雉も鳴かずば
7年前、アイドルが1人いきなり引退した。何の前触れもなく、辞めると言って辞めた。そしてそれっきり姿を見せなくなった。
別に珍しい事でも無かった。そもそもそんなに知名度の高いアイドルでも無かったから、大したニュースにもならなかったし、その理由も色々憶測があったが、正直言って興味がなかったから、あっという間にそのアイドルは人々の記憶から消えていった。
16歳という若さ。まさに煌びやかに輝こうとした矢先に閉ざされたその光。何故彼女は華やかな舞台から去らなければならなかったのか、理由は誰も知らない。
誰も知らないし、興味も無い。本人でさえも、まるで興味が無い。
他人からどう思われようが、興味無い。自分はただ、自分らしく輝いていればそれでいい。輝ける場所があれば。それでいい。誰かを照らす光になれたら、それでいい。
「わーたしはーガーディアン! こーいのーガーディアン!」
綺麗に並び、壁のようになったセットが、襲い来る羽から白石を守る。壁と言ってもその場でジッとしている防御壁では無い、グネグネと動いて決して隙をつかせぬ優秀なボディーガードだ。
しかしそれは、キジマの羽も同じ事。
まるで巨大な生き物のように群を成し動き回る羽は、白石の防御壁に回転しながら体当たりを繰り返す。羽とセットが触れ合うたびに、激しい金属音と共に火花が飛び散る。
羽、と表すしか無いが、その硬質は明らかに鳥類のソレでは無い。ぶつかれば対象を破壊し、薙げば切断する鋭さだ。体育館の鉄骨が、既に何本か破壊と切断をされている。人の身で一撃でも当たってしまえば、致命傷は免れないだろう。
それでも。
「わたしとーあなたをーむーすんだあかいいとー! きっときっとまーもるからー!」
白石は歌うのを辞めなかった。
『チッ、デカい声でキンキンキンキン耳障りだわッ! 神経に障るから黙って欲しいんだけどッ!』
セットと羽がぶつかり合う。火花が散り、それぞれの武器が弾かれ合い、そして再び群を形成して互いの隙を突き合う。
最初は余裕を見せていたキジマだったが、今は苛立ちを隠そうともしていない。どうせ攻撃を受けてもダメージなど受けない、首を刎ねられようが、心臓を貫かれようが、細切れにされようが死ぬ事は無い。キジマにとって戦闘なんて、何らストレスにならない事のはずだった。
どれほど腕の立つ戦士だろうと、致命傷を与えられない自分に恐れ慄き、訳のわからないまま死んでいった。
なのに、なのになのになのに。
『なんでコイツ……こんな楽しそうなのよッ!』
一撃、なんなら羽一枚でも当たれば致命傷。頭に当たれば脳を撒き散らして死ぬし、喉に刺されば息が出来なくなって死ぬ。さっき自分がやられたみたいに、腕をもいだって死んでしまうし、腹に穴を開けて中身全部ぶちまけてやったら派手に死ぬ。
死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。何やったって死ぬ。どうしたって殺せる。ほんとなら今すぐにだって殺せる。一撃、一撃でも与えられたら。
その一撃が、届かない。
「らーらんらんららーらららー」
『あああッ! うるっっっっさい! 歌うな! 歌うのをやめろ! イライラするっ! バカにしてんのマジで!』
自分はこんなに苦労しているのに、弱い人間風情が、楽しそうに歌っている。一生懸命戦ってるのは自分だけで、目の前の女は踊っている。
キジマはとても奇妙な感覚に陥っていた。冷静に考える事は出来る。どう考えても、圧倒的に優位なのは自分だ。羽の攻撃はいつまででも続けられるが、人間の方はきっとダメだ。武器の耐久が尽きるだろうし、そもそも体力が保たないだろう。
持久戦に持ち込めば勝利は確定している。コレは勝ち戦なのだ、どこにも焦る要素なんて無いし、不安に思う事なんて無い。のんびりと、敵が崩れていくのをただ見ていれば良い、簡単なお仕事。
優位、圧倒的な優位。その優位な立場という絶対的な現実と、現在のこの現状とのギャップがキジマを苛立たせる。
「あーなたーとわーたしをつないだーあかいいとー! きれちゃったってーなーんどでもむすぶからー!」
この歌だ。いや、歌だけじゃない、この雰囲気、この空気。まるで自分が主役の場所であるかのように好き勝手に暴れるあの態度に、妙にイライラするのだ。こちらの話を全く聞かず、一方的に与えられる音波。
神経を刺激する不快感が、集中力を途切らせる。羽の操作がおざなりになる。
その結果。
『あっ、クソッ!』
削り潰してやるつもりが、逆に羽を押し除けられ、そうして出来た空間から入り込んできた数枚のセットに体を貫かれた。額を1枚、胸に3枚、腹に8枚。何度も言うが、ダメージは無い。痛みすらない。足にしっかり力は入るし、思考だってバッチリだ。
だからこそ、腹立たしい。
『はぁ……何度やったって同じよ。アタシには効かない、アンタにアタシは倒せない。めんどくさいからもういい加減理解して降参して殺されなさいよ』
