子供の頃の気持ち
「雪、か……」
公園のベンチに座る私の手に、フラフラと落ちてきた雪を見て呟く。
「あれから何年たっただろうか……」
雪を見ると思い出す。雪を見て騒ぐ私と友達……あの頃は全てが楽しかった。
「それを忘れてしまう程、私は変わったのだろうか……」
それは、良いことなのか、悪いことなのか……今の私には分からない。
しかし、それを思い出すと、子供が自由と呼ばれる理由が分かるよ。
ああ……大人は縛られている。だが、子供は、しがらみなどと言うものなど無い。
「あれは働く大人からしたらと言う意味だけだと思っていたが、他にもあったんだな」
その自由を制限するような物は、子供には何も無い。だからだろう、私が子供を羨ましく思ってしまうのは……
「私もあの頃に戻ってみたいものだ」
無理だと分かっていながらも、そう言いたくなってしまう。
『なら、私がそれを叶えてあげましょう』
雪が降る空を見詰めていた私の耳に、誰かも分からない声が聞こえて来たのだ。
「誰だ」
誰の声だ。私は座っていたベンチから立ち上り、辺りを警戒するように見回す。
『そんなに警戒しないでください。私は貴方の心の声に応じて来たのですから』
「心の声?何を意味不明な事を言っている」
心の声など聞こえるわけがないだろう。この声の主は何を言ってるんだ?
『ふふふ。お疑いになるのでしたら、貴方の恥ずかしい話をしてあげましょうか?』
「恥ずかしい話だと?私にそんなものはない。デタラメを言うな」
私に恥ずかしい話などと言うものはない。嘘に決まっている。
『そうですか……なら、仕方ありませんね』
なんだ、心がコイツを止めろと叫んでいる?何を話されるか分からんが、心の声にしたがうか。
「少し待ってもらおうか」
『いえ、待ちません。あっ、良い話が見つかりました』
くっ!私の渾身の止め台詞が効かない、だと。いや、まて、まだ手はあるはずだ……
『それはある日の夜……』
何かないものか……
『家族が眠ってる時を見計らって貴方は……』
後少しで、答えにたどり着きそうなのに……うん?話が始まってる?何の話だ?
『父の持っている映画をワクワクしながら見たのです』
話が見えてこないぞ?私はそんな事をした覚えがない。
『ですが、貴方が見たのはホラーと呼ばれる怖い映画だった』
なんだろう、汗が身体中から吹き出し、体が震えるのだが?
『最初はワクワクしていた貴方も、次第に恐怖に震えるようになり』
「ま、まて!それ以上はやめろ!!」
『テレビからオバケが出て来るシーンを見てしまった貴方は、恐怖のあまり、その場で失禁してしまったのです!』
「やめろーー!!」
『そして朝方、母に失禁してる貴方が見つかり、母は笑いを堪えながらも貴方を着替えさせました』
「アァアアアアーーー!!」
止めてくれーーーー!!!!
『さて、これで私が心を読める事を理解してくれましたか?』
「心が読めるなんて関係ないだろが!!!」
心が読める?んなどころじゃない!奴は、私が忘れたいと願い!忘れた忌ま忌ましい出来事を思い出させたのだ!奴はきっと、悪魔か何かだろう。私が苦しむ様を見て楽しんでるに違いない。
『私は神です!悪魔なんて酷い呼び方をしないでください!』
「はっ!それは嘘だ。貴様のような神がいてたまるか!!」
ああ、人の恥ずかしい話をする神がいるわけが無いだろう。奴は自称しているだけの可哀想な子なのだ、きっと。
『ふふふ……私、怒りましたよ。貴方には幼い頃に戻っていただきます。それに追加して、貴方の家が見つかるまでここには戻ってこれないようにします』
「何をわけわからない事を言ってるんだ!私は帰らせてもらう!」
頭がおかしい奴の話に付き合ってられるか。私は家に帰って今日の出来事を忘れるために寝るんだ。邪魔はさせない。
『ふふ、もう遅いですよ』
ふっん。戯言、だ……
「足場がない?」
チラリと下を見ると、そこには真っ暗な闇が広がっていた。
『行ってらっしゃ~~い』
「ああぁぁーーー!!」
落ちる!落ちて行く!!私は家に帰りたいんだーーー!!!
そんな私の願いも虚しく、私は落ちて行く。どこまで続くかも分からない穴に…………
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それからどれほどの時が経ったのか分からないが、気がつくと私は、先程までいた公園に倒れていた。
「ここは……」
なんだ?高い声がするぞ?私はこの声の主を探す為に周りを見回すが、そこには私以外には誰も居なかった。
「と、なると、この声は私か……って、納得するわけないだろ!!!」
なんで私の声が高くなっているんだ!?奴のせいだろ!!
