まあいい、入れ」
侮蔑を含んだその言い方に、ニンフェアは扉越しに顔をしかめる。すぐ咳払いをして表情を作り直し「失礼します」と扉を開ける。
向かいのケンタッキー少佐は初老ながらも現役軍人らしく筋骨隆々であった。細身ながらもドッシリと構え、背筋を伸ばしてニンフェアを迎える。
少なくとも書類だけを見てああでもない言うお堅い連中とは違うか。
ニンフェアは女扱いされた恨み節も含めて、内心毒づいた。
「そう怖い顔をするな、初対面の上官相手だぞ?」
「はっ、いえ、そのようなつもりでは……」
「まあいい、座れ」
ケンタッキー少佐が座ったのを見てから、ニンフェアは倣って向かいへ座る。マニュアルのようなその動き方に、ケンタッキーはニヤニしていた。
「よく観察できているな」
「まあ、この程度、当然でありますから」
「では私の後ろにいるコレもさっきから見えていたか?」
少佐は後ろを指さす。さっきから見えていたソレに──いや、少女にニンフェアは真っ直ぐ視線を向ける。
少女は衰弱していた。体は小刻みに震え、うつ伏せで丸くなっていた。
長いブロンドヘアーが乱暴に敷かれていた。赤色のハイライトが入った前髪に隠れ、ルビーのように透明な目が虚ろであった。
捨て犬のような、一目見て同情の念を抱いてしまうような状態であった。
「……この子、もしかして」
「安心しろ、充分な食事は与えてある」
「では何故?」
「精神的な問題だ。心が弱りきっている。医者にも診せたがPTSDの類いともどうにも違うらしく……」
「ああいえ、そうではなく。こんな所ではなく、然るべき施設に入れてやるべきでは?」
そうだった、とでも言いたげに口をぱくっ、と開くケンタッキー少佐。しかし、ニンフェアの予想とは違った返答がくるのだった。
「『リンカー能力』は知っているな? 中尉」
「え? あ、もちろんです。それがここへ来た理由です」
「言ってみろ」
「……我々は『Special Effect Troop's』、通称『SET's』配属の任を受け、ここへ招集された身であります」
「その通り。上層部の連中はやれ宇宙人だの超能力者だのに夢中になっているが──困ったことに超能力者は実在する。それが我々リンカー能力者であり、それを戦場への実戦投入を本格的に考慮し、紛争根絶を目的とした特殊部隊。それが『SET's』。ま、それもほんの1週間程度前に突然決めた事だけどな」
「む、むぅ……」
オイオイ、仮にもアンタが部隊の中心を担うんだぞ。士気高揚ぐらいしっかりしてくれよ。
ニンフェアは心の中で毒づいた。そして、この流れで少女の扱いも理解した。
「……すると、その少女を『SET's』に?」
「ああ。その訓練を貴官に任せる。道具として使えるようにしておけ」
「はぁ。……は? はぁっ!?」
理解した、ような気がしただけだ。
*
ニンフェア中尉は大量の書類と、小脇に少女を抱えて廊下で頭を抱えた。さすがに誰かに聞かれてるだろうから口には出さなかったが、心の中で確実に「子供のお守りを任せやがって。あの上官いつかブン殴る」と強く決心した。
歩きながら少女を一瞥する。
ちゃんと着いてきてる。けどフラフラだし、背丈だって半分ぐらい違う。歩幅を合わせてやるべきだろうか。5歳、もしくは7歳のように見える。戦場で拾ったとは言っていたが、どうやってそれをリンカー能力者と判別してこんな所に連れてきたのか。考えれば考えるほどワケがわからない。その、倫理観のズレが。
「あの」
ニンフェアが考えてると少女が話しかけた。
「えっ? あ、なんだい?」
引きつった笑い方で返してた。
「今度はどこへ?」
「え〜っと、とりあえずオレの部屋に」
「戦場は?」
「は?」
「私は戦争の為の人形です。そう教えられました。次は誰を殺せばいいですか?」
「あ……あぁ〜、えぇ〜っと……。とりあえず、部屋で待機、だ」
「それは命令ですか」
「あ、ああ。命令、だ」
「了解しました」
オイオイオイオイオイなんだこの子ホントにどっから拾ってきたんだよ! 世間はもう戦争はやめないかっつう時にこんな典型的な殺戮マシーンに育てられた少年兵がどこにいるっていうんだ!? いてたまるか、クソっ!
