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第2話 オニ退治

 キンッ キィンッ


 警棒と鉤爪が弾き合う音が、夜道に響き渡る。

 残った3枚の羽で何とか飛んでいる式は、しかし上下左右にぶれて随分と不安定だ。


 キンッ


 何度目かの衝突の瞬間、ぐらりと式の体が揺れたその隙に、澪路は式の懐に切り込んで警棒を振り上げた。

 シュッと静かな音がして、式の羽の一枚が半分切り落とされる。


 澪路の警棒は、片側が刃になっている特注品だ。式の鉤爪は刃物では斬れないが、羽や胴体ならば問題なく斬り捨てることができる。


 ギギギギギッ


 2枚の羽を失っていよいよ飛べなくなった式が、ずさ、とわずかに後ずさる。

 怖いのだろうか――一瞬そう思って、澪路は自嘲気味に笑った。


 式に、感情はない。


 オニは自分の体の一部と異形の体を式に与え、その代わりに人間の記憶・感情・希望を奪ってしまう。

 たとえ元・人間だろうとも、そこに情けをかける意味はない。


 大切なのは、迷わないこと。


「俺を、恨んでいい」


 死んで、輪廻の輪に戻って、失ったものを取り戻したら。

 恨むといい。

 君を救うことをしなかった俺を。


 大きく一歩踏み込んだ澪路の警棒が、式の心臓を貫いた。


 ギッ……ァア……


 びくり、最後に式の体が大きく脈打つ。

 次の瞬間、漆黒の体躯は見る見るうちに干からび、一瞬で砂になって消えてしまった。


「お、わった……」


 塀にもたれかかるようにして何とか立っている帆那が、はあ、と大きなため息を吐く。

 そんな帆那をよそに、澪路は突然上空を掴むようにして拳を握りしめた。


「式はな。さっさと本命に来てもらうぞ……!」


「え?! ちょっと待って! ちょっと休憩……っ」


 帆那の抗議も虚しく、澪路が何かを引きずり出すように握りしめたままの拳を引き寄せる。


 ズズズ、と空間がずれた。


「なんだ、お前ら視える人間だったのか」


 ずれた空間のはざまから現れたのは、40代くらいだろうか、寝起きのようなぼさぼさの髪に無精ひげを生やした、大柄な男だった。

 “視える”澪路や帆那には、それが生身の人間とどう違うのか、見た目だけで判断することは難しい。

 それほどまでにその男――オニは、生前の姿そのままだった。


「だったら最初っから式なんかじゃなくて、俺が直接相手すりゃよかったな」


 にた、と男が品のない笑みを浮かべる。

 生前それで人を殺したのか、男の手には包丁が握りしめられていた。

 今となってはそんな獲物に何の意味もないのだが、執着しているせいで手放すことができないのだろう。


「あんたの相手は一瞬で終わる」


 男の姿を視止めたときから、一切の感情を消し去った澪路が、吐き捨てるように告げる。


「あ?」


「引きずり出された時点で、あんたはもう捕まってるんだよ」


 もしかしたら、自分に恐怖しない人間など初めてだったのかもしれない。

 状況が理解できていない男は、不愉快そうに顔をしかめる。


 いつの間にか、壁にしがみついていた帆那が澪路の傍らに寄り添っていた。

 帆那の頭に、ぽん、と澪路が手を乗せる。


「“鏡の城”」


 澪路の言葉に応えるように、帆那の体がふっと浮き上がり、光に包まれる。

 目も開けていられないような閃光が消えると、そこには倒れ伏した帆那と、宙に浮かぶ大きな館が顕れていた。


「お前、まさか……!」


 何かに気が付いたように、男の表情が驚愕と焦燥に塗りつぶされる。


「もう遅い」


 そう言うや否や、澪路は靄のような鎖で捕えていた男の体を、宙に浮かぶ館――“鏡の城”へと投げ飛ばした。

 ギィ、と音を立てて開いた館の入り口がの奥には、真っ暗な闇が広がっている。


「嫌だ、嫌だ、やめ……っ!」


 男の悲鳴をかき消すように、男を飲み込んだ館の入り口が、バタンと閉まった。


「“宵の遊び場”へようこそ。どうぞ、素敵な時間をお過ごしください」


 まるで定型文のような、心のこもっていない静かな声。

 澪路が言い終える頃には、宙に浮かんだ館は跡形もなく消えていた。


 館があった方向を見上げることもせず、澪路は倒れた帆那の体をゆっくりと抱き上げる。

 すう、すう、と漏れる寝息が、ざわついた澪路の心を宥めていく。


 帆那を連れまわし、怖い思いをさせて、最後にはこうして眠らせてしまうことは、もちろん本意ではない。

 けれど、帆那は澪路の“遊具”の鍵となっているため、帆那を連れて行かないことには“アテンダント”の仕事ができないのだ。


 “アテンダント”。

 オニを捕え、“宵の遊び場”へと案内する者。

 アテンダントは、それぞれが自分の力の具現化である“遊具”を持っており、そこにオニを捕えていく。


 “遊具”という呼び名の通り、それは遊園地のアトラクションや、公園の設備のようなもので、一人一つと決まっているらしい。

 らしい、と曖昧なのは、アテンダントは他のアテンダントの戦闘シーンに遭遇することがあまり無いためだ。

 澪路がいままで見たことがある遊具は、観覧車とメリーゴーランドだけだった。


 遊具に捕えられたオニは、その中でただ遊び続ける。

 耐えない悲鳴と笑い声の中、たった一人で、永遠に繰り返される遊びの時間――その残酷さに気付き、悔やみ、そしていつか魂から狂気が抜ける日が来たら、その魂は輪廻の輪に還れるのだという。


 遊具は鍵と名前で開く仕組みになっているため、澪路がオニを捕えるためには、鍵である帆那が近くにいる必要がある。

 澪路は帆那を危険にさらしてまで“アテンダント”の仕事に拘らなくても、と思ったりするのだが、むしろ“アテンダント”の仕事を強く志望しているのは帆那の方だった。


『では、一つ取引をしましょうか』


 澪路が“アテンダント”になったのは、もう十年以上ほど前のこと。


 忘れもしない、澪路が10歳のときに起きた事件と、そして、とある男との出会いがきっかけだった。

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