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第5話 弟子入り

 澪路が目を覚ますと、そこは見知らぬベッドの上だった。

 あれ、俺何してたんだっけ、というぼんやりとした思考を、体中の痛みが一瞬で現実へと連れ戻す。


「っ、た……」


 ケガなんて一度もしたことがない、というわけではもちろんないが、ここまで大けがをしたのは初めてだ。

 澪路は同年代の子どもの中ではインドアな方だったから、最近は擦り傷なども作った記憶がない。


「ここは、あの人の家、かな……」


 公園で血まみれの自分を見てからの記憶がないが、怪我はきちんと手当されている。

 自分の家ではないし、病院でもないということは、あの男が自宅に連れ帰って手当をしてくれたと考えるのが妥当だろう。


 部屋を見回すが、客間なのか、ベッドにサイドテーブル、椅子という必要最低限のものしかなく、それ以上の情報は得られそうになかった。


 まるで見計らったかのように、カチャ、と静かな音と共に部屋の扉が開く。


「目が覚めましたか」


 男は相変わらず庭で午後のティータイムでも楽しんでいそうな雰囲気だったが、澪路が意識を飛ばす前とは、スーツが変わっているようだった。


「あ、はい……。手当、ありがとうございます」


「何か所か縫っていますが、若いですから、すぐに傷跡も目立たなくなるでしょう。ああ、無理して起き上がらなくて結構ですよ」


 痛みに耐えて上半身を起こそうとした澪路を、男が片手を挙げて制する。


「すみません」


「いえいえ。怪我の治癒には安静が一番ですから」


 男は椅子をベッドの横に持ってくると、ゆったりと椅子に腰かけた。

 足を組み肩肘をつくその姿が、嫌味なほどよく似合う。


「さて、貴方とはいろいろと話し合わなくてはなりませんね」


 にこりと向けられた笑みは穏やかなのに、なぜだか澪路はぞくりと背筋が震えた。

 常に微笑みを浮かべているこの男の瞳が、笑っていないように見えるからだろうか。


「まず、貴方は丸一日眠っていたので、私と貴方が出会ったのは二日前ということになります。失礼ながら荷物の中身を拝見し、ご自宅には友人の親として連絡させて頂きました」


「あ、ありがとうございます……」


「二人とも2、3日泊っても良いかと確認したところ、問題はないとのことでした。お電話に出られたのはハウスキーパーの方だったようですが」


「あ、はい。大丈夫です」


 おそらく父は、帆那と澪路が家に帰っていないことになど、気が付いてもいないだろう。

 学校の行事はもちろん、友人宅へ遊びに行くのも自由だったため、今更問題にはならない。


「それで、貴方は二日前、オニに遭遇したということでよろしいですか?」


「オニ?」


「殺人を犯した死者の魂のことです。とはいっても、常人との区別は難しいのですが」


「魂……って、幽霊のこと? そんなのいるわけ――」


 いるわけない。

 二日前の澪路なら、そう言い切っていただろう。


 だが姉が異形となる一部始終を目の当たりにした今となっては、何が現実なのか、わからなくなっていた。


「今まで、同じような経験をしたことはありませんでしたか?」


「あるわけないじゃないですか!」


 異形となった姉の姿を思い出し、思わず食って掛かるように声を荒らげる。

 はっと気づいて、すみません、とすぐに謝ったが、男は全く意に介していないようだった。


「貴方は、お姉さんが式――化け物になるのを見たのでしょう。式は、オニが自らの体の一部を与えて作る使い魔のようなものです。お姉さんが式になる前、誰がいましたか?」


『こんにちは』


「っ」


 あの時。

 頭上から降って来た声を思い出す。


「女の、人が……」


「どんな女性でしたか?」


「背が高くて、スーツを着てて……普段あの公園には誰もいないのに、変だなって、思って……」


「その女性は、貴方のお姉さんに何を?」


「最初は、俺に……見つけたって……その後、捕まってたところを姉さんが助けてくれて、それで……じ、自分の、指を、」


 ぶちっと、女の指が千切れた瞬間がフラッシュバックする。

 カタカタと震え出す澪路の言葉を、男が代わりに続けた。


「指を食べさせたのですね」


「つ」


「では、その後お姉さんの体から白い球が抜け出るのも見ましたか?」


「……あ……たぶん……」


 異形へと変わっていく姉の体から、抜け出ていった光の玉を思い出す。

 頼りなく頷く澪路に、男はゆっくりと告げた。


「それが、貴方のお姉さんを人間たらしめていたものです」


「……え?」


「オニが式とする人間から奪うものは三つ。記憶、感情、そして希望です。仮に式をオニの呪縛から解き放つことができたとしても、その三つを取り戻さない限り、貴方のお姉さんはもとには戻りません」


「え……それ、って……」


「貴方が、お姉さんを助けるのでしょう?」


 ふ、と男が微笑む。

 それは優し気ではあったが、そんなことは不可能だと確信しているような、冷たい笑みにも見えた。


「たす、けます。絶対に……!」


「では、一つ取引をしましょうか」


「え?」


「貴方には“アテンダント”――オニを捕える素質があります。私が貴方を一人前の“アテンダント”に育てましょう。それまで、貴方が出会ったオニとその式には、手出しをしないと約束します」


 その代わり、と男は言葉を続ける。

 澪路はこくりと唾を飲み込んだ。


「貴方が一人前の“アテンダント”になって1年が経ってもお姉さんを助けることができなければ、私はあのオニを捕え、お姉さんを殺します」


「っ」


 殺す、そんな物騒な言葉を発しているのに、この男が纏う穏やかな雰囲気が消えないのはなぜだろう。

 得体のしれない恐ろしさに、澪路はぎゅっと拳を握りしめた。


「あなたが、俺を育ててくれる理由はなんですか」


 男は、オニを捕えることが、式を殺すことが、自分の仕事だといっていた。

 ならば、その仕事を一時的とはいえ放棄してまで、澪路を育てるメリットがあるのだろうか。


 警戒心を丸出しにする澪路に、男はふう、とわざとらしくため息を吐いて眉を下げた。


「“アテンダント”とは、誰にでもできる仕事ではないのです。それゆえ、人数が少なくて常に人手不足なのですよ」


「……だから、俺に手伝ってほしいってこと?」


「“アテンダント”は地域で担当が決まっているのです。貴方が一人前になって私の仕事を担ってくれるようになれば、その分私の手が空くということなんですよ」


 そろそろ引退も考える歳ですしね、と嘯く男の腹の底は一向に見えない。

 しかし他に頼るあてもない澪路は、一度下唇を噛んで、やがてゆっくりと息を吐いた。


「わかりました。教えてください。オニのこと……アテンダントっていう仕事のこと」


 キッと挑むように見据えてくる澪路の目に、男は微笑んで手を差し出した。


「私の名前はなぎさ樹臣たつおみです。どうぞ、これからよろしくお願いしますね」

沢山の作品の中から見つけ出して下さり、ありがとうございます。


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