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幻の中世風王国

作者: 高瀬

 本稿では小説家になろう作品の「中世」+「西洋」タグのついたお話の中に登場する王国(以下、「中世ヨーロッパ風王国」と表記)について、こういう国は歴史上の中世ヨーロッパにはなかったぞ、どちらかというと近世ヨーロッパの絶対王政の方が近いぞ、という話をしていきます。いわゆるジャガイモ警察の類の話ですね。「中世ヨーロッパ風王国」のイメージというのはなろう作品だけではなく、昔からある既存の小説やゲームを通じて幅広く一般イメージとして固まっていますから、基本的に野暮な話にはなるのですが、こんなの中世じゃないぞ!という話は見かけても、もう少し踏み込んで歴史上の中世・近世とのまとまった比較をした話は見かけないなと思ったので書いてみました。端折ったところも多いですので説明不足なところもあるかとは思いますがご了承頂けると幸いです。

 なお、本稿で言う「中世ヨーロッパ」とは九世紀~十五世紀半ばを想定し、「近世ヨーロッパ」とはそれ以降の十五世紀半ば~十八世紀末までを想定しています。歴史学上の細かい時代区分とか知らないよ!という話もあるかとは思うのですが、小説家になろうでは公式キーワードとして「中世」「近世」どちらも設定されていますので説明に使っていきます。


 短くしたいなあと思ったものの結局できなかったので、簡単に要旨だけここにまとめておきます。

〇「中世ヨーロッパ風王国」の設定の共通項を抜き出すと

・国王の権力が強い

・宰相や大臣など国の要職を爵位貴族が務め国王を補佐している

・騎士団がある

・国家としてのまとまりがある


〇中世の封建制国家をざっくりまとめると

・国王の権力が弱い

・爵位貴族は領主として独自に活動している

・騎士団は存在せず常備軍も存在しない

・国家としてのまとまりに欠ける


〇近世の絶対王政国家をざっくりとまとめると

・国王の権力が強い

・宰相職など国の要職を爵位貴族が務め国王を補佐している

・常備軍はあるが騎士団は存在しない

・国家としてのまとまりがある


 王権、爵位貴族、騎士団、国家意識という四点で簡単にそれぞれの特徴をまとめましたが、上記を見ると「中世ヨーロッパ風王国」は中世よりも近世の国家と似ていることが見て取れるかと思います。もうちょっと細かい説明を読みたいと思ったらこの後も読み進めて貰えればと思います。



 さて、「中世ヨーロッパ風王国」は大抵の場合は以下の設定であったり、細かい説明がなくてもこういう国だろうな、ということを多くの人は想像すると思います。

①国家制度

 国王が最高権力者であり、国政について最終決定権を持っている。国王の補佐役として宰相や様々な大臣職が存在し、宰相や大臣は有力な爵位貴族が務めていることが多い。国家には明確な国境が存在し、国家同士で外交を行う。また、議会は存在しないことが多い。

②身分

 人々の身分は王族を含んだ貴族と平民の二つに分けられる。貴族も平民も国に所属しているという国民意識がある。

 貴族の爵位は国王から授与され、爵位は公侯伯子男が多い。爵位貴族の多くは領地を持ち、その地位は世襲であり、相続は嫡子単独相続が多い。

 貧富の差以外に平民内の身分差について語られることは少ない。平民でも功績を挙げた時の報酬や、婚姻や養子縁組によって貴族になれることがある。

 聖職者の扱いは作品毎にかなり幅があるものの、一定の社会的地位は認められていても職業としての認知に近いことが多い。

③騎士団

 治安維持や戦争の主力として活動する常設の騎士団が存在する。騎士は職業という面が強く、平民の騎士も存在する。騎士団長などの騎士団を指揮する役職は大臣職同様に爵位貴族が務めることが多い。


 作品毎に独自の設定があったり、名称が違ったりと色々と例外はあると思いますが、多くの作品にある共通要素を抜き出すと大体上記のような説明になるかと思います。しばし「国王でも意のままにできない有力者」みたいな存在が登場しますが、「本来は国王に従わなければいけないのに」という前提があることが大半ですから、そういった存在がいる場合でも制度上は国王が最高権力者であると判断しています。聖職者や議会、国民意識については作中では言及がないことも多いですが、中世・近世と比較する際に差異となるところなので挙げてみました。


 それでは次に、歴史上の中世ヨーロッパの王国がどうだったと言われているかというと、国・地域や時代によって色々と違いはありますのでこちらもある程度の共通項を抜き出していったイメージになりますが、大体下記のように言えます。まあ最初はちょっと補足説明からなのですが。

