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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
最強強化特訓
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誘拐

 焼肉は美味しかった、特にネギ塩タンが最高だった。内側から自分にだけ聞こえる『私も食べたい! わ゛た゛し゛も゛た゛へ゛た゛い゛ぃっ!』という声に申し訳無さを感じたが、本当に仕方の無い事なので耐えてもらった。今度2人で食べに行こうと約束する事でなんとか落ち着いてもらったが、しばらく催促は止まないだろう。


 食事を済ませてから入浴し、寝支度をさっさと済ませて兄に挨拶をする。


「じゃあお兄ちゃん、おやすみ」


「お、早寝だねー、寝不足は美容に大敵だからねー。うん、おやすみ」


 笑顔で手を振る兄に、ほんの少し罪悪感を覚える。何故なら本当に寝るわけではないのだから。扉に鍵をかけ、大きめのコートを羽織り、ウサギのお面を被って、窓から外に飛び出す。隣家の屋根をなるべく静かに移動しながら、八夜はスマホを取り出した。


「えっと……確かあっちの方?」


 ナビを頼りに、ニュースで見た道を探す。人が消えるという道、兄が仕事でそこを通るというのだから、放ってはおけなかった。


「何事もなければいいんだけど……時期的に虎を取り逃した直後だよね……まさか回復の為に……」


『その可能性は大いにあるでしょー。てか、私ならそうする』


 突然肩にしがみつくように現れたアサが、サラッと恐ろしい事を言う。


「……食べるの?」


 自分でも、よく聞けたな、と思う。だって怪異とは言え、相手は親友だ。彼女がそんな事をするわけが無い。案の定、アサは肩をすくめて少し呆れたように言う。


『私がアサじゃなかったら、ねー。手っ取り早く、しかも完全に治癒して尚且つ強化まで出来る方法があるなら迷う必要無いでしょ。そうだなー、焼肉とかにして食べるかなー、焼肉とかにしてー!』


「もうごめんって!」


 人は食べないが、食い意地というものは人一倍強い。しかも根に持つタイプ。我が友ながら厄介な性格だと思う。


『ネギ塩タン! 骨付きカルビ! ロースホルモン上ミノレバー!』


「だってしょうがないでしょ! お兄ちゃん全然席離れなかったんだもん! それどころかずっと笑顔でこっち見てたよ! 分けてあげる隙なんかありゃしない!」


 大体2キロほど用意されていた多種多様なお肉。実はそれらのほとんどを食べたのは八夜だった。彼女がせっせと肉を頬張る姿を、十夜はニコニコしながら見つめているだけだった。肉を焼いては妹の皿に盛り、それを頬張る姿をただ笑って見つめているだけ。


『言っとくけどアレこっちから見たらヤバい光景だったからね』


「食べるとこ見るのが好きなのかな? ASMR的な?」


『ヨルが食べてるから、でしょ。お兄ちゃんマジで大丈夫? ちょっと病的じゃない?』


「え、病気に見えた? どうしよう、どっか悪かったのかな」


『……え、いや、まぁ気付いて無いならいいけど……いやいいんかコレ、私にもギリ関係ある問題じゃ……?』


「これからの事考えたら、やっぱそのうち紹介しないとね」


『……これから、ね』


「……アサ?」


 少し、表情に影があった気がする。しかし、アサは何か掻き消すようにわざとらしい咳払いを一つしてから、スマホ画面を見ながら言う。


『閑話休題。これからって言うなら、まさにこの後の事考えなきゃでしょ』


「この後……目的地に着いたらって事?」


『本当に虎がいたらどうするの? 私達、自力じゃ勝ってないよ』


「うぐ……」


 痛いところを突く。まぁ、目を背けられる問題じゃ無い事は確かだ。再び彼と対峙したとして、そして行方不明者が全員喰べられていたと仮定したら、とんでもなく強化されている事だろう。あの時よりも更に強くタフになっている、そんな相手に無策で突っ込んで勝てるとでも思っているのだろうか。


 あの時改造した槍もあのまま置いてきてしまったし、都合良くACBの参戦も期待出来ない、というかまず共闘が出来るか怪しい。アレこれ、突発的に動いてしまったの、もしかしなくても相当愚かだったのでは。


『どうする? やっぱ帰る?』


「んんんんん……いや、様子は見る。仮に本当に虎がいたとして、私もヤバいけどお兄ちゃんが出会っちゃうのはもっとヤバいでしょ」


『それは確かにそうだね、まぁ、勝てる勝てないはともかく、その場から離れさせればいいから、一撃離脱で遠ざけるか』


「……一撃、出来れば目とか狙えたら良いんだけど……足の速さでも勝てないし……」


『上手く足の腱とか切れたら良いんだけどねぇ、そんな接近して上手く攻撃できるかな』


 ここまできて不安要素しかない。というか勝てるイメージがいつまで経っても湧かない。完全体となった虎はそれほどまでに強かった。圧倒的な身体能力に加え、異能まで携えるその脅威。放っておけばあのレベルの怪物がこの先増えるかもしれない。そうなった時、人間側に勝ち目などあるのだろうか。


