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体育祭に向けて

 中間テストが終わると、吹奏楽コンクールに向けての練習が本格化していく。だけどそれまでに様々なイベントでの演奏もあり、その中の一つに体育祭がある。開会式、表彰式、閉会式で演奏を披露するのだが、その他にも活躍の場面がある。それが部活対抗リレーだ。


「例年通り人数は八名、中等部生と高等部生をそれぞれ四名ずつ選びます。では、我こそはという方はいるかしら?」


 ミーティングの場で、現部長の根尾小町(ねおこまち)先輩が眼鏡越しに鋭い目つきで私たちを見回す。同じ眼鏡ユーザーでも幅木さんと違って知的というより、厳格さがにじみ出ている。実際、学生指揮者としても練習中は結構ダメ出ししてくるので恐れられている存在だ。


「立候補者はいないの? いなければ去年みたいにくじ引きになるけど?」


 去年どころか一昨年もくじ引きだったし、まだ私がいなかった三年前の体育祭でもくじ引きだったと聞く。部活対抗リレーは当然運動部も出てくるのでまず勝てないことはわかっているから、私も誰も出たがらない。


 幸い二年連続でくじは外れている。三度目も逃れたい。


「はい!」


 中等部組から手が挙がった。新入生の京橋琴絵(きょうばしことえ)さん。私と同じトランペットパートに配属されたばかりの子だ。


「私、足には自信ありまーす!」

「立候補ありがとう」


 お礼というには淡々とした喋り方で、すぐさま「他には?」と見回してきた。


「あの」


 続いて手を挙げたのは意外な人物で、おおっ、というどよめきが起きた。


「古屋さん?」


 根尾部長も意外そうで、語尾が上ずっていた。言っちゃわるいけど、地味でおとなしい古屋さんが立候補するなんて誰が思っただろうか。


「私も足速いほうなので、出てもいいでしょうか」

「え、ええ。もちろん結構よ。他には?」


 あの古屋さんですら立候補したのだから、ということだろうか。不思議なことに次々と手が挙がり、七人まで埋まった。うまい具合に中等部四名、高等部三名となった。


「他に立候補者がいないようね。それじゃあと一人、高等部組からくじ引きで決めさせて頂きます」


 根尾部長は用意の良いことに、くじ箱を用意していた。


「どうせくじ引きだろうと用意していたけど、当たりくじ一枚だけで済むとは思ってなかったわ。じゃあ一人ずつ、そうね……風原さんから引いてもらいましょうか」

「わかりました」


 私は意気揚々とくじ箱に手を入れた。吹部は人数が多く、七人の勇者を除いてもまだ八十人の部員がいる。確率八十分の一、当たりを引く方が難しい。


 四つ折りにされた紙を引き出す。三度目も外れだと確信して開いたら……


「うげえっ」


 趣味の悪いことに、ドクロマークが描かれていた。いやでもハズレ、という意味かもしれない。そう信じて部長に見せたら、なんとも言えない憎たらしい笑みを浮かべた。


「あら、まさか初弾命中だなんて、運がいいわねえ。八人目おめでとう」


 拍手と歓声が起こり、私は力が抜けてしまった。


 *


 翌日の昼食後、リレー参加者はグラウンドの隅っこに集まった。雲ひとつ無い空の下。しかしこんなに憂鬱に感じる昼休みはあっただろうか。


「今日から昼休みを利用してリレーの練習をします。まずはみんなの足の速さを見せてもらうわね」


 根尾部長はリレーに参加しないからか、高みの見物とばかりの態度を取っている。昨日、詠里が「部長は出ないんですか?」とツッコんだのだが、「トップが現場に出ても混乱するだけでしょ」とわけのわからない理屈で逃げたのには呆れた。それならリレー練習も私たちだけでやるから来ないでほしいのだが……


 とはいえ決まった以上はぶちぶち言ってもしょうがなく、私たちは50m走をやることになった。正確に50mかどうかわからないが、とにかく部長がここからここまでと決めた距離を走った。昼食後で体が鈍っているときに全力疾走するのはなかなかきつい。


