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 任務終了。完了では無く、終了。強制終了、撤退を余儀なくされた。怪異を3体討伐したとは言え、敗走したという結果に変わりは無い。エンコウは負けたと言っていたが、誰も勝ったなんて思えなかった。


 奇妙な事に、事件から既に一週間が経過していたらしい。1日どころか半日ほどの出来事に思えたが、外に出て連絡をした途端、消息不明となっていたらしく、霧谷は酷く驚いていた。


 そこから問題は山積みだった。支部長と霧谷は取り逃した『完全体』の事について毎日のように各支部に呼び出されいる。ただ、意外な事に、そこはなんとかまとまりそう、との事であった。一般人である静には詳しい事は説明されなかったが、本局がどうのこうの、と言っていた気がする。


 それよりも、もっとややこしい問題が残っており、それは霧谷班全員と久茂野の意見と、対策局本部の戦士達の意見が現在ぶつかり合っているところなのだ。


 滝川考斗の処遇について、意見がぶつかっている。


 本局からは、問答無用で処分すべきという声が上がっている。冷酷にも思えるが、考えてみれば普通の事だ。普段から戦っている怪物になってしまったのなら、たとえ元仲間とは言え、それこそ普段と同じ対応にすべき。

 いまだに正体が掴めない存在が、仲間のように振る舞っていても、その腹の中がどうなっているかなんて誰も確証が持てない。まんまと信じて隙を見せ、内部から崩壊なんて、笑えない冗談だ。


 対して霧谷班、というか、久茂野の意見は違う。彼女は、滝川は既存の怪異とは異なる存在であると提唱したのだ。勿論、根拠ありで。


「彼の現在の状態は、通常の怪異に寄生された状態とは大きく異なります。それは深夜琴音により捕獲された鳥の怪異と比較しても明らかです。まず、怪異に寄生されている人間の体温は平均より高めになる傾向にありますが、彼の場合はその逆、現在の彼の体温は16.3℃しかありません、これもまた異常ではありますが、怪異化のソレとは違うと言えます。更に彼の体組織についてですが、寄生された人間の場合、異常活性や突然変異をなどを引き起こす場合がほとんどです。しかし、彼の体組織は一貫して我々人類と同じまま。確かに怪物に変身していた事実はありますが、現存するどの事例とも異なります、もう少し慎重に詳しく調べるべきです。というか調べたい」


 実際はこれの数倍語っていた。仲間の一大事であるはずなのに、彼女は鼻息を荒くして、頬を赤らめ高揚していた。その場にいた誰もがドン引、いや、彼女の勢いに押され、とりあえずは、滝川考斗の身柄は、霧谷班に観察対象として預けられる事となった。


 様々な条件付きらしいが、その全ては静には伝えられていない。


 知らなくて良い、無関係だと言われてるみたいで、少し居心地は悪かった。


「もう色々見ちゃったんだけどね……」


 化け物も、みんなが戦う姿も、殺されそうにもなったし、そして、怪物化した滝川に救われた。無関係では、無いはずだ。


 それとも、これから無関係にされるのだろうか。


 事件の後、静は足を滑らせて怪我をして遭難していた、という事になって、そのまま家に帰された。父親の泣きそうな顔を見て、胸が苦しくなったが、本当の事は何も言えなかった。


 後から後から、ジワジワと恐怖が湧いてくる。馬鹿なことをした、あまりに考えが無さすぎたと、後悔した。気持ちだけではどうにもならない事を、文字通り身をもって痛感した。


 父親もそうだが、八夜まで、異常なほど心配していた。


「良かった……本当に何も無くて良かったよ……た、食べられたんじゃないかって……」


 なにやら物騒な事を言っていたが、実際食べられはしないまでも、実験台にはされかけたし、今後は自分にできる範囲の事だけに尽力しようと心に決めた。


 心に決めて、現在久茂野の自宅にある研究室。


「あ、あの……」


 久茂野知朱は、静の前で土下座していた。正確には、土下座させられていた。その横で、腕組みをしながら彼女を見下ろす少年がいる。少年、でいいはずだ。制服を着ているから男子中学生である事は分かるのだが、若干幼さを残す顔立ちと、大きな瞳が与える印象のせいか、ほんの少し少女っぽくも見える。


