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同棲始めたら修羅場も始まった  作者: 緑樫
第1章 少年と少女の1日目
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どうしようもないこと

「それ、美味しい?」

「……はい」

 だぼだぼのスウェットを着た少女が、ほうっと息を吐いて答えた。


 彼女が飲んでいるのは、葛根湯。お湯にさっと溶けて、飲むと身体がぽかぽかする、市販の漢方である。三澄も昔、飲んだことがあるが、味に関してはザ薬といった風で、美味しいと形容出来るものでは決してなかった。


――期限切れてなくて、よかったな。


 漢方を買い込むなんて気の利いたことを三澄はしない。家の棚に残っていたものを、偶然見つけただけだ。結構長持ちするものらしい。


 三澄は、あんまり見つめられるのも鬱陶しかろうと、少女から視線を外す。全身、特に腕の疲労感が凄まじく、椅子の背もたれにだらりと寄り掛かった。

 しばらく、腕が上がらないかもしれない。そう思いながら、思考を巡らせていく。


 これから、すべきこと。

 ゆっくりと考えを纏めていく。ある程度覚悟が決まった頃には、少女の葛根湯は尽きていた。


「それじゃあとりあえず、ご両親の連絡先、教えてもらってもいいかな? 迎えに来てもらうから」


 三澄の言葉に、一瞬、目を見張る少女。マグカップをゆっくり机に置くと、そのまま黙りこくってしまった。


「んー、あんまり言いたくないのかもしれないけど……でも、今の状況は分かってるだろ?

 俺たち子どもは、一人じゃ生きていけないんだ」


 彼女が家出少女的なものであれば、親に連絡されたくないのも分かる。だが、彼女は見たところ、着の身着のまま。どちらかと言えば、迷子だ。明日、明後日の生活すら危うい。


「ごめんなさい、違うんです」

「違う? どういうこと?」


 また、黙ってしまう。ぎゅっと口を引き結んで、何かを堪えるように俯いていたと思ったら、突然立ち上がった。


「私、もう帰ります」

「は? いやいや待った待った!」


 三澄の背後を横切ろうとする少女の腕を咄嗟に掴む。痛みで腕が悲鳴を上げているが、この際無視だ。


「帰るって、大丈夫か? 傘ぐらいなら貸す……っていうかあげるけど、道中でまた倒れられるのは勘弁だぞ?」


 一人で帰ってくれるなら、それに越したことはない。本当に可能であるのなら。


「大丈夫です。もう十分お世話になりましたから――」


 少女が三澄の腕を振り払おうとした瞬間、すぐ傍のインターホンが鳴った。

 ちらりと見ると、画面にスーツを着た一人の男が映っている。


「……とりあえず、一旦椅子に座っててくれ」

「……」


 少女が渋々ながらも席に戻るのを見て、三澄は画面向こうの男に反応を返した。と、予想だにしない言葉が男の口から発せられる。


「私、警察の者でして――」

「っ……!」


 背後でがたりと椅子が鳴った。

 三澄の心臓も、早鐘を打ち始める。


――まさか、彼女が連絡を……?


 男は、お決まりの如く見せてきた顔写真付き手帳を仕舞うと、今度は一枚の写真を取り出した。


「この写真の女の子について、この辺りで聞き込み調査をしているんです。何かご存じありませんか」


 インターホンの画像は少々荒いが、それが誰なのかを判別するには十分だった。

 聞き込み調査とは、どういうことだろうか。


「……いえ、特には。何かあったんですか?」

「あー、いや、ご心配なさらなくて大丈夫ですよ。去年みたいなことにはなりませんから」


 ……去年。


「そうですか」

 やけに乾いた声が出た。


「それじゃ、すみません、失礼しました。夜間の外出には、お気を付けください」

 男は頭を軽く掻いた後、踵を返して帰っていく。


 画面が暗転した。

 一度、大きく深呼吸。決心して、後ろを向く。

 少女と目が合った。信じられないものを見る目だった。


「公務執行妨害ってことになるのかなあ、これ」

 笑い飛ばすように言ってみる。だが、使った単語が単語だ。重くて、床に落ちた。


「どうして、嘘をついたんですか?」


 本気で戸惑っているようだ。少し困った。

 どうしてと言われても、上手く表現出来ない。ただなんとなく、嫌だったのだ。


「強いて言うなら、何も知らないから、かな。何も知らないまま、君を警官の前に連れて行って、そのまま流されるように物事が進んでいって、君が不幸になったとしたら、後悔どころじゃない」


 言葉にしていく内に、欠けたピースが埋まるように、心が形になっていく。

 何も知らず、何も出来ず、ただ生きる。そんなのは、もううんざりだった。


「おかしいです」


「え?」

「そんなのは、おかしいです」


 呆気にとられる。

 伝わりきらなかったのだろうか。確かに、三澄の発言は言葉足らずだっただろう。

 だが彼女の声には、明確な否定の意思があった。


「私とあなたは、今日初めて会っただけの、それだけの関係です。私が不幸になったって、あなたには何の不都合もないはずでしょう。それに、警察に追われているような存在を助けるなんて、間違ってる」


 鋭い眼差しだった。ついさっきまでのか弱い少女とはどこか違う。

 だけど、今もまだ何かに怯えているのは、よく分かった。


「その言い方。やっぱり君、家出をして捜索願が出されてるとか、そういうのじゃないんだな」

「……っ!」


 はっとして、少女が俯く。

 口が滑った。そう雰囲気が語っていた。まるで、働いた悪事を自ら喋ってしまう、素直な子どものようだ。


「君は、どうして警察に追われてるんだ?」


 単刀直入に聞く。迂遠な聞き方で、時間を無駄にしている場合ではないかもしれない。


「聞いてどうするつもりなんですか?」

「それは聞いてから、だな。ただ、よっぽどのことがない限り、悪いようにはしないよ」


「……わかりました」

 少女が、何かを諦めた時のように、僅かに表情を弛緩させる。


 嫌な予感がした。

 よっぽどのことが無い限り、悪いようにはしない。

 そんなことはないと思いつつ、口にした言葉。

 この少女が、悪いことをするような人間には思えなかったのだ。

 だけどもし、よっぽどのことがあったとしたら。今の三澄の発言は、少女にとっては最後通牒ということになる……。


 少女が息を吸う。駄目だ、止められない。


「私、吸血鬼なんです」


 少女は真っ直ぐな眼差しで、自らが人類の敵であることを宣言した。

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