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カラオケ店にて

 結論からいうと、立成19年度吹奏楽コンクールは県大会でダメ金という結果に終わった。みんな100%の力を出し切ったけれど、湖濱津市の高校の壁は高くて分厚かった。


 それでもまだ最後の行事、星花祭が残っていた。県大会から星花祭まで一ヶ月しかなく、お盆休みが終わると毎日登校して練習、家に帰ったら夏休みの宿題を片付けるという非常にハードなスケジュールをこなさなくてはいけなかった。寮暮らしの子はまだ良いが、私の場合通学時間が片道一時間半かかるのでハードさが段違いだった。


「高校に上がったらもっときついだろうなあ」


 帰りの車内でこんなことを毎日ぼやいていた。


 そんなある日、部活の同期の間で憂さ晴らしにカラオケに行こうという話になり、私も息抜きのために喜んで参加することにした。普段は空の宮中央駅前の「だるまさん」を好んで利用するが、この日は東橋立駅まで遠出して「Fカラ」という店に行くことになった。2週間前にオープンしたばかりの女性専用カラオケ店で、オープン記念として学生は50%オフで歌えるからだ。お嬢様揃いの星花生も学割には目がないのだ。


「もう半年したら高校生だよ? 早いなー」

「きっと高校生もあっという間じゃない?」


 車内で、とりわけ仲の良い上野本詠里(かみのもとえいり)竹国樟葉(たけぐにくすは)の会話に、私は相槌を打つ。担当はそれぞれクラリネットとサックス。実家が美容院だからか垢抜けている詠里と、お父さんがメガバンク勤務だからかお硬い印象のある樟葉は対照的に映るが、お互いに仲良しだ。


「ところで美音はさ、高校も実家から通い続けるの?」


 と、詠里がいきなり振ってきた。


「うーん、できたら寮に入りたいんだけどね」

「親が反対してるとか、そんな感じ?」

「そもそも寮に入りたいって言い出したこともない。今までぎりぎり通えてたし」

「寮暮らしするなら今がチャンスかもよ? 実はさ、来年の高等部菊花寮に結構空きが出るって話だから」

「いやー、菊花寮は成績優秀じゃないと無理でしょ。部活の成績も微妙だし」


 ところがね、と樟葉が切り出す。


「最近は菊花寮の条件を満たしていてもあえて入らない人が多いのよ。だから基準が緩くなってるらしいの」

「何で? 菊花寮だと一人部屋なのに?」

「そりゃ万が一ホームシックにかかっても慰めてくれるルームメイトがいないからじゃない? 特に星花は人肌恋しい子ばかりだもの」


 あ、そうだ、と詠里。


「JoKeのハチと馨が二学期から星花に転入してくるじゃん。二人とも寮に入らずマンションに住むらしいよ」


 JoKe、という単語に周りの子も反応し、「ええー」と驚きの声をあげた。二人組アイドルユニット「JoKe」の蜂谷旬(はちやじゅん)羽村馨(はねむらかおる)両名が星花女子学園に転校する、というニュースはメディアを賑わせたが、生放送の音楽番組で蜂谷旬本人が暴露したものだから大騒動になってしまった。一週間ほど学校の電話が鳴りっぱなしで業務に支障が出たとも聞く。


 同じ芸能人で天野雅先輩も確かマンション暮らしだったはずで、その例に倣ったのかなと思った。


「ということで、今日はJoKeな気分なのでJoKeメドレーいきたいと思いまーす!」

「なにそれー」


 私は失笑してしまったが、詠里はマイクを手放さないタイプの子だからこりゃなかなか歌えそうにないな、とため息を漏らした。


 *


 そういうわけで、みんなで詠里を上手く言いくるめて後回しにして、私が先陣を切って歌った。当たり障りのないみんなが知ってるJ-POPの曲だけど、みんな盛り上げてくれて気分良く歌うことができた。


