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テスト明け

 高校生になって初の中間テストの順位表を渡されたけれど、結果は悪い意味でいつも通りだった。赤点を回避できたのは不幸中の幸いだったものの、菊花寮生の成績ではない。


 そもそも今年度は菊花寮入居志望者が少なかったために私でも入寮できたからに過ぎないので、こんな成績が続いたら来年度からは間違いなく桜花寮落ちだ。


 はあ~、とため息をついてたら、友人の朝蔭蘭に「幸せが逃げるわよ」と言われた。


「一学期の中間テストぐらいでそんなに深刻にならないの」

「なるよ。せっかく入れた菊花寮を追い出されるかもしれないのに」

「私なんか前の学校を追い出されたけど?」


 自虐的過ぎて笑えなかった。蘭も私と同じく一時期別の中学校に通い、たった三ヶ月で星花女子中等部に転校してきた。違う点は、私が学校生活に耐えかねて自主退学したのに対し、蘭は風紀上の問題を起こして退学処分を受けたことだ。まあ、いろいろと良くないことをやっていたらしい。


「ごめんなさいね、つまんないことを言っちゃったわ」

「それはいいんだけど……はあ~……」

「憂さ晴らしに遊びに行く?」


 久しぶりのお申し出だった。中等部卒業直前に一緒にスタパレまで繰り出したとき以来だろうか。


「行こう!」


 脊髄反射的に答えていた。


 *


 土曜日。練習は午前で終わり、いったん寮に戻ってカバンを置いてから蘭と正門前で合流した。彼女も練習上がりらしく、デオドラントの香りを漂わせている。


「私服に着替えなくていいの?」

「蘭が制服なのに自分だけ私服ってバランス悪いでしょ」


 自分でもよくわからない理屈を言ったが、「単に着替えるのがめんどくさいだけじゃないの」とツッコまれた。全くその通りだ。


「まずご飯食べよう。商店街に行く?」

「この時間帯、土曜はどこも混んでるでしょ。ニアマートにしときましょ」

「ニアマートか。あそこのイートイン広いしね」


 せっかくのお出かけでコンビニはもったいない気もしたけど、妥協した。


「いらっしゃいませー」


 今日レジにいるのはマスク姿の店員さん。オーナーさんの一人娘で、一年中マスクをしているので一部からマスクさんなんて安直なあだ名をつけられている。


 お弁当コーナーに寄ったら、奇遇なことに幅木さんがいた。


「あっ、先輩。こんにちは」

「こんにちは。幅木さん、今日学校? 制服着てるってことは」

「そうです。土曜のカウンター当番なので」


 幅木さんは味噌カツ弁当と缶コーヒーを持ってレジに向かおうとしていた。弁当の中身はなかなかボリューミーだ。


「もしかして地元の名産品だから味噌カツ弁当を選んだとか?」


 幅木さんの故郷は味噌の産地で有名なのだと聞いたことがあった。


「その通りですね。何度か食べたことありますけど、なかなか美味しいですよ」


 この前サツマイモパフェを食べたときと同じ目、同じ声色をしている。それがちょっぴり微笑ましい。


「先輩も今からお昼ですか?」

「うん。友達とね」

「そうですか」


 幅木さんは一呼吸置いてから相槌を打った。その様子にどこか違和感を覚えたものの、すぐに先ほどと同じ目と声色に戻る。


「味噌カツ弁当、本当に美味しいですからおすすめですよ。それじゃ、失礼します」


 幅木さんがレジに行くと、すかさず蘭が小突いてきた。


「あの子がお気に入りの図書委員さんね」

「あ!?」


 とんでもなく変な声が出てしまった。


「何で知ってんのみたいな顔してるけど、この前たまたまバナナちゃんから聞いちゃったのよ」

「あー、柚原さん……」


 隣の3組に柚原七世(ななせ)という写真部の子がいる。一言で表すならゴシップ誌を扱う記者みたいな性格で、恋話噂話を見聞きしてはよく首を突っ込んでいく。さらにこの子はバナナが大好きで、陰ではバナナちゃんとかバナナさんとかバナナの人とかいろいろ呼ばれている。