「ぐっ!冷静なれ私。奴の言う通りなら、家が見つかりさえすれば私は戻れるのだ。簡単な事じゃないか」
ああ、そうだよ。声が高いなどと、些細な事を気にしていては帰れない。
「ふぅー……よし、帰るか」
私は自分の家を忘れる筈がないだろう。こんなもん、あっさりとクリアして家に帰らせてもらう。
「昔と言っても、20年前ぐらいだろう。それならさほど変わっていないはずだ」
ふむ。公園の辺りは変化なし、と。こちらをまっすぐに行けばたどり着くはずだ。
「うん?こんな家あったか?」
いつも通ってる道だが、幽霊屋敷みたいな家なんてあっただろうか?
「ふむ。昔なのだがら、こう言う家もあったんだろう」
私が住んだ時には無くなっていたんだろう。こう言うのを見て、過去に何があり、何が無くなったのかを知れるのは良いな。
それを知ってからは、私は家に向かいながら色々な家を見ていった。
「これは今でも残ってるな」とか「これは潰れてしまったのか」などなど、色々な発見があり、楽しかった。
「だが、それも終わりか……」
見つからなければ良かったと言う、楽しみを奪われた子供のような悲しさを心に感じる。だが、それを感じたところで、探検したいなどと言う気持ちになるわけがあるまい…………なるわけがないのだ。
「ここは20年も前からあるのだな……」
感じた事を忘れるように、私の家があるアパートを見詰める。すると、今まで知らなかったことに気が付き、「ほぅ」とため息を溢しながらアパートを見た。
「こんな事していたら、私の睡眠時間がけずれる」
少しの間、アパートを見ていたが、このままでは明日の時間に遅れると思った私は、アパートの中に入って行く。
「アパートはこんなに大きかったか?」
コンクリートで作られたアパートの中を歩きながら、私は大きさに驚いた。
「いや、私が小さくなっただけか……」
声が高いことからも気づいていたが、私は事実を受け入れられなくて、気づかないようにしていたが、今までの行動を振り返ると、私は本当に幼い頃の自分になっているのだな。
「っと、ここだ」
これで鍵を開ければ私は解放される。そう思い、カバンから鍵を取り出そうと手を持ち上げた。だが、そこにはカバンなど無かった。
「それもそうか……」
分かっていたことだ。少しの希望を持ってみたが、事実から目を反らしたにすぎないか。
「ならば、チャイムを鳴らすしかあるまい」
明かりがついているのだ、誰かは居るだろう。そして、その誰かがドアを開ければ、私は晴れて解放されるのだ。私は予想できた未来に胸を膨らませながらチャイムを鳴らす。
ピンポーン
「はーい、少し待っててくださーい」
よし!起きていたようだ。私はどのくらい待たされようが、このドアを開けてくれれば待つぞ。だから、早く開けてくれ。
ガチャリ
「はいはーい、どなたですかーー?」
ふぅ。遂に私は解放された……
「あれ?気のせいみたいですね?」
ガチャン
「何故だ。何故私は解放されない……」
ここであってる筈だ。ここが私の家なのだから……?
「まさかと思うが。過去の私の家を見つけろと言うのか?」
この場所からどれだけかかると思っているんだ奴は……だが、それがあっていた場合、私はそれを達成しないと解放されないと言うことだ。
「はぁー……私の実家に向かうしかないか」
ここで足を止めるぐらいなら、実家に向かう努力をした方がましだ。
「まずは駅に行くか。確か、あっちにある筈だ」
普段から駅を使わない私にとって、駅の場所などあやふやにしか記憶に残っていない。そんな感覚だよりで駅に向かって行く。
「ふむふむ。こうすれば雪は固くなりやすいのか」
両手で雪を握りしめると、雪が固くなり、小さくなる。そこに、雪を足してまた握る、その行程を繰り返せば雪球は大きくなり、投げる時に崩れる事はないのか。新たな発見だな。
「……私は何をやっているのだろう」
こんなところで遊んでいたら、いつまで経っても駅につかないではないか。
「しかし、他に興味が湧くものが無いしな。だがしかし、雪と遊んでいたら実家には戻れない」
どうすれば良いんだーー!!……うん?そうか。
「これは芸術作品を生み出すためだ。仕方ない」
誰に言ってるのか分からない言い訳だが、私はウンウンと頷きながら雪球を作る遊びを再開する。
「ふむ。ここにもう少し雪が欲しいな」
近くにある雪から少し手で取り、雪球につけて行く。
「ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ」
ふむ。ツルツルして、丸い形……いい出来だ。これを私の宝にしたいな。
「だが、宝にしても溶けてしまうな。それならば……」
近くにある雪山の一番下を手で四角く掘り、その中心に雪球を乗せた。
「おお!これはいいぞ!」
中心に置いたことで、雪球が目立ち。素晴らしい雪球だといっぱつで分かる。うんうん、いい雪球を作ったものだ。
「満足したことだし、駅に向かうとするか」
私は達成感を感じながら、駅に向かう。
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「ここが駅か。変わったところがあるかとも思ったが、私が普段から使わないので、分からないな」
駅に来たのは良いが、駅の入り口が分からず、私は立ち止まってしまう。
「おや?迷子ですか?」
そんな私に話しかけてきたのは優しそうなおじいさんだった。
「はい、じっ……家に帰りたいのですが、駅の入り口が何処か分からなくて困っているんです」
「そうなんですか……うん?家に帰るには駅を使わないといけないほど遠いのですか?」
あっ、そこの理由考えていなかった。なんとか考えないと……あっ!