「大橋ちゃん。危険な目に合わせてごめんなさい」


 土下座したまま喋るせいで若干声がこもっていたが、それでもハッキリと、彼女の謝罪が聞こえた。それと同時に、隣に立つ少年も、静にぺこりと頭を下げた。


「この度は、姉が貴女を危険な目に合わせてしまい、本当にすいませんでした」


「え、ええ!? いやいや、別に久茂野さんのせいじゃ無いっていうか……てか、ちょっと待って、え、姉? って事は……」


 おっかなびっくり2人を交互に見ながら言うと、少年が顔を上げ、コクリと頷いて言う。


「はじめまして。僕は久茂野(ゆい)といいます。ここで土下座してる知朱の弟です」


「ええ……マジか。結……くん、で、いい?」


「はい、それで大丈夫です。むしろそれが良いです」


 一瞬、結ちゃんと呼びそうになったが、名前で一度区切ったあたりで彼の目が一瞬鋭くなった。多分だが、名前と顔つきのせいで女の子みたいだと散々からかわれているのだろう。そのせいで、名前に少しコンプレックスがあるのかもしれない。


 その気持ちはすごく分かる。小学生の頃、自分も国民的アニメのヒロインと同じ名前という事でからかわれた事があるから。


「結ー、もうよくない? 大橋ちゃんも私のせいじゃ無いって」


「人が命落としかけたんだよ? そもそもそんな危険なとこにのこのこ出向いてさ、マジで死んだらどうするつもりだったの? てか捕まったって言ってなかった? 下手すりゃ知朱姉も死んでたんでしょ? ちょっとは後先考えてから行動しようよ、天才なんだからさ」


 額に青筋を浮かべながら、彼は淡々と落ち着いた声で実の姉を捲し立てる。それに対して久茂野は「うぇー」と変な声をあげるだけで、一切の反論はしなかった。


 彼女も、それなりに責任は感じているのだろう。


「あの、本当に私、久茂野さんが悪いなんて思ってないです。悪いのは、思い上がった私なんです」


 静は気まずそうに俯いて言う。


「何か出来るって言われて、何でも出来ると勘違いして、その結果死にかけて……周りにすっごい心配かけて、反省すべきも、謝るべきも私なんです、スーツ無くしちゃったし……だから、役に立たなくて、こちらこそごめんなさい」


 深々と、頭を下げる静に、結はポカンと口を開けたままで、一方で姉の方は気まずそうに下唇を噛んで目を逸らしていた。


「死にかけた人の感想じゃない……しかも役に立てなかったって……そこじゃないんだよなぁ」


「うん、そうだよね。一朝一夕で出来る事じゃ無いし、やっぱりちゃんと就職して、訓練とか受けてからちゃんと」


「もう関わらない、の、一択じゃないですか?」


 ため息混じりにそう言って、結は拳を静に突き出す。


「もう一回戦えば、運良く生きて、次は片腕落ちるかも」


「え、えっと」


 彼はそのまま右足を指差して言う。


「懸命に逃げたとしても、追いつかれて、右足を千切られるかも」


「そ、そういう事もあるよね」


「生きてるだけで救い、なんて、きっときっと、口が裂けても言えなくなる状態にされるかも」


 自身の体のあちこちを触りながら、結は静に語気を強くして言う。


「両腕も両足も食べられて、内臓は傷つけられて、もしかしたら歯や舌をボロボロのバラバラにされるかも、耳や目や鼻を潰されたら? 何も持てない、歩けない、誰にも何も伝えられない、見えない、聞こえない、嗅げない、食べ物の味も分からない。肺を傷つけられて、自力で呼吸する事だって出来なくなる。ただ心臓が動いて、生物として存在してるだけ、そんな状態で犬のフンみたいにその辺に捨てられる……貴女が戦ったのは、人間をそんな風に扱う敵ですよ」


