体育祭が終わって
立成20年度体育祭の全プログラムが終了し、わずか5ポイント差で相手の星チームが勝利した。負けはしたが最後まで熱気に包まれて、星花に入学してから一番楽しいと思える体育祭となった。
閉会式の演奏のために本部テント横に集合したが、そこに京橋さんと古屋さんの姿はない。マリリン先生は戻ってきており、説明があった。
先生によると、京橋さんは救急外来で応急処置だけしてもらい、明日に改めて診てもらう予定なのでケガの具合についてはまだ何とも言えないとのことだった。
古屋さんはそのまま家に帰った。急に具合が悪くなった、というのが一応の理由だ。
ねえねえ、と横にいた詠里が小突いてくる。
「いったい古屋さんどしちゃったの? すんごい泣き喚いちゃって」
「京橋さんと一所懸命リレーの練習をしていたし、目の前でいきなりあんなことになっちゃったからかなりショックを受けてしまったのかも」
そう言い繕ったが、原因は全くわからない。あの取り乱し様は普通じゃなかったし。
マリリン先生はリレーで頑張ったことを褒めたが、一方でリタイアした二人を責めるようなことは絶対してはいけないと厳命して締めくくった。続いて根尾部長からもお話があったがマリリン先生と同じく二人のことについて注意した後、表彰について話した。
「私たち吹奏楽部が部活対抗リレーの敢闘賞に選ばれました」
おお、とみんなどよめいた。
「本来なら部長の私が表彰式に出るのだけれど、ここは風原さんが出てくれるかしら」
「私がですか?」
「演奏を指揮しないといけないからね」
と言いながらも、意味ありげな笑みを向けた。その意図を受け取った私は頭を下げ、謹んで役目をいただくことにした。でも、体育祭で一番株が上がったのは根尾部長だ。怖いとか厳しいとかいろんなことを陰で言われていたけれど、やはり我々の部長だった。
閉会式が始まった。成績発表で改めて星チームの勝利が伝えられ、それから表彰式に移る。定番の「見よ勇者は帰る」の旋律が流れ、私は演奏に加われなかったものの心の中でトランペットを奏でていた。古屋さんも演奏できなかったのは残念だ。
部活対抗リレーでの各組の優勝チームが表彰状を受け取り、次は敢闘賞の番だ。アナウンスを受けて、私は壇上に上がった。コンクールやコンサートで観衆の前に立つのは慣れているけれど、背中に観衆の視線を浴びるのは慣れてなくて何だかむず痒い。学園長から表彰状を受け取った私はぎこちない動作でゆっくりと下りた。
ちなみにMVPは陸上部の短距離エースの先輩だったが、一年生からインターハイに出場しているだけあって実力は桁違いだった。美滝百合葉生徒会長が直々に表彰し、副賞として会長の直筆サイン入りの新曲CDがつけられた。「メ○カリで売っちゃダメだよ!」とジョークも添えて。恐れ多くて売らないだろうけど。
学園長の総評、国旗校旗の降納を以て閉会式は終わった。校旗降納時の校歌は会長が壇上でマイク無しで歌ったけれど声量が大きくて、それにつられてみんなも大きな声で歌ったものだから、吹奏楽部の演奏が負けそうになるほどだった。でも、最後の最後まで盛り上がる体育祭だった。
*
後片付けを手伝っている最中、詠里と樟葉がお互いのハチマキを交換しているのを見た。星花では体育祭後にカップルどうしがハチマキを交換するのが習わしになっている。仕事が終わってからにしてほしいけど、注意するのも無粋かなと思い放っておくことにした。
「風原さんが投げ込んだハチマキ、誰が取ったんだろうね」
チューバの竹田輝夜さんが声をかけてきた。同じくチューバの鉄木志保さん、トロンボーンの北村瑠奈さん、フルートの矢板文乃さんといった高等部入学組が顔を連ねている。
「さ、さあ」
冷静になるにつれて、自分がやったパフォーマンスが恥ずかしくなって悶えそうになった。
「しかし、風原さんがあんな大胆なことをするなんて思っていなかった」
鉄木さんは表情を崩さないまま追い打ちをかけてくる。
「みんなお猿さんみたいな声上げてて面白かったわー」
「さすがモテる子は違いますなあって感じ。中学校の男子でもあんな黄色い歓声を浴びるのいなかったよ?」
北村さんと矢板さんはいたずらっ子のような笑みを浮かべて私のことをからかう。
「もう、やめてよー。自分でもないわーって感じなんだから」
「そこは堂々と吹奏楽部の王子を気取ったらいいじゃん」
「人ごとだと思って……」
竹田さんはくすくす笑ったが、すぐ真面目な顔に戻った。
「それは置いといてカロちゃんのことだけど、あの子と連絡が全然つかないの。風原さん何か知ってる?」
「いや、何も。さっきスマホ見たけど何もなかったな」
部員間の連絡用グループメッセージどころか個別メッセージ、一切何もなかった。
