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吾輩はとーっても偉い猫である。

作者: 月之木ゆう

吾輩は猫である。

名前はまだ無い。

なんてことはなく、カラメルという立派な名前がある。

この城で最も高い地位にある吾輩に相応しい高貴な響きであろう。



今日は実に天気が良い。

こんな日は、城で働く者どもの様子を眺めつつゆったりと散歩をするに限る。


吾輩の住む城はとにかく広大なのだ。

1日で全てを回るのは不可能であろう。


ニャンだと…?

昼寝をしなければ回れるだと?


人の子よ──

──世の中には絶対に抗えない理不尽というものが存在するのだ。


想像してみて欲しい。

昼下がりの暖かい陽光が差し込む窓辺。

ほんのりと温もりを感じる干したての寝具。


そんな吾輩のためだけに用立てられた寝台が、忠に厚い我が下僕どもによって用意されるのだ。これを捨て置くなど出来るはずがあろうか。

答えはもちろん否である。



「今日も天気が良くて助かったわ。洗濯物が早く乾くもの。」


未だにまともな言葉が話せない下僕の女性メイドがそう言った。

意味は「今日のベッドはいつも以上にフカフカでございます。ぜひこちらでご休憩なされてはいかがでしょうか」だ。


しなやかに編み込まれたベッドは、中に入って丸くなると実に納まりが良い。吾輩の好みを熟知した職人が作ったに違いない一品である。特に吾輩の繊細な体をベッド全体で受け止められるるようにボウル状に丸くなっている所を高く評価している。


下僕どもが毎日違った寝具を用意してくるのもこれまた乙なもので、干したてのふわふわの布に包まれる感触がたまらんのだ。


だが正直に言うと最初は良い気分では無かったのだ。

猫である吾輩にとって、せっかくマーキングをしても毎日交換されてしまうというのは、本来であれば非常に困る事なのだ。なので、布は洗わずにそのままにしておいてほしいと当時は考えていたのである。


「ニャーニャーン!」


いつまでたっても縄張りが増えぬではニャいか!とさすがの吾輩も苦言を呈したものだ。

しかし、吾輩の香りが着いた布を下僕どもが身につけている事を知れば、少しは溜飲も下がるという物だ。


吾輩を尊崇しているのは分かるが、四六時中吾輩の香りで包まれていたいとは、呆れるほどに変態じみた信仰心である。



ニャ…?


うたた寝しながら妄想にふけっていたら、いつの間にかすっかり日が昇っているではニャいか。

そろそろ吾輩のご飯が準備されているはずである。



そう思って城の食堂に来たのであるが、やはり正解だったようで近づくにつれて良い香りがする。


この香りは鮭であるニャ。

おや、裏口の扉が閉まっている。


こちらのほうが近道なので、普段はこちらの扉を使うのだが今日は正面から入るとしよう。


ちょうど吾輩の身体の大きさに合わせて開けられたその扉を通って厨房に入る。

このギリギリのサイズの扉をするりと通るスリルがたまらんのだ。


それは置いといて、予想通り今日の朝食は鮭乗せキャットフードであった。


このキャットフードという物は下僕どもが栄養バランスを考え、研究を重ねて数十種類の材料を組み合わせて作った吾輩専用の特性ご飯なのだ。

この食事のために、我ら猫族何世代分の時間と労力を注ぎ込まれたのかと想像すると下僕どもの尊崇は計り知れないものを感じる。

まさに高貴な吾輩のための至高の食事と言えるだろう。


「お、今日もいい食べっぷりだねぇ。」


恰幅の良い食堂の女性給仕が吾輩に何か言っている。これは「おかわりもご用意しましょうか」と言う意味である。下僕どもはまともに言葉が話せない故、吾輩も汲み取るのにはいつも苦労するが、これも主人としての務めである。


仮に吾輩がオカワリを要求すれば、下僕共は素早くキャットフードなるものを用意するが、オカワリで用意される量はかなり少ないのだ。やはり、このキャットフードはかなり希少な物のようだ。