 方法があるとすれば、そうなる前に、怪異を全部。


「うーん……」


『どした?』


 怪異を全部殺す。そんな考えが浮かんだと同時に八夜は酷い嫌悪感を覚えた。だってそれは、親友をもう一度殺す事になる。人間だった時と、怪異になってからと、2回も命を救ってくれた恩人を、殺せるのか。いや、自分には絶対に無理だ。


 だったら第三者に? それこそ対策局の誰か。今のところ可能性があるのは驚異的な戦闘能力を持つ深夜琴音だろうか。彼女はまさに怪異を全部殺す為に戦士をしている人間だ、一切躊躇などしないだろう。虎との戦闘時だって、容赦なく両者に斬り掛かってきた。今度会ったら確実に殺される気がする。


 もし殺されるなら、今度は死ぬ時は一緒が良い。もうアサを1人にはさせたくないし、自分だって1人になりたくない。


 でもそれよりも、もし、アサの命を狙うなら、例え相手が人間でも。


『ヨル、誰かいる』


 アサの声で思考が遮られ、意識が戻る。強敵と対峙するかもしれないという時に、何やらぼんやりしてしまっていた。気付かぬうちに目的地の近くまで来ていたようで、辺りには建物が少なくなっていた。一際背の高い木の上に止まり、アサが指差す方を見る。


 そこには暗い森をぼんやりと眺める人影が立っていた。


 人が消えると噂の道に、正体不明の人影がひとつ。警戒には十分すぎる要素だ。


「何してるんだろ……てか、誰」


『距離がありすぎる、でもなんか、虎とは違う気がするね』


 息を潜め、様子を伺う。暗い夜道でそもそもよく見えない、男か女かも分からない、そんな状況で観察も何も意味が無いように感じるが、だからといって迂闊に近付くのはもっとナシだろう。


 一般人かもしれない、という考えは、頭から無かった。何故なら、その人影を意識した瞬間から、空気がずっとピリついているから。只者ではない、それだけは確信を持って言える。


 自然と呼吸が小さくなる、そんな中、人影はゆっくりとコチラに背を向け歩き出した。


「……どこか、行くんだ……」


 何故かホッとした自分がいる。怪しい人物がいたのだから、もっと観察して、危険なら排除した方がいい、そのつもりで来たはずなのに、今は、あの正体不明の人物が離れていってくれる事に心底安心している。


『なんかヤバそうだったね、アイツが行方不明の犯人かな』


「そ、そうだったらマズイよね、やっぱ追いかけた方がいいかな」


 あまり気は進まないが、仕方なく再び視線を向ける、しかし、そこにはすでに影も形も無かった。ほんの2、3秒目を離しただけなのに、もう暗闇の中に消えてしまっている。


 でも、おかしい。()()()()()()()()()()()()()


「な、なに、なんか変な感じ」


「何の用だ」


 突然背後から、低い男の声がした。


 振り向く間も無く、後頭部に強い衝撃が走る。圧迫感にも似た力に押されるまま、木の上から地面に叩きつけられた。そこまで来てようやく状況を理解する。


 何者かに背後から押さえられている。


「んぐぐぐぅ……!」


 下が柔らかい地面だったおかげで、顔面を強打する事は無かったが、代わりに土が口の中に入り込んで呼吸を妨げる。


 凄まじい力で押さえつけられ、全く振り解く事が出来ない。


「普通の人間か、宿しかと思ったが弱すぎるな」


「……は、ぐぅ……なじ」


 口の中の土を必死に吐き出し、声を出そうとするが上手く発声できない。腕も上手く動かないし、完全に抵抗ができない、そう思った時だった。


 腰辺りがじんわりと熱くなり、自分の力では無い何かが飛び出した。赤黒い、蛇か蔦のような触手が3本、踏まれてのたうち回るミミズのように暴れ、男に絡みつく。


 学校が嫌で逃げ出そうとした八夜を引き止める際に使ったアサの触手。あれ以来見てなかったから忘れていた。


「てか、ありがとうアサ!」


 男の首に絡みついた事で、ほんの一瞬体勢が崩れ力が緩んだ。その隙をついて、素早く立ち上がり、男の方を向く。


 声と背丈格好から、恐らくは若い男性だと思う。それが不確かなのは、彼が顔の半分を覆うほど大きな白いマスクを着け、ボロボロのコートを纏っているから。乱雑に掻き上げられた髪はまるで血で染めたかのような朱色で、何故かとてつもない不快感を覚えた。


 いやそれよりも、何より異様だったのはその『目』だった。まるでポッカリと穴でも空いているのかと思うほど両の目は真っ黒で、その真ん中に、塗ったような赤い瞳がポツリと見える。そんな目が、凄まじい眼光でコチラを睨んでくる。


 思わず八夜は息を呑み、後退る。


「……何故そのまま首を千切らん」


 男は自分の首を締め上げる触手を指でなぞりながら言う。


「な、なんでって……貴方何者なんですか! 急に攻撃してきて……私達に戦う理由は無いはずです!」


「……敵意丸出しで見てただろうが、先手を打つ理由にはなる」


「て、敵意なんて」


「この触手からは圧倒的な殺意を感じるがな。なんだ、言葉と行動がチグハグ……いや、そもそも()()()()()()()()()()()()()? ならこれはなんだ」


