ゴールデンウィーク明け
高校に進学してから、月日の流れる感覚が一段と速くなった気がする。気がつけばゴールデンウィークもあっという間に終わってしまった。
だけどいわゆる五月病に罹らずいつも通りの体調なのは、ゴールデンウィーク中も休みらしい休みが無かったおかげだろう。憲法記念日は市内の中高吹奏楽コンサートに出演。国民の休日は商店街主催のフードフェスで演奏。こどもの日はスターパレスショッピングモールのイベントに出演といった感じで、あちこちで引っ張りだこ状態になっていた。
そういうわけで、私はゾンビのように目が死んでいる五月病の生徒のようにならずに済んだのである。
昼食後にいつものように図書館に顔を出すと、幅木さんが本を整理していた。
「風原先輩、こんにちは。何かお探しですか?」
幅木さんの目はいつも通りだった。
「いや、特に。まだ借りた本を読み切れてないしね。幅木さんはゴールデンウィーク中何してたの?」
「実家に帰省してくつろいでました。先輩はずっと部活でしたよね?」
「うん。でもいろんなイベントで演奏してたから楽しかったよ。駅前商店街のフードフェスにも行ったし」
「スイーツの出典もたくさんあったと聞いてます」
「私たちには食べる暇が無かったけどね」
「あら、それは残念。じゃあ代わりに、私からスイーツのお土産を渡したいのですが」
「私に?」
「はい。放課後にもう一度来て頂けたらお渡ししますよ」
「私、何もお返しするもの無いんだけど、いいのかな?」
「何を言ってるんですか。この前一緒に遊びに行ってくれたお礼です」
幅木さんの表情の変化は乏しかったが、声のトーンがいつもより高い気がした。
「そういうことなら、ありがたく頂きます」
ということで放課後、部活が始まる前に図書館に立ち寄ると、幅木さんがカウンターで待っていた。
「お待ちしてました。お土産です」
大きな紙袋を手渡してきた。思ったよりもボリュームがあってかなり重い。
「何が入ってんの……?」
「芋けんぴです」
「イモ!?」
中を覗いてみると、確かに袋詰された芋けんぴがぎっしりと詰まっていた。
「幅木さん、なかなかおイモ好きなんだね……」
「故郷に芋スイーツで有名な店があって、母がお土産にって大量に持たせてくれたんです。塩味タイプなんで日持ちしますよ」
「それでも一人じゃちょっと多いかも……吹奏楽部のみんなにおすそ分けしていい?」
「いいですよ。本当に美味しいですからぜひみなさんにも薦めてください」
そういうわけで、今日の部活終了後に芋けんぴパーティーが始まった。料理部から貰ってきたペーパーボウルに芋けんぴを盛り付けると、各自が次々と手を伸ばしてきた。
「あ、美味しいこれ」
「うん、塩味と甘味がいい感じに効いてる」
というのは樟葉と詠里からの評価。私も同じ感想だ。甘い系としょっぱい系のお菓子をいいとこ取りしたかのようだった。
「美味しい……」
おとなしい古屋さんも笑みを浮かべるほどだ。
「樟葉樟葉ー」
詠里が芋けんぴを口に咥えて樟葉ににじり寄る。
「何よ」
「芋けんぴゲームしよーっ」
「ばかっ、フツーに食べなさいよフツーに!」
「じゃあ美音ー」
「できるかっ」
きっぱりと断ってやった。詠里は諦めて自分一人で食べた。
「なんで~? ポッキーゲームとおんなじじゃん」
「芋けんぴはお上品な食べ方をするものなの」
本当にそういう食べ方なのかどうかは知らない。
芋けんぴはあっという間になくなってしまったが、本当に美味しかった。明日、幅木さんにお礼を言わなきゃ。
今日のカギ当番だったので、最後に音楽室のカギを閉めて職員室まで返そうとしたときだった。古屋さんが階段のところにいたのだ。
「あれ、どうしたの?」
「すみません、お話したいことがありまして」
私は職員室に向かいながら話を聞くことにした。
「風原さんはトランペットが好きですか?」
「私? そりゃ、自分の体の一部と思ってるぐらいにはね。じゃあ逆に聞くけど、古屋さんはホルンが好き?」
「はい、大好きです。柔らかくて、控えめな音色が私の性格に合ってるような気がして」
私から見てもそう感じる。
私を待ってまでこの質問をした意図は確実にトランペット転向についての悩み相談だろうと思ったから、こちらから尋ねてみた。
「じゃあ、トランペットはどう? 好きになれそう?」
「はあ、それがどうも……変な例えですけど、明るくて活発的な子と仲良くしなさいと言われているみたいで……」
「確かにね。古屋さんからすれば性格的に合わないんじゃないかな、と正直思っている」
いい機会なので、図書館で借りた指導法の本を実践してみることにした。まず相手の話をいったん受け止めてから、自分の意見を伝えるのだ。
「だけど、性格が違うものどうしって結構仲良くなったりすることもあるからね。例えば、朝蔭蘭って知ってる?」
「はい、いろいろとよくない噂は聞きますね……」
「あの子、私のクラスメートで友達なの」
「えっ」
古屋さんが自分の口を押さえた。
「す、すみません……」
「まあ、事実ちょっとモラル的には、ね。でも私とは変な関係じゃなくて、普通の友達どうしなんだ。でも、性格は全然違うんだよ?」
「不思議ですね……」
「でしょ? 古屋さんもトランペットさんにちょっと歩み寄ってみたら、意外と仲良くなれるかもしんないよ」
「なるほど……」
古屋さんはうんうん、とうなずいてくれた。
二人一緒に職員室に入る。仕事中のマリリン先生に挨拶してカギを返却した。
「ちょうどいい感じに二人が来てくれたから言っておくわ。古屋さん、このままトランペットを続けていったら絶対にモノになるから。そのためには風原さん、みっちり教えてあげてね。教えることで自分ももっと上手になっていくからね」
マリリン先生にはやはり、古屋さんのトランペット転向は間違いないと確信しているらしい。
「私、とことんやってみます」
古屋さんの口から初めて、前向きな言葉が飛び出した。マリリン先生はにっこりと笑う。どうやら壁を一つ崩すことができたようだ。
「それじゃあ、また明日ねー」
「お疲れさまでした」
古屋さんを見送って、私も菊花寮に帰ろうとしたのだが、その途上で通りがかった駐輪場、夜間照明が照らす中で人影を二つ見かけた。
「あれ、詠里と樟葉じゃん。なんでここに?」
実は、詠里の実家は学園の近所にあり、いつも駐輪場西側の門から出入りしている。一方の樟葉は電車通学なので、駅側に通じる南側の正門から出入りしている。詠里はまだわかるが、何で樟葉までいるのだろう。声をかけようとしたが、どこか様子がおかしかった。
「あっ」
よく見たら、詠里の両手は樟葉の腰に回されていて、樟葉は詠里の首にしがみついている。そして、二人の唇は合わさっていた。
どこかチャラい詠里と真面目な樟葉。彼女たちもまた性格が違うものどうしだが、私の知らないところで恋人どうしになっていたのだ。