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君と共に綴る音色  作者: 藤田大腸


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12/27

中間テストショック

「この前のテスト返しまーす」


 国語の時間、担任の汐見先生から中間テストの解答用紙を返却された。


 今回のテストはかなり自信はあったのだが、右上に「89」という数字を見たとき、私は目を疑った。


 国語で90点を切ったのははじめてだったからだ。


 先生が解答の解説を始めるが、耳に入ってこない。そもそも失点した原因は全部イージーミスだったから、解説がなくても何で間違っていたのか自分でよくわかっていた。しかし特に漢字の読みと書き、両方で1問ずつ間違うというあり得ないミスを犯したのには気が滅入った。


 何やってんだ幅木綴理、と自分自身を叱り飛ばしたいぐらいだ。


「はーいこれで解説終わりでーす。あれ、あと十分もあるな……今から教科書進めても中途半端だし、残り時間は適当に自習しといてー」


 いつもやる気なさを隠さない汐見先生だけど、今は先生と同じくやる気がなくなり、教科書だけ開いてチャイムが鳴るまでぼーっとしていた。


 しかも次は家庭科の授業にも関わらず、間違って音楽室に入ろうとしてしまい、クラスメートに注意されるまで全く気が付かなかった。


「幅木さんどうしたの? 大丈夫?」

「ごめん、ちょっとボケーッとしちゃってた」

「見た限りちょっとどころじゃないけど……とにかく、今から火を使うんだからやけどしないように気をつけてよ」


 調理実習となるとみんな気合が入るし、私も好きだ。でも今の精神状態だと手元が狂いそうで不安だった。


 その不安は見事に的中。私は怪我したくなかったから包丁や火を使う仕事は他の子たちに任せ、自分は下ごしらえ盛り付け味付けを担当したのだが……和風ドレッシングを作る際に砂糖と間違えて塩を入れてしまったのだ。作り直そうにも、入れ間違いに気づいたのはサラダを食べたときだったから手遅れだった。私たちの班はしょっぱいだけのドレッシングでサラダを食べるはめになってしまった。


「ま、まあこれはこれであり……じゃない?」


 と、班の子は気づかってくれたけれど、迷惑をかけたのには間違いない。昼食を台無しにした申し訳無さで凹みに凹んでしまった。


 五時間目の授業に入る前からもう帰りたかったが、あいにく今日は図書館のカウンター当番の日。貸出業務でも何かやらかしそうだったのでやりたくなかったが、好きな図書委員の仕事に対してもこんなネガティブになるのははじめてだ。


 国語のテストで90点取れなかっただけでショックを受けるなんて贅沢にも程がある、と周りから思われるかもしれない。しかしショックだったのはテストの点数ではなく、あり得ないイージーミスを犯したことにある。その原因は解答を終わってもきちんと見直しもろくにしなかったこと、さらにその原因は別のことを考えていたこと。


 その別のこととは、自分が書いている小説のことだった。


 私は文芸部には所属していないものの、文芸部が発行している冊子に小説を投稿している。もちろん周囲はそのことを知らない。もちろん本名で投稿するはずがなく「プリンス」というペンネームを使っているが、私のいかにも図書委員的な見た目と全く一致しないおかげでバレずに済んでいる。


 もっとも「プリンス」は王子様の"Prince"ではなく"Plinth"という綴りで、英語で「幅木」を意味する。昔、自分の変わった苗字の由来を調べたことがあったが、家の壁の下と床の境目に取り付ける部材のことを幅木と呼ぶことを知った。ついでにPlinthという綴り違いの英語表記も知り、ペンネームに使わせて頂いた次第だ。「幅木」の英単語を知っている生徒は、恐らく国際科にもそうそうはいないはず。


 自分が書いたと知らしめたい気持ちと、周囲に知られたくないという気持ち。相反する気持ちを同時に満たせる、まったく便利なペンネームだ。


 この"Plinth"の面が、大事なテストの最中に強く出てしまった。書きたい題材、内容は決まっているのに肝心な主人公像が思い浮かばない。得意な国語のテストでは余った時間を見直しに使わず、主人公像を一所懸命ひねり出すのに使ったのがいけなかった。


 頭の中で反省と自己批判を繰り返しながらも、図書館には迷わず無事たどり着くことができた。


 中では司書教諭の宇津森彩雪先生と、学校司書の矢倉かなめ先生が何やら立ち話をしている。


「こんにちは」


 宇津森先生はオーソドックスに「こんにちは」と返してくれて、矢倉先生は「やっほ~」と砕けた返し方をした。


「ちょうど良いところに来たね~。図書館の将来像について話し合ってたんだけど、生徒代表として幅木さんの意見を聞きたいなと思ってたんだ」

「図書館の将来像、ですか……?」


 矢倉先生が言うには、予定されている中等部生徒数増員と高等部理数科設置に備えて蔵書数を大幅に増やすという計画があるとのこと。


「だけど書架の数が全然足りないんだ。今、星花女子大学でも図書館の増築工事が行われていて、完成すれば大学がこちらに委託保管している資料を返却できるんだけど、それでも全然足りない。となると、やっぱりこちらも増築してスペースを確保しなきゃいけない。そこで質問。幅木さんは増築するなら上? 下? それとも横がいい?」


