人間であることに変わりはない
(なんで姫川がこんなところに)
予想外も予想外だ。隣人とこんなところで出くわすなんて。
(というか、学校サボって本屋にいるって……)
頭の整理がつかない。何故彼女がここにいるのか。こんなところで何をしているのか。というか、そもそも本なんて読むのか、と考えなくてもいいような事が無限に頭の中に浮かび上がる。
「彼女だよ。君の他にここによく来る安曇高の生徒さんって」
「……え?」
「いつも他の人を避けるように、わざわざ人がいないコーナーを点々としているから気づかなかったんだろうね。君がここに来る日は大体彼女もここにいるよ」
「へ、へぇ〜。知らなかった……」
そもそも他人に興味があるわけじゃないため、本以外を意識したことなどなかった。
「……ん? 人目を避ける?」
「そう。彼女は他に人がいるコーナーには絶対行かないんだ。だからいつも購入する本の種類もバラバラだし。
でも僕にはわかるんだけど、彼女も君と同じくらい本が好きなんだと思うよ」
「か、買ってかえるんです? 立ち読み目的じゃなくて?」
「うん。彼女は自分が手に取った本は必ず購入して帰るよ。それに彼女、必ずお礼を言って帰るんだ。
本当に人は見かけによらないよね」
その一言が自分の心に深く突き刺さった。もちろん店長さんが何かを意図して言ったわけじゃないのはわかっている。
ただ人は見かけによらない。つまり人を勝手な偏見で判断するのは間違っている、なんてことは自分では分かっていたはずなのに、怖いほど無意識に忘れてしまっていた。
『穂高君って、いい子ぶってるよね』
小学生の頃言われた言葉が脳裏をよぎる。
「……全くその通りで」
「ん? どうしたんだい?」
「いや自己嫌悪に押しつぶされそうになってただけです」
「じ、自己嫌悪? 一体どうしたんだい?」
「そっとしておいてください。それより今日は帰ります」
「おや、本買ってかないのかい?」
「……ちょっと今の俺には相応しくないので」
そう言って早々と書店を後にする。
「何やってんだよ本当。これじゃあ同じじゃないか」
自分が無意識に自分が1番嫌いな人間になっていた事が腹立たしくて仕方がない。
確かに彼女は素行がいいとは言えない。遅刻や無断欠席は当たり前、来ても寝てるかスマホをいじっているだけ。
鞄の置き方は雑だし、梓川先生に対する言葉遣いだってよかったという記憶もない。
でも、それが彼女の本質だと決めつけるには自分は彼女を知らなすぎた。
噂や自分の見たものだけで判断できるほど自分は人間として完成されていないはずなのに。
人間は嘘と言う鎧で守られている。
自分の見た彼女が嘘なのだとしたら、それを信じてしまった自分はやはり例外なくこの世界の人間なのである。
「でもだとしたら、どうして学校ではあんな態度をとっているんだろう」
それこそメリットがない。
「まぁ、俺が言うなって話だよな」
自分の場合はこれが素なので仕方がないことなのだが、嘘をつくくらいなら他者との交流をしない方がいい。
もしかしたら、彼女も……。
「いや考えないようにしよう。俺は俺、姫川は姫川なんだから」
とりあえず姫川が家にいないうちにさっさと届けよう、としたところで突然電話がかかってきた。
「もしもし」
『あぁ! よかった繋がった!』
「ん? 桜さん?」
『そうそう! 君の電話番号覚えておいてよかったよ』
「……なんで覚えてるんです?」
『そんなことより大変なんだ!』
「そんなことって……。それでどうしたんです?」
『実はお店にいた安曇高の生徒さんの間でトラブルがあったみたいで』
嫌な予感がする。
「……えっと因みに、何があったんです?」
『姫川さんって言う女の子が、お店にいた安曇高の女生徒さんを殴ったらしくて……』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ため息が止まらない。つい先ほどまで本当の姫川について考えていたところでこんな事案が起こるなんて。
『でも、姫川さんはやってないって言っていて。でも被害者って言っている女の子の顔には殴られた痕があるんだ』
「そう言うのって監視カメラに写ってるんじゃ?」
『実は女子トイレの中で起きたことで、僕はわからないんだ。ただ女子トイレにいたのが姫川さんとその女の子と付き添いの子だけみたいで』
「……」
『穂高君?』
「あの、なんでそれで俺が呼ばれるんです?」
『君、人の嘘を見抜くの得意でしょ?』
この店長はアホなのだろうか。意味がわからない。スマホを片手に頭を抱えながらその場に立ち尽くす。
「店長さん。こう言うのって最悪暴行事件でしょ? その場にいなかった俺に、証拠もなしに嘘だと思ったから嘘だなんて言ったって説得力皆無ですよ」
『姫川さんは無実だよ』
店長さんの声色が変わる。その声にはしっかりとした意思がこもっている。
多分それが真実なのだろう。目撃していなかったとしても、姫川が嵌められていると客観的にわかるような状況なのだろう。
だから別に自分はそれを証言すればいいだけなのだ。
「……すいません。俺は、行けません」
『えっ? 穂高君?』
「それじゃあ」
と一方的に電話をきる。
おそらく自分がしたのは姫川からしてみれば見捨てられるような行いだ。でも俺と姫川には交流もなければ、向こうも俺のことなんで知りもしない。
俺が来てくれるなんて微塵も思っていなければ、行ったところで困惑するだけだろう。
『穂高お前、男のくせに女の味方するのかよ! 』
『気持ちわりぃ! お前なんかどっか行けよ』
『穂高君。……余計なことしないで』
心ない言葉の数々が頭の中に浮かび上がる。
「……今更だろ」
スマホをしまい、自宅に向かって歩みを進める。
一方書店では。
「穂高君……」
予想外の反応に困惑しながらも、落ち着いた様子で窓辺に視線を送る。
店内には若者の怒声が響き渡っていた。
「……待っているよ。私はいつまでも」
虚空に向けて発せられた行き場のない一言は、喧騒に飲み込まれていった。