「スペシャルトーク!」
『……あ?』
歌い終わった白石がそう叫び、視線をキジマに向ける。
「ステージもかなりあったまってきたところで! ファンと姫ちゃんのスペシャルトークパート! なんと姫ちゃんとお話しできるよ!」
『……あっそ、アタシは別に何も喋りたい事とか無いけど。言いたい事があるとすればさっさと死んで欲しいって事ぐらい』
「なんて言いながらさー、あなた全然姫ちゃんを殺そうとしないよね?」
『…………』
さっきまでのおどけた雰囲気が一瞬消え、白石は表情をそのままに、落ち着いた声で言った。
「殺気は感じるよー? だから、別に殺す事自体に抵抗は無い感じだけど……なんていうのかな? 出来たら生捕りにしたいぐらいの気持ちを感じる」
『……はッ、なによそれ、どこにそんな要素があって……だとしたら何の為によ』
「何の為にっていうのは、姫ちゃんには分かんない。でも久保川さん達とー、運転手の小波さんと品川さんを殺さず連れ去ったのがずっと気がかりだったのー。食べる為? それとも体のストックが欲しかったから? でもなんかピンと来ないんだよねー」
『…………』
「極めつけは村に入って最初の襲撃かなー。アレ、あの小さな女の子も言ってたけど、私達の戦力を図る為でしょ? あの子、現れるまで全く気配を感じなかったよ。殺そうと思えばあの場で少なくとも姫ちゃんとタキ君ぐらいなら殺せたと思う」
姫ちゃんか弱いから、と、白石は両手で顔を覆ってわざとらしく恥ずかしがる。
「でも殺さなかった。それどころか、一対一になる状況にわざと持ち込んだ。多分さっきの戦闘をどっかで見てて、一番自分と相性の良さそうな相手を選んだってとこじゃない? 何するつもりかは知らないけど、最終的に生殺与奪を判断できるように」
『……それが?』
「それが、あなたが姫ちゃんを殺そうとしてないと思った理由ー。残念だけど、姫ちゃんはお仕事だからあなたを絶対に生かすって事は無いんだけどー、よければ何で人を集めてるのか教えて欲しいなー」
顔の前で両手を合わせ、ウィンクしながら白石は乞う。そんな様子を冷めた目で見ながら、キジマは心底興味の無さそうに答える。
『いやよ、別にアンタに教える必要ないもの』
「うぇー、なんでー」
がっくりと肩を落とし、落ち込む白石に、キジマは完全に回復した自分の体を見せながら言う。
『アンタさ、立派な推理だけど、それが分かったところで何か状況変わってるわけ? 自分から追い詰められてる答え合わせをしただけじゃない? 見ての通り、アタシにダメージは無い、これっぽちもね。でもアンタはどう? 今は大丈夫でも、一回でもアタシの羽に当たれば即死よ?』
「あー、んー」
『アタシはねぇ『不死身』なのッ! 一方的に攻撃できる最強の存在なのよ! 本当だったら今頃アンタなんか』
「えー、でもー」と、白石が顎に指を当て、何か思い出しながら口を挟む。
「その割にはさっきずっとイライラしてたよね? 不死身でダメージ受けなくて、余裕はあなたの方があるはずなのに? なんでかなー? なんでかなー?」
『アンタの耳障りな歌のせいでしょうが! こんな響くところでキンキンと甲高い声でさぁ! マジでもう聴きたくないからもう殺す、手加減なんかしてやんない、アンタはいらない、絶対に殺す!』
大量の羽が宙を舞う。さっきまでの倍はあるだろうか。しかし、それでも白石は顔色ひとつ変えず「いいよー」と言ってマイクの位置を調整した。
「これ以上教えてくれないなら別にもういいかなー。丁度ラス曲だしー、姫ちゃんみんなの事探さなきゃだしー!」
白石のセットも宙を舞い、互いの武器が睨み合う。
『死ねッ!』
羽が一斉に襲いかかる。硬く鋭利で、それでいて薄い、どんな隙間も通り抜けてこちらに届く攻撃。それが無数に来る。
並の戦士なら到底対応出来ないだろう。悲鳴をあげる間も無くきっとズタズタに切り裂かれる。数秒後の自分の末路が容易に想像出来る『目に見える死』。
しかし、それでも、白石は笑顔のまま、元気に歌い続けた。襲いくる羽を一枚ずつ、セットがそれぞれ対応していく。叩き、弾き、ぶつかり合って、白石への直撃を防いでいく。
『防いでばっかじゃ意味無いって言ってんのに……もういいからさっさと死になさいよ!』
「どこにいーてもー! わーたしはあなたのことーみーつけてみーせるかーらー!」
歌い出せばもう会話なんて成立しない。相変わらず自分の世界に入っている。それでも、攻防はしっかりしている。現にキジマの攻撃は未だに一撃も白石に名中していない。
だが、それも時間の問題だろう。明らかにセットの動きが数枚おかしい。攻撃にも防御にも参加せず、宙をウロウロしている。
(どうやって操作してんのかは分からないけど、さっきまでの精密さが無くなってるのは、焦りが出始めた証拠ね、時間はかかったけどこのまま押し切れば勝てる!)
