想う残滓
──寒い。あれだけ痛かったのに、今はもう何もなくて、ただ寒い。
──前が見えない。真っ暗で、何も無い、何も無くなる、俺が無くなる。
(死ぬよ、もうすぐ)
──声が聞こえる。聞こえるというか、感じる、頭の中に響いているような。死ぬ? なんで。
(覚えてない? ボコボコにされてさ、刺された。呪いの藁人形みたいに槍で壁に打ち付けられたよ)
──ああ、そうだったっけ。そうだった、俺は、戦えなかったんだ。だってさ、アレ、仲間だった人なんだぜ? ひでぇよ、あんなの、あんな事するなんて。
(そうだね、酷い、目も当てられない。でも、それは君が殺されて良い理由になるかな?)
──え?
(どんなに酷く、哀れな境遇に立たされた相手だとしても、それが自分や、誰かの命を奪う事は、いけない事なんじゃないかな)
──それは、そうだと思う。でもそれを言うなら、俺にもあの人達を殺す資格なんて無かったんじゃないか。どちらにせよ戦えなかったんだ、この死は、ある意味、自分から迎え入れたようなもんだ。
(狙われたなら、戦う資格はある。君も、私も、そういう戦いをしてきたはずだよ)
──アンタも? アンタは誰だ。俺が知ってる人か? 一緒に戦っていた事があるのか?
(死にゆく君から、血と一緒に思い出まで流れ出ちゃってるのかな? 私達は仲間だよ)
──仲間。ああ、みんないた、でもみんないなくなった。怪異に奪われて、俺1人になっちまった。
(ごめんねぇ。君だけでも生き残って欲しかったんだ。あの時、正直言って、勝てないと思った。このまま全滅するんじゃないかってね。私の悪い予感は、結構当たるから)
──俺を助けてくれたのか。アンタが、あの時、あの時? いつだっけ。俺はいつ、誰に、助けられたんだっけ。いや、でもそれも無駄になっちまった、俺ももうすぐ死ぬ、アンタ達と同じところにいく。
(そうだね、このままじゃ、私と同じだ)
──ごめんなさい。アンタが誰なのか、なんでか思い出せないけど、本当に本当に、ごめんなさい。俺には結局、何も出来なかった、力も意志も弱い俺に、戦う資格なんて無かったんだ。
(私もさ、君と同じ事を思ってた時期があったよ)
──俺と同じ? アンタは強そうなのに。
(最初から強かったわけないでしょ。てか、結局負けちゃって、死んじゃったんだから、強かったわけでもない)
──俺と、同じ。
(そう、どっちかっていうと、君が今から私と同じになる、なりそう。話が逸れたけど、私も君と同じように、悩んだ事があった、自分に戦う資格があるのか、命を奪う立場にあるのかって)
──そんなの、誰にもありゃしないだろ。何かの為に、誰かの命を奪うなんて、そんなの、怪物じゃないか、怪異と同じだ。
(そう、それそれ、自分の中の『人間』が、ここぞとばかりに邪魔をして、判断や行動を鈍らせた。そんな時にね、憧れてた人に言われたんだ、『難しく考え過ぎるな』って)
──なんだそれ。殺し合いやってんだぞ、考えるな、なんて、そんなの、あまりに無責任じゃないか。
(そうだよね、私もそう思った。でもね、彼は続けてこう言った、『お前はなんで戦うのか』ってね)
──何の為って、そりゃ、人や親しい人を守る為に。
(違う違う、それは、『何の為に戦うか』でしょ? 私が聞かれたのは、『なんで戦うのか』だよ)
──なんでって、何が違うんだ、同じ意味じゃないか、何の為と、なんでって……だから、俺が戦ってたのは。
(本当に世の為人の為?)
──何が、言いたい。
(命懸けの勝負、敗北はイコールで死に繋がる戦い、その中で、本当に世の為人の為を想い続ける事が出来た?)
──それは……でも、結果としそこに繋がるなら、戦う意味になってるはずだ。
(シラフで大義名分背負って殺し合いなんてできるかよっつってんの)
──なにを、言ってるんだ。アンタは。
(もっともっと、シンプルだったでしょ? 一緒に戦場に出て、初めて武器を持って、敵と対峙した時、君の中にあった感情は、もっと簡単で、でも、大義に負けないぐらい強いものだったはずだ)
──俺の、感情。俺の、戦う意味。なんで、俺は、戦ってた。
(私も、他の人も、最初は、いや、きっと今だって、根っこの部分は変わってない。必死に鍛えて、必死に技術を学んで、死に物狂いで特訓したのは、何の為?)