「…………」


 何も、言えなかった。彼の言う事は、全て正論だ。実際に見てしまったのだ。捕まった局員の2人が、どんな姿にされていたか。


 言葉に詰まる静に、結は突き放すように言葉を投げかける。


「戦わざる得ない状況に立たされたから、戦士になるしか無かったから、対策局の人達は戦ってる。戦う事は失う事だし、戦い続ける事は生き地獄です。わざわざ足を踏み入れる必要のない人は、知ったところでどうしようも無い人は、さっさと逃げちゃうべきです」


「そんな風に……割り切れないよ。知っちゃったら、目を逸らす事は簡単じゃない」


「簡単じゃないなら、頑張って逸らしてください。普通に生きる事すら、貴女にとって既に戦いになってるんです。そんな風にされたんですよ……僕はもう、まっぴらです」


「……それってどういう」


 言葉を遮って、ものすごい轟音が響く。テーブルの上の機材が少し揺れるほどの衝撃で、一瞬緊張が走る。


 だが、姉弟だけは冷静だった。


「あの人達大人しく出来ないの」


「結構丈夫な部屋を用意したんだけど……もうちょい強化した方がいいかな?」


 床を見ながら話す姉弟。状況を掴みきっていない静は、おっかなびっくりなまま2人に声をかける。


「あのー、いまのは? 事故……とかでは無いんですよね」


 キョロキョロしている静に、結は姉に視線を送ってから、気だるそうに言う。


「……ちょうどいいや、見ていってください。こっちの世界に足を踏み入れたらどういう目にあうのか」


 研究室の隅にある扉。そこを開けると、地下に続く階段があった。2人に導かれるまま、その後を恐る恐るついていく。


 年下の少年に、ものすごく詰められてしまった。浅はかな考えだったとは自分でも反省してるが、他人から指摘されるとかなり()()ものがある。


 というか、当たり前のように怪異や戦士の事について知っているという事は、少なからず、彼も関係者なのだろう。13、14歳ぐらいなのに、もうあの地獄を知っている。


 流石に戦ってはいないだろうが、さぞ辛い思いだってしただろう。


「……結くん、あの」


「ごめんなさい、キツく言いすぎました」


 少年は振り向かず肩を落とし、沈んだ声で言う。さっきまでの威勢はどこへやら、その背中は一回り、いや、二回りほど小さく見えた。


「いや、結くんの言ってる事が正しいんだよ。私の方が本当は謝らなきゃならないんだ。きっと、私の知らない、もっと酷くて辛い事を経験してきたんだよね、だから」


「だから同じ目に遭ってほしくないんですよ。知ってる人なら勿論、知らない人だって、出来る限り。でもやっぱり言い方ってものがありました、偉そうに言ってごめんなさい」


「そうだよ、ちゃんと目を見て、大橋ちゃんとお姉ちゃんに謝りなさい」


「どさくさに紛れるな引っ叩くぞ」


「何でこんな口悪くなっちゃったかな私の弟、おもしろ」


 姉弟の軽口を聞きながら、階段を降りた先には、大きく重そうな鉄の扉があった。先程までの研究室とは打って変わって、重苦しい雰囲気に包まれている。自宅の地下にこんな施設があるなんて、一体どういうんだろう。


 当たり前だが、久茂野は物怖じする事なくその扉を押し開ける。


 薄暗い空間の中にどっしりと立ちはだかる重厚な扉、その先には、まるで雰囲気の違う、床も壁も天井も、全てが白で統一された広い空間が広がっていた。正方形のタイルに囲まれて、清潔感がありながらも、どこか息苦しい、不気味な感じもした。