ニンフェアはこめかみがブチギレそうであった。
自分も自由時間──という名の少女を訓練する時間──を与えられ、渋々稽古をつけてやる事にした。
「殺しはダメだよ。ここは戦場じゃない、いいね?」
「了解しました」
訓練場に連れ出し、まずは水筒でも渡してカカシを用意し適当な動きをさせながら、不必要に思えるほど渡された山のような資料に目を通す。
これだけ衰弱してる様子だ。どうせすぐに根を上げて、ただの子どもとして扱うことになるだろう。そんな魂胆からだった。
「……なんだコレは」
ニンフェアは資料に目を滑らせながら、頭にハテナマークを浮かべていた。
資料の一部を抜粋すると、『少女を戦場で発見したこと』、『その時には既に現地の人間を大勢殺していたこと』、『それを実現するための動きやリンカー能力の使い方まで完璧であり、捕獲に向かった部隊も多く戦死したこと』、『リンカー能力の概要と「アイアンメイデン」というリンカー能力名を名付けたこと』などが記されていた。そして──
「『THE NAMELESS DEATH』……」
少女に人としての名前など無く、ただ二つ名を与えられていたことを知った。
少女は的確に、カカシの正中線を狙っていた。恐らく土を素材に『アイアンメイデン』というリンカーでナイフや銃を生成、縦に切り裂いたり、真ん中を狙って撃ち込み、それをムダの無い動きで延々と繰り返している。急所を狙った殺しのシュミレーション。それをずっと、繰り返して。
「ちょ……あ、ストップ!」
言い淀んだのは名前が無いからだ。呼べる名前が無い。『NAMELESS DEATH』などと呼ぶか? それで本当に反応してしまったら? どこかで幸せに生きているハズだった、そうするべきだった少女をそのように呼べるか? 人の心がある者なら。
ストップと言って止まってくれて、ニンフェアは心底安堵した。
とりあえず止めさせて、もっと普通の子供らしい事を聞こうと試みた。名前とか、年齢とか、何処から来たのかとか、迷子センターみたいに聞いてみた。両親については恐ろしくて聞けなかった。そしてそれらは全て「わからない」の一言で片付けられた。
本当に戦場の中で育ったっていうのか? 誰かに訓練されたとか、連れてこられたとかじゃなくて、そこに住む人がこの子を産み、置き去りにして……多分、亡くなったとか、だよな? 言語が分かるのはギリギリ学べる環境だったからか? では殺しのテクニックは? ……戦場で、生きる為に、自然と学んだこと? こんな女の子が、そんな……。
「目」
「え?」
「目、濡れてる」
濡れてる?
少女の言ってる意味が分からず、思わずその目を覗き込んだ。ルビーのように輝く目を。覗き込まれてたのはニンフェアの方だ。そこで気づく。自分の目が濡れてる事に。涙を溢れさせている事に。
「……これは涙さ」
「涙?」
「悲しいと、人は涙を流して泣くんだ」
「どういうこと?」
「どうって……そうだな、怖い、とか、痛いとか、それから……大事な人が死んじゃった時とか……いや今のナシ、やっぱ」
「死んだら悲しい?」
「いや……その、ああ、悲しい時はとにかく、イヤだな〜って想って、それで泣くものなのさ」
「なんで悲しいの?」
「…………。君を、大事にしてあげたいって、思ったから、か」
言われて、それで、ニンフェアはようやく理解した。拾ったとか、オレに押し付けるとか、戦争の道具として訓練するとか、そんなの全部どうだっていい。
この子を幸せにしてあげたい。不幸な世界で生まれたこの子に、楽しいって感情を教えたい。
その目を真っ直ぐ見て、ニンフェアは決意を新たにする。
「ルビィだ」
少女は首を傾げる。
「君の名前だ。名前が無いのならオレが名付ける。君の名前は『ルビィ』。その透き通るような美しい赤い目と、光を含んだ前髪がルビーの色だから、『ルビィ』」
「……よくわからない」
「今はわからなくていいさ」
「アナタと同じ名前がいい」
「お、同じ名前ぇ?」
「ソニア・ニンフェア。かわいい名前」
オイオイ、感動のシーンだったろ、台無しじゃないか。
ニンフェアは頭に手を置き非常に残念がった。涙なんてとっくに引っ込んだ。