──戦いで、勝つ為。戦って、死なない為。
(ほおら、見えてきたね? 君は、なんで、戦ってたの?)
──怖かったからだ、怪物に殺されたく無くて、周りの人間は勿論だけど、なにより、俺自身が、殺されたく無くて、必死に、一生懸命、死にたく、なかった。死にたくなかったなぁ。
(誰だって同じだよ、私だって死にたくなかった。私はもう手遅れだけど、君はどうだろう)
──俺だって手遅れだ。心臓を破壊されて、腕も千切られて。もう何も出来やしない。
(そう、でも、ただの傷じゃないんだ)
──どういう意味だ?
(君の心臓を貫いているのは私だ。君が望むなら、私は全身全霊を尽くして君に力を貸す)
──そんなの、どうやって。
(いいから、質問に答えて、君は早く意思決定をしなさい。このままじゃ本当に手遅れになるよ、君はどうしたい)
──俺は、このまま。
(このまま死んで、全ての苦痛や苦難から解放されるのもヨシだ。誰も責めたりしない、私だって、気持ちは痛いほど分かるから、見損なったりしないよ)
──殴られた時、めちゃくちゃ痛かったんだ。
(だろうね)
──踏みつけられたとき、どうなってるか分からないけど、体の中身がどうしようもならなくなってる実感が湧いて、怖かったんだ。
(誰だってそうさ)
──腕を引き千切られた時、現実味が無さすぎて、でも痛みはしつこいぐらいに現実を突きつけて来て、怖いなんて通り越して、悲しくなった。
(痛いほど分かるよ)
──心臓を貫かれた時、何も感じなくなった。ただ寒くて、どんどん消えていって、これが死なんだって、どこかで感じて、寂しかった。
(私は、君に生きていて欲しかった)
──俺だってそうですよ。貴女達に死んでほしくなかった。
(ごめんね、それは本当にごめん)
──悪いのは、貴女じゃ無い。貴女達の命を奪った奴が悪い。
(それでもいいよ、まずは単純明快から、いきなりなんて、強くなれない)
──今度は死にたくない、死なせたくない、力を貸してくれるというのなら、うんと強い力になって欲しいです。
(また、戻る? 戻れる?)
──戻ります、戻れるのなら、やり直してみせます。今度は死なないように、あの人達が、誰も死なせないように。
だから。
「だから力を貸してください! 天童さんっ!」
『君の強さ、確かに受け取ったよ、滝川君。さて、怪異どもに一泡吹かせてやろうか!』
『オ゛ォア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!! ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』
壁に突き刺され、絶命したはずの滝川考斗が、部屋を揺らすほどの雄叫びを上げる。彼の胸を貫いている『槍残滓』が、まるで心臓のように鼓動し、ズブズブと彼の体内へと潜り込んでいく。
『ウ゛ウ゛ア゛ア゛ゥゥ……! ゾ……ゾウ……ザンシ……ヴヴ……! 『槍砕』ッ!』
呻き声を上げながら、着地した滝川が叫んだ。直後、全身が大きく脈動し、溢れ出て飛び散った血が、肉が、骨が、内臓が、そして切り落とされた腕が、飴細工のように溶けて、彼の体に纏わりつき、その姿を異形のモノへと形取っていく。
白銀のツルリとした頭部には深海魚の触角を思わせる器官が波打つように揺れている。鋭い牙が飛び出た巨大な口が顔面の大半を占め、目らしき物は見当たらなかった。白濁色の体に、赤と黒の斑模様が水に垂らした絵の具のように現れ、各模様の中心からは、槍の先らしき鋭い物体が飛び出ていた。
異形の怪物、見た目の近いイメージは『半魚人』だろうか。
『ググヴヴヴヴヴヴッ!』
唸る滝川に、久保川が振り向く。
「なんだ? どうシた? オマえ……お前誰だ? いツノまにソコに?」
突如現れた正体不明の存在に、久保川は首を傾げながらも武器を構える。滝川でなければ重くて扱いづらいハンマーも、4人分に加え、強化改造された怪力ならば容易い物だった。
即座に距離を詰め、突如現れた怪異にハンマーを振り下ろす。異形と化しても、戦士だった頃の動きは健在であった。
叩きつけた衝撃が地面を揺らす。しかし、その下に何かを潰した感覚は無かった。
