どうしてこうなった
背中に伝う硬い感触。ボヤける視界で見上げる知らない天井。全身に走る激痛は、指の一本すら動かす事を許さなかった。
「げほっ……い、痛い……」
ようやく呼吸が整い始め、咳き込みながらも言葉が発せるようになった。出てきたのは情けない弱音だったが、回復が早くなっている証拠だとポジティブに捉え──。
「治るイメージが足りん」
残念ながら、コチラを見下ろす彼には不合格ラインだったようで、ピシャリと否定される。彼の腰辺りを、魚にも、爬虫類のようにも見える奇妙な触手、いや、尻尾の方がイメージとしては近いモノがウネウネと動き、その鋭い先が、常に八夜に向けられている。
「呼吸出来るようになるまでのタイムが短くなってきたのは良い。だが問題はそこからだ、次は何処を優先的に治すべきか即座に判断しろ。今だったら足、さっさと動いて回避行動に移らなければ、待っているのは死だ」
「は、はい……」
「返事をしている暇があるなら実行に移せ。俺はやる」
そう言って、彼の尻尾が放たれた矢の如く八夜の顔面目掛けて突き出される。
「んおぉっ!」
足の治癒は間に合わず、結局何とも情けない声を上げながら、転がりながらの回避となった。ただ残念ながら、その後の展開は読めてしまっている。どうなるか分かる事と、それに対応できる事とは、また別問題。
予想外だったのは、彼が転がった先にいたことぐらいだ。
「ご、ご慈悲を!」
「反省して食らっとけ」
無情にも、横たわった状態の八夜は蹴り飛ばされ(ここは予想通りだった)、壁に叩きつけられる。
再び全身を襲う衝撃。脳が頭蓋骨の中で揺らされ、思考も視界もとっ散らかる。肺が押し潰され、吸うのも吐くのも困難になるが、吐き気だけは止まらない。割れた壁の破片と共にどしゃっと落ちて、そのまま横たわったまま動けなくなる。
「……今日はここまでだな」
人が死ぬ時、聴覚だけは最後まで残っていると聞いた事があるが、本当だったのかと感心した。赤く染まって歪む視界に、朦朧とする意識の中、彼の声ははっきり聞こえた。
「300回。今回だけで俺がお前を殺せた回数だ。後で改善点を教えるから、目が覚めたら食堂まで来い」
「んに……」
最早まともな返事も出来るわけが無く、そのまま八夜の意識は闇の中に落ちて行った。
どうしてこんな事になってるんだっけ? それを語るには、少々時間を遡る必要がある。
虎との戦いが終わった直後、八夜とアサは出会った。
最強に、出会った。
そして同時に始まった。
八雲八夜の強化プログラムが、始まった。