「……覚えるの早いし。ソニアはオレの名前だ。君は、だから、そうだな、『ルビィ・ニンフェア』だ」
「悲しいの反対」
「嬉しいって言うんだ、そういうのは」
*
それからの『NAMELESS DEATH』改め、ルビィ・ニンフェアの戦果は目覚ましいものだった。幼い少女である事を活かした潜入。武器をリンカー能力で現地調達できる故の最小限度の装備による敵への不意打ち。戦闘機や戦車など大型のもの、複雑なものは作れないが、小破したそれらを完璧に応急処置し、あるいは戦地で廃棄されたそれらを修復、ロックキーも触れることで解錠し利用するなど、多岐に渡る活躍を見せたのだ。
ルビィのリンカーはまさに『戦場に特化したリンカー』だった。
そんな少女の戦場での活躍を見る度──ソニア・ニンフェア中尉は胸を痛ませるのだった。
「なぁに感情移入なんかしてんだ、オレ」
そう思いながら、ルビィが無事に帰還する度に、彼女を抱きしめてやっていた。
「おかえり」
と言って迎え、美味しいパンとシチューを振る舞ってやった。「『楽しい』とは美味しいこと。美味しいを考えるのは、もっと楽しいこと」。そのような言葉を、ルビィに教えてあげていた。戦場での殺しより、もっともっと、多くの言葉を遺して──
*
──それから10年後、2010年の12月──
身体的にも精神的にも成長したルビィとソニアの2人のニンフェア。ルビィは端正な顔立ちの美しい少女に成長し、ソニアは少佐に昇進していた。
2人も配備されている駐留所の小屋。そこに『SET's』の部隊員計20人が揃って集められる。規則正しく、寸分の狂いもなく整列していた。
すっかり老け込んだケンタッキー大佐が、煙突を背に隊員の注目の的を集める。演説だ。
「諸君らに告ぐ。我々が愛する家族の明日の平和の為に闘う一方、紛争は激化していく。故郷では、諸君らの家族、友人、彼らがクリスマスパーティを開き、本来の意味を忘れてケーキを囲んでいることだろう。なんと羨ましいことか!」
途中、ソニア・ニンフェアは少々退屈そうに胸を張って肩を伸ばしたりなどしていた。成長はしたが青さは健在であった。
対してルビィ・ニンフェアはいつものように大人しい様子であった。背筋を伸ばし、素直に話を聞く。可憐ながらも毅然とした態度であった。
「そんな彼らの幸せを願い、我々は日々闘っている! しかしだ! 明日の作戦の概要、諸君らも既に聞いていることだろう! 諸君らも自らの武勲を自分でよく理解しているだろう! その胸に光る紋章は飾りではない、誇りだ! 明日の作戦の成功を皆が祈り、それにより盤石のものとなることであろう! よって──」
一呼吸。
「今夜はクリスマスパーティとするっ!!」
「「「ウオオォォォッ!!」」」
雄叫びのような歓喜の声があがり、戦場の怒号に慣れてるはずのルビィは耳がキーンとした。
整列していた部隊員は散り散りになり、用意してあったクリスマスディナーに飛びつきワインを流し込む。普段は険しい顔をしたシリアスな人々が、ギャハハと笑い合い下品な話で盛り上がっている。そんな隊員達の無礼講も、10年苦楽を共にしたルビィには見慣れた事であった。
「ルビィ」
「……少佐」
いつものように端にいようとしたルビィに、ソニアが声をかける。居心地悪そうに見えたからだ。
「楽しいか?」
「……。よく、分かりません」
「ま、そうだよな。『中まで火が通ってるステーキも、表面を焼いたステーキも美味しい。料理人の工夫次第で、味わい方はいくらでも変わる』。ルビィにとっての『楽しい』って、今はどんなのだ?」
また、その質問だ。答えはいつものように変わらない。
「少佐と共にいる時間です。美味しいご飯を食べ、戦場を駆け、顔を合わせて共に家へ帰る。私はそれが楽しいです」
ソニアはワイングラス片手に少し思案してから「いいね」と一言。それから、もう少し思案して、もう一度質問するのだった。
「じゃあ、ルビィの『願い』ってなんだ?」
「『願い』……ですか?」
「やりたい事さ、何でもいい。もしくはなりたいものとか。例えば料理人とか……正義の味方、とか? あと、お医者さん?」
不器用に挙げていくソニアのワードにどれもピンと来なくて、ルビィは首を傾けた。
