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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
異形の怪人ヒーロー
9/60

タリスマン

 正直、安心した。自分以外にも怪異などという、非現実的な存在を知っている人がいる。しかも、退治までしてくれると言う。


 襲われ続ける、そんな先の見えない恐怖と戦わなければならないという底知れぬ絶望から、一気に解放された気分になった。


 自分がただの人間なら、の話だが。


「ねぇ……もしもさ、私がアサと融合してる怪異宿しだってバレたら……どうなるかな?」


(さぁ? でも、少なくとも無視はされないだろうね)


 八夜は、ブルーシートを被せられた体育館を見ながら、ため息を吐いた。人間の、しかもヒョロヒョロの女子高生が一人であの破壊を行ったとバレれば、彼らは黙っていないだろう。


 絶対にバレる。隠し通せる自信が無い。


 ACB、見た事も聞いた事もない組織。怪異絡みの事件に特化していると認識しているが、それもどこまで正しいのか。


「彼は……呉さんは、怪異を駆除するって言ってた……それって、怪異宿しも含まれるのかな……私も、殺されちゃうかな」


(なーに言ってんの、ヨルが殺されるわけないじゃん? あんな人間一人に、私達は負けないって)


「でも、わざわざ危険な怪異に対抗する為に作られた組織なんだよ? 人の手で怪異を駆除出来るような、何か方法があるのかも……」


(だとしても、私達の敵じゃない。っていうか、わざわざ敵対する事前提に考えなくても良いんじゃない? こっちが大人しくしてればバレる事はないでしょ、他のバカどもが目立ってくれてるんだから)


「怪ネズミとか?」


(そうそう、そいつらの相手を、ぜーんぶあの組織に任せちゃえば楽になると思わない? 利用できるものは積極的に利用しちゃおう)


 こんな状況でも余裕な態度を崩さないアサに、八夜は素直に感心した。この強かさは、昔から持っていたと思う。


 そうだ、何も絶対に敵になると決まったわけじゃない。自分の味方をしてくれる可能性だってあるのだ、そうなれば、こんなに心強い事は無い。


 よくよく考えてみれば、狙われる理由だって無い。だって八夜もアサも、特に悪い事はしていないのだから。


(体育館はぶっ壊したけどね)


「うぐっ……」


(室内競技の部活してる人達全員敵に回してそう)


「ど、どうしよう……」


 ちなみに破壊したのは体育館だけじゃない。シャーペンも三本犠牲になったし、消しゴムに至っては授業が終わる頃には練り消し状態だった。


 それでも、なんとか今日という一日が終わった。いつもより長く感じた、誇張なしで、一日だけで一週間分の疲れが溜まった気さえする。


 だが、そんなに苦労も虚しく、八夜は未だに力加減を覚えていない。


『普通に歩くぐらいは出来るようになってるじゃん?』


「うわぁびっくりした! 急に出てこないでよ! 誰か見てたらどうするの!」


『大丈夫大丈夫、人の気配は無かったから。それより、明日は土曜日だから休みだよね? なんとか休みのうちに普通に生活出来るようにはなりたいね』


「その前にへし折った分のシャーペンも補充しとかないと……」


『嫌な予感して、余分に入れといて良かったね』


「……ちゃんと変身出来るようになったら、体育館直せるかな? 重いものでも軽々持てるし、高いところでも跳べるし」


『余計ぶっ壊すだけだろうし、欠陥施設になりそうだからやめた方が良いと思う。こういうのはプロに任せよ? どんなスーパーパワーを手に入れたって、その道のプロには敵わないって』