⓪封建制

 中世の国家制度といえば「封建制」ということで最初にざっくりと説明します。封建制とは「封建契約」と呼ばれる契約関係の積み重ねによって構築されている社会制度のことを言います。これだけだとよくわからない、って話になるかとは思うのですが、詳細な説明はまたの機会なり百科事典なりに任せるとして、国と領主の実際的な関係に説明を絞ると、国王が○○公や△△伯のような特定の土地を支配している領主に対してその土地の領主権(支配権)を認める代わりに、国王を主として認めて軍勢を提供することを約束する契約のことを封建契約と呼びます。国王と封建契約を交わした領主の数が増えると見かけ上の国家の領土や集められる軍勢の数は増えましたが、領主権には裁判権や徴税権も含んでいましたので国家の収入は増えませんでした(その代わりに領地の維持費もかかりませんでした)。さらに実態としては領主の地位は世襲の権利と化していましたので、国家が領主の地位を一方的に取り上げることは簡単ではありませんでした。この封建制によって中世の王権には色々と限界がありました。

①国家

 国家の名目上の最高権力者は国王でしたが、国王が有力領主(爵位貴族)に指示できるのは契約の範囲に留まりましたので、実態としては国王が決定権を持つのは王家の直轄領の範囲に限られました。

 国政の重要事項は有力領主を集めた会議で決まり、これが中世を通じて身分制議会に変化し、現代の議会の先祖となります。国家の収入は基本的には王家直轄領の税収しかなく、領主たちに臨時で課税するにはこの議会で認められる必要がありました。

 国家機構は未整備で宰相や大臣と訳される役職はまだ存在せず、代わりに貴族・聖職者・学者などからなる国王の側近たちが必要に応じて役目を担っていました。貴族たちのうち爵位貴族は領主貴族であり、会議や行事の時以外は自身の領地にいて宮廷にはいませんでした。

 封建契約は不満があれば臣下の側から破棄することも可能であり、また複数の主を持つことも可能でしたので、複雑な封建関係の中で領地毎の境はあっても国境は明確とは言い難く、外交交渉も国だけでなく領主や都市など様々な勢力の間で行われていました。

②身分

 中世の人々の身分は聖職者・貴族・平民の三つに分けられました。

 聖職者は国王以上の権威をもつローマ教皇を筆頭に世俗でも強い権力を持っており、司教区や修道院を中心に領主化しているところも各地に存在しました。また、聖職者の中にはその知識を活かして書記や役人として国家や領主に仕える者も大勢いました。

 貴族の家系の起源は複数あり、爵位などの地位は過去の王朝に由来することもしばしあったほか、爵位を持たない貴族というのも数多く存在しました。中世では爵位と領地が結びついていて、爵位を持つ貴族は基本的には必ず自身の領地を持っていました。貴族の爵位として公候伯子男が一般的になるのは中世後半からででした。王位・爵位は長男が相続しましたが、財産自体の相続は分割相続の場合も多く、代を経る毎に土地や資産が減っていくこともしばしありました。これを防ぐために長男以外の結婚を認めないという事例も広く見られました。また、王位を継がない王族による公爵位の創設もこの分割相続の習慣によるものです。

 平民と一口に言っても都市市民から農奴まで様々な立場があり、立場により制約が変わりました。基本的には居住地を支配する権力に属する存在であり、「都市市民」や「領民」ではあっても国民という認識はありませんでした。平民が貴族になる方法はいくつかありましたが、そのうちもっとも一般的だったのは馬や装備を自前で用意して重騎兵としての軍役を務め、「騎士」として貴族の末席に加わる方法でした。婚姻によって貴族になれるかどうかはその土地の相続法や慣習によりましたが、養子による相続は全ての身分で認められていませんでした。

③騎士団

 中世には常備軍は存在せず、軍隊は戦争の度に召集されるものでした。このため国家が編成する常駐の騎士団というものは存在しません。ただし、国家に属さず自活する修道騎士団や、名誉称号としての騎士団、騎士同士の集まりとしての騎士団は存在しました。中世でも物語の憧れとしての「騎士」は存在しましたが、実態としての騎士は職業ではなく階級であり、貴族社会の構成員の一つでした。


 以上が大雑把にはなりますが歴史上の中世ヨーロッパの国家の説明になります。ざっくり言って、封建制によって国王の権力に制約が大きく、国としてのまとまりに欠けるのが中世の王国でした。色々と説明を端折ったところも多く、言いすぎているところや例外事例も多々ありますが、それらを加味しても中世の王国は「中世ヨーロッパ風王国」からはかなり離れた存在と言えます。


 それでは次に近世ヨーロッパの絶対王政の国家制度がどうだったと言われているかを説明していきたいと思います。「絶対王政」と指定しているのは近世では中世以上に国によって国家制度が異なり、その中でも「中世ヨーロッパ風王国」に近い制度だからです。まあ例によって補足説明からはじめるのですが。