ルビィにとっての『願い』とは『リンカー能力の根源』だ。
思い返せば自分は『戦場で生き残りたい』という必死な思いで『アイアンメイデン』が発現した。いわば『殺しの為の能力』。やりたい事も何も、やるべき事をやってるだけだ。なりたいものとか言われても、なおさらよく分からない。
だから出てきたのは、よく少佐が口にしている言葉だ。
「……『楽しくなりたい』」
「うん?」
「『幸せになりたい』。『美味しいご飯を食べたい』。『みんなを助けたい』」
「──。そう、か。そうだな。それが、ルビィの『願い』で『夢』なんだな」
「少佐と共にいる事が私の『願い』です」
「オレもだよ」
ソニアは微笑んでルビィに答えた。
その2人に1人の部隊員がちょっかいを出す。
「なぁに端っこでイチャついてんだよっ! なりたいってルビィちゃんオメー、ニンフェアのお嫁さんにでもなりたいっつってたのかぁ!?」
「なっ……!」
「いえ」
「ガハハハハッ!! フラれちまったなぁ!」
「そんなんじゃねぇってのっ!」
ソニアが部隊員を追いかけまわす。それを見て周りの隊員もヤジを飛ばしたり、賭けなんか始めたりするのだった。
「……ふふっ」
ルビィは思わず頬を綻ばせる。
「……笑った」
それをソニアが気づかないはずはなかった。
「笑った! ルビィが笑ったぞ、初めてだ! おぉいみんなぁ!」
「え? あっ……あの少佐……」
「おいおいなんだよ、赤ちゃんみてぇな言い草してよぉ! ルビィちゃん恥ずかしがってるぞ!」
「記念だよ記念! ルビィが初めて笑った記念だ! 祝わなくってどーすんだよ!」
ソニアはクラッカーを探し始めてしまった。その様子にルビィはますます『恥ずかしい』という感情を覚えてしまうのだった。
「みんな持ったか!? せーの!」
「「「5! 4!」」」
けれど本当に幸せだった。少佐がこんなにも楽しそうで、私も『楽しい』。
「「「3!」」」
ああ、本当に──
「「「2!」」」
こんな幸せが、いつまでも続けばいいのに──。
「「「Onんだ! 祝わなくってどーすんだよ!」
ソニアはクラッカーを探し始めてしまった。その様子にルビィはますます『恥ずかしい』という感情を覚えてしまうのだった。
「みんな持ったか!? せーの!」
「「「5! 4!」」」
けれど、本当に幸せだった。少佐がこんなにも楽しそうで、私も『楽しい』──?
「「「3!」」」
あれ、どうして──
「「「2!」」」
繰り返して──?
「「「1!」」」
「少佐っ!!」
ドギャァァァァンッ!!
爆風が背中を打ちつける。それから、木片がミシミシ音を立てて崩れ、2人を埋める。ソニアを抱き、共に倒れたルビィ。飛来音が聞こえて咄嗟に伏せたのだ。榴弾だ。駐留所としていた小屋がボロボロになって焼け落ちている。
次々と悲鳴が上がる。怒声がかき消される。時折、同じ人間のそれを二度繰り返したような不自然な声も上がった。
ともかく起きた事柄は理解している。強襲だ。どうやってこの駐留所を突き止めたかは分からないが、やる事は決まってる。
「『アイアンメイデン』」
『Bomb!』『Bomb!』
黒い鉄球のような群体、『アイアンメイデン』が手榴弾を生成し、それを木片の外へ放り投げる。爆破し、邪魔な木片を一掃。ソーコムハンドガンを生成しながらすぐさま立ち上がり、背後を振り返る。辺りを警戒する。火で照らされた無惨な光景。
他の部隊員はみな、辺りに散在する無惨な肉片か物言わぬ躯と化しているのか? 生存者は?
とにかく、ルビィは他に人がいない事を認めてすぐさまソニアへ向き直る。
「少佐! 立てますか、ご無事ですか!?」
「ああ、平気だ! それより……」
「敵は確認できません。生存者も」
「……そうか。武器を貸してくれ」
ソーコムが生成され、『アイアンメイデン』達がそれをソニアへ投げ渡す。互いに素早く背中を合わせてすぐさまソニアへ向き直る。
「少佐! 立てますか、ご無──!?」
今、背中を合わせて警戒態勢を取ったはず。なのに少佐が木片の束にまた埋もれてる。それどころか自分も何も違和感なくまた向き直っていた。繰り返してる──!?