 そんな会話をしながら、八夜は商店街へと足を運んだ。正直力に慣れるまでは、何かと物が不足する気がするので、買えるうちに色々補充しておきたいのだ。


 まずは文房具屋。シャーペンに消しゴム、ノートなどをカゴに入れていく。


「あ、晩御飯も買わないと」


『お魚! お魚食べたい! 金目鯛!』


「高いよぉ……鮭の切り身安かったし、そっちにしよ?」


『じゃあ……明日は金目鯛?』


「あ、明日もちょっと……」


『……いつ金目鯛食べられる?』


「金目鯛への執着がすごい」


 文具を購入し、店から出る。


 その時だった。


「……あれ?」


 見覚えのある人影が往来する人の中に紛れていた、気がした。しかも二人。


「今の……お兄ちゃん……?」


 いや、そんなはずは無い。今、兄はこの街にはいない。それに、もう一人並んで歩いていたのは、あまり思い出したく無い顔だった気がする。


『どうしたの?』


「いや……今、お兄ちゃんっぽい人が、今日会った呉さんっぽい人と歩いてた気がして……」


『ぽいぽいばっかり、気のせいじゃない?』


「そう……かな?」


 少し気になったが、確かに、冷静に考えてみれば、兄がこんなところにいるわけが無いのだ。他人の空似に決まっているだろう。しかし、そうだとしても、呉は確かに居たように思う。


 だがだとすれば、何の為に。


「……もしかして……既に私達、監視されてるのかな」


『まっさかー……と、言いたいけど、完全に否定は出来ないよね……まいったなー……』


 一気に不安が押し寄せる。このまま帰った方が良いだろうか? いや、その動きは怪しいか? 避けていると悟られれば、必然的に八夜に何かあるとバレてしまう。


 このまま気付かなかったフリをして、自然に買い物を済ませてから帰宅するべきか。


『でも、それだとおかしくない? なんで通り過ぎて行ったのかな?』


「それは……私は呉さんの顔知ってるし、尾行してる事がバレないように……とか?」


『なるほど? まぁ、どちらにしても気分の良いものじゃないね、本人かどうか確かめる為に、逆に尾行してやろうか』


「え! や、やだよぉ、もしバレたらどうするの」


『普通に声かけようとしたって言えばいいじゃない、正味、私も確かめないと、なんか気持ち悪いんだよね』


 それは八夜も同じだった。モヤモヤした気持ちのまま、いつも通りの行動なんて出来る自信が無い。


「た、確かめるだけ……」


 そう自分に言い聞かせて、八夜とアサは、彼が消えて行った方に歩き出す。


 少し駆け足気味で歩いたところで、意外にも、すぐに彼は見つかった。


 間違いない、呉だった。そして、確かに誰かを尾行しているようであったが、しかし、その対象は自分では無いようだった。


「……あれ、一人しかいない」


『もう一人は、やっぱり勘違いだったんだよ』


 何はともあれ、八夜は自分が対象で無いことに胸を撫で下ろした。しかし、安心するにはまだ早かった。


『おやぁ? 呉さんの前を歩いているのは……ネズミ被害者では?』


「え? あ、ほんとだ」


 呉の前を、トボトボと歩く一人の少女。あの時男性教師と体育倉庫に居た、女子生徒だ。ふらふらとおぼつかない足取りで、辺りをキョロキョロしながら歩いている。


 明らかに、様子がおかしかった。


「どうしたんだろう……」


『アレは……いや、マズいな』


「え?」


 アサの言葉の意味を尋ねようとした瞬間だった。少女が急に、自分の隣を横切った男性に飛び掛かったのだ。遅れて、周囲がザワつき、人だかりが出来た。


「なっ、えっ!?」


『怪異だよ』


 慌てて近寄ると、とても少女とは思えない、獣のような唸り声を上げながら、彼女が男性の首を絞めている。絞められている方は、既に白目を剥いて、口からは泡が吹き出ていた。


「ちょっ……あれ」


「お前がビンゴだったか!」


 人だかりの中から、そう言って呉が飛び出して行く。その声に反応し、少女がこちらを振り向いた。少女は、どこを見ているか分からない焦点の合わない目で呉を睨み、涎を垂らしながら低く唸った。


