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獣喰った報い

 魚は雄叫びを上げると、一直線にチョキに向かって飛び掛かった。野生の獣を彷彿とさせる無策な突撃に、少々驚きはしたものの、チョキは冷静に身を逸らし、剛拳を2つ、敵の頭と胴に叩き込んだ。


『パシャアッ!』


 殴られる直前、魚の頭が半分に割れたのかと思うほど口が大きく開き、口腔内からカメラのフラッシュの如き閃光が放たれ、チョキを襲う。


『うわまぶしっ』


 目眩しのつもりだろうか? にしてはタイミングが遅すぎる。拳は既に敵を捕え、殴り抜いている。


 文句無しの直撃。無様に地面を転がる様は、まさに釣り上げられた魚のようであった。しかし、それで安心しないからこそ、チョキは先輩であるシバガミとキジマよりもエンコウに評価され、側近として仕えさせられているのだ。


 一気に距離を詰め、案の定起きあがろうと四つん這いになる魚に、更に剛腕を振り下ろす。


 これも特になんの()()がつく事も無く、背中にクリーンヒットし、うつ伏せのまま魚を地面にめり込ませた。


『くっそ、目がチカチカする』


 視界が若干ボヤけるが、攻撃は全て直撃している。しかし、拳の下でウネウネ動く未知の敵に対して、チョキは不気味に思っていた。


(おかしい……潰れない)


 ダメージが通っている感覚が無い、というか、()()()()()()()()()()()()()。相手は確かに唸り、吠えているのに、全く生物感が無いというか、生命を感じない。


 まるで動く死体だ。


『さっきの鎧の方とは微妙に違う。あっちはまだ戦ってるという実感はあったのに……気持ち悪いな』


 さっさと頭でも潰して終わらせてしまおうと思った矢先、魚が再び不可解な動きを見せる。プルプルと小刻みに体を震わせると、全身の斑模様がゆらゆらと揺れ始めた。その中心からチラリと見える突起物から、異様な気配を感じ、チョキは咄嗟にその場から跳び退く。


 直後、魚の体が風船のように膨らみ、全ての模様から一斉に槍のような物が突出する。あと一歩遅ければ、穴だらけにされていたかもしれない。


 もっとも、使いやすく強化改造を施した()()()なら、少しぐらい耐えるかもしれないが。


『まぁ、油断大敵。敵の攻撃なんて、受けない方が良いに決まってるものな』


 毬栗いがぐりのようになった魚に警戒しながら、チョキは次の一手を考える。とは言ったものの、ほとんど決まっているようなものだ、というか、サッサと終わらせてしまいたいのだから、やる事などひとつだろう。


 能力を行使し、この場を制す。そもそも予想外の敵が現れたのだから、さっさと使うべきだった。新しい体の試運転に少しはしゃいでしまった。


 我ながら馬鹿な事をしていたと反省しながら、チョキは全身に力を込める。強化された肉体で初めて使う自分の能力、どこまでやれるか本人にも未知数だった。


 とめどなく溢れ出る力に高揚しながら、チョキは叫ぶ。


牡丹登楼ぼたんとうろう


 瞬間、チョキの周りに赤紫色のぼんやりとした光が花火のように広がって現れる。まるで火の玉のようにゆらゆらと浮かぶソレは、よく見ると、光る花のようだった。


『すごいな、いつもより倍近く出せたぞ。さて、さっさと終わらせるか』


 チョキは再び突進の構えを取り、魚に向かって突っ込んでいく。浮かぶ花に動きは無い、あくまでチョキ単体の攻撃だ。


『ギシュウゥゥッ!』


 膨らんだ体型を元に戻し、魚は両手を広げ突撃してくるチョキを押さえ込もうとする。


『力比べか、面白い』


 ニヤリと笑い、チョキは脚に更なる力を込める。


 結果は、チョキの圧勝であった。巨体を押さえようと手を触れた瞬間、()()()という鈍い音と共に、天高く跳ね飛ばされてしまった。そのままチョキが展開した花の群に向かって落下していく。


 その様子を見て、チョキは得意げに笑った。


『ハハハッ! いいぞ! そのまま落ちて()()()()()


 地面に叩きつけられるはずの魚。しかし、その体が浮いている花の一つに触れた瞬間、再び天高く上昇した。まるで打ち上げ花火のように、光る花が魚を上空へ押し上げたのだ。


『グギャアァッ!』


 必死に花を押さえ、抵抗する魚を目を凝らして眺めながら、チョキは誇らしげな笑みを浮かべていた。


『たーまやー』


 魚を押し上げる花の光が、急激に強くなる。そして、大爆発を起こした。


 上空に広がる赤紫色の閃光は、まさに打ち上げ花火である。しかし、それは決して風情のある綺麗なものなどでは無い。触れた対象を上空に押し上げ、粉々に爆破するチョキの能力、『牡丹登楼』。


 その恐ろしさは、()()()()()()()


