呆然自室
何と云うか、ただ私は呆然と其処に立ったまま、言葉を探す事さえ忘れていた。
薄汚れた白い天井に点々と散らばった染みの数も、最早気にするだけ無駄だと諦める。
時折途切れつつも、濃淡を繰り返しながらずるずると壁を這う跡が未練を物語っているようで、私は無意識に壁から視線を逸らす。
そうすると、当然ながら私の目は残った床を見るしか無い訳で、私は其の長い黒髪の一房をべたべたに濡らした女の顔を想像する。
いや、想像するまでも無く、私は其れが私自身であると知っていた。
フローリングに広がった液体と同じ物が、抽斗の奥に隠してある小瓶に詰まっている。
ただし、これは放って置くと自然に凝固してしまう液体なので、其れを防ぐ為の薬品も入れているから、純粋に「同じ物」とは言えないけれど。
私は俯せの姿勢で動かない私を仰向けに転がして、その表情を覗き込んだ。
顔の半分程が濡れて汚れている。
それ以外、特に苦悶の表情を浮かべているという訳でも無いので、恐らく最期には体の痛みより解放感の方が勝っていたのだろう。
全く、何とも厭な夢だ。
壁も床も天井も駄目にしておきながら、こんなにも穏やかな顔をしているだなんて。
夢は願望を映すと云うけれど、これじゃあ益々、死にたくなるじゃない。