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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
最強強化特訓
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初日

 もはや別の場所だった。あちらこちらにあった瓦礫は綺麗さっぱり無くなっており、まるで今も現役で使われているんじゃ無いかと思うほど施設が整えられていた。破れていた窓ガラスも、ひび割れた壁や床も、崩壊した階段も、全て元の機能を取り戻し、本来の役割を果たしている。


 ただひとつ気になるのは、それら全てに、外壁を覆っていた物と同じ赤と青の毛細血管のような管がびっしりと貼り付いている事だろう。


「あれなんなんだろう……不気味だなぁ」


『マジで血管なんじゃないの? ちょいちょいピクピク動いてるし』


 まるで、建物そのものが巨大生物になっている、そんなイメージだ。だったら室内は腹の中という事になって、現在自分達は食べられている、という事になるが。


 いきなり消化されたりするかも、という変な不安が一瞬よぎる。


 整えられた足場と、天井から明るく照らすライトのおかげで、あれだけ遠く感じた地下の空間に易々と辿り着く。いや、本当ならコレが普通なのだろう。視界も足場も悪かった昨夜が異常なだけだ。


「準備運動してから腕立て、上体起こし、背筋、スクワットを100回。その後この広場を5周走れ、ただし全力疾走はやめろ。あくまでランニング程度だ」


 異常なまでの変化を遂げた廃墟の地下空間で、最初に下された特訓メニューは、あまりにも普通な内容だった。いや、以前の自分なら十分にハードな内容なのだが、怪異宿しとなって超人的な力を手にした今なら息が上がる事すら無い。


「基礎体力作り……ですよね」


「それもあるが『慣らし』の方が目的としては大きい。体を温めておけ」


「温める……分かりました。ところで、あの、申し訳ないんですけど、着替える場所とかって」


「俺は一旦席を外すから、ここで着替えて問題無いだろ。他に誰もこん」


 そういうと、見向きもしないでカイシはさっさと出て行ってしまう。


「……じゃあ、始めよっか」


 持って来たジャージに着替えて、ラジオ体操をし、言われた通りのメニューをこなしていく。思った通り、特にしんどいという事は無かった。もちろん腕立て伏せは胸が地面につくくらい姿勢を下げたし、スクワットも上体も、キープする姿勢を気を付けた。特に腕立て伏せの際は、アサが血走った目で胸をガン見していたので、かなり気を付けた。


『最近、大きくなったね』


「よ、よく食べるようになっちゃったから……太ったかなぁ……」


 広間の隅から隅へ、大体100メートルずつの計400メートル。それを5周なので、ざっくり2000メートル。ペースを乱す事なくえっほえっほと走り続けた。


 大体30分ほどで、全ての項目が完了した。報告に行こうと振り返ると、いつの間にかカイシは戻って来ていた。


「あ、終わりました」


「早いな。走る時、もう少し足を使え。ほとんど跳躍になっていた」


「あ、すいません……気付かなかった……」


「とりあえず温まってるならいい、始めるぞ」


 そう言ってカイシは、広場の中央に立って言う。


「今の状態がお前のベストコンディションだ。体調も良く、鈍ってもいない。いいか、思っているよりも深く強く『意識』しろ。『今』が『ベスト』だと」


「今が……最高」


 確かに、いつもより落ち着いてて、力も込めれば素直に全身にみなぎる。過去の戦闘より、遥かに高いパフォーマンスが出来そうだ。だが、それを『意識』するとは、感覚としてかなり複雑なものがある。


「変身しろ」


「変身……あの、『どっち』ですかね……」


「あん?」


「私が変身するのと、アサが変身するのとがあるんです。私達はそれぞれ、『モード』と『スタイル』に分けてるんですが……」


「…………」


 頬をポリポリと掻きながら、カイシはしばらく考えて。


「ヨル、変身しろ」


 と、至極めんどくさそうに言った。


「分かりました……では、『黄昏』っ!」


 叫び、構える。直後、赤黒い肉塊のようなモノが全身を覆い、ウサギを模した甲冑の様な姿へと変わる。

 ナイト•ウォーカーモードラビット。八夜が変身する基本形態と言える姿である。


「はい、変身、しました」


「……後々鍛えていくが、変身も手早くな。実戦で最も重要なのはスピードだ。出遅れたら、圧倒的かつ絶望的に不利になる」


「変身を手早く……そんな事出来るんですか?」


「鍛えれば出来るが、今は気にせんでいい。とりあえずかかって来い。俺をこの場から一歩でも動かせたら次のステップだ」


 そう言って、カイシは挑発する様に手招きする。


「い、一歩でもって……流石にそのぐらいなら」


 昨夜ボコられた時だって両者とも結構ジタバタしたし、その時より調子が良い。特訓初日だし、まずは小手調べという事なのだろうか。勿論勝てるなんて微塵も思えないけど。


「いつでもどこからでもいいから、殺すつもりで来い。俺は右手しか使わん」


「わ、分かりました……では、その、遠慮なく」


 八夜は剣を取り出し、間髪入れずにカイシへと投げつけた。弾丸の如き速度で、一直線にカイシの左胸に向かってくる剣を、眉ひとつ動かす事なく、冷静に、カイシは手で払い退けた。


