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さよならドッペルゲンガーさん

作者: 阿片頭梔子

「くそが、なんで俺がこんな目に…」

「まぁまぁ、もう仕方ねぇだろ。」


 俺は駅の近くにある居酒屋で高校時代の友人と酒を飲んでいた。

 仕事をクビになり、母と娘から逃げられ、やけになっていた俺は昔馴染みの友人に片っ端から電話かけ、同じオカルト好きだった鈴木を居酒屋に呼び出した。誰でもいいから俺の愚痴を聞かせてやりたかった。


「俺は悪くねぇ!あのくそ上司が俺に責任全部なすりつけやがったんだ!それと逃げたあいつらはなんなんだ!あれがどれだけ面倒を…」


 そう言いながら俺はジョッキに入った生ビールを一気に飲み干す。それを見た鈴木は慌てて止めに入る。


「おいおい、もう何杯目だよ。死んじまうぞ。」

「うるせぇ、俺に文句あるのかよ」

「いや、そりゃあお前の自由だけどさ…」


 鈴木は大きくため息をつき、呆れた顔で俺を見る。俺は生ビールもう一杯!と叫ぶ。もうすでにろれつが回らないくらいには酔っていた。


「お前は今どうなんだよ。鈴木。」

「まぁまぁいい生活してるよ。」

「かぁー、高校時代俺より人付き合いが下手で、勉強もできなかったお前が俺よりいい生活を送ってるとはなぁ!」

「…あはは、運が良かっただけさ。」

「そうだよ、お前は運がいい。俺と違ってな。運だけは。」


 運ばれてきた生ビールのジョッキを一気に飲み干し、嫌みの攻撃対象は鈴木に変わる。

 鈴木はうんざりした顔をしていたが、大きく息を吸いにこやかな顔に戻ると昔のようにオカルト話をしないか?と俺に言った。


「オカルト?まだお前そんなもん信じてんのかよ。」

「お前も好きだっただろ?なぁ、知ってるか?ここらへんでの噂」

「一応聞くだけ聞いといてやるよ。」

「ドッペルゲンガーと会えるらしいぜ。」

「ドッペルゲンガー?は、ドッペルゲンガーって会ったら死ぬんだろ?あった奴はどうやって伝えたんだよ。馬鹿馬鹿しい。」

「まぁ、聞けって。」


 鈴木の話によると、夜の暗い道で歩いていると突然声を掛けられる。暗い夜道で顔は見えないけれどちょっとした世間話をする。そして、別れ際振り返ると自分がいるというのだ。


「で、その話の続きは?」

「ないよ。でも面白いだろ?」

「いーや、全然面白くないね!でさぁ、聞いてくれよあいつが…」


* * *


 俺はその後鈴木に何回もしたであろう話をして、鈴木は困った顔で俺の話を聞いてくれた。

 別れ際、「…お前変わっちまったな。」と言い残しタクシーを呼んで帰っていった。逃げた妻と同じ表情をしていた。

「どいつもこいつもくそ野郎だ。くそが。」

 俺は帰路の途中でも悪態をつき続けた。千鳥足でどちらが前か後ろかもわからない。そのまま歩いていると、転んでしまい立ち上がることができず、どこかもわからない暗い路上で座っていると突然話しかけられた。


「大丈夫ですか?」


 そう声を掛けられたので、「大丈夫なわけねぇだろ!馬鹿か!」と怒鳴り返した。

 暗いので顔は見えないが多分男だろう。女だったら襲ってやろうと思っていたのに。


「そうですよね。いやぁ、申し訳ない。それだけべろべろに酔いつぶれているということは何かあったんですね?」

「ああそうだ、俺はな仕事をくそ上司のせいでクビになり、散々面倒を見てやった妻と娘にも逃げられ、昔馴染みの友人からは愛想をつかされた可哀想な男だ。」

「ははぁ、それは大変でしたね。」


 それから俺は誰かもわからない相手に散々愚痴り続けた。目の前にいるこいつに愚痴り続けているとなんだか気分がどんどん良くなってくる。愚痴や世間話を話している内に打ち解けていき、お互いの身の上話をした。

 そいつは変わったことに俺と全く同じような人生を送っていたが、妻と娘と上手くいっていること、仕事は手を抜かずにしっかりとやっていること、積極的に人助けや古くからの友人の面倒を見たりなどしていることなどを知り、同じような人生を送っていながらもこうも違うものかと思った。


「はは、お前は俺と同じようで全くの別人だな。」

「そんなことありませんよ。全く同じ人間です。ああ、そろそろ行かなければ。気分は良くなりました?」


 アルコールが抜けきるほどの時間は話していないはずなのに、すっかり気分は良くなっていた。これなら無事に家にたどり着けるだろう。


「あぁ、だいぶ良くなった。んじゃ、俺も家に帰るとするかな。」

「それは良かった。」


 俺は立ち上がり、元来たであろう道を戻る。男も俺とは正反対の方向へ歩いていった。数歩歩いたところであいつの顔を見ていなかったなとふと後ろを振り返る。

 そこには自分が立っており、さわやかな笑顔でこちらに手を振っていた。


「さようなら、ドッペルゲンガーさん。」


 その言葉を聞きながら、ドッペルゲンガーは気を失った。


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