『花火は何発も綺麗に上がらなきゃなぁ』


 空からぐったりと力の抜けた魚が落下する。その下には、大量に咲き乱れる花が待ち構えていた。


 なす術もなく、触れては打ち上がり、そして爆破。落下して、その繰り返し。対象の形があるうちは、延々と続く殺人打ち上げ花火。


『綺麗なもんだな。欲を言えば、もう少し別の色も欲しいところだ』


 悲鳴は聞こえない、爆音のせいだろうか。いや、もう既に、悲鳴などあげられる状況に無いのだろう。その数およそ20発。その全てが魚に命中し、暗い空に大輪を広げていたのだから。


 ()()()()と生々しい嫌な音を立てて、ついに魚は地面に叩きつけられる。例え全ての爆破ダメージを防げたとしても、この落下だけは免れない。


 一度かかってしまえば脱出と生還は絶望的に困難、それがチョキの能力である。


『流石に死んだか。全く、何処から湧いて出たんだコイツ……ウチの仲間じゃないっぽいんだけど』


 やれやれとため息を吐いて、チョキはほぼ肉塊と化した魚だったものを掴み上げる。ダラリと舌を垂らし、ピクリとも動かないソレは、思ったより軽かった。


『軽すぎんだろ、紙かなんかか? どうりで手応えが無いわけだ、こんなやつ』


 チョキは大きく口を開け、魚の腹に齧り付く。少しは腹の足しになるかと思ったのだ。ちょうど良く焼けた魚だし、ただ、これだけ軽いと身が少ないかも。


『……あぁ?』


 齧り、腹の皮を喰い破ったところで、チョキは違和感に気付いた。


 身が少ないかも、とは思っていたが、それにしたって()()()()()()()。口の中でパリパリと崩れていく感覚は、まるで焦げた紙みたいだ。


 いや、『焦げた紙みたい』どころでは無かった。


『な、なんだこれ……!?』


 焦げた魚が、パラパラと風に吹かれて崩れていく。最初から中身なんか無いハリボテだったと言わんばかりの様子で。崩れて、吹かれて、消えていった。跡形も無く、チョキの手の中から消えてしまった。


 倒した、のだろうか。


『俺は一体、何と戦ってたんだ……?』


 勝ったはずなのに、何故かどこか腑に落ちない。最初から違和感はあったが、しかし殴った感触も能力が直撃した実感も確かなものだった。さっき倒した鎧だってそこに倒れたままなのだから、幻覚を見せられていた、という事は無さそうである。


『さっきの……鎧』


 ピクリとも動かないソレに、別の違和感を覚え、チョキは近づく。そして、舌打ちをした。


 そこにあったのは()()()。まるで脱皮でもしたように背中がパカリと割れており、中身が居なくなっている。


『さっきの魚はこの鎧の能力か! 戦線から離脱する為の囮!』


 まんまとハメられた。悔しさのあまり、チョキは大きく地面を踏みつける。それから大きく深呼吸して、すぐに切り替えた。


『よし、よし、落ち着け、この鎧を失った事で中身は機動力を失っている。つまりそう簡単に遠くに逃げられない。つか、この村からそう簡単に逃げられないはずだ、今から探したって余裕で間に合う』


 言い聞かせるように呟いて、チョキは破壊された小屋に向かう。


『傷を負ってるはずだしな、逃げたんじゃなく、隠れたのかも。こういうところに──』


 鎧を突き飛ばした時に開いた穴に顔を近づけた瞬間、鋭い痛みがチョキの顔面に走った。あまりと痛みと衝撃で、大きくのけ反り、屈み込んでしまう。


『ぐっぐぅううう……!』


 痛みに耐えながら、チョキはその正体を探る。確実に殴られた、刺された様な気もする。いやそれよりも、問題は、この巨体をのけ反らせるなど、確実に人間程度の力では無いという事だ。


 必然的に、襲撃者の正体は、同族という事になるのだが。


『なんだよ……囮じゃなかったのか……でもなんで』


『ブシュルルルルルルゥゥ……!』


 壁を更に破壊し穴を広げて、現れたのは、先程塵となって消えたはずの魚だった。寸分違わず同じ姿で、目の前に立っている。その右拳からは血が滴り落ちており、チョキへの答え合わせとなっていた。


『どういう事だ……2体いたのか? いや、それにしたってこの力……さっき倒した奴より桁違いに強い……』


『グググ……パシャアッ!』


 魚が大きく口を開け、チョキに向かって再び閃光を放つ。マズイ、と、咄嗟にチョキは目を閉じる。直視さえしなければしばらく視界を奪われる心配は無い。2回と同じ手は通じない。


 そして、魂胆は見え見えだ。


『足音でバレバレだお魚野郎っ!』


 右側から蹴りが飛んで来ていた。しかし足首を掴んで直撃を阻止する。なにせ手は4つある。仮に反対側から来ていたとしても防御可能だった。そもそもこんな単調な攻撃に戸惑うほどヤワじゃない。