 星花に転校した折、私は蘭とともに柚原さんと同じクラスに入れられた。柚原さんは真っ先に嗅ぎつけてきて、転校の事情が事情だけにあまり周りに言わないで欲しいとお願いしたら、口止め料としてバナナの上納を要求された。このときはお金持ちの蘭が二人分建て替えてくれたものの、今でも定期的にバナナを与え続けている。


「私が知りたいから聞いたわけじゃないのよ。お母様が知り合いから大量の高級バナナを頂いてね、処理しきれないからいくつかバナナちゃんにおすそ分けしたのよ。そしたら勝手にしゃべってきたわ」

「柚原さん、余計なことして……」

「で、実のところどうなの?」


 蘭は興味津々のご様子だ。


「とりあえず、食べながら話そう」


 私たちは味噌カツ弁当を選んだ。会計中にマスクさんからも「これは本当に美味しいですよ」と推されたけれど、実際食べてみると本当に美味しかった。


「一緒に野球を観に行ったことはあるよ」


 味噌の濃厚な香りと旨味を味わいつつ、私は蘭の知りたがっていることを答えた。


「食事ならともかく、野球デートしたなら相当仲が良いとみえるわ」

「で、デートってそんな大層な……」

「それは冗談として、年が違う子と遊ぶのもなかなかいいものよ。特に年下とはね」


 素行がよろしくない蘭が言うとかなり違った意味に聞こえてしまう。


「図書委員ちゃんを落としたいなら、私の持ってるテクニックを全て教えてあげるわ」

「だから、そんなんじゃないってば」


 ムキになってしまったが、蘭はクスクスと笑うだけだ。


「それも冗談として。でもね、自分がそのつもりでなくても一緒に過ごすうちにだんだん好きになっていくことって結構あることよ」

「蘭もそんな経験したことあるの?」

「私? そうね……」


 蘭がしゃべろうとしたらいきなりにゃあん、という鳴き声が足元から聞こえてきた。いつの間にイートインスペースにいたのか、私の席の下に黒猫が潜り込んでいた。それでもびっくりしなかったのは、この店にはしょっちゅう野良猫が侵入してくるので当たり前の光景になっていたからだ。


「あら、新顔さんね」


 蘭が黒猫の頭を撫でると「にゃあん」と機嫌良さそうに鳴いた。この辺の野良猫は人馴れしすぎているのが多い。どうも星花の生徒がエサを与えているからのようで、学校も注意はしているのだが多分誰も聞いていないだろう。


「もー、また入ってきちゃってー」


 マスクさんがやって来て、黒猫をひょいと抱えて外に出した。この人は野良猫の扱い方がとても上手だった。


「お外が暑くなってきたし、気持ちはわかるんだけどね」


 戻ってきたマスクさんはそう言って笑った。季節の上ではまだ春だけど、今日の最高気温は六月中旬並だそうだ。


 食事を再開し、あらためてさっきの質問を聞き直そうとしたところで生徒たちが入店してきた。私たちのクラスメート、太田悠里さんと小口莉子さんだった。私たちを見るなり太田さんが「おいっす!」と挨拶してきて話しかけてきた。


「味噌カツ弁当じゃん。これ美味えんだよなあ。長野の味噌使ってるし」

「え、そうなの?」

「うん。私の故郷、諏訪市の味噌工場で作ってるの」


 小口さんが言った。そういえば長野も味噌の産地で有名だったな。


「ところで二人ともヒマしてんの? ヒマだったらあたしらと街に行かね? テスト明けの打ち上げでさ」

「私も太田ちゃんもテストボロボロでさー、なるべく大勢で騒ぎたい気分なの。どう?」


 太田さんも小口さんも誘いをかけてくる。私も憂さ晴らし目的だったので断る理由はなく、蘭も「あなたたちと遊ぶのは初めてよね」と乗り気だ。


「よし、行こう」

「決まりな!」


 日が暮れるまでカラオケ行ったり買い物したり。四人でたっぷりと遊んだのだが、その間に蘭に聞きたかったことをすっかり忘れてしまったのだった。


 *


 テスト明け、しかも土曜日ともなると図書館に来る生徒たちはほとんどいない。朝から矢倉先生と交代しつつ貸出業務を行っているものの、全く暇だったので行儀悪くカウンターの上で宿題を広げ、それも片付けてしまうと、自作小説のプロットをノートに書き連ねた。