⓪絶対王政について

 地方分権に極振りしたような中世の封建制に対して、近世の国王を中心とした中央集権化を果たした国家の体制を絶対王政と呼びます。王政の前に「絶対」と付くような国家制度でしたが、国王といえど法律や慣習に縛られていましたので字面から想像される程には絶対的な権力を持っているわけではありませんでした。それでも中世の国王と比較すると間違いなく強大な権力を保持していました。特に典型的な国家としてフランスが挙げられますので本稿でも主にフランスを念頭に置きつつその国家制度を述べていきます。

①国家

 中央集権化が進み、名実ともに国王が国家の最高権力者でした。この背景には有力領主領地の相続や司教領・修道院領などの没収による王家直轄領の拡大や、領主から国家への裁判権や一部の徴税権の移行といった複数の要因による国家収入の増大とその安定化がありました。

 行政制度の整備も進み、宰相職や大臣職が設置されて高位爵位貴族がそれらを務めていました。また官職と爵位が結びつき、法服貴族と呼ばれる官職によって爵位を得た領地を持たない爵位貴族が誕生し、宮廷の一角を占めました。

 議会については身分制議会という点では共通しても国によって義会の役割は大きく違いました。その中でもフランスの三部会は特権階級への臨時課税などを話し合う場でしたが、その必要がなかった結果、百年以上開催されませんでした。

 各地で「国家」という枠組みへの認識が強まり、国境が明確化されて、一定の領域を持った「国家」同士での条約の締結など外交活動が行われるようになりました。

②身分

 中世と同様に聖職者・貴族・平民の三身分に分けられていました。

 聖職者は依然として特別な身分でしたが、宗教改革の影響により世俗での権力は減少していました。

 貴族は絶対王政の下で国家機構との一体化が進み、それに伴って王都や都市に住む貴族が増加しました。爵位と領地が分離し、その代わりに爵位と官職が結びついた結果、全体の貴族家の数も増えましたし、高位爵位を保持する貴族家の数も増えました。相続については財産を分散させないため指名された後継者が全ての財産を継ぐ限嗣相続制が採用されることもありました。

 経済発展により平民の中でも経済的に成功する層が増加し、それらの層は爵位や官職を購入して貴族の仲間入りを果たしました。しかし既得権を侵された貴族側はその参入阻止を国家に繰り返し要請していました。

 近世では全ての階層において国家との結びつきが増えたことで国家への帰属意識が高まり、国民意識が生まれつつありました。

③騎士団

 常備軍が誕生し、近世を通して制度整備が進みました。軍を維持するために貴族に課されていた軍役は金銭貢納に変わり、また領主貴族が兵を持つことは認められなくなっていました。しかし中世から続く伝統的な貴族たちは将校として軍に参加することで軍事と関わり続けました。官職と同様に軍の役職も爵位と結び付き、軍隊でも役職により爵位が授けらました。

 軍の主力が重騎兵から銃兵へと変化したことにより軍隊から「騎士」は消え、騎士団や騎士は名誉称号としてのみ残りました。

 以上、相変わらず色々端折ったところもありますが、現代に繋がる中央集権的な国家の形成が進んだのが近世絶対王政でした。色々と差異はありますが少なくとも中世の封建制国家よりは「中世ヨーロッパ風王国」に近い存在と言えます。


 とまあ「中世ヨーロッパ風王国」は歴史上の中世より近世の方が近いよ、という話をするために長々と中世と近世の説明を書いてみました。書いているうちに目的を忘れてただの解説が主になっている気もしますがどうかご勘弁を。ここまで長々と書いておいて何ですが、「中世ヨーロッパ風王国」が中世よりも近世に近いからといって、直ちに「中世」タグをつけることは間違いであると言う気はありません。最初にも述べた通り、一般的なイメージとして(それが間違っているとはいえ)「中世」だと認識されている部分はありますし、架空世界であることも多いですから「この世界での中世はこうです」と作者が言うのであればそうなのでしょう。とはいえ、せっかく時代区分のタグをつけるのであればちょっと考えてみてはいかがでしょうか、とは提案したく思います。やや乱暴に日本史で喩えると、作中では「江戸に幕府があって大名が参勤交代している」のに「鎌倉・室町時代」ってタグがついているようなものなので。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日本人にとって中世ヨーロッパって馴染みがないからねえ。どうしても知識は(調べないと)ゲームとか小説とかを参考にするようになる。騎士団は多分円卓の騎士あたりを誤解してるんだろうなあ。 ただ、…
[一言] ぶっちゃけこれって江戸時代だよなといつも思う。 またはフランス革命辺りを参考にしているタイプ。 銃が一般的じゃ無ければ中世って言う雑なくくりは真面目にやめて欲しい……
[良い点] 中世と近世の比較、非常に参考になりました。 異世界物を書く時タグ枠が空いていたら、つい「西洋」「中世」と入れてしまうことがあるのですが、 その時にこういった違いがあると思い返すことも大切か…
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