「その人から離れろ化け物」


『お前ぇ……この気配……討伐隊の人間かぁぁ……クソがぁ……いつもいつも邪魔が入る……!』


 発された声は、明らかに少女のものでは無い。そのあまりにも非現実的な状況に、周囲の人々は、困惑するしか無かった。


 しかし、少女がもの凄い形相で苦しみだしたかと思うと、体から黒い何かが噴き出し、それが彼女の全身を包み込んだ。


 そして現れたのは、あの時の怪ネズミだった。


 その瞬間、パニックを起こし、叫びながら一斉に人々は散り散りになって逃げ出した。


 その騒ぎに乗じて、八夜も建物の屋上へと跳び上がって、下の様子を確認する。


『あのネズミ野郎……適合者を見つけてたのか……』


「そ、それにしては、あの子、変身するときすごく苦しそうだったけど……」


『……じゃあ、強制的に身体を奪っただけかも……早く引き剥がさないと、中身の女の子死んじゃうよ』


「そんな! 早く助けないと!」


『どうやって? 私達、まともに変身も出来ないよ? しかも、あの呉さんに正体を晒す? どっちにしたってやめた方が良いよ』


「でも……!」


『まぁまぁ、呉さんだって無策で飛び出したわけじゃないでしょうし、しばらく様子見しようよ』


 アサはちょいちょいっと下を指差しながら言う。


 地上では、怪ネズミと呉が睨み合っていた。


「お前が取り憑いている女の子を解放しろ、化け物」


『素直に応じると思うかぁ? お前が新しい入れ物になるっつーなら、考えなくもないけどな』


「だろうな、言うだけ無駄だと思ったよ。お前らみたいな化け物に、話が通じるなんて最初から期待してない」


 そう言う呉の目は、凄まじい殺意に満ちていた。憎しみ、と言うべきだろうか、目の前の怪異に対して、ただ殺すと言う強い意志を感じる。


「目標を確認、迅速に駆逐する」


『やれるもんならやってみろやボケがぁっ!』


 鋭い爪を伸ばし、怪ネズミがもの凄いスピードで呉に襲いかかった。


 思わず八夜は飛び出しそうになる。変身した自分達がやっと避けれた攻撃だ、丸腰の人間が避けられるとは到底思えなかった。


 突き立てられた爪が、呉の首に伸びる。それに対して、呉はボクサーのように構え、拳を突き出した。


 そんな事で防げるとは思えない、拳ごと貫かれるだけだ。


 しかし、直後飛び散ったのは、呉の血では無く、ネズミの爪だった。


『ぐぅぅううっ!?』


「え……!?」


 ネズミと同じ反応を、八夜もしてしまう。


 何が起こったのかは分からない。ただ見えたのは、呉が拳をネズミに突き出した、それだけだった。


 弾き飛ばしたのか、あの攻撃を、人間の拳で?


『んにゃ……アレは』


 目を凝らして拳を見つめるアサ。その顔は、不愉快そうに引きつっていた。


「バカが……お前ら怪異相手に、無策で立ち向かうと思ってるのか」


 呉はそう言って、再び構える。


 ネズミの爪を弾き飛ばした、その拳が露わになる。


『なんだぁ……そりゃあ』


 呉の両拳には、グローブのようなものが装備されていた。しかし、それは通常のものと比べると、かなり巨大である。


 それもそのはず、それはボクサーの使う革製の物では無く、鋭い機械音を鳴らしながら刃が回転する、いわゆる丸鋸のような物と一体化しているような、凶器だった。


『しかもあの刃も、普通のものじゃ無いっぽいよ』


 アサが見つめる刃は、確かに、一般的な鉄製の物では無いようだった。銀色では無く、赤黒い。


 八夜は、何故かその刃に、異様な恐怖感を覚えた。


「お前ら怪異に普通の武器は効かない……だから、ちゃんとそれ専用の武器を用意してるのさ」


 呉は、グローブの刃をチュインッと回して言う。


「特殊鉱石で作られた特別性、お前ら怪異を殺す俺達の武器、これが『タリスマン』だ!」


 呉が拳を振るう。


 高速で回転する刃が、ネズミの体を引き裂いた。

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