家臣への配慮というのも、高貴な吾輩にとっての義務であるゆえ、オカワリをしたい気持ちをぐっと堪え、下僕たる女性給仕に告げる。


「ニャーニャー」


吾輩は一言「今日はいらない」と告げ、残りをペロリとたいらげた。


「おお、そうかい。美味しいかい!」


やはり、食費の心配をしていたようで、見上げるとニコリと微笑みを返してきた。この表情は安心している顔である。

例によって、吾輩が彼女の言わんとすることを汲み取ってやらねばならんのだ。



食事のあとは、この城で吾輩の次に偉い存在である彼女の元へと向かうのだ。


「ニャー」


今日も吾輩を撫でさせてやろうではないか。


「あ!今日は随分早いのね!そんなに私に撫でてほしいの?」


彼女が「いらっしゃいませ主様。申し訳ございませんが少々お待ち頂けないでしょうか。」と言ってくる。

この娘にも早く言葉を覚えてほしいものだが、吾輩は寛大である故、気長に待つことにしてやっているのだ。


「ニャニャーニャ」


「うむ、膝の上を借りるぞ」そう返して、軽やかな動きで膝に乗ってやる。

そして、「撫でさせてやろう」という意思を込めて尻尾で軽く彼女の頬を撫でる。


「んんっ、くすぐったいわ。そんなに急かさなくてもいま遊んであげるわよ。」


そう言って彼女は片手で急ぎの執務をこなしつつも吾輩の顎を撫でてくる。


本来であれば、他のことをしながら吾輩を撫でるなど許されざる行為なのだが、彼女はこの城の中でも吾輩を撫でるのが一番上手いので特別に許可することにしているのだ。


ゴロゴロゴロゴロ♪


む!あまりに気持ちが良いので、つい喉が鳴ってしまったではニャいか。

生理現象であるが故に仕方ないとは言え、少々気恥ずかしい気分である。


チリン


彼女がベルを鳴らした。


これは吾輩のデザートを持ってこさせる合図だ。

吾輩は彼女が立ち上がる前に軽やかな動作で彼女の膝から飛び降りた。毎回思うのだが、ベルを鳴らすタイミングがまた絶妙で、喉が鳴ることの気恥ずかしさが、撫でられる気持ちよさに勝ちそうな所を狙ってくるのだ。おかげで、もっと撫でて欲しいなどと高貴な吾輩らしからぬ感情を抱かずにすむ。配慮が行き届いており吾輩も満足だ。


そんな事を考えている間に、ベルの音を聞いた執事がやってきた。そして、ゼリー状のデザートが入った袋を彼女に渡し、代わりに先程まで何やら描いていた書類の束を受け取って彼女と軽く言葉を交わしてから出ていった。


「ニャーニャ」

「メルちゃんちょっとまってね、今あげるからね。」


吾輩が労いの言葉をかけると、彼女は吾輩の前に跪き「カラメル様、お優しいお言葉ありがとうございます。」と心底嬉しそうに礼を述べてきた。


そんな彼女の唯一の欠点なのだが、ゼリー状の美味しいやつの袋を開けるのがとにかく遅いのだ。

ハサミなるものを使えば良いものを、必死に指先で切ろうとしている。


「ニャァアアアアアアン!」


これは決して、「早くくれぇえええ!!!」と言っている訳ではニャいのニャ!

そう、これは袋を開けるのに手間取っている彼女に叱咤しているだけなのだ。


「待たせちゃってごめんね。はい、どーぞー。」


吾輩は夢中で舌を動かす。

このデザートは実に美味である。絶妙なトロみ加減のゼリーと、小さくきざまれたマグロのハーモニーがたまらんのだ。

これを前に冷静でいることなど出来ようはずがニャい。


いま「さっきご飯食べたはずじゃ。」と思った者がおるな。

そんな貴様のためにあえて言おう。「デザートは別腹なのニャ!!!」と。


「ニャニャニャーン!」

「あらあらお口の周りをそんなに汚しちゃって」



腹が満たされた後は運動である。

美味しいゼリーのデザートを食べ終えた吾輩は、執事が待機している部屋へと向かった。彼は読み物をしている所だったようだが、吾輩が膝に乗るとすぐさま読み物をテーブルに置き、吾輩にブラッシングを始めた。


先程の彼女が撫でるほど気持ちよくはないが、これはこれで終わった後に爽快感があるので嫌いではない。


ブラッシングが終わったようなので、吾輩は素早く彼の膝から飛び降りた。


彼に撫でられるのは好きではないのだ。

寛大な吾輩である故、多少なら許容できるが彼はとにかく下手なのだ。毛並みを意識せずに撫でてくる故に、せっかくブラッシングで整った吾輩の艶めく毛並みが台無しではニャいか。

どうも意識してやっていることでは無さそうではあるが、彼が吾輩に触れてよいのはブラッシングの時だけである。


「お、やっぱり撫でられるより遊びたいか」


彼が「申し訳有りません。午後の運動のお時間でございますね」と言ってネコジャラシを取り出した。


このネコジャラシというものは、彼が吾輩に献上した吾輩専用の運動用具である。決して玩具などではなくあくまで運動用具である。高貴な吾輩は、下僕である人間とともに遊ぶことなど有りえぬのだ。


吾輩はスタスタと歩き、所定の位置まで来て床に伏せる。

運動の準備は整った。尻尾を一度くねらせると開始の合図である。


「いくぞー。ほれほれほれー!」


開始を告げると、執事が理解不能な言葉を口ずさみながらネコジャラシを器用に動かす。

この男は、他のことでは彼女に劣るが、ネコジャラシを操ることだけは一流だ。

生き物であるかのように動くそれから、吾輩は目が離せず、つい飛びついてしまう。


「お、良いぞ。ほれほれ。」


やはりこのネコジャラシを使ったスポーツは良いものだ。


勝利条件は吾輩がネコジャラシをとったら勝ちなのである。

このスポーツは本能がくすぐられるような感覚があり、熱中できる。彼が動かすたびに吾輩はジャンプして飛びつくが、彼はギリギリのところで躱すのだ。


しかし、最後は常に吾輩の勝利である。

今日も戦利品のネコジャラシを咥えて執事の元を去った。



吾輩はひとしきりネコジャラシを堪能した後、窓辺で毛づくろいをしながら辺りをゆっくりと見渡した。

さて、次はどこへ向かおうか──。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

保護された猫様のお世話のボランティアをしていて思いついたお話でした。


色々なネタバラシは活動報告にて。

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