「実は、ママと一緒に電車に乗っていたんですが、この駅でトイレをしている内に電車が行ってしまったんです」
少し……いや、大分無理があるが、気づかないでくれ!
「そんな理由があったんですね」
おじいさんは私を抱き締めて、よしよしと頭を撫でて来る。だが、その撫で撫でに私は屈しない!
「ふぁ~~~」
私は撫での気持ち良さに屈しったりはしないのだ!だからこれは決して撫でて欲しいからなどと言う理由でおじいさんを抱き締め返したりなどしない!
「そうかそうか。そんなに気持ち良かったか。もっと撫でてあげるよ」
「うわ~~~気持ち良い~~」
こんな……こんな撫で撫でに私が癒される筈がないん……だ。
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「すぅすぅ」
「眠りましたか」
おじいさんもとい、声の主たる神は、子供を抱き上げて呟いた。
「貴方は子供の頃の楽しさを思い出し、また、楽しみました」
抱き締めた子供に語りかけるように神は話を続ける。
「大人になれば、子供の頃どうして些細な事で楽しんでいたのかを忘れてしまう。私はそれが悲しかった」
神は、涙を流す。
「それを思い出して欲しくて、私は色々な人を過去に送り、思い出してもらおうとしました」
神は誰かにこの気持ちを聞いて欲しいのか、寝ている子供に自分の気持ちを語り続けた。
「それでも、子供の頃の気持ちを思い出せた人はいなかった。それでも私は何度も過去に送ることをやった。無駄だと分かりながら。そんな事をやっていた時です。貴方に出会ったのは……」
神はパッと花が咲いたような笑みを浮かべ、懐かしそうに語る。
「貴方は公園のベンチに座り、過去を懐かしみ、それを羨んでいた。そんな貴方を見つけた時、私の胸は高鳴った。ああ、この人なら子供の頃の気持ちを思い出してくれる!そんな気持ちで私は満たされたのです」
神はとても嬉しそうに言い、子供にキスをおとす。
「貴方には悪魔だとか言われてしまったり、しまいには、帰るなんて言いだし始めたものですから、ついつい、無理な条件をつけてまで過去に送ってしまいました」
神はクスッと誰もが見惚れてしまうような笑みを浮かべて、笑った。
「でも、そこまでしたかいがありました。貴方はさっさと帰ろうと家に向かいますが、その道中、色々な家を見て回り、一喜一憂をしていましたよね?」
神はそれを見ていたのか、とても嬉しそうに話す。
「それは子供の好奇心が高いから様々な物に目移りしてしまう。そんな貴方の様子は、私が望んでいたものであり、私が長いこと求めていたものなのです」
長年の夢が叶ったからか、神は嬉しさを噛み締めるように言う。
「貴方のお陰で私は心置き無く消える事ができます」
神がそう言った時には、手には子供は居らず、その代わりにベンチに居たのは、神の願いを叶えた彼だけ……
「本当に、貴方には感謝しています。どうか、子供の心を忘れないでくださいね」
神は最後にそう言い残し、消えていった。
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「うっ……ここは何処だ?」
私はここで何をしていたんだ?どうして気絶していたのだ?分からないな。だが、二つだけ覚えてるのがある。
「ワクワクした気持ちと、暖かな温もり」
この二つがどうしてベンチで気絶していた私の心が感じているのかは分からないが、とても良い夢だったのだろう。私はそう思いベンチから立ち、家に帰る。
「今度、実家に帰るか」
そんな言葉を呟きながら……