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スイーツを頂きながら

  ドルチェ二号店の内装はスイーツ小径にある一号店とほぼ同じだった。客の入りは多いが、幸いにも二人がけの席が一つ空いていたようで、店員さんに案内してもらった。


「私はもう決めてるけど、幅木さんは何にする?」

「早いですね。私はそうですね……ん?」


 メニューを見つめていた幅木さんだったが、やがて視線の動きが止まった。


「サツマイモパフェにします」


 聞いたことがないメニューだが、写真を見るとアイスの周りにサツマイモチップスやスイートポテト、大学芋などがふんだんに盛られている。サツマイモのオンパレードだ。


「幅木さん、芋好きなの?」

「大好きです」


 即答だった。


「焼いてもふかしても美味しいもんね。そういや去年の秋に園芸部の子たちが学校の畑で獲ったサツマイモを使って焼き芋パーティやってて、私もたまたま通りがかったら一個おすそ分けしてもらったな」

「味はどうでした?」

「すっごく甘かったよ」

「私も今度寄ってみようかな……」


 赤眼鏡越しの目がらんらんと輝いている。根っからのサツマイモ好きのようだ。


「じゃ、注文するね」


 チャイムを押して店員さんを呼んだ。私は王道のフルーツパフェ。ドルチェのフルーツパフェはS県で収穫された果物しか使わないというこだわりぶりで、特にみかんは最上級のものを使用している。S県といえばお茶のイメージたけれど、みかんの名産地でもあるのだ。


 さて、実はドルチェにはもう一つ特徴がある。幅木さんは躊躇せずに注文していたけれど、その特徴を知ったらびっくりするかも。


「お待たせしました。サツマイモパフェとフルーツパフェです」


 ドン、という重厚感のある音とともにパフェが二つ置かれる。


「でかっ」


 思った通り、幅木さんは目を白黒させた。メニューに載っている写真のパフェのグラスは小さく見えるけれど、実物はかなり大きいのだ。俗に言う逆詐欺というやつだ。


「びっくりしたでしょ? 食べきれなかったら私が」

「いえ、全然平気です」


 幅木さんがお預けをくらっている子犬に見えてきて仕方なかった。

 

「じゃ、じゃあ食べようか」

「いただきましょう」


 私がフルーツパフェを食べるときは、必ずみかんから口にする。みかんのすっきりとした甘さと生クリームの濃厚な甘さの二重奏がたまらない。


「どう、美味しい?」

「はい。イモの甘みがよく生きてます」


 すっごいニッコニコしてる。なんだか私もサツマイモパフェを一口頂戴したくなってきたが、嫌がられないかな……。


「ちょっともらうねー」

「あっ、何すんのもー」


 隣の席を横目で見たら、ちょうど女性客二人連れのうち片方が相手のケーキを勝手に一口頂戴していた。そしたら相手も「あんたのも貰うわ」とやり返して一口頂戴して。あんだけ気軽に言えたらな。


「先輩はどうしてトランペットを選んだんですか?」


 意識が完全に隣に向いていたので、幅木さんの急な質問がトランペットという単語しか聞き取れなかった。


「トランペットがどうかしたの?」

「トランペットを吹くようになった理由を教えて欲しいです」


 私自身のことを尋ねてきていた。


「幅木さんと一緒で、お父さんの影響だよ。お父さんはトランペッターなの」

「親子でトランペッターなのですね。小さい頃から習われてたんですか?」

「うん、小学校三年になったときからだね。お父さんからいろいろ教わったもんだよ」

「そして星花に進学された後も吹奏楽部で、というわけですね」

「うん」


 小学校卒業後から星花に転校するまでの「空白期間」についてはぐらかしてしまった。幅木さんは自身の本好きのルーツを教えてくれたのに、私も包み隠さず教えないといけなかったんじゃないのか。嫌悪感が少しずつこみ上げてくる。しかしそれを顔に出すまいと、にこやかな表情を作ってごまかした。


「じゃあ逆に聞くけど、幅木さんはなぜバイオリンを弾くようになったの?」

「小学校に入ったぐらいに、習い事の一つで始めたのがきっかけです」

「結構長い間弾いてるんだね。道理で上手いはずだ」

「上手じゃないですよ」

「あれで上手じゃない、って言ったら吹部の子はみんな上手じゃないよ」


 もっと自信を持ってもいいのに。一緒にやってみない? と声をかけたかったけど、遊びに来ているときに言うことじゃないなと思い直して心のなかにしまっておいた。


 それからは、話題はほとんど学校生活のことになった。幅木さんのいる中等部3年2組の担任と私の高等部1年2組の担任は星花の同期だとか、ポスト美滝百合葉を巡る夏の高等部生徒会長選挙は大混戦が予想されていて、そのせいで水面下では賭博が行われているという噂があるとか。他愛もない話から重要な話までスイーツを頂きながら話をした。


「じゃ、そろそろ出ようか」


 お会計で幅木さんが財布を出そうしたので、「ここは出すよ」と制したが、


「そんなの悪いです。誘ったのは私ですし」


 そう言うと同時に財布からお金を出した。こりゃ簡単に引っ込んでくれそうにないと思った。かといってじゃあ割り勘で、とすぐに前言撤回するといいところを見せたいだけのパフォーマンスなのかとも思われかねなかったし、なのでもう一度「いやここは私が」と制した。幅木さんが「いやいや」と断ったところで「そこまで言うならじゃあ割り勘で」と折れた。


「美味しかったですね」

「でしょ?」


 幅木さんが満足してくれて良かった。


 海谷駅の下り線ホームにたどり着いたところで、ちょうど湖濱津行の普通列車がやってきた。縦座席で二人分空いているところがあったので、並んで座った。発車するなり、幅木さんは口元を抑えてあくびをした。


「いい感じで疲れましたね。ぐっすり寝れそうです」

「私も」


 と言った途端、肩に重みを感じた。


 幅木さんの頭が私の肩に乗っかっていたのだ。


「ちょ、幅木さん?」

「……すー……すー……」


 寝息を立てている。こんなに簡単に寝落ちするなんて。空の宮中央駅までちょうど二十分だし、着くまではこのままにしておくことにした。


 それにしてもすごく良い寝顔をしている。私も疲れていて眠気を感じていたけれど、つい幅木さんの寝顔をじーっと見てしまって……結局、寝ることを忘れてしまった。


 その後、空の宮中央駅到着前のアナウンスで目を覚ました幅木さんが飛び上がるように驚いて、私に謝り倒したのだった。

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