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同棲始めたら修羅場も始まった  作者: 緑樫
第5章 復活の兆し
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動揺(前半戦)

「あの……、学校、いいんですか?」


 真っ暗闇の中、頭上からそんな声がかかった。


「……今日はいいや」


 三澄はリビングのソファにうつ伏せになったまま、もごもごと言う。


「具合が悪いんですか? それとも、出掛けている間に何かあったんですか?」

「あー……」


 若菜に言ってしまってもいいのか、少し迷った。若菜の、どこにあるかも分からない地雷を踏み抜くのが怖い。恋愛には、どんな者であれ何らかの形の傷が付き物だ。若菜にも三澄の想像もつかないような傷があるかもしれない。


「あの……、聞こえてますか?」


 ぽん、と背中に優しい感触。そのまま、控えめに揺すってくる。


「律に告られた」


 邪魔な思考を全てするりと躱して、勝手に口から出ていた。すぐに不安に駆られたが、


「え、告られたって、え? それって、好きって言われたってことですか?」


 若菜の反応は、どこか色めき立ったものだった。声がすぐ近くで聞こえ、背中の感触も、おそらく服を握っているのだろう、圧迫感が増している。


「でも、なんか……、あんまり嬉しくなかったんですか?」

「ん、よく分かんね」


 顔だけ横に向けて、若菜に応える。思ったより近くに顔があったが、驚く気力がない。


「よく分かんないって……、律さんのこと、好きなんじゃないんですか?」

「それも、今はもうよく分かんなくなった」


 律のことは、大切だと思っていた。小学校一年の時からの付き合いで、これまでの人生の大半を共に過ごしてきた、半身みたいな存在だった。

 だけど、あそこまでの熱が、律が向けてくれたほどの気持ちが、自分にもあるのかと問われれば、首を傾げざるを得ない。


「俺、ホントは律のこと、そこまで好きじゃなかったのかもしれない」


 言ってすぐ、後悔した。

 こんな弱音、百害あって一利なしだ。いつもなら、自分の中だけで消化して、なかったことにしていたのに。……いや、上手くできなかったことも確かにあったか。


「……私は」


 躊躇いがちに、若菜がぽつり。


「私は、そうは思わない、です。あんな吐くほど探し回るような人のことが好きじゃないなんて……。きっと、好きにも種類があるんですよ。兄弟愛とか師弟愛とか、色々あるじゃないですか」