 その部屋の真ん中で、向き合う2人の人物。


 息を切らせ、しゃがみ込む男性は、滝川考斗。今まさに問題の渦中にいる人物だ。そんな彼の向かいにいるのは、槍を持った幼い少女。見た目だけで言えば10歳か、少し下か、それぐらいに見える、子供。しかし彼女の顔には、ここにいる誰もが見覚えがあった。


『ごめん、うるさかった?』


「音はまぁ大丈夫なんだけど、衝撃がすごいよ鳴……ああ、違うか」


「…………」


 久茂野が呼びかけた名前。天童鳴子。虎と戦い、そして、無惨にも殺されてしまった対策局の戦士。少女は彼女と瓜二つだった。


『ごめんねー、考斗君の特訓してたらヒートアップしちゃって。敵対行為じゃないんだよ? だから殺さないでね』


 ごめんね、と、少女は両手を合わせる。久茂野はやれやれという風に、肩をすくめて、滝川に向く。


「どうだい調子は」


「どうって……よくわかんないっすね……今だに状況はよく飲み込めてないし……まぁ、体は普通に動きますよ」


 ふぅ、と呼吸を整えて、滝川は立ち上がって言った。


「そう、まぁ経過を見るしかないね。なんてったって保護観察中だからね」


「『監視』の間違いでしょう。笑えないっすわ、マジで」


『しょうがないよ、殺されてないだけマシ。知朱ちゃんに感謝しなきゃさ』


「……まぁ、そっすけど」


「あの……」


 静は、今日一番の勇気を出して彼女に声をかける。


「……お久しぶり、です」


『お、久しぶりだね、大橋ちゃん。あの時はバタバタしてたけど……こうなってからこんな風に話すのは初めてかな』


 少女は明るい笑みを向ける。その顔を見るたび、胸がざわつく。話しかけたはいいが、何を言えばいいか分からない。だって、目の前にいるのは、死んだはずの。


『ありがとう』


 沈黙する静に、彼女は宥める様な優しい声で言った。


『訳もわからないまま、それでも君は受け入れようとしてくれてるんだよね。正直助かるよ、ぶっちゃけちゃうと、私達自身も上手く説明できない状況だから』


「……天童さん」


『今の私は『ザンシ』だよ。天童鳴子は死んだ。死んだ人は生き返らない、命はそんなに軽いものであってはいけない』


 彼女、ザンシはきっぱりそう言って、久茂野に向く。


『私達の事、何か分かった?』


 久茂野は「うーん」と唸って、滝川を指差しながら続ける。


()()()()8()()()()()()()()()()()()()()、にも関わらず、喋って動いて、まるで生きてるって感じ。何故なら、原理は本当には不明だし、もっともっと調べたいんだけど、つか、調べるんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。特に、破壊されたはずの心臓なんか、見えないぐらい纏わりついてる」


『……消失した槍残滓だと考えるのが自然だよね……私自身も、きっとその副産物……』


 ザンシは自分の体をペタペタと触りながら、呟くように言う。


『カギを握るのは、やっぱウサギかな……』


「だろうね、あの怪物に魔改造された操残滓がぶっ刺さってから展開した事態だ。なんとしても、彼から情報を聞き出さないと」


『その為には、彼女を生け取りにしないとね』


 ザンシと久茂野が普通に話し合っている。滝川は、溶けた金属のような物体で塞がれた、自分の左胸を見て項垂れている。


 当たり前のように繰り広げられる、異常。あっという間に、何もかもが変わってしまった。


「…………」


 胸のざやつきが激しくなる。何だか怖くなって、静は無理やり心を押さえつけるように、拳を握る。


「その感覚があるなら、です」


 隣に立って、同じ様子を見る結が言う。


「その感覚が、『怖い』と思えるなら、まだ大丈夫です。貴女はきっとやり直せる、無関係でいられる。だから」


 彼は、真っ直ぐに、でも、どこか、何かに縋るような眼差しを静に向けて言う。


「もう関わらないでください」


 そんな簡単に、割り切れない。


 そんな言葉は、もう言えなかった。

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