「ほぉ」


 剣を払った直後、目の前に既に八夜が迫っていた。投げつけた剣と同じ速度でカイシに向かい、剣を囮に隙を作る。相手の注意を引いてその裏をかく、隙は自分で作る、良い判断だとカイシは感心した。


 八夜の拳を顔面で受けながら、カイシは少し期待して、直後、落胆した。


「えっ……!? ビクともしない……!?」


 腹に力を入れて、全力で叩き込んだ拳。ガードも回避もしていない顔面にクリーンヒットしたはずなのに、一歩どころか1ミリだって動いていない。


「……なんで止める」


 明らかに怒気を含んだそんな声が聞こえた直後、放った拳を掴まれる。顔面から離され、掴む力はどんどん増していく。


「ぐッ……! い、いたたた痛い痛いッ!」


「当たり前だ。二手三手来ると想定していたが、棒立ちは悪い意味で予想外だ。しかも本来なら狙われやすく逆に回避も防御もし易い顔面……捻り上げられて当然だ」


 一切手を緩めず、カイシは容赦なく八夜の右の拳を()()()()()()()()


「いッぃいいっぎゃああああああっ!」


 八夜が叫ぶが、一切気にする様子を見せず、そのまま腕を捻り、へし折ってしまう。弾けるような、外れる様な、砕ける様な音が連続して鳴って、腕が絞られた雑巾の様になってしまった。


「ひ──ッ!!!!!! うああああああああああッ!」


 頭に悶えながら、八夜は必死に蹴りを放つ。右腕の解放の為か、痛みから逃れる為のヤケクソか、その真意は本人でさえ定かでは無かったが、とにかく、この状況で再び攻撃に転じた。


 それは悪手だった。


「……パニックになりすぎだ。昨夜と同じだぞ」


 結果として、右腕は解放された。その代わり、蹴りを放ったその足が掴まれてしまった。その後の展開など、簡単に想像できてしまう。


 案の定、足首を掴む力が増していく。砕かれる、未だ癒えない痛みが更に増える。その恐怖が、八夜の顔を歪めさせる。


「ひっ……ご、ごめんなさい……! や、やめてくだ」


「分かった、潰すのはやめてやろう」


 勿論、そのまま本当に中断してくれるわけがない。足首を掴んだまま、思い切りコンクリートの地面へと叩きつけられた。


 爆発音がした。否、それは八夜が地面と衝突した音だった。硬い鎧で身を守ってはいるが、残念ながら全てのダメージをカットできるわけではない。出来るのはあくまでもダメージの()()。無効化とは違い、多少はダメージを受けてしまう。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。既に今、八夜は脳震盪を起こし、視界が歪み、思考はまともに機能していない。


「しまった。結局潰してしまった」


 掴んだ足首は、潰れた缶の様になって血が流れていた。しかし、こんな状態なのに、悲鳴は聞こえない。


「……残念だが今日はここまでだな。聞こえるうちに言っておく、回復したらロビーまで来い」


 そう言ってカイシは手を離す。ぐしゃりと、糸が切れた操り人形のように八夜は倒れ、ピクリとも動かない。


「初日でこれは先が思いやられる。時間がかかりそうだ」


 コートについた埃を払いながら、カイシは広場を後にした。八夜は、指一本動かせないままだった。


──────────────────


「珍しい匂いだ……なんて香しい」


 砕かれた道路にこびりついた血、周りの林に飛び散った血、固まってパラパラと崩れるソレを指でつまんで匂いを嗅いでから、ごくり、と、喉を鳴らして男は言う。


「色も美しい、液体だった時は、これ以上に輝きを持っていた事だろう」


 先が二股に裂けた不気味な舌で、固まった血を舐める。すると、男の顔は一瞬で恍惚なものになり、身を震わせた。


「なんという……洗練された味だ……! これは、女性の血? さぞ、美しく可憐な人なのだろう」


 男は妖しく目を光らせ、舌なめずりをして呟く。


「欲しい。この血の持ち主が。僕が味わいたい、丸呑みにしたい」


 必ず探し出す、そう言って、男は不気味に笑いながらその場を後にした。


 敵は、待ってはくれない。

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