「ルビィっ!!」
ソニアはルビィを庇った。誰から? 敵からだ。その結果、どうなる?
ぽたっ。ぽたっ。
血が滴っている。ソニアの腹を貫通した腕から。燃え盛る炎の逆光になって、見えない敵が、確かにその腕でソニアを貫いて──
「──ごほっ」
「少佐ァァァァッ!!!!!!」
「──『シンクタンク』」
バンッ! バンッ! バンッ!
弾を2発、努めて冷静に足元へ撃つ。こうなってはソニアは人質──無慈悲な言い方をするなら、盾──も同然。足元を狙って撃つ。どちらかの体勢が崩れれば一方もつられて姿勢を崩し敵は身動きを制限されるからだ。
冷静だった、はずなのに。2発撃って1回分多く銃声が鳴ったことに気付けなかった。
だからそもそも3回目──厳密には繰り返された2回目なのだろう──に撃った時には既に敵が避けていて、眼前に迫っていたにも拘らず、それに対処できなかったのだ。
グシャアッ!! ボトっ。
「──ッ!! アァ────ッ!!」
声にならない叫び。ルビィの両腕が手刀によって切断され、後方へ大きく飛ばされた。
「『過去』は──『去る過ち』だ」
男の声だ、聞いたことのない。敵の声だ。
「あの時、あっちを選んでいたら? それともこっちを選んでさえいなければ? もう遅い。全てが遅い。それは『過ち』、『後悔』の選択。私が全ての『過ち』を正す」
ルビィの中ではまだ戦闘力が残されていた、だから戦闘を続行しようとしていた。去る男の背中に向けて『アイアンメイデン』で生成したロケットランチャーでも放って生きていた痕跡すら消し去ってやりたいと強く憎んでいた。必ず殺すと強く強く願って──
『ダメだ』
少佐の声だった。リンカーを通じて話しかけている。口を抑えられてる。声も出すなと、そういう事だった。
『殺される。君は、ダメだ。死んではダメだ』
少佐のリンカー能力は『影にリンカーを忍ばせる』こと。影が繋がっていればそのまま潜航して気づかれずに近づかせることだってできる。その手が、余りに弱っていた。
『どうか幸せに、生きて──』
その手を握りたいのに、自分にはその手がもう無かった。少佐の体を探したいのに、ヘタに身も心も動かしてはいけなかった。それが命令だったから。
『愛してる』
「んっ……んん……っ! んんんぅぅぅぅぅっ……!!」
もう、口を抑えてくれる手の感覚は無かった。それでもルビィは、命令だからと、歯を食いしばって、声を抑えて、泣いた──。
*
「──さん。ねえさん」
ルビィは聞き慣れた少女の声で目を覚ます。ティナだ。
「ねえさん、苦しそう。大丈夫?」
ティナが自分の目を覗き込んでいた。感情の希薄な、無表情でも、心配そうであるのが分かった。
それから、そろそろ慣れてきた部屋の天井。カレンダーには『2020』の文字。ここは、現実だ。夢の世界じゃない。
「大丈夫だよ。起こしちゃってゴメン。私はちょっと起きてるから、寝てて」
「うん」
ルビィが向かったのはシャワールームだ。衣服を脱ぎ、手袋も取る。白い肌の肩甲骨に続く、銀色の腕が僅かな明かりの中で闇に溶け込もうとしていた。
蛇口に触れてコツンと軽く金属同士が打ち合う。水を受ける銀色の手からの振動が、肩の繋ぐ部位に伝わる。義手そのものから感覚は伝わらない。『アイアンメイデン』では複雑な脳や筋肉の電気信号を伝える技術を造ることはできないのだ。
それでもルビィは生きてる。幸せに生きてと願った人がいたからだ。両腕を失ったとて死ぬ訳にはいかない。幸せに、楽しく、生きて──
──愛してる──
ルビィの紅い目から熱いものが溢れる。それはシャワーと混じって消えていった。
「私の中の戦争は──」
作りものの銀の手をつけ、窓から夜空を見る。広がる夜空を、終わらないその向こうを見つめて──
「いつ終わるんだろうな」
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