「あ、アサ! 一旦離して!」


 慌てて八夜は静止するが、アサの触手が緩む気配は無い。


『何言ってんの! ヨルこそ早く変身して! コイツヤバいよっ! 圧倒的に虎よりヤバい! ()()()()()()()()だ! ()()()()()()()()()()()!』


「な、何言って……」


「九尾狐?」


 アサの言葉に、男は少しだけ声のトーンを上げて反応した。そして、首に巻き付いた触手を纏めて掴み、ぐいっと八夜を引き寄せた。


「う、わぁっ!」


「お前、いや、お前ら、九尾狐を知ってるのか、奴は今どこにいる? どういう関係だ?」


「し、知りませんよ! 一回だけ見た事があるってだけで……」


「だが、俺から奴と同じ気配がすると言ったな、お前……の、中にいるソイツは、何か知ってるな? さっさと答えろ」


「う……! 『黄昏』っ!」


 見つめられ、湧き上がる恐怖と嫌悪感に耐えきれず、八夜は叫び、変身した。全身から赤黒い肉塊のような飛び出して体を覆い、ウサギを模した甲冑のような姿に変わる。


「なんだ、戦えるのか。しかしやっぱり変な感じだなお前、まるで」


「ち、近寄らないでください! 私達は何も知りません! それ以上近付くなら……!」


 剣を取り出し、男に向ける。しかし、男は一切怯む様子も見せず、むしろ警告を無視して近付いて来る。


「武器を出せるのか、それがお前の能力か? それにしては構えが素人丸出しだな。いや、そもそも武器を出せる能力ならバレんように出せ、不意打ちの方が強みが活かせるぞ」


「ち、近寄らな」


「距離感も保てんのか。鋭くよく切れる剣でも、距離を詰められれば全くの無力だぞ、こんなふうに掴まれる」


 そう言って、男は剣を握り、そのまま更に距離を詰めて来る。


「な、なん……剣を握って……!?」


 掴まれる、というより、不思議と押さえつけられている、という感覚の方が正しいかもしれない。押すことも引くことも出来ず、とうとう剣を握る腕を掴まれた。


「勝負にならん。時間の無駄だ、知ってる事全部話せ」


「だから……なにも、知りませんって!」


 モードニードルに切り替えて、掴まれた腕から無数の針を飛ばす。その内の数本が男の頬を掠め、微かに血を滲ませた。


「……姿が、変わった……? なんだ、複数の能力があるのか? ならお前は完全体なのか? いや、しかし確かに会話していた……統合はしていない、なのに能力を複数? なんなんだ、お前」


「き、効いてない……って事は、怪異宿しじゃなくて、完全体!?」


 逃げようともがくが、一向に掴んだ手が緩まない。それどころか、どんどん力が増していく。鎧が軋む音を立てるほど。もし生身だったなら、とっくに握り潰されている事だろう。


「お前の方にも少し興味が湧いた、少し真面目に相手をしてやる」


 掴んだ腕を無理やり挙げられ、そのまま捻られる。


 一切の躊躇がないその動きに、容赦無く腕からゴリッという嫌な音が鳴り、直後プランと力無く変な方向に曲がった腕にとんでもない激痛が走る。


「いぃいっあああああああああああああああっ!!!」


 その腕を押さえる間も無く、首を掴まれ、悲鳴が強制的に止められる。抵抗する暇もなく放り投げられ、落下に合わせて拳を顔面に叩き込まれた。


 バゴッと鈍い音が響き、頭部の装甲が砕け散る。破片を撒き散らしながら地面を転がる八夜は、既に意識が朦朧としていた。しかし、それでも男は一切攻撃の手を緩めない。なんなら少し八夜の次の手を警戒するように慎重に近付いて、容赦なく追撃を開始する。


 仰向けに倒れる八夜の腹部を、体重を乗せて踏みつけた。地面が割れるほどの衝撃が加えられ、腹部装甲を貫通し、生身の腹を貫いた。


「ぎぃっ!!!!!! があああああああああああああっ!!!!!」


「叫んでないで治したらどうだ。というか、何故反撃しない?」


 男は不思議そうに言って、八夜の髪を掴んで持ち上げる。


「ぐぅっ……げぼっ……おえ」


 言葉は出ず、代わりに口から出るのは血と吐瀉物の混ざったもの。虚な瞳は既に何も映しておらず、ただ瞳がユラユラと揺れているだけだった。


 要するに、既に瀕死である。


「馬鹿な、なんでこんなに弱い……逆に興味深いが……時間の無駄だったか、こんなに弱くて、九尾狐の関係者なわけが……」


 言って、男は自分の頬を伝う血を拭う。針が掠めた傷から流れるほんの一筋の雫を拭って。


「これは……」


 濁っていた瞳を微かに輝かせた。


「思わぬ収穫物、なのか? にしても弱いな……どうしたものか……」


 呼吸も止まった八夜を、引き摺りながら男は夜の闇に消える。


 八雲八夜が、攫われた。

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