最後まで余裕ぶった態度を崩さなかった事は、唯一褒めてやろうとキジマは思う。イカれてるように見えるが、手強い戦士として仕上がっている。ここまで人間にイラつかされたのは初めてだった。
「あーなたをてーらす! わーたしのーこーころのーひーかり! 閃光!」
その時だった、浮遊していただけのセットが一箇所に集まり、回転を始めたかと思うと、急に眩い光を放った。一瞬の出来事だった、キジマの真上で、カメラのフラッシュのような閃光が放たれる。
とはいえ、何故かキジマの頭上で起きた事。目の前なら効果はあったかも知れないが、視界にすら入っていない場所での発光、当然キジマになんのダメージもある筈も
『ぐっ……ううっ……!』
なんのダメージも、あるはず無かった。しかし、不可解な事に、キジマは苦しそうな声を上げ、その場に立ち尽くしている。羽のコントロールもぐちゃぐちゃだ。
『コイツ……一体何のつもり』
「みつけた」
その言葉を合図に、一斉にセットが動き出す。標的は立ち尽くすキジマ、では無く、天井に向かって突撃していく。正しくは、天井に引っかかっていたボールに向かっていく。
次々とボールに突き刺さるセット、破裂音が鳴り響くかと思っていたが、ベコベコと凹むだけで、代わりに響いたのは。
『ギャアアァァァァァァアアアアッ!』
耳をつんざくような女の悲鳴だった。それと同時に、立ち尽くしていたキジマがただの羽の塊となってバラバラと崩れ落ちる。
「これが不死身の正体か」
天井からボトリと落ちてきた物体を見て、白石は興味深そうに言う。
凹んだバスケットボール、それは半分に切られており、中の空洞にソイツはいた。3枚のセットが胴を貫き、血を吐いて、息も絶え絶えになっている、雛のような不気味な生き物。
『な、な……んで、ア、アタシが……ここに、いるって』
「いや、分からなかったよ。強いていえば、なんか違和感に思ったのはダメージが無さすぎたってところかなー?」
『……は?』
「何度も突き刺したりしたのに、あなた、全く動じなかったでしょう? そのくせ不快感は露わにする、姫ちゃんの声がキンキンって頭に響くのに、体を貫かれたダメージはゼロっていうのが、ちょっと気になっちゃって」
白石は天井を指差しながら続ける。
「もしかしたら今戦ってるのは偽物なんじゃないかなって、本物は何処かでこの様子を見ながら、偽物を操作してるんじゃないかなって思ったの。全体の様子が見やすくて、それでいて音が響いちゃう場所って言ったら……天井かなーって」
『ぐ……うぅ……あんな、バカみたいに歌いながら……そんな事を……』
「決定的だったのはさっきのフラッシュに反応した事かなー。呻き声とかあげずに、痩せ我慢とかされてたらもうちょい時間かかったかも」
白石の推理は大正解だった。キジマ本体は全くの無力、生まれたての雛のようなか弱さゆえに、どこかに隠れて羽を操作するしか無かった。今回は、体育館の天井に引っかかっていたボールを隠れ蓑にし、上から様子を見ながら攻撃していた。羽はいくら破壊されてもコチラにダメージは無いし、数分で再生する。これが、不死身の正体だった。
「何とかなって良かった! 私の勝ちだね!」
そう言って、白石はバスケットボールの殻から、キジマの本体を引きずり出し、セットで囲む。
『う、うわああ……ま、待って!』
「姫ちゃんのライブ、最期まで聞いてくれてありがとね! これからも頑張るから!」
じゃあね、と言って、笑顔で白石は手を振る。それを合図に、一斉にセットがキジマ本体をバラバラに引き裂いた。
「イェイ! 姫ちゃん大勝利ー!」
見られている事を知っているのか、それとも恒例行事なのか、彼女は誰もいない虚空に向かって可愛らしいポーズを決め、それから出口を探して歩き出す。
何処かで大きな銃声が聞こえた気がした。
それはほぼ同時に、霧谷がシバガミを討った音であった。
人間サイドが、また一勝。