 三階を作るのか、地下階を作るのか、横に広げるのかという三択だと理解した。国語のテスト問題と違って正解は無い問題だが、不正解はありそうだ。


「うーん、少なくとも横は無理じゃないですか? 駐車場か裏の林を潰さないと」

「だろうね。上か下か、結局のところコストと相談かな」


 宇津森先生もウンウン、とうなずいている。


「それに、新しい管理システムも導入されますよね。天寿が懇意にしているIT企業とすでに話がついているとか」

「そうそう。市立図書館で導入されているものよりも優れているものが来るんだよっ。いや~楽しみだ~」


 矢倉先生は本当に楽しそうだ。


 ちなみに矢倉先生は先生とは言うものの学校職員という立場で、お仕事は図書館の設備機器と備品管理、資料の収集、予算編成、レファレンスに貸出業務といった司書としての仕事全般がメインである。一方の宇津森先生は図書館の利用法や図書を活用した学習方法の生徒への教育、図書委員の指導など、教師としての仕事をメインに手がけている。だけど二人はお互いの職務を手伝うことがままあるので、傍目にはあまり違いが見えない。


「本が増えると幅木さんも嬉しいよねっ」

「もちろんです」


 でも理数科絡みなら、理系の本が増えるのかなと思ったりもする。数学は苦手だから数学に関する本は手に取ることはなさそうだけど、小説や音楽に関する本も増えてくれたらなお嬉しい。


 本のことを考えてたら、ちょっとずつ気が楽になっていった。話が終わって、私はいつも通りカウンターに着く。


 本日第一号の利用者が入ってきた。風原先輩だった。まっすぐこちらに向かってきた。


「どうも、こんにちは」

「こんにちは。ちょっと期限過ぎちゃったけど、返すよ」


 ゴールデンウィーク前に借りていた『先輩のための教科書』を渡してきた。二週間の延長手続きをしたのだが、それでも期日より遅れている。今まではギリギリ返してくれていたのに、遅れたのはこれが初めてだ。


「どうでした? 効果はありました?」


 遅れたことについては咎めず、果たして風原先輩を悩ませている同級生の指導に役立ったのか聞いてみた。


「全部本のおかげかどうかわからないけど、やる気になってくれたよ。おかげですごいスピードで上達してる」

「それは良かったです。また必要でしたら借りてください」

「うん。それともう一つ、渡すものがあって」

「?」

「こないだの芋けんぴのお返しってわけじゃないけど」


 今度は小さい紙袋を差し出してきた。


「お父さんが送ってきてくれたんだ。湖濱津名物のウナップルパイ」


 湖濱津名産品のウナギを象ったアップルパイである。名前は知っていたが今まで一度も食べたことがない。でも甘いものは歓迎だ。


「ありがとうございます。ありがたく頂戴します」

「それ、本当に美味しいんだけどカロリーちょっと高いらしいから一日で食べてしまわないでね」

「理想体重よりちょっと低めですから大丈夫ですよ。もったいないから少しずつ頂きますけど」


 軽口を叩く。よくよく考えると先輩に向かって軽口を叩くなんて恐れ多いことをしている。


 私は社交的ではないし、友人と呼べる人間は少ない(全くいないわけではない、と強調はしておく)。その少ない友人に対しても、あまり必要以上に話しかけることはしない。遊びには誘われたら行くが、自分から誘うこともない。


 だから、先月風原先輩を野球に誘ったのは私にとって異例のことだった。なぜそうしたのかと聞かれたら一緒に遊びたかった、としか言いようがない。なぜ一緒に遊びたかったのかと聞かれたら……


「じゃあ、また借りに来るからね」


 考えごとをしていたところで、先輩の一言で意識が戻された。


「今日は借りていかないのですか?」

「また後日じっくり見てからにするよ」


 先輩はじゃあ、と片手を上げて退館した。


 ついこの前に面白い本が入庫したばかりなのでおすすめしたかったけど、次にとっておこう。


 ウナップルパイ入り紙袋は重量感があり、そこそこボリュームがありそうだ。ルームメイトの子にもおすそ分けしておくか……と考えつついったん紙袋をカウンター下に置いたときだった。急に、本当に唐突だが、難問で解法を見つけたときのような高揚感を覚えた。あのとき、国語のテスト中に私を悩ませたあの難問の解き方が見つかったのだ。


「主人公、先輩をモデルにしちゃうか……」


 その日、図書館にやってくる生徒が少なかったのをいいことに、暇を見つけてはノートに小説のアイデアを次々と書き留めていった。アイデアがどんどん溢れてきて、自分でもびっくりするほどだった。

汐見凪沙…中等部3年2組の担任。担当は国語

     考案者:パラダイス農家様

宇津森彩雪…司書教諭

     考案者:星月小夜歌様

     登場作品:『みゆきの森に聖母と祈りを』(星月小夜歌様作)

     https://ncode.syosetu.com/n8279id/

矢倉かなめ…図書館司書

      考案者:虹村萌前様

※キャラシートには「図書館に就職」とありましたので、学校職員という扱いにさせて頂きました

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