 いつにも増して饒舌だ。慰めようとしてくれているのだろう。優しさが身に染みる。

 そして、それを強要してしまったことに、罪悪感。


「……そうだな」


 だから、晴れずに残った胸の内のモヤモヤは、今は無視することにした。


「よっと」


 努めて軽い調子で、身体を起こす。


「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫。ありがとな」


 ソファから立ち上がる。


「学校、行くんですか?」

「いや、寝る」

「え」

「止めても無駄だぞ。今の俺は、例え立ったままでも熟睡できる」

「いや、別に止めないですけど……」


 冗談めかして言ってみたら、ちょっと引かれた。

 ただ、凄まじく眠いので、あながち嘘でもない。

 それに今日もバイトがある。学校を休むくらいならそこまで人に迷惑を掛けないが、シフトを空けるのはまずい。誰かに代わりを頼んだわけでもないし。

 心の中で柚葉に頭を下げながら、三澄は自室へ行って布団を被った。





 学校をサボり、しっかり休養を取った三澄は、いつも通りの時間にバイト先のファミレスを訪れていた。


「やあやあ、佐竹君」


 制服に着替え、勤怠管理システムへのログインのためPCを操作していると、後ろからそんな声が掛かった。


「……」


 無言で打刻を終え、振り返る。すぐ傍にいた京華が目に入り、自然と顔が歪む。


「うわぁ、今日はいつにも増して険しい顔をするねー。何、面白いことでもあったの?」


 いつにも増して、とは。相変わらず目敏い。他人に興味ないくせして、観察眼は超人級。はた迷惑な矛盾である。


「先輩に言うようなことは何もないです」

「またまたぁ。話したくてたまらないって顔してるよー?」

「そんなわけあるか。むしろあんたに口を閉じさせるにはどうしたらいいか、じっくり話し合いたいところだよ」

「私の口を閉じれるのは私だけだ。にひ」

「なに当たり前のこと言って胸張ってんだ」


 そのドヤ顔も非常に腹が立つ。


「いいから話してみー? お姉さんが気持ちよくしてあげるよー?」

「お姉さんて」


 その見た目で。似合わなすぎる。


「……今、私のこと馬鹿にしたね? 人の容姿を悪く言うのは駄目だって、学校で習わなかったの? 許さないよ、縮めるよ? おらおら」


 ぽこぽこと、小さな拳で腹を殴ってくる。


「軽いパンチですね」

「おおん? 手加減してやってるのが分からないのか、ああん?」

「先輩のヤンキー口調、ただただアホっぽいだけなんで止めた方がいいですよ」


 これで見た目相応の年齢なら可愛げもあるが、一個上なので非常に痛々しい。


「……その先輩って呼び方とか敬語とか、一周回ってもう失礼だよね。慇懃無礼ってやつだよね」

「そういうの、パワハラって言うらしいですよ」

「何でもかんでもハラスメントで済まされると思うな――て、危ない危ない。まんまと話を逸らされるところだったよー」

「勝手に逸れていったんですけどね」


 そんな三澄のツッコミは京華の耳には届いていないようで、


「ほうら、話してみー? 痛くしないからさー」


 結局、最初からやり直しだ。もうめんどくさくなってきた。


「……実は、バイト先の先輩がデリカシー皆無にも関わらず、厄介クレーマー並みにしつこいんですよね」

「うんうん、てあれ? もしかしてそれってみさきさんのこと?」

「いや、あんたの――」

「いやー、そっかそっかー、佐竹君、そんなこと思ってたんだー。報告しておくねー?」

「やめてやめてすみませんでした!」


 岬とは、今年の四月に来た新人のこと。大学一年生ということで、年上なのに後輩という、微妙に気を使う相手である。なんて恐ろしいことを考えるのか、この女は。


「私はやる時はやる女だからね。覚えておくといーよ?」

「……」


 確かに、覚えておくべきだろう。彼女がどうしようもないクソ女だと言うことは。


「て、あれ? どこ行くの?」

「仕事ですよ」


 三澄はそう言い残して、事務室を出た。

 が、すぐに京華が追い付いてくる。会話と並行してPC操作をしていたのだから、もうちょっと手間取ってくれてもいいのに。


「それで? 今度は何があったの? 不倫現場を本妻に見つかっちゃった?」

「十六歳でどうやって不倫するんですか」


 全然違うようで、要所だけは的確なのが非常に心臓に悪い。ここは会話の主導権を握らないと。余計な情報を与えかねない。


「川田先輩って、恋愛経験ないですよね」

「……うん? 断定?」

「なので、先輩に言っても分からないと思います」

「あっれぇ、私のことナメてる? 浪速の恋愛マスターと呼ばれたこの私をー?」

「なんですかそのダサい名前。あとここは大阪じゃねぇ」

「浪速ってあれだよね、字面といい語感といい、なんかいいよねー。音速、光速、浪速、みたいな。すごい速そう」

「めちゃめちゃ適当ですね。語感の類似性どこ行った」


 そうツッコミを入れつつ、三澄はキッチンの人たちに向けて一言、そこそこの音量で挨拶をする。京華も続いた。

 しかし、京華の追及の手は止まらず、興味津々! みたいな、やけにキラキラした目を向けてくる。


「仕事ですよ」

「いいじゃん、まだお店全然混んでないんだしー。だらだらいこうよー」

「なら一人でだらだらしてください」


 京華とは目を合わせず、三澄は作業に取り掛かる。まずは不足しているドリンクの補充と予備の準備から。忙しくなってからやっていては、全体の業務が滞る。


「じゃあ、こうしよう。交換条件。今日から一か月、私は佐竹君にしつこく付きまとったりしない。その代わり、佐竹君は何があったかを言う。……どう?」

「完っ全にマッチポンプじゃねぇか……」


 そしてできるなら、一か月ではなく、永遠にしつこくしてこないで欲しい。


「でもでも、いい提案じゃない?」


 良いかどうかはともかくとして、ひたすら粘っこく執着してくる今までの京華ならば考えられないことではある。どうやら、ようやく真っ当な交渉術を学んでくれたらしい。

 それに、これからの業務遂行がスムーズになるのは、実際、大きい。逆に今後の負債ともなりかねないが、若菜の事さえ伏せれば大事にはならないか。


「分かりましたよ。ただその代わり、三か月です。これは譲れません」

「三か月……。つまり、夏休み中のあれこれは一切聞くなということ? うぬおー……」


 京華が顔をしかめ、何やら奇妙な呻き声を上げ始めた。そこまで他人の夏休み中のあれこれとやらが気になるのか。

 結局、京華が一、二分そうやって唸った後、互いの提案を受け入れる形で交渉が成立。三澄は予定通り、若菜の件には一切触れず、律との件だけを京華に話した。三澄と律が冷戦状態だったということは既に京華も知っていたため、説明は最近あったことだけ、かなり円滑に進んだ。

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投稿日時の設定を間違えており、日曜である今日になってしまいました。申し訳ありません。

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