『へし折ってや──ギャアッ!?』


 掴んだ腕に、激痛が走る。何かを突き刺された様な痛みだ。


 思わず目を開け、様子を確認する。そして、驚愕する。


『な、なんだそりゃあっ!?』


 掴んでいるのは魚の足、そして、その掴んだ腕に槍の様な武器を突き刺しているのも、同じ姿をした魚だった。


 チョキが状況を理解するより先に、別の激痛が左腕を襲う。


『ぐあああッ!? 今度はなん……だァッ!?』


 左腕を2本とも、まるで焼き鳥の様に串刺しにされていた。案の定、その犯人は魚である。


『コイツ……いつの間に……ゲェッ!』


 掴んだままの右手を見て、驚愕を超えてチョキは恐怖する。その手が掴んでいたのは、魚の()()()()()()()。チョキの右腕を串刺しにする魚に、右足は無かった。


 自らの足を千切って拘束から逃れ、攻撃に転じたのだろう。


 チョキは身を震わせ、歯を食いしばる。呑気に怯えたり驚いたりしている場合じゃない。厄介な敵が現れたのだ、効率的に、迅速に、対処しなければ後々面倒な事になる。こんな敵、先輩2人は絶対に敵わない。


『ぐ……ぼ、『牡丹登楼』ッ!』


 恐怖の花を再び散らせる。チョキを中心に、夜空に咲く花火のように、光る花が舞い散る。


『近付き過ぎたな馬鹿どもが! もう一度焼き魚してやるっ!』


 右腕を振り、張り付いたままの魚を花にぶつける。


 ……()()()()()()()()


 予想外の事が立て続けに起こり、チョキ自身、冷静なようで冷静では無かった。混乱していたのだ、一刻も早くこの状況を打破しようと焦ったのだ。


 今自分の右腕にいるソレは、自分が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 触れたものを上空に打ち上げ、爆破する能力。それは本来、触れた対象だけに発動する能力だったのだ。しかし、体と共に強化された能力は、威力も、そしてその範囲も、チョキ本人の想像を遥かに超えて強力なものになっていた。


『うおおっ!? なんだっ! どういう』


 右腕の魚ごと、チョキ自身も打ち上がる。自分で仕掛けた必殺の花の舞台に、自分で上がってしまった。


 結果は、言わずもがなである。


 爆破され、再び打ち上げられ爆破。能力を解除しようにも、なぜか解けず、その意味も理解しきれないまま、徐々に意識を失っていった。


 何度も何度も打ち上げられ、その度に爆破し、やっと魚が離れた頃には、最早右腕どころか、四肢が粉々に飛び散り、胴体は割れ、頭部も陥没している、見るも無惨な肉塊へとなっていた。


 強化されたチョキの能力は、花に触れた対象に加え、対象が触れていた物体ごと打ち上がるものへと変化していた。いつものチョキならば、その可能性を考慮してもう少し慎重に行動できただろう。


 しかし、彼もまだ完全に戦闘慣れしている戦士とは言えなかった。想定外の事態に対して、冷静に対処する能力がかなり浅かったのだ。元々無駄な争いを避けて生きてきたエンコウ一派、知識はあっても経験が薄い。技術を磨こうにも身内同士でしか試し合いができないから、行動がパターン化してしまい、これまた効果が薄い。それに加えて、そもそもエンコウの能力によって守られている彼らに、そもそも戦闘技術向上への意欲も薄い。


 はっきり言って、エンコウ以外、他の怪異に比べても確実に弱いのだ。


 平穏を第一に考えていた彼らにとって、争いなど、何のメリットもない愚行だったのだから。


 だから、困った。その必要に迫られた時、彼らは生き残る術が少なかった。いくら強力な『完全体』であるエンコウであっても、出来る事と出来ない事はある。手下を全て守りきるなど、不可能に近い。


 だから、強くなってもらう必要があった。意欲の無い彼らに手っ取り早く強くなってもらうには、使う肉体の方を特別な物にするしか無かった。


 その考え自体が、どこまでも甘かった。


 所詮は無理矢理に改造して作った混ぜ物たっぷりの紛い物。適合者はもちろん、健康優良な非適合者よりも、物持ちは悪い。実際に出来る事と、本人の認知のズレが、通常より遥かに大きくなる。


 チョキの敗因はまさしくソレ。自分が思っている以上に強力になっていた能力に追いつけず自爆。仕方ない事ではあるが、しかし、側から見れば、これ以上無いほどマヌケな死に方であった。


 さて、同じく地面に散らばった魚であるが、先ほど同様、再び塵となって消えてしまった。


 後に残ったのは、爆煙が広がる空と、肉片が散らばる地面、その中央で立ち尽くす魚の化け物と、小屋の隅で震える少女。


 犬、雉、猪、3体の怪異を討伐し、残るは猿一体。


 しかしどちらが有利ということはなく、むしろ状況は双方にとって、芳しくないものなのであった。

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