今夜の月はレモン味
書きかけのメールもそこそこに
ぼくは会社を飛び出した
今夜は千載一遇の天体ショー
これを見逃す手はないよね
地下鉄の階段を急ぎ足で登り
高いビルとビルとの間から
今夜の主役を眺めれば
幕はすでに開いていた
コンビニで買ったおつまみと
缶チューハイをエコバッグに
急いで部屋に帰れば
窓ガラスの正面
ちょうど月が見えていた
やがて白い光が静かに消えていく
赤く薄く輝く月は
なんだか錆びているようで
そういえば
錆びると寂しいは同じ語源だったなと
ふと思い出した
そういえば
帰る途中で誰も空を見上げてなかったな
皆んな顔を下げて
上がるのは物価だけ?
やっぱり一人で
見るもんじゃないよね
きみにコメントしよう
今ちょうど見ているよって
月がまぶたを閉じている
今だったら
見て見ぬふりしてくれるかな
こんなときくらい
ちょっとだけ
ふしだらなことを
考えたとしても
例えばきみに
キスしたいとか
そんなことを考えて
もう一度月を見上げれば
ぽこっと浮かんだ月が
さっき買った唐揚げと
なんだか似た色をしていて
美味しそうに見えてきた
地球の影に食べられた
月を見ながら
がぶりと齧れば
口の中に
レモンの味が拡がった
今きみも
同じ月を見ているのかな
きみに食べられた月は
どんな味がしたんだろう