 同期はみんな小さい頃から音楽に親しんで育ってきたから、歌が上手いのが多い。その中でもとりわけ樟葉が一番上手く、彼女は演歌を好んで歌うのだがこぶしがよく効いていて、演歌歌手としてやっていけるんじゃないかと思うぐらいだ。


「いよっ、樟葉ちゃんかっこいいー!」


 詠里の声援に「どうも」と淡々と返す樟葉。詠里が歌いたくてウズウズしているのが目に見えてわかるが、もうちょっと我慢してもらう。


 急に私のスマホが振動した。お母さんからの着信だ。


「ちょっとごめん、親から電話かかってきた」


 中座して電話に出る。内容は単なる安否確認だった。カラオケに行くとは伝えてあったものの、家が遠い分心配するのは当然だろう。遅くなる前に帰るから大丈夫だよ、と明るい声で伝えて電話を切った。


 通話中にウロウロしていたら、トイレの前にいた。ついでにお花詰んで戻ろうとしたとき、個室から出てきた人を見て「あーっ!」と大きな声を出してしまった。


「幅木さん!?」

「風原先輩?」


 幅木綴理と、学校から遠く離れたカラオケ店で遭遇する、という予想しない展開が待ち受けていたが、相手も同じだったに違いない。


「こんな場所で……奇遇ですね」

「吹部の子に誘われて……てか、幅木さんもカラオケ行くんだ……意外って行ったら失礼かな」

「いえ、歌いに来たんじゃないんです」

「え? じゃあ何しに来たの?」

「その……バイオリンを弾きに」


 幅木さんは伏し目がちに答えた。


「私、桜花寮暮らしなので弾く機会がなくて」

「ああ、ルームメイトがいるしね。防音性も乏しいって聞くし」

「あの、このことは内緒にしてください」


 顔をうつむかせて、ますます小声になった。よっぽど恥ずかしいとみえた。


「この辺なら来ないと思ってたのに……」


 よりボソッとした声でつぶやいたけれど、私の耳にはしっかりと聞こえてしまった。しまったという感じで口を押さえる幅木さん。


「そういうつもりじゃないんです、すみません……失礼します」


 幅木さんが横を通り抜けようとしたとき、私の口から本音が漏れ出た。


「幅木さんのバイオリン、聴いてみたい」

「えっ」


 幅木さんの足が止まった。


「本気でおっしゃってます……?」

「うん」


 そう答えたものの、内心ではしまったと思った。人に聞かれたくないからこそわざわざここまで来てるんだろうに。久しぶりのカラオケでテンションが上がっていたせいでタガが緩んでしまったらしい。


「あの、下手ですよ? それでもいいんですか……?」


 勘弁してください、とか冗談はやめてください、といった言葉は出てこなかった。私はもう一度自分の意志を伝えた。


「それでも聴かせてほしい」


 幅木さんは顔を上げた。


「……わかりました。私も先輩のトランペットを聴きましたし、こちらから聴かせないのはフェアじゃないですね。ついてきてください」


 幅木さんの部屋に入る。彼女はテーブルの下からバイオリンケースを引き出した。いくら防犯のために店員さんが頻繁に巡回しているとはいえ、バイオリンを出しっぱなしにしてトイレに行くのはリスクが高すぎる行為だ。


 ケースを開けてバイオリンと弓を取り出す。私にはバイオリンの良し悪しはわからない。でも、彼女のバイオリンは淡い照明を受けて艶やかな光沢を放っていた。手入れが隅々まで行き届いているようだ。


 幅木さんはバイオリンを構えて、何度か試し弾きをした後、


「それでは、『G線上のアリア』を弾かせて頂きます」

【メモ】


上野本詠里…名前の元ネタは加美乃素A。関西圏で70年台に放送されたCMがそのまま40年程流れていた。

竹国楠葉…名前の元ネタは樟葉竹国コーポレーション。昔の関テレのスポットニュースの提供に名前を連ねていた。なお本来の読みは「くずは」だがクズはどうかと思い「くすは」にした。

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