 結果は京橋さんがぶっちぎりの一位で、口だけではないことを証明した。ニ位は古屋さんでこれまた足の速さを証明することに。まったく意外だ。


 そして私は古屋さんから離されての三位だった。まあ、健闘した方だろう。


「京橋さん、すっごい速いね」


 私は息を整えつつ京橋さんを褒めた。


「小学校時代は陸上クラブにいましたからねー」

「ええ? 何で陸上じゃなく吹部に入ったの?」

「新入生歓迎会で風原先輩に惚れたからでーす! 先輩のこと大好き!」


 軽薄な口調で急な告白を聞かされて、私はずっこけそうになった。


「それ、本気で言ってる……?」

「本気ですよー。だからトランペットを志望したんです。リコーダーと鍵盤ハーモニカしか触ったことありませんけどねっ!」


 京橋さんが無邪気なスマイルを見せてくる。中等部新入生は私目当てが多いと聞いてはいるが、露骨に口にしたのは彼女が初めてだ。しかし口調が軽いせいなのか、あまり本気で言っているようには思えない。


「どうでしたか、私の走りは?」


 真後ろから急に古屋さんに声をかけられた。いつものボソッとした感じではなく、はっきりとしていた。


「古屋さん、実は運動神経良い方だったりする?」

「いえ。でも中学校の吹奏楽部では肺活量を鍛えるためによく走らされてたので、そのおかげか足も速くなったんですよね」


 本当かな? と首をかしげたくなる。体育教師にランニングとダッシュでは使う筋肉が違うと教えてもらった記憶があるんだけど。


 スタート地点に戻ると、根尾部長が眼鏡のブリッジを押し上げて言った。


「みんなの力がよくわかりました。おかげで勝ち筋も見えてきたわ」

「え、勝つつもりなんですか?」

「出るからには勝ちにいくのは当たり前でしょ!」


 怒られた。つい正直に口走ってしまったのがいけなかった。


「コホン……失礼。リレーでは京橋さん、あなたが第一走者になってもらうわ」

「えー、アンカーじゃないんですかー?」

「確かに一番足が速い走者をアンカーに持ってくるのが定石。特に部活対抗リレーはエキシビション扱いでチームの勝敗に関係のない競技、傾向として先頭走者は部活のアピールのために出オチ要員が出てくることが多いわ」


 去年の体育祭では、第一走者だったとある先輩がドラムメジャーの格好をして指揮杖を振り回しながら走っていたことを思い出した。先輩の足はめちゃくちゃ遅かったが、それでも振り袖姿の華道部や羽織袴姿の茶道部には先着していた。


「だけど今年はみんながおふざけしている中で、我が吹奏楽部はガチンコ勝負で突き放しにいくの。京橋さんが大きくリードを保った状態で二番手の古屋さん、三番手の風原さんと足の速い順にリレーしていく。私の計算によると、アンカーの足が一番遅くてもギリギリ逃げ切って勝てるわ」


 その計算根拠がまったく不明だが、部長は自信満々に言い切った。ただし作戦としては有りかなとも思う。空気読めとひんしゅくを買うことにはなるかもしれないが、第一走者はおふざけをしなければならないというルールは無いのだ。


「なるほどー。要するに何も変なことせず全力で走りゃいいんですね!」

「そういうこと。以上、何か質問はあるかしら?」


 京橋さん以外これで本当に勝てるのかなあ、と言いたげな表情をしていたが、かといって代案も出てこない。結局、部長の作戦を承認する形となった。


「それじゃ、バトンパスの練習に移るわよ。徹底的にバトンパスの練習をするからそのつもりで」


 一回走っただけなのに、疲労感がどっと湧き出てきた。

【メモ】

根尾小町も京橋琴絵も関西圏の懐かしCMから名前を取ってます。年バレるけどまあええか

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