 私はストーリーを先に決めてから登場人物を作り出す。しかし今回の作品は主人公像がなかなか出来上がらなかったので、勝手ながら風原先輩をモデルにした。すると我ながら驚くほどペンが進みだした。


 主人公はとある小さな田舎の高校の吹奏楽部員でトランペットを担当している。小さな頃からトランペットを吹いていて、両親や友達から上手い、と言われ続けてきた。ところがある日、河原のそばで練習をしていたら通りすがりの者に……


「ふう……」


 閉館時刻が近づいてきて、私はノートを閉じた。


「風原先輩は、来るわけないよね……」


 来たら来たでノートを隠さないといけないけれど、いつも来てくれる先輩がいないのはちょっと寂しかった。今週の土曜日は私がカウンター当番だとあらかじめ教えておくべきだったかな。でも、露骨に来てくださいとアピールするみたいで何か嫌だし。


 風原先輩以外にも図書館の常連さんは数多くいるし、誰がどの本を好んで借りるかも把握している。だけど話をするのは風原先輩だけだ。あの人にはなぜか気を許せてしまう。今度先輩が来たら、先日入庫したばかりの面白い本を貸してあげたい。


 立ち上がってウーン、と背伸びをすると、一人の生徒が入ってきたから慌てて席についた。全く見たことがない顔だったけど、制服の校章の色は黄緑色。つまり風原先輩と同じく高等部一年生だ。


 その人はものの数分もしないうちに、三冊の本を持ってきた。『戦間期の欧州史』と『少子化時代を生き残る国家戦略』といったお固めの本が二冊、そしてもう一冊は『恐ろしいほど効く恋愛の呪術』という、半裸の男女が睦み合うセンシティブな西洋絵画が表紙の胡散臭い本だった。名前の通り恋に関する呪術を扱ったオカルティックな本で、本来は学校図書館に置かれるものではない。しかし矢倉先生が「なかなかトンチキなことばっか書いてて笑えるから」という理由で星花女子学園図書館の蔵書に加わってしまっていた。


 私も興味本位で読んだことはあるけれど、中身は荒唐無稽、それでいてかなり過激な内容が書かれていて、しかも挿絵が際どい。私の中では良書とは言えなかった。そのような本がお固い本二冊にの間に挟まれて差し出されてきた。きっと恥ずかしさのあまりお固い本でカモフラージュしようとしていたのはあきらかで、ちょっと笑ってしまいそうになったが、当然顔に出さないようにした。


「返却期限は二週間後です」


 貸出処理を終えると、先輩は一礼して出ていった。今度こそ最後の業務で、閉館時間を迎えた後は矢倉先生に挨拶して下校した。


 新顔の先輩は一度見ただけでもやけに印象に残っていた。貸出処理のときに先輩が出してきた生徒手帳に書かれていた名前が「古屋カロ」という変わった名前だったからだろうか。

今回のゲストキャラ


朝蔭蘭(藤田大腸考案) 

登場作品:『心に白き胡蝶蘭を。』(しっちぃ様作)https://ncode.syosetu.com/n8425id/


マスクさん=糸崎もみじ(藤田大腸考案)

登場作品:『女子校保健医さんの百合カルテ』(芝井流歌様作)https://ncode.syosetu.com/n3351in/


太田悠里・小口莉子(藤田大腸考案)

登場作品:『雪溶けの地に花が咲く』(藤田大腸作)https://ncode.syosetu.com/n6218hn/


柚原七世(芝井流歌様考案)

登場作品:『七夜の(エトワール)に願いを込めて』(黒鹿月木綿季様作)https://ncode.syosetu.com/n6633id/

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