「なんと」
それもそのはず、対象はハンマーの上に移動していたのだ。そのまま久保川の持つ手を鋭い爪で切り裂き、ハンマーによる追撃を阻止する。
「しまッた、腕が無イなっ──」
逆に、滝川はハンマーを掴んでそのまま振り下ろし、久保川の頭部に打ち付ける。確かな感触が伝わるが、しかし、久保川の動きは止まらない。頭部が胴体にめり込み陥没しているにも関わらず、彼は、いや、彼らはまだ生きているのだ。
『グ……ググ……グオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オッ!』
生きているという事実に、滝川は臆する事なく、むしろより激しく攻撃を繰り返す。まるで鞭を振り回すかのように、巨大なハンマーを何度も何度も久保川に、いや、怪物に叩き込んでいく。
憎しみや殺意から出る執拗な攻撃にも見えた、しかし、実際に滝川を突き動かしているものは、圧倒的な『恐怖心』である。
考えていない、ただ、直前まで味わっていた死の感覚が脳にこびりつき、手を緩めれば、一瞬でも気を抜けば再び消えゆく世界に引き戻されるという不安と恐怖が、攻撃の手を一切緩ませなかった。
久保川の頭部はもはや原型を留めていない。ゴボゴボと何か空気が漏れるような音だけが、陥没した首から漏れている。しかし、両腕はまだバタバタと暴れているし、芋虫のように伸びた胴体もグネグネと動き回っている。
まだ死んでない。まだ、立ち上がって反撃してくる可能性がある。
(まだ終わってない……ここで油断したら、次は俺がこうなる)
叩きつけ、叩いて叩いて、遂に胴体がぶちゅっと千切れても、まだ敵はピクピクと動いている。だから、まだ終わってない。
(しつこい、まだ生きてる。いい加減動くな、もう動くな、これ以上、抵抗の意思を見せるな)
もう一度叩きつけた時、遂にハンマーがその衝撃に耐えられず弾けるように大破してしまった。
一瞬戸惑いを見せた滝川だったが、両手の鋭い爪を敵の腹部に突き刺し、地面を掘るように引っ掻き回してバラバラに解体していく。
そこで遂に敵の動きが完全に停止し、同時に滝川の猛攻も止んだ。
『フゥゥゥゥゥ……ハァァァァァァァァ……』
巨大な口から大きく息を漏らす。しかし、戦闘終了に安堵する間も無く、滝川の心をざわつかせる強烈な不快感が襲う。
何か強力な敵が、仲間の誰かと対峙して、そして、その命を奪おうとしている。
(どいつもこいつも……よってたかって殺そうとしやがって……全部殺してやる、全部、俺と、俺の仲間の命を脅かす奴は、全部殺してやる)
潰れた怪物の肉片を持って、不快感が強い方へと走り出す。襖や壁など気にしないで、破壊しながら突っ走る。
どんどん強烈な不快感が強くなって、そして、ハッキリと少女の助けを求める声が聞こえた。
「……ひ……やだ、やだやだ、やめて、たすけて、誰か……たすけて……」
それは最近知ったばかりの、でもよく知ってる、か弱い仲間の声だった。その声を聞いた瞬間、滝川の中で何かが爆発した。
走る速度を上げ、遂には跳び上がり、上空から声の主と不快感の正体を探す。そして、巨大な二足歩行の獣と、その前に倒れ込む鎧を見つけた。
(鎧、あれは、静ちゃんか。目の前にいるのは、怪異、敵だな、よくも、あんな普通の女の子をいたぶりやがって……ゆるせねぇ、ゆるせねぇ、俺が、殺される前に、殺してやるっ!)
両手に持った肉片を、猪の怪異に投げつける。軌道は逸れず真っ直ぐ飛び、猪の顔面に直撃した。
『ぐうぅッ!?』
驚いたような呻き声をあげ、怯んだ隙に、滝川は目標地点に到着する。
目の前に現れた見た事も無い怪異に、猪はひたすら混乱していた。こんな奴は仲間にいなかった、そもそも仲間なら攻撃なんてしてこない、しかしどう見ても人間では無い。
『なんだぁ……お前はぁ……』
『ガ……ギギ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァッ!!!!!!!』
鼻を押さえながら、睨みつけてくる猪に、滝川は怒りの咆哮を上げた。
(俺の仲間に手を出すなァッ!)
彼の激しい想いは、残念ながら、言葉にはならなかった。




