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煩悶

「ふむふむ、わざわざ人払いしてまで聞く事情は触れないでおくね」


 矢倉先生はそう前置きした。先生は大学院出で頭が良いから、もしかしたら察しているかもしれない。


「あれは前にも言ったけど、トンチキ本の一種だよ。著者は何か中世ヨーロッパの恋の魔術を研究した、と主張してるけど、全部デタラメ。実用性はまったくなし。書かれていることにツッコミを入れながら読むのが正しい読み方だよ」


 そうはっきりと言い切ってくれた。ちょっと胸が軽くなった気がした。


「結構過激なこともいっぱい書かれているけど、イマドキの星花生はおませさんだからこんな程度じゃ興奮しないかもね。いや、私が現役だった頃からもっと……」


 矢倉先生も宇津森先生と同じく星花のOGだ。確か矢倉先生の方が三学年上だったかな。


「まあ、普通の学校図書館なら置かないですよね」

「教育上良くないって理由で排除される本ではあるね。だけど読んだら色ボケになっちゃうわけじゃないし。少しだけ批判力は鍛えられるとは思うけどね」


 要するに、大丈夫ということらしい。


「だけど、呪術ってやり方を間違えると高い代償を払わされるもんだからね。冗談でも本当にやるのはおすすめしないね。恋愛で相手を落とすなら正々堂々と真正面から、だね」


 私は知りたい情報を知ることができたので、矢倉先生の恋愛観については尋ねることをしなかった。ただ先生はモテるタイプで、噂では相手がいると聞いたことがある。


「ありがとうございました。お時間を取らせてすみません」

「いいよいいよー、また聞きたいことがあったらいつでもおいで」


 矢倉先生に心の重荷を取ってもらって楽になったがそれも束の間。寮に帰る途中、『恋愛で相手を落とすなら正々堂々と真正面から』という先生の言葉が新たな荷物となってのしかかってきた。


 振り返ってみると、私は数少ない友人相手よりも、風原先輩と話す方がよく舌が回っていた。だからといって堂々と愛の告白をできるわけではないし、それができているならさっきの矢倉先生にも堂々と恋の相談を持ちかけている。


 いまさら、自分の内向的な性格が嫌になってきた。グズグズしていたら風原先輩を取られてしまうかもしれないのに。


 部屋に戻ってから、やるせない気持ちをノートにぶつけた。宿題は後回し。ノートに書き込んでいるのは風原先輩をモデルにした主人公の小説のプロットだ。


 途中で主人公のファンという子がプレゼントを手渡しするシーンがある。モデル元も新入生歓迎会でプレゼントを貰ってたことを思い出すが、当時は人気者だなあとしか思っていなかったのに、今は何だか嫌な気持ちになる。私は先輩と遊びに行ったし、本についてどれぐらい語り合ったのかわからない。私の方がずっと近いところにいるのに。


――私の方がずっと近いところにいるのに

――私の方がずっと近いところにいるのに

――私の方がずっと近いところにいるのに


 ……はっと気づいて、シャーペンを落とした。無意識的に三度も書かれた「私の方が近いところにいるのに」という文字。筆跡がぐちゃぐちゃで何か別のものが乗り移って書かせたかのようになっていた。


「まずい、非常にまずい。私、どうにかしちゃってる……」


 呪い文字を消しゴムで消して、ノートを閉じると自分のベッドに倒れ込んだ。ルームメイトは部活でまだしばらく帰ってこないのをいいことに、ゴロゴロと転がりながらうなった。中学受験の勉強でストレスが溜まっていたときによくやっていた仕草だ。それで楽になるわけではない、単なる気休めだ。


 うつ伏せになったまま横を見ると、壁に立てかけられている私のバイオリンケースがあった。もしも『桂花』と『桜花』が人の形をとっていたら、私を見てあざ笑っただろうか。それとも……。

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