「そっか。私以外でカロちゃんと一番仲が良いの風原さんだから連絡いってるかと思ったけど……」
「でも……」
私は迷った。言うべきか言うまいか。結構重要な情報かもしれないけれど、京橋さんにも関わることだし。
「でも?」
竹田さんは食い気味だった。何かワラにもすがるような顔だが、それだけ本気で心配しているのだろう。私は伝えることに決めた。
「こんなはずじゃなかったとか、失敗してほしかったとか叫んでた。実は古屋さん、京橋さんと反りが合わなくて。それが何か関係してるのかなと」
「あー……やっぱそうか」
竹田さんはため息をついた。
「実はさ、昨日カロちゃんと電話したの。そこで京橋さんの愚痴を聞かされてね。あの子、本気かふざけてんのか知らないけど風原さんのこと好き好きって言ってるじゃん。それがどうも気に食わなかったみたいで。私はテキトーに受け流してたけど……」
「わたしも言われたわ」「あたしもー」
北村さんと矢板さんが次々と手を上げると、竹田さんは「ええ?」と驚く仕草を見せた。
「正直グチグチと鬱陶しくて、こんなんでリレー大丈夫かなって思ったわ」
「うん、リレー始まる前はヒヤヒヤしてたもん。もし失敗したらケンカになりゃしないかって。あんなことになっちゃったけどね」
私は鉄木さんの方に視線を向けた。
「私は何も聞いてない。そもそも古屋さんから話しかけられたことがない。もしかして嫌われてるのか……?」
「単に話しやすい相手を選んでるだけじゃない?」
竹田さんがフォローに入るが、遠回しに鉄木さんは話しかけづらい人だと言っているようなものだ。
「それはともかく、これ私の邪推でしかないんだけど、カロちゃんは風原さんのこと好きなんじゃないかと思うの。本気で」
「え……?」
「カロちゃんと会ったらいつも風原さんの話ばっかしてくるから。風原さんのおかげで人生変わったみたいなことも言われたし、恋愛というか、個人崇拝みたいな?」
「崇拝……」
もしそうだとすれば、崇拝対象の私に気軽に接する京橋さんに対して必要以上に敵対的な言動を取るのは納得がいく。トランペットを教える中で知らず知らずのうちに彼女の何かを狂わせてしまったのだろうか。だとすれば私にも責任の一端があるのではないだろうか。
「月曜にもし古屋さんが来れたら一度私たち同期で話そうか。きっと溜め込みすぎちゃってるんだ」
「うん、それがいいと思う。全部ぶっちゃけて楽になってもらおう」
「私も賛成だ。古屋さんと話をしてみたいからな」
「わたしも賛成」
「あたしも!」
「決まりだね」
問題は古屋さんが来れるかどうかだが、無理に来いとは言えない。明日月曜は代休だが午前中は練習がある。何事もなかったかのように顔を出してくれればいいのだが……
片付けがすべて終わって解散となり、寮への帰路につく。いろいろあった上、長時間外にいたことで体力も消耗していたから空腹感がいつもよりひどい気がする。ただ、特別な日とあって夕食はごちそうらしい。
学校が日焼け止めを支給してくれたおかげで(この辺はさすが運営元が化粧品事業を手掛けているだけある)日焼けは心配ない。とにかく汗を流してからご飯食べてソッコーで寝よう。そんなことを考えてたら、玄関前に一人たたずんでいる生徒がいた。
「あっ、幅木さん!」
「風原先輩、お疲れさまでした」
「もしかして、私を待ってたの?」
「はい。その、実は……」
だけど幅木さんはスカートのポケットに手を入れ、赤いものを取り出した。
「花」チームのハチマキだ。
「これ、部活対抗リレーのときに風原先輩が投げ込んだものです」
「えっ、幅木さんが……」
私はてっきり、昼食時に幅木さんが取った突飛な行動を謝りに来たのだと思いこんでいた。そのことを思い出した私は胸がドキドキしだしていたのだけれど、だんだんと鼓動が早く大きくなっていくのを感じた。
「せっ、先輩!」
「はいっ」
大声につい、背筋が伸びる。幅木さんの顔が赤いのは、西日に照らされているからではないだろう。
「このハチマキ、貰ってもよろしいでしょうか! そっ、それで……」
幅木さんのポケットから、また同じ色のハチマキが出てきた。それを私の目の前に突き出した。
「わっ、わっ……私のハチマキ、受け取ってほしいです!!」
「……!」
星花では体育祭後にカップルどうしがハチマキを交換するのが習わしになっている。ではカップルで無いものどうしが交換する場合は何を意味しているのか、それは言うまでもない。
ゲストです
鉄木志保(星月小夜歌様考案)
葛城の姫は鉄の騎士に頬を紅葉